コラム/レポート

〔研究レポート〕習近平政権下の司法改革

2020-12-21
内藤寛子(アジア経済研究所東アジア研究グループ 研究員)
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「『新時代』中国の動勢と国際秩序の変容」研究会 第3号
「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。
なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

はじめに

習近平政権は、「法治」の推進を重視している。中国共産党第18期中央委員会第4回会議は、「法による国家統治の全面的推進における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」(以下、「第18期4中全会決定」)を採択した。第18期4中全会決定は、「法治」と中国共産党の命令的指導の関係について「党の命令的指導(領導)と社会主義法治は一致している、社会主義法治は党の命令的指導を必ず堅持し、党の命令的指導は社会主義法治に必ず依拠する」と説明した。習近平政権の「法治」は、政治的自由の拡張を伴うものではなく、権力の集権化を法律や制度に基づいて推し進めようとするものである(菱田、鈴木(2016)、小嶋(2015))。

習近平政権が「法治」を重視し、改革の全面的深化や法による国家統治の全面的な推進を目指す中で、重要な任務と位置付けたのが司法体制改革であった。本レポートは、中央全面深化改革領導小組や中央政法委員会などの会議に関する報道や最高人民法院の活動報告を基に、習近平政権がなぜ司法体制改革を必要とするのか、そしてどのように司法体制改革を実施しているのか、という問いを考察する。

1.「法治」に基づく社会秩序の維持および安定の強化

習近平政権は、「法治」を実現するための重要な改革として司法体制改革に着手しているが、政策決定過程において人民法院の存在感が高まっているわけではない。司法および公安系統の組織に対する中国共産党の命令的指導を確保する重要な党組織である政法委員会の書記の兼任職および歴任職に注目すると、習近平政権以降に政法委員会書記を担当した人物は孟建柱と郭声琨であり、公安部を歴任している人物であることが分かる。加えて、公安部部長である趙克志が2018年から政法委員会副書記を兼任している。このような習近平政権の公安部関係者の重用は、習近平政権が社会秩序の維持を重要視し積極的に対策しようと試みていることを表している。グラフ1は、財政支出に占める公共安全費と国防費の推移および公共安全費の内訳の推移を示している。公共安全費と国防費の差が、2015年以降急速に開いていることが分かる。また、公共安全費は公安部の活動にその多くを割いている。


グラフ1財政支出に占める公共安全費と国防費の推移(2002-2018)
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(出典)中華人民共和国財政部(2010-2019)「全国公共財政支出決算表2010-2019年」2020年11月17日、http://yss.mof.gov.cn/caizhengshuju/ダウンロードをもとに筆者作成

このような習近平政権の公安部への重視は、「法治」の推進と矛盾していない。第18期4中全会決定は、「社会秩序の形成に関する法治化を推し進め、国家安全に関する法律制度を構築する」と指摘し、社会秩序を維持するためには法制度の整備が必要であると論じた。習近平政権が目指す「法治」の実現には、権力の集権化だけでなく、社会秩序の維持も重視されていることが分かる。そして、紛争解決を行うことで社会秩序の維持に貢献する組織として人民法院が注目された。

2.なぜ司法体制改革が必要なのか?

人民法院が社会秩序の維持に果たす役割は大きい。しかし、人民法院は様々な問題を抱えており、それらの問題は人民法院の独立性に帰着する。第一に、人民法院に対する中国共産党の命令的指導を確保する審判委員会の存在である。人民法院組織法第36条に審判委員会は、「重大で難しく、複雑なケースに対して、どのような法律を用いるのかを議論し、決定する」責務があると定められている。判決を言い渡すのは裁判官であるにもかかわらず、重大で難しく、複雑なケースに関して、審判委員会が事前に審議することから、判決にかかる責任の所在が不明確になった。

第二に、人民法院と同レベルの党委員会および政府が人民法院の人事および財政の管理を行っている点である。行政レベルごとに人民法院の管理体制を区分した結果、人民法院は、同レベルの党委員会および政府の意向を重視した判決を出すようになり、地域保護主義が問題となった。

以上の問題を解決するために、習近平政権は党中央が主導して司法体制改革を推進するよう計画した。習近平政権は、胡錦涛政権が設置した中央司法体制改革領導小組を引き継ぎながら、第18期3中全会において成立した中央全面深化改革領導小組の傘下に位置付けた。その後、2017年10月に成立した中央全面依法治国領導小組(2018年より中央全面依法治国委員会に改組)の傘下に位置付けられている。

3.どのように司法体制改革を進めているのか?

審判委員会の制度改革として、司法責任制の導入が議論された。司法責任制の実施は、審判員会の権限と裁判官の職責を明確に区分することを目指し、具体的に二つの取り組みを行った。第一に、法曹人材の定員制(員額制)を実施することである。定員制の導入は、専門知識のない名ばかりの裁判官を減らし、専門職業家である裁判官を選出しようという狙いがあった。その結果、211990名の裁判官の中から120138名が選出されたという(約57%)1。第二に、法曹人材の専門職業化の推進である。2018年に導入された国家統一法律職業資格試験では、法律事務職も資格試験を通過することが必要となった。また、裁判官に関しては、2019年に裁判官法(法官法)が改正され、初任裁判官の配属先が基層人民法院に限定されるとともに、能力があると認められた裁判官が上級の人民法院に昇任するといった能力主義に基づいたリクルートシステムを法制度化した(高見澤他(2019))。このように審判委員会の制度改革として、裁判官を中心とした法曹人材の専門職業化が進んだ一方、審判委員会の権限に変化はない。

人民法院と党委員会および政府との関係に関する改革として、脱地方化を目指した。第一に、人民法院の人事権が同行政レベルの党委員会に、予算は同行政レベルの政府が管理するという構造を変えるため、省以下の地方人民法院(中級および基層)における人、財、物を省レベルの党委員会および政府が統一的に管理するよう変更した。第二に、巡回裁判所の導入と行政区を跨ぐ人民法院の試験的な設置である。このような裁判所の設置は、判断が難しく、地域を跨ぐ重大な民事訴訟や行政訴訟を効率的に実施できることを目的とした制度改革であった。

おわりに

習近平政権下の司法体制改革は、中央全面依法治国委員会を中心にトップダウンで推し進められている。具体的な改革案は多岐にわたるが、本レポートは、人民法院の独立性に関わる二つの関係に注目した。第一に、中国共産党と人民法院の命令的指導関係である。その関係を確保する重要な組織である審判委員会は、その権限に変化は見られないものの、裁判官の専門職業化を推し進めることで、それぞれの職責の区分を明確にしようと試みられている。

第二に、人民法院と同行政レベルの党委員会および政府との関係である。省レベルの党委員会および政府が地方の人民法院を統一して管理するよう変更したことや、巡回裁判所および行政区を跨ぐ人民法院の設置によって、脱地方化を試みた。

このような改革は一定程度の成果をあげていると報告されている一方で、依然として実施できていない地域もあるという。トップダウンで設計された改革案が、どのように実施されているのか、あるいは実施されていないのかという政策執行の過程についても今後注視する必要があるだろう。

参考文献リスト
小嶋華津子(2015)「習近平政権と『法治』」『国際問題』第640号、5-14頁、2020年12月1日、http://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2010/2015-04_002.pdf?noprintよりダウンロード。
高見澤磨、鈴木賢、宇田川幸則、坂口一成編著(2019)『現代中国法入門第8版』有斐閣。
菱田雅晴、鈴木隆編(2016)『超大国・中国のゆくえ3:共産党とガバナンス』東京大学出版会。



1 周强(2017)「最高人民法院关于人民法院全面深化司法改革情况的报告--2017年11月1日在第十二届全国人民代表大会常务委员会第三十次会议上」2020年12月1日、 http://www.npc.gov.cn/npc/c30834/201711/d8a86adedaad4765bb812b9831576014.shtmlよりダウンロード。