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東南アジア諸国の軍拡の現状


近年、東南アジアにおいて軍備増強の動きが加速している。本稿では、東南アジア主要国で特に目立つ海軍力と空軍力強化の動きとその要因について考察してみたい。

東南アジア主要国の海軍は、長い間哨戒艇やコルベット艦など沿岸警備隊レベルの装備しか保有していなかったが、近年ミサイル・フリゲート艦と潜水艦戦力の拡充に力を入れており、事実上小規模ながら外洋型海軍に脱皮しつつある。例えばシンガポールは、2007年から2009年にかけて最新鋭の対空・対艦ミサイル及びステルス性を備えたフランス製ラファイエット級フリゲート艦を6隻進水させる一方で、マレーシアは2004年からドイツ製フリゲート艦6隻を順次配備しているほか、2015年までにイギリス製フリゲート艦2隻を配備することを計画している。またベトナムも保有するミサイル・フリゲート艦の改修に乗り出すとともに、2010年にロシア製ミサイル・フリゲート艦3隻と大型ミサイル艇8隻を進水させる予定である。ASEAN主要国の海軍においては、潜水艦戦力の拡充も進んでいる。現在、インドネシアは潜水艦を2隻保有しているが、2006年にロシア製キロ級潜水艦を新たに2隻発注し、更に2024年までに計12隻を配備する計画を立てている。また、ベトナムは現在2隻の潜水艦を保有しているが、報道によれば2010年度中にキロ級潜水艦を6隻購入する予定である。マレーシアは2002年に発注したフランス製スコーピオン潜水艦2隻を2009年から2010年にかけて進水させる予定であり、シンガポールも現有のスウェーデン製潜水艦4隻の更新計画を進めている。その他、タイも潜水艦の配備を検討している。

東南アジアの主要国は、空軍力の強化にも力を入れている。1980年代以降、シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイといったASEAN主要国の空軍では、F-16を中心とした第4世代戦闘機の配備が進んだ。空軍力強化の流れは、1997年のアジア金融危機によって一時停滞したが、経済に回復が見られた2002年以降から再び活発化している。例えばマレーシアは、2003年に第4.5世代機に属するロシア製Su-30MKMを18機発注し、2008年までに全機の配備を完了させる一方で、シンガポールは2005年と2007年に同世代機であるF-15SGを計24機発注しただけでなく、今後第5世代に属する米国製F-35多目的戦闘機を2012年以降順次配備する予定でいる。また、ベトナムは現在Su-27SK 7機とSu-30MKK 4機を保有しているが、2009年にSu-30MKを新たに12機発注した。その他、インドネシアは2005年にSu-27SKとSu-30MKIを各2機調達したが、2007年に新たにSu-27SKMとSu-30MKを各3機発注した。

近年、東南アジアの主要国が海軍力と空軍力の強化に力を入れる要因については、いくつかの点が上げられる。第一の要因としては、ASEAN諸国の経済回復とそれに伴う国防支出の増加が上げられる。ASEAN諸国は、80年代から著しい経済成長を背景に国防費を急上昇させ、軍備の近代化にしのぎを削ってきたが、1997年の金融危機によりシンガポールを除くASEAN諸国は国防費の大幅なカットを余儀なくされ、その結果各国の近代化プログラムも停滞することになった。しかし、金融危機によって深いダメージを負った地域経済が2001年ごろから回復の兆しを見せ始め、地域諸国の国防支出が上昇傾向に転じたことにより、域内において再び軍備近代化の機運が生まれることになった(1)

第二の要因としては、東南アジア諸国間の二国間問題を巡る対立と相互不信が上げられる。域内諸国間には、陸上・海上の国境線問題や国境沿いの少数民族の取り扱いなど様々な二国間問題が存在しているが、これまで加盟国間ではこれらの問題を原因とした武力衝突が幾度となく発生してきた。最近の例としては、2008年10月にタイとカンボジアがヒンズー教寺院遺跡「プレアビヒア」周辺の領有権を巡って交戦し、双方に死者が出る事態が発生した。また2005年には、インドネシアとマレーシアがカリマンタン島沖合の石油ガス鉱区の権益を巡って同海域に軍艦や戦闘機を派遣したことにより、両国間に武力衝突の危機が発生した。その他、タイとミャンマーの間では、国境沿いの少数民族の取り扱いや麻薬流入問題を巡ってしばしば武力衝突が起きている。このような二国間問題を巡る各国間の対立は、相互不信を増大させることによって、「安全保障ジレンマ」(2)の発生を促している。例えば、シンガポールは1997年にASEAN内初の潜水艦保有国となったが、このようなシンガポールの動きはインドネシアとマレーシアの潜水艦配備という対抗措置を誘発することとなった。また、シンガポールが2005年から2007年にかけてF-15SGを24機も購入したことは、2003年にマレーシアがSu-30MKMを18機発注したことが原因の一つであると言われている。更に、国内治安維持軍レベルの装備しか保有していなかったミャンマーが、2003年に突如MiG-29を10機調達したことは近隣諸国を大いに驚かせたが、これはタイのF-16に対抗するための動きであった。2005年にインドネシアとマレーシアの海軍艦艇が対峙した際に、インドネシア国内では「マレーシアより自国の軍事力が劣るせいで付け込まれた」として軍備増強を求める声が高まったが(3)、これは二国間問題を巡る対立がいかに東南アジア諸国の軍拡を煽っているかを表しているといえるであろう。

第三の要因は、中国の東南アジアにおける軍事プレゼンス拡大に対する抑止力強化の必要性である。南シナ海の島嶼の領有権を巡って中国と争う東南アジア諸国にとって、中国の軍拡は安全保障上の最大の懸念の一つである。ASEANは、中国の軍事的脅威を和らげる方策の一つとして、南シナ海における地域的行動規範の制定を目指しており、その一環として2002年に中国との間で「南シナ海における関係国の行動宣言」を締結した。また2005年には、中国、フィリピン、ベトナムの3か国が海底資源の共同調査を開始することで合意するなど、近年、係争国の間では協調的な動きもみられる。しかしその一方で、2007年に中国が南シナ海の西沙・南沙諸島を含めた行政区「三沙市」を設立したことに対してベトナムで大規模な反中デモが発生し、また2009年にはフィリピンが南沙諸島の一部島嶼を自国領とする「領海基線法」案を制定したことに対して中国が同海域に護衛艦を派遣して主権をアピールするなど、係争国間の摩擦は依然として続いている。東南アジア諸国にとって中国の軍拡への最も信頼できる対処策は、自国の軍事力強化と域外諸国、特に米国との軍事協力の強化による抑止力の確保である。近年、ベトナムとマレーシアがミサイル艦艇の保有数を大幅に増加し、また航続距離の長いSu-27やSu-30戦闘機の調達に励む要因の一つには、中国の南シナ海への軍事進出をけん制することがある。現在、域内諸国にとって中国の軍拡に関する最大の懸念事項は、中国の空母配備計画である。報道によれば、中国は既に空母の建造を開始しており、2020年代に空母3隻の運用体制を目指す方針であるが、それらの空母は南シナ海などを管轄する南海艦隊に配備される予定である。ASEANの対中脅威観は多少緩和したといえども、もし中国の空母機動部隊が南シナ海に展開することになれば、それは域内主要国の軍拡を更に煽ることになるだろう。すでにそのような兆候は起きている。インドネシアとベトナムは、国防予算に余裕がないのにも拘らず、潜水艦戦力の大幅な増強に着手し始めたが、これは中国の空母配備計画を多分に意識したものであると考えられる(潜水艦は空母機動部隊への抑止に最も有効であるといわれる)。

東南アジア諸国の間にみられる安全保障ジレンマ的な軍備近代化競争を抑制するには、当然ながら諸国間の相互不信を除去することが不可欠である。これまで域内諸国は、軍事レベルにおける相互信頼を向上させるため、二国間軍事演習などの軍事交流を実施してきた。また、2006年からはASEAN国防相会議を開催し更なる信頼醸成を図っている。しかし、域内の諸国間の対立の原因の一つである領有権問題については、一部国際司法裁判所(ICJ)を通じて解決が図られているもののその多くは棚上げ状態にある。これまで域内諸国は、諸国間の対立の顕在化を避けるため、主権が絡む解決の難しい問題の多くを棚上げしてきたが、このような外交スタイルが近い将来大幅に変化する兆しは明確には現れていない。域内諸国が対立の火種である二国間問題を解決せずに独自に軍拡を進める状況においては、軍事交流や安保対話だけで諸国間の相互不信を大幅に低減させることは難しいであろう。 東南アジア諸国はこれら地域的問題に加え、南シナ海における中国の軍事プレゼンスの増大といった外的脅威への対処にも迫られている。このような不透明な東南アジアの安全保障環境が、少なくとも近い将来においても存続している可能性が高いことを考えると、今後も東南アジア諸国は深刻な財政的問題に直面しない限りそれぞれ独自に軍拡を推進していくと思われる。

参考文献 Military Balance, International Institute of Strategic Studies
『東アジア戦略概観』防衛研究所


(1) 2008年から始まった米国の住宅バブル崩壊を発端とする世界金融危機は、少なくとも現時点においては東南アジア諸国の国防予算の動向に特段の影響を及ぼしていないようである。例えば、インドネシア政府は、2009年7月に2010年度の国防予算を前年比20%増の3,700億円に引き上げる方針を示している。『日本経済新聞』7月13日、7面。

(2) 安全保障ジレンマとは、国家の安全保障政策の矛盾を説明する理論である。この理論によれば、A国とB国との間に相互信頼関係が構築されていない場合、A国の軍事力強化がたとえ純然たる自衛目的であっても、B国にとっては脅威に映るため同国の対抗措置(軍事力強化)を誘発してしまうことになる。更にB国の対抗措置が逆に作用し、A国の軍事力強化をエスカレートさせることにより、両国間に動・反動(action-reaction)と相互不信増幅の悪循環が始まり、最終的には軍拡競争などの極度の緊張状態が両国間に出現することになる。

(3)『読売新聞』2006年2月12日、7面。


(2009年8月7日記)
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