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シャルム・エッシェイフ


2005年7月23日、シャルム・エッシェイフ(Sharm al-Shaykh、日本の新聞では一般にシャルムエルシェイクと表記)で高級ホテルなどを標的とする連続爆破事件が発生し、事件発生2日目で70名以上の死傷者が確認される大惨事となっている。

シャルム・エッシェイフはエジプト・南シナイ県の主要都市のひとつで、紅海に突き出たシナイ半島の南端に位置する。近海には美しい珊瑚礁の群生が見られ、世界有数のダイビング・スポットとしても有名である。エジプト最大の観光地のひとつであり、欧米やイスラエルを中心に多数の外国人観光客が訪れる。

もともとは小さな漁業拠点であったシャルム・エッシェイフは、イスラエルによる軍事占領期の開発によって大きく変貌した。1967年6月の第三次中東戦争において、イスラエルはシナイ半島を占領した。シャルム・エッシェイフは、イスラエルから紅海への唯一の出口であるティラン海峡を扼する要衝として重視され、イスラエルによる都市開発が進められた。同市の北部地区(現ナアマ湾地区)では、観光産業を中心に開発が進められ、ホテルやダイビング・スクールなどの施設が建設された。1982年、シナイ半島はイスラエルからエジプトに返還された。その後も、エジプト政府主導の外資導入によるシャルム・エッシェイフの観光開発は続けられ、現在では多数の高級ホテルが林立するリゾート地となっている。

シャルム・エッシェイフは、エジプト外交においても重要な都市である。ムバーラク大統領と諸国首脳との会談は、しばしば同地で行われている。また、1999年にはパレスチナ・イスラエル間の和平会議が開催されるなど、これまでに多数の国際会議が開催されており、同地は中東地域における外交の主要舞台のひとつとしても知られる。

一方、エジプト国内では、シャルム・エッシェイフなどのシナイ半島のリゾート地を「堕落した」場所とする意見もみられる。特に、カジノでの賭博行為、アルコールの氾濫、売春行為の横行などに対しては、一部に根強い批判・不満が存在する。

シャルム・エッシェイフ連続爆破事件の他にも、2004年10月には、同地から北東へ約300kmの観光地ターバで、外国人観光客を含む34名が死亡する爆破事件が発生している。ターバへは隣接する国境を越えて多数のイスラエル観光客が訪れるが、この事件では彼らが標的にされたともいわれる。今回のシャルム・エッシェイフでの事件の背景や犯行グループは判明していないが、エジプト経済の大きな柱の一つである観光産業の破壊が目的であるとする声もある。観光客の減少は同国経済へ直接的な悪影響を及ぼすものであり、さらにはムバーラク大統領の政権基盤を揺らがす可能性があるものとされている。
(2005年7月27日記)
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