コラム/レポート

〔研究レポート〕複合連鎖災害へのマルチ・ハザード対応:パンデミックに災害対策の経験を生かす

2020-10-27
石渡幹夫(東京大学大学院客員教授)
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「地球規模課題」研究会 第3号
「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

防災への国際的な取り組み指針である仙台防災枠組は、自然災害のみならずパンデミックや感染症など生物学的な災害も含めたマルチ・ハザード対応、つまり、様々な災害への系統だった対応を求めている。これは新型コロナウイルスなど感染症対策を強化するにあたり有益なアプローチとなる。波及、連鎖して複合・複雑化する被害に対応することができ、また、自然災害対応の蓄積を感染症対策にいかせるからである。パンデミックを含めたマルチ・ハザード対応を強化するために、対策を分析し教訓を導き、各国の能力強化を支援する国際協力が求められる。1

1.仙台防災枠組が求めるマルチ・ハザード対応

「仙台防災枠組」は国や自治体にとっての取組み指針を示している。2015年に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議で国連加盟国により採択された。7つの目標を掲げ、1-4)災害被害を減らすとともに、5)防災計画などの戦略の作成、6)国際協力、7)警報や防災情報の提供の強化、を目指す。目標達成のための優先行動として、1)リスクの理解、2)ガバナンス強化、3)投資、4)対応の強化、より良い復旧、を挙げている(図1)。ただし、あくまで指針、ロードマップであり、国際約束としての強制力をもってはいない。

自然災害のみならず、人為的な事故(産業事故など)、関連する環境、技術、生物学的な災害(感染症、パンデミックなど)を対象としている。生物学的な災害が含まれたのは、エボラ出血熱、MARS(中東呼吸器症候群)、SARS(重症急性呼吸器症候群)を経験した国々から働きかけがあったためである。仙台防災枠組では前身の兵庫行動枠組に比べ、保健・医療への言及が多くなっている。国の保健・医療システムの強靭性を高め、保健・医療従事者の防災能力を向上させ、コミュニティへの支援を行う、ことを求めている。

特定の分野のみならず、多分野(マルチセクター)対応を求めている。自然災害にしろ生物学的な災害にしろ、ひとたび発生すれば、インフラ、水、教育、保健など様々な分野に影響が波及、連鎖する。これはグローバル化、都市化、近代化により、被害は複雑化、複合化しているためである。このため、備えや緊急対応、復旧には幅広い分野の参画が不可欠となる。日本のみならず世界各国で災害が発生するたびにその学びを生かし分野、組織間の調整や協働体制を強化してきているところである。

政府機関だけでなく、社会全体での対応が望まれている。自治体、民間、市民社会、地域社会、女性、研究者など、国レベル、地方レベル、地域社会で、すべての組織や人の関与が求められている。それぞれが持つ責任の下、役割を果たすことが期待されている。例えば、民間企業は災害時であってもできる限りの事業を継続できれば、雇用と地域経済を守るという、社会的責任を果たすことができる。

この枠組で示されるアプローチは、まさに各国が新型コロナウイルス感染症対策としてとっているところである。対応能力を向上させ被害を減らす目標に向けて、多分野にまたがり社会全体で対応している。例えば4つの優先行動を新型コロナ対策に当てはめれば、①リスクは正しく理解されているか、警告はきちんと受け止められているか、②政府体制や住民・民間との連携は整えられているか、③資金は十分か、④対応能力は十分か、という問いかけになる。


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図1 仙台防災枠組が掲げる7つの目標と4つの優先行動
                         出所:筆者作成

仙台防災枠組を保健分野でどのように進めるかが議論され、保健枠組みも作られた。仙台防災枠組が採択された翌年2016年に保健分野の専門家が中心となり「仙台防災枠組における保健面実施のためのバンコク宣言(2016)」をまとめた。防災の政策・計画に保健医療面を組み込み、また保健医療政策に防災への取り組みを組み込む、災害に強い保健医療システムの構築、保健医療インフラへの投資、能力強化、健康データの整備と活用、科学技術の促進等が謳われている。さらに、2019年にはWHOにより「災害・保健危機管理に関する枠組」が作られた。感染症、紛争、自然災害、産業事故などにより発生する公衆衛生上のリスクを管理し、資源を有効活用するための概念と原則を示している。社会の脆弱性も踏まえたリスクに対応すること、発生してから行動するのではなく備えを充実させること、すべての災害に備えること、社会の持つ脆弱性や能力を重視すること、保健セクターのみでなく社会全体で対応すること、関係者で責任を分担すること、発生時の対応よりもリスクを管理すること、地域社会の参画を求めることなどを原則に挙げている。

2.複合連鎖災害へのマルチ・ハザード対応の必要性

社会経済構造が複雑化するにつれ、災害は多くの分野に波及し複合的な被害をもたらし始めている。2011年の東日本大震災では巨大地震が津波を引き起こし、原子力事故、大規模火災、コンビナート火災などに連鎖し、さらには工業生産のサプライチェーンの国際的な断絶をもたらすなど、複合的な被害へとつながった。途上国の災害では洪水・地震などの被害に加え、その後に衛生状況の悪化による被害が深刻化する場合がある。2010年ハイチ地震では20万人以上が亡くなり、その後コレラの発生により9000人以上が死亡した。

新型コロナウイルス感染症の影響は広範囲に連鎖しマルチ・ハザード対応となっている。保健医療分野に加えて、雇用、教育、経済、金融、人の移動の制限など、多くの関係する分野、機関が関わっている。さらに、パンデミック下で大規模な自然災害が発生する、また、難民キャンプで感染が拡大すれば、その対応は複雑、困難となることが懸念される。バングラデシュ・コックスバザールでは80万人のロヒンギャ難民がキャンプに収容されているが、ここでは新型コロナに加え、サイクロン災害への対応も迫られている。国内外で避難所ではソーシャルディスタンシングを取るため収容能力が大きく減少し、防災の要員やボランティアへの感染懸念から人員の確保が課題となっている。

複雑化する災害をカバーするマルチ・ハザード対応が必要とされている。系統だった対応のためには発生頻度と想定被害を理解し、シナリオを作成しておくことが望まれる。複合連鎖災害が発生した際のリスクは以下のようにあらわせられる:


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                    出所: Hariri-Ardebili (2020)を基に修正2

複合連鎖して発生するハザードを分子とし、どれだけ防災能力を備えているか、その能力が災害でどれほど損なわれてしまったかを分母とし、その比をリスクと考える。リスクを減らすには、防災能力を備えておく、つまり保健医療施設や人員を備え、セルフケア・自助の能力を高めておく必要がある。さらに能力が損なわれないようにする必要がある。保健医療従事者や捜索救援要員がウイルスに感染したり、医療・保健施設が洪水や地震で損傷したり、救援物資や人員が移動制限を受ける、パンデミックで医療資源が不足しているところに別の災害が起きる、などで、能力が下がりリスクが増大することとなる。

すべてのリスクをゼロにはできずトレードオフを認識することが必要である。日本では災害発生時に避難所でなく自宅内での避難を選択肢にするなど、新型コロナウイルスへの感染リスクを最小限にする努力が続けられている。パンデミック下での水害からの避難を考えた場合、水害からのリスクの方が大きい場合がある(表1)。リスクを比較すれば、避難を躊躇させずまずは逃げる、といった対応が求められる。災害の時系列と時間差の認識も重要である。パンデミック禍での自然災害対応と、自然災害の発生後の伝染病対策は異なる。


表1 新型コロナ肺炎と水害のリスクの比較
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                           出所:筆者作成

3.マルチ・ハザード対応により自然災害の知見をいかす

自然災害対応の知見・制度は他の災害でも有益である。日本はその長い自然災害との戦いの歴史において、被害を受ける度に対策を強化し、防災文化ともいうべき危機管理体制を整えてきた。アジア各国でもインド洋大津波やハリケーンナルギスなど大きな災害が発生するごとにその苦い経験を活かし、法律や制度、組織を強化してきている。こうした経験、制度は他の災害でも有益である。図2は世界銀行がまとめた東日本大震災からの教訓であるが、新型コロナウイルス感染症にも共通していることがわかる。


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図2 世界銀行がまとめた東日本大震災からの教訓
                出所:Ranghieri and Ishiwatari(2014)3

災害ごとの対応は違うといえば違うが、共通する部分も多い。表2は主要な災害ごとの対応を比較している。発生時の対応や資材の備蓄、生計復旧など共通する活動が多いのがわかる。2016年糸魚川市大規模火災では災害救助法に基づき救助活動が行われ、さらには火災という人為的な原因ではあったが、自然災害として被災者生活再建支援法が適用され住宅再建に役立てられた。東日本大震災復興で実施された緊急雇用・キャッシュフォーワークによる雇用創出やグループ補助金による中小企業の継続支援、救援のニーズと支援者をマッチングさせたICTなどは、新型コロナ対策としても有効であろう。自然災害で提供する避難所は備えておけば感染症の宿泊療養施設としても活用ができる。


表2 災害ごとの対応の比較
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4.防災機関による新型コロナウイルス感染症対応の現状

仙台防災枠組でその重要性はうたわれているものの、実際にマルチ・ハザード対応を取る国は多くはない。防災法がいくつもの災害を取り扱う、防災機関が全ての災害対策の調整を行う、防災計画に感染症対策などを含めるなど系統だった対応が必要となる。いくつかの国では自然災害とパンデミックなど生物学的な災害を分けずに対応している。

アメリカでは連邦緊急事態管理庁(FEMA)が危機管理に関する総合的、一元的な機能を担っている。災害救助・緊急事態支援法が自然災害や事故に加え、生物学的な災害も対象としている。2006年にパンデミック及び全災害対策法を制定し、パンデミックやバイオテロなどあらゆる災害発生時の健康安全保障体制の強化を進めてきた。(1)関係機関の機能と連携の強化、(2)遠隔医療などのIT活用、(3)目標設定と予算振り分けにより、計画策定、システム整備、教育・訓練に取り組み、危機管理体制を強化してきている。FEMAは新型コロナ対応でも、医療資材の調達、人材の展開などを実施している。2020年5月までに約58億ドル、約6000億円を支出し、災害救援基金も活用している。課題として資材調達の契約、関係機関の役割の明確化、事業効果の評価などが挙げられている。

13億を超える人口を抱えるインドでの全土ロックダウンの根拠は自然災害も扱う防災法であった。国家防災庁が自然災害のみならず、生物的災害の対策も担当している。同様に南アフリカでも国家非常事態宣言とロックダウンは防災法に基づき行われた。ロックダウンには酒類の販売禁止と夜間外出禁止が含まれる。禁酒令の目的は飲酒を起因とする傷害を減らすことで病院の負担を軽減することにある。フィリピンでは中央防災会議の体制を利用している。議長である国防大臣が新型コロナに関する省庁間タスクフォースを率いている。地方自治体レベルでも知事と市長が議長を務める地方防災会議が、特に救援物資の配布において、活用されている。

日本では自然災害とは別建てである。感染症対策は内閣官房にて、2015年のエボラ出血熱の発生により設置された「国際感染症対策調整室」と「新型インフルエンザ等対策室」の約20人の職員が担ってきた。新型コロナ対策としては2020年1月21日に関係閣僚会議、2月14日に専門家会議が設置された。3月には「新型コロナウイルス感染症対策推進室」を新設し、7月末時点で約70人の体制となっている。一方、自然災害は内閣府防災担当の職員100名ほどが調整の機能を果たしている。4月に出された非常事態宣言は、自然災害などを扱う災害対策基本法ではなく、新型インフルエンザ特別措置法に基づき出された。

5.求められる国際協力

仙台防災枠組が求める感染症も含むマルチ・ハザード対応の強化が望まれる。災害は波及、連鎖し被害は複雑化しており、社会全体で多分野にわたる対応が求められている。自然災害で培われた経験や改善されてきた制度、仕組みは必ずしも多くの国で新型コロナウイルス感染症対策に生かされていない。国際協力を進める必要がある。

国際マルチ・ハザード・ナレッジセンターの設立を。各国の新型コロナウイルス感染症への対応とその効果はまちまちである。これら対策、体制、制度を分析し教訓を導くことは、各国が今後、対応を改善していくのに不可欠である。マルチ・ハザードについての研究、助言、能力強化の国際協力が必要である。このためには、各国が得意で優位性がある分野の知見、経験を持ち寄り統合させ、活用していく国際センタ―が求められる。日本はこれまで国際社会において、国連防災会議の主催など自然災害への対策強化を主導してきた。仙台防災枠組の求めるマルチ・ハザードへの対応の着実な実施に向けて、国際協力を主導していくことが望まれる。





1 執筆にあたり地球規模課題研究会の皆様、高知県立大学神原咲子教授、国際協力機構 中村信太郎国際協力専門員、勝部司国際協力専門員には貴重なアドバイスをいただきました。感謝申し上げます。
2 Hariri-Ardebili, M. A. (2020). Living in a multi-risk chaotic condition: pandemic, natural hazards and complex emergencies. International journal of environmental research and public health, 17(16), 5635.
3 Ranghieri, F., & Ishiwatari, M. (2014). Learning from megadisasters: lessons from the Great East Japan Earthquake. The World Bank.