コラム/レポート

〔研究レポート〕経済安保をめぐって―米中対抗の中で

2020-09-02
山本吉宣(政策研究大学院大学客員教授)
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「経済・安全保障リンケージ」研究会 第1号
「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。
なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

第3ヴァージョンの経済と安保―相互依存のなかの戦略的対抗

第2次世界大戦後今日までの経済と安全保障の関係を広く模式的にみれば、現在は、第3ヴァージョンともいうべき時代になっている。第1ヴァージョンでは、米ソ間(東西間)において、アメリカを中心とする西側がソ連(圏)に対して、外交・安全保障上の理由から、軍事に関する技術や戦略的な物質の移転を阻止、管理し、ソ連の軍事力や経済力の増進を抑えようとするものであった。第2ヴァージョンは、冷戦期、(開発途上国を含む)西側圏内において、リベラルな国際経済制度のもとで高い経済成長が達成され、その結果経済的な相互依存が著しく高まった(相互依存化)。その中で、たとえば、非対称的な相互依存に由来する脆弱性を相手に衝かれるという経済安保(自国経済の不安定化)などいくつかのことが見られた。

この第2ヴァージョンは、冷戦期には、第1ヴァージョンと併存していたが、冷戦後は、世界全体を包み込み、モノ、カネ、ヒト、情報が国境を超えて飛び交うものとなった(「グローバル化」)。それは様々な体制を持つ国を取り込みつつ、新興工業国の台頭をもたらした。とくに中国の台頭により国際システムの在り方は変化し、米中2極と呼ばれるものとなっていく。特にトランプ政権の成立以後は、相互依存(浸透)のシステムの中に戦略的な対抗者(中国)が存在するという特徴を持つものとなった。これを第3ヴァージョンと呼ぶとすれば、それは、第1ヴァージョンと第2ヴァージョンの特徴を併せ持ったものであるとともに、国際システムの変化(技術の発展、情報、ヒトの移動等)をも取り込んだ複雑な安保と経済の関係を示すことになった。

多様で複雑なメカニズム―継続と変容

この相互依存と戦略的対抗の併存の特徴をまず戦略的対抗者が存在しない相互依存(第2ヴァージョン)でみられたいくつかのパターンを出発点として考えてみよう。一つは、すでに述べたように、非対称的な相互依存に由来する脆弱性が高まると、それが政治的に使われるというものである。70年代の石油危機では、石油が政治的に使われ、アラブの石油に大いに依存していた国々は、大きなコストを強いられた。一般的に言えば、非対称的な相互依存関係がとくに戦略物質にかかわる場合、依存する相手の政治的(ときに安全保障上の)目的に利用される、という類型を示すものであった。また、脆弱性を回避するため、代替輸入先の開発、代替エネルギーの開発、備蓄などの政策手段が取られた。

この脆弱性を衝く経済と安保との関係は、第3ヴァージョンでも引き続き顕著に見られるものである。たとえば中国は、2010年代あたりから、相手との非対称的な経済関係を使って、自己の政治的、また安全保障上の目的を達成するために、強制的な手段をとることが多くなった。韓国がTHAADを導入しようとした際、一方で韓国への観光客を大幅に減らし、他方で、中国で活動するロッテの営業を制約しようとした。後者は、単に水際の措置だけではなく、対内投資による国内での外国企業の活動をコントロールして、政治的な(あるいは安全保障上の)目的を達成しようとするものであった。また今日では、貿易の関税や数量制限という手段で相手に圧力をかけるという伝統的な政策のみならず、アメリカが世界に展開している金融システム(ドル)を駆使して相手(中国やイラン)に圧力をかけるという「ネットワークの武器化(weaponized networks)」という現象も顕著となっている。

二つには、自国の安全保障地盤が、自由貿易(比較優位)の原則の下で、揺らいでくることがあった。たとえば、半導体などの軍事に必須な製品について、他国に凌駕されたり、他国に依存したりすることが見られた。軍民両用の製品の問題である。このことに対処する方策として、自国の製造力を増大させるような手段を講ずるとともに、貿易を制限することも考えられた。

この問題は、アメリカに関していえば、拡大通商法の232条(1962年)にあらわれるものである。しかし第3ヴァージョンにあるいま、この条項はトランプ政権によって、鉄鋼やアルミ(さらには自動車)に適用され(ようとし)ている。それは、相手が同盟国であっても然りである。これは、自国の安全保障にかかわる産業を保護するために貿易を制限しようとする類型である(ただ、具体的には、安保だけではなく保護主義と混ざり合ったものであることも多い)。また、安全保障上の理由によってアメリカは、ファーウェイ(華為技術)に対して供給を禁止する(「輸出禁止」)だけでなく、政府調達を禁止する(「輸入禁止」)。アメリカ市場からの排除であり、特に後者のアメリカの政策は、ファーウェイの製品を使用した外国企業からの製品をアメリカの政府調達から排除するもので、企業レベルでのネットワークを使った対中封じ込めをねらったものである。

三つには、70年代の資本規制の緩和は、対内投資の増大を促進し、国境をまたいだ投資による結びつきが強くなっていった。これはときに外国資本の買収などによる安全保障上の問題を引き起こすようになり、対内投資の規制が導入され(たとえば、80年代末のエクソン・フロリオ条項――これは、富士通のフェアチャイルドセミコンダクターの買収に対する反応であった)、強化されていった。また、対内投資の安全保障上の評価をする対米投資委員会(CFIUS--1975年設立)の権限も強化された。以後、規制法規もCFIUSも強化されていく。

第3ヴァージョンの現在、とくに中国からの投資に関しては、安全保障上の理由による規制がかかるようになる。2018年に成立した国防権限法には外国投資リスク審査現代化法 (FIRRMA)が組み込まれていた。これによって重要技術、重要インフラ、個人情報分野等への投資もCFIUSの審査対象になっていく。トランプ大統領は、2020年8月、安全保障上の理由で、バイトダンスにTikTokの米事業を売却するように命令した(国際緊急経済権限法にもとづいて)。さらに他の同様の中国企業に対しても同じような措置を検討するという。これは、単に対内直接投資規制でM&Aを通した浸透阻止・技術流出阻止を狙うことに加えて、アメリカの中ですでに活動する企業を安全保障上の理由からアメリカから追い出すことを意味する(排除・排斥)。第3ヴァージョンにおいては、カネ(投資)だけではなく、ヒトの動きも安全保障との関係で注目される。ヒトは国境を超えてさまざまな活動を行う。ヒトは、もちろん、産業スパイ(そして、安全保障上のスパイ)などの犯罪行為によって放逐されたり、罰せられたりするが、いまや中国からの大学院生、研究者のなかで人民解放軍との関係があったり、あるいは中国の「軍民融合戦略」にかかわると判断された人々は入国が停止されるようになっている。

さて、相互依存化やグローバル化は、基本的にGATT/WTOの下でのルールに基づいて展開した(中国の経済成長はWTO加盟から加速した)。しかしながら、GATT/WTOのルールの下では、安全保障にかかわる問題は、枠外に置かれている。さらに、不公正貿易慣行の問題については、アメリカに関しては、74年通商法301条などが存在するが、WTOルールがカヴァーする分野においては、301条は発動されないというのが基本であった。しかし、第3ヴァージョンで、異質な体制を持つ国が相互依存体系の中に含まれるとき、その「異質性」(たとえば、国家の経済介入)に処するに、この不公正貿易慣行に対する制裁がWTOを迂回して適応される。トランプ政権は、この不公正慣行を理由に対中制裁関税をかけているが、米国通商代表のライトハイザーは、中国の不公正慣行等の行動がアメリカの企業や経済に対する「実存的な脅威」であると論じている。

このように、トランプ政権の対中政策に焦点を当てて考えると、アメリカの対中政策は、輸出管理のみならず様々な方法で相手の力の増大を防ぐとともに、相手の個別の行動(たとえば、香港安全保障維持法の導入)に対しては、関税や金融制裁を通して相手の行動を変えようとしている。また、中国からの輸入に対して関税や数量制限をかけ、投資を制限し、アメリカ自身の経済や安全を守ろうとする。さらに、国内に入ってきた企業(ハイテク・情報関連)の活動を規制し、時に排除し、また中国人の大学院生や研究者を排除・排斥しようとしている。アメリカのこのような政策は、米中の、モノ、ヒト、カネ、情報の多次元で密接に相互浸透しているシステムにおいて、そのシステムに含まれる戦略的な対抗者にいかに対処するかを示し、複雑なものがある。

「建設的関与」から「冷戦」あるいは「競争的共存」へ

このようなアメリカの政策は、一方で、中国の「中国製造2025」(国家の補助――アメリカから言えば不公正貿易慣行)、「国家情報法」(企業の情報を政府がコントロール)、また「軍民融合戦略」などの具体的な政策・戦略に対応するものであるように見える。他方、中国は、このような政策体系を国家主権にかかわるものとして変える様子は見えない。より広くみれば、このような事象は、中国については、習近平政権になって、韜光養晦路線から積極的、攻撃な戦略に転換し、他方トランプ政権は、歴代政権の関与政策を否定し、中国を戦略的な対抗者そして修正主義国と規定し、中国に強硬な政策を展開する戦略に転換した、ということに由来する。すなわち、米中「建設的な関与」の時代の終焉である。そして、トランプ政権の政策には中国との経済関係を切断(デカップリング)する政策も多く含まれる。もし両者が、経済的に切断され、安全保障で戦略的な敵対者となり、またイデオロギー(人権、民主主義、経済体制)で対立すれば、米中関係は、冷戦期の米ソ対立(「冷戦」)に近いものとなろう。しかしながら、経済関係を切断するといっても、それは、大きなコストがかかるし、できるかどうかわからない。そうすると、経済関係では何らかの形での部分的な切断(あるいは部分的な関与)でとどめるが、安全保障、イデオロギーの次元で、中国を押し戻そう(push back)とし競争的政策は強めつつ、競争が暴発しないような装置(信頼醸成装置)を作り、軍備管理、テロリズムなどに関しては協力体制を作り出そうとするかもしれない。これが、「競争的共存(competitive coexistence)」と呼ばれるものである。そうすると、現在、アメリカの戦略は、「冷戦」と「競争的共存」の間で綱引きが行われているといってよいであろう。経済と安保との関係も、このような文脈の中で決まってこよう。