JIIA国際フォーラム
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「イラクをどうするかPart3−その問題と日本の対応−」

2003年3月31日、当研究所大会議室において標記パネル・ディスカッションが開催された。パネリストは森本敏・拓殖大学教授、酒井啓子・JETROアジア経済研究所主任研究員、中嶋猪久生・中東経済専門家、足木孝・外務省人道援助室長、モデレーターは重家俊範・当研究所主任研究員が務めた。イラクの現状や戦後の復興などについて、多くの意見が述べられた。以下に、その議論をまとめた。

1、  現在、米軍地上部隊15万人(陸軍8万、海兵隊7万)が、23個師団37万人のイラク軍と戦っている。イラク軍の布陣はイラン・イラク戦争時と同様に、北部において厚くなっており、モスルとキルクークの周辺に計8個師団(共和国防衛隊アドマン師団、ネブカドネザル師団を含む)が展開している。米軍がトルコから展開できず、北部戦線を構築できなかったことから、これらの兵力は温存されている。米軍は第4機械化歩兵師団や第1騎兵師団などの増派部隊をクウェートから南部戦線に投入せざるを得ないが、バグダッド周辺には計6個師団が配備され、特に強力な共和国防衛隊メディナ機甲師団、ハンムラビ機甲師団、アルニダー機甲師団は、空爆に耐え得る強固な陣地を構えている。米増派部隊の前線到着までかなりの時間がかかり、北部戦線からの挟撃が不可能なことから、戦闘には困難が予想され、目標とされる30日間では戦争は終結しない状況となった。

2、  イラクでは開戦後に、米国にとって望ましくない3つの変化が見られる。第一に、軍ではイ・イ戦争時の戦功者を重用し、それがイラク側善戦の背景となっている。現国防相はイ・イ戦争時の第一軍団長であり、同様に現参謀総長は第二軍団長、ウダイと交代したフェダイーン・サッダームの現司令官は南部防衛の責任者で、南部でのゲリラ戦を得意としている。米軍の司令部将校も湾岸戦争の経験者だが、彼らには空爆後の攻撃に戦車を捨てて逃げるイラク兵というイメージしかなく、民兵の攻撃など予想していなかった。第二に、開戦直後から国防相がメディアに登場し、国を守るという軍の存在価値をアピールしていることである。フセイン体制では軍は政治に関わらず、記者会見自体が珍しい。第三に、シーア派である情報相やクルド人である保健相など、各集団に帰属するバース党幹部もメディアに頻繁に登場し、これまで革命に関してのみ使われてきた「バース党の戦士」といった表現を用いるなどして、党の存在価値をアピールしている。軍や党が手柄争いをしていることは、彼らがフセインから離れるという予想とは異なる展開だが、その展開はフセインへの忠誠を意味しない。彼らは、新政権になっても生き残るために自己をアピールしている。軍やバース党の幹部は紛争後のパージの対象となるが、開戦まで米国、特に国務省は体制内クーデターなどによりフセインのみを排除し、現体制の中心と手を結ぶオプションを持っていた。また、民衆もフセインの終焉や米国の占領よりも、国内で次に誰が出てくるかを注視している。それゆえ、軍や党の幹部は既存の要人を受け入れる米のオプションと民衆の支持に期待して、パージのぎりぎりのところで生き残るために自己の存在をアピールし、その結果としてイラクは一体感を高めている。

3、  70年代まで、日本企業にとってイラクは良好な市場であった。しかし、イ・イ戦争と湾岸戦争により巨額の債権だけが残った。湾岸戦争後のオイル・フォー・フードでも、日本は米国に近い存在として石油取引から排除され、イラク向け物資の契約でも無理難題を押し付けられた。ナシリーヤ周辺の油田開発も中断したままとなっている。イラクの対外債務は推定800億ドルであり、日本の債権はそのうち5000〜6000億円である(公的債権3500〜4500億円。民間債権1500億円)。おそらく、紛争後に債権放棄を求められることになろうが、民間債権では大企業はともかく、中小企業は放棄や削減には応じられない。公的債権も、政治的理由による債務削減の前例はあるものの、イラクは中所得国で産油国であることから債権放棄には応じられず、リスケで返済を求めることになろう。いずれにしても、延滞をリスケやグラントでなくさないと、世銀などからの融資を受けられない。

4、  戦後復興の見通しは、難しい。現実的には、アフガニスタンのISAFのような国際治安部隊が米軍に代わり展開し、国連主導で選挙や体制作りを行うことが望ましいが、米国はその犠牲に見合う主導権と利権を求め、安保理での対米非難を繰り返したくないだろう。米国が政治体制を担当し、復興は国際協調で行うという考えもあろうが、両者は実質的に切り離せないだろう。新体制の受け皿も、まったく未知数である。そのひとつの原因は、国防総省と国務省の対立が解消せず、ブッシュ政権内の構想が決定しないままに戦争に突入したことにある。国内に一定の勢力を有するシーア派やクルド人の反体制派は、米国にとって必ずしも好ましいパートナーではない。しかし、国防総省は彼ら反体制派による暫定政権を求めた。国務省は、コア・メンバーではないがバース党に近いアラブ・ナショナリストを新政権の受け皿に考えている。

5、  日本の対応は、湾岸戦争時に比して準備期間に余裕があったことから、落ち着いたものとなっている。開戦の20日には、UNHCRなどへ当面の資金として約6億円の拠出を行い、現在の支援策の合計は約135億円となっている。国連の緊急統一アピールは総額22億ドルで、日本はその2割を負担するといわれているが、最初に2割ありきではなく、慎重にできることを選んで拠出していくべきである。国連アピールとオイル・フォー・フード再開との関係は、未だ明らかではない。4〜9月の石油収入を22億ドルから差し引くことになっているが、その収入がいくらになるか不明である。国連にある現在の残高86億ドルは、用いないことになっている。

6、  湾岸戦争時の日本の損益勘定は、多国籍軍支援などの直接支出や石油価格上昇などの間接支出を合わせ、3兆円を超える大赤字であった。イラクの復興需要において日本はどうあるべきかを考え、湾岸戦争の二の舞にならぬよう資金を拠出しなければならない。米国は復興需要を押さえにかかっているが、日本はイラクにおいて過去にインフラや石油などの様々な分野で活動した実績があり、そのような得意分野で復興需要に応えていくべきである。(松本弘)