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イラク基本法


3月8日、バグダッドにおいて「イラク基本法(以下、基本法。前文および9章62条により構成。正式名称Law of Administration for the State of Iraq for the Transitional Period)」が、イラク統治評議会メンバー25名により署名された。この基本法は、6月30日に連合国暫定当局(CPA)からイラク暫定政府に主権が委譲されてから、恒久憲法の公布および正式政権の樹立までの間、暫定憲法の役割を果たすものである。基本法に明記された主権委譲後のスケジュールは、以下の通り。来2005年1月31日までに国民議会選挙が実施され、それにより移行政府が発足。国民議会は同年8月15日までに恒久憲法案を作成し、10月15日までに憲法承認のための国民投票を実施。憲法が承認された場合は、12月15日までに恒久憲法下での国民議会選挙を実施し、12月31日までに正式政権を樹立。

基本法の大きな特徴は、国民議会、大統領府、連邦制の3点にあると思う。国民議会は一院制で、定数は275名(フセイン政権時代は250名で、うち30名が大統領による任命)。議長・副議長は議会によって選出され、得票第1位が議長、第2位、第3位がそれぞれ第一副議長、第二副議長となる。議会は大統領府メンバー3名(大統領1名、副大統領2名)を選出すると規定されており、大統領の選出は間接選挙となる(フセイン政権時代は、形式的な大統領直接選挙)。選出は3名一括のリストに対して行なわれ、議員の3分の2以上の賛成が必要。また、議会は大統領メンバーの全員または一部を、議員の4分の3以上の賛成で罷免できる。基本法に明記はされていないが、大統領および国民議会議長にはシーア派、副大統領2名および副議長2名にはスンナ派とクルド人がそれぞれ1名ずつ就任し、イラクの主要な3つのエスニック・グループの代表が集団指導体制をとることを想定した規定と考えられる。

大統領府は、議会通過法案に対する拒否権を持つが、差し戻された法案を議会が3分の2以上の賛成で再度可決した場合は、大統領府の拒否権が覆され、そのまま公布される。また、基本法の改正には、国民議会の4分の3以上の賛成および大統領府の承認が必要である。大統領府は首相を任命し、かつ首相の推薦に基づいて大臣を任命する(首相・大臣は、国民議会での過半数による承認が必要)。このような議会と大統領の関係は、議院内閣制と大統領制の中間に位置する特殊な例だが、上記した集団指導体制や大統領権限の抑止、国民統合のシンボルとしての大統領(府)、首相・大臣への実務に長けたテクノクラートの登用などを考慮したものと考えられる。

地方統治は連邦制を謳い、連邦の構成体は北部3州から成るクルド地方政府(The Kurdistan Regional Government、議会・内閣・地方司法府を有する)とその他の15州とされている(以下、「連邦構成体」と総称)。各連邦構成体は議会を形成し、知事を任命し、市町村議会を形成する権利を有する。クルド地方議会および各州議会選挙は、国民議会選挙と同時に実施される。現在、すべての中東諸国で州知事は中央からの任命となっており、これが実現されれば、イラクは州知事を地元から生み出す、中東で最初の国となる。

しかし、厳密な連邦制には、どのようなかたちであれ「連邦離脱条項」が必要とされる。周辺国にも関わるクルド人の問題を抱えるイラクが、この「連邦離脱条項」を恒久憲法案に盛り込むのかどうかは、一切議論されていない。また、フセイン政権時代まで、イラクでは行政区域の恣意的・作為的な改編が繰り返されており、強制的な境界線の変更や住民の移住により、現在の連邦構成体の境界は必ずしも国内の実態を反映していない。その象徴はキルクーク問題だが、それに限らず同種の問題は各地に存在する。基本法はこの境界線の再設定に関して、大統領府や国連事務総長が指名する仲裁人の役割を規定しているが、問題の解決には長い時間がかかるであろう。

さらに、基本法は恒久憲法案承認のための国民投票について、「3つの州以上で3分の2の投票が反対であった場合、憲法案は承認されない」と規定している。これはクルド地方政府の事実上の「拒否権」とされ、「全投票の過半数による憲法案承認」を主張するシーア派指導者らは、この条項に強く異議を唱えた。これにより、統治評議会メンバー25名による基本法の署名が延期されるとともに、統治評議会のシーア派メンバー12名が、この条項に留保を示した上で署名する事態となった。結局は原案通りとなったが、シーア派指導者らは国民議会における恒久憲法案作成において、この規定の排除を主張すると見られている。

今後は、国民議会選挙実施のための選挙法と政党法の整備が、6月30日からの暫定政府の最も重要な職務のひとつとなる。基本法は女性議員の割合を4分の1以上とすることを目的とし、アッシリア人、トルクメン人などの少数派に配慮すると規定しており、選挙法がこの規定をどのように具体化するのかが問題となろう。しかし、そのほかにも選挙制度の確立には、人口調査や選出方法、選挙区の設定、選挙違反規定などに関わる難問が多い。また、政党法に関しても、現在既に100以上の政党が準備されていると報じられており、それらの認可やイスラム政党の扱いがどのようになり、どのような政党の間で選挙戦が行なわれるのかが注目される。

いずれにしても、国民議会選挙が実施された場合、現在我々が議論しているシーア派、スンナ派、クルド人というエスニック・グループや、シーア派のシスターニー師に代表される宗教勢力といった問題が、実際にどの程度のまとまりや政治的影響力を持つものなのかを見ることができる、最初の機会となる。国民議会選挙とその結果は、イラクの政治状況の実態を示し、その国家の将来を想定する上で、極めて重要な出来事となる。

(2004年3月11日記)


(主任研究員   松本 弘

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