コラム/研究レポート

〔研究レポート〕アメリカではなぜ第三党が台頭しないのか

2021-10-13
待鳥聡史(京都大学教授)
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「米国」研究会 FY20211

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

はじめに

ジョー・バイデン政権が発足して半年以上になるが、内政と外交の双方においてまだ目立った成果を挙げているとは言い難い。とくに国内経済政策については、2021年10月初旬現在、新型コロナウィルス感染症対策を含む初期のパッケージ(アメリカ救済計画)以降、議会との対立などによって大きな進展がない。このことは、アフガニスタンからの米軍撤収とタリバン政権復活など疑問の残る外交上の選択と並んで、政権の支持率に悪影響を与えている。来年の中間選挙を念頭に置けば、経済政策は政権にとって最大の懸念材料といえるだろう。

内政面での成果を妨げるのが、民主党と共和党の間にある深く激しい対立、すなわち分極化である。分極化はバイデン政権以前から強まっており、とくにドナルド・トランプ政権期に世界的にも広く注目されるようになった。しかし実際には、21世紀のアメリカ政治の基調というべきものであり、論者によっては1960年代に始まる共和党の保守化や70年代以降の民主党のリベラル化の強まりに起源を求めることも珍しくない。バイデン政権の場合、政党間対立に加えて民主党内のリベラル派と中道派の対立にも制約を受けているが、これもイデオロギー対立の深刻化が党内に影響を与えているものと捉えられる。

二大政党間の分極化にせよ、党内での極端派と中道派の対立にせよ、それを見て湧き上がる当然の疑問は、なぜこれほどまでに「主要政党が2つ」であることに拘泥するのか、であろう。党内対立が激しければ政党を割れば良いだろうし、その結果として多党制になれば議会での多数派形成にも複数のパターンが生まれるはずで、分極化の影響も緩和することができる。学術的な知見を踏まえた議論においても、たとえばリー・ドラットマンが近年の著作で主張するように、アメリカの民主主義を守るには多党制が必要だという見解は存在する(Lee Drutman, Breaking the Two-Party Doom Loop, Oxford University Press, 2020)。

しかし、現実問題としてはアメリカの二大政党制は極めて強固であり、近い将来に変化があるとは考えにくい。民主党、共和党以外の政党が台頭して多党制に変化する可能性は乏しいのである。なぜそう考えられるのだろうか。そのことはアメリカの民主主義にとっていかなる意味を持つのだろうか。以下で論じることにしよう。

第三党の出現とその帰結

アメリカ政党史において、第三党が全く登場しなかったわけではない。南北戦争直前に登場した共和党は、実質的にはホイッグ党の後裔政党となったが、少なくとも結党時点では第三党であった。その後も、19世紀後半の農民運動に起源を持つ人民党(ポピュリスト党)や、1912年大統領選挙においてセオドア・ローズヴェルトが率いた革新党、1992年大統領選挙で一時旋風を巻き起こしたロス・ペローが後年創設した改革党など、いわゆる泡沫政党として括ることのできない第三党は何度も出現している。比較的最近でも、ラルフ・ネーダー率いる緑の党のように、複数回にわたって大統領選挙に候補を擁立し、存在感を示す例も存在する。

しかし、これら第三党のほとんどは二大政党の一角を掘り崩すには至らず、ごく短期間に政党としての実質が失われるか、存続したとしても勢力を著しく弱めた。上に挙げた例でいえば、人民党は1896年大統領選挙でのブームを経て、大部分は民主党に吸収された。革新党はローズヴェルトの意向により1916年には共和党に復帰した。改革党は2000年までに勢力を弱めて事実上消滅した。緑の党は活動を継続しているが、ネーダーの得票が選挙結果全体に影響したともいわれた2000年大統領選挙のような勢いは得ていない。

現在までのところ、第三党から出発して二大政党を構成するようになったのは共和党のみである。民主党は、当時の最大政党にして事実上の一党体制を構築していたリパブリカンズ(共和派)の内部で、1828年大統領選挙でアンドリュー・ジャクソンを当選させるために生まれた分派が起源である。ホイッグ党はその際にジョン・クインジー・アダムズを支持した別の分派が起源であって、第三党から台頭したわけではない。さらに、南北戦争後には第三党から二大政党に成長した実例は皆無であり、同じく二大政党制の歴史が長いイギリスで、20世紀前半に自由党から労働党へと第二党が交代したこととは対照的である。

利益配分のための「テント」

では、なぜ第三党は強力な存在にならないのだろうか。この問いに対しては、2つの点から答えていくのが適切であろう。

1つは、アメリカの政党がもっぱら利益配分のユニットとして機能してきたことである。政治学者の岡山裕は、アメリカの政党が「柔構造を持ち政治全体を緩やかに覆う」存在であると指摘し、ティップ・オニールの表現を借りつつ「テント」(天幕)の下に様々な理念や利害関心を持った人々が集う「出入りも自由ならどこで何をしようとかまわない」組織なのだと論じる(岡山裕『アメリカの政党政治』中公新書、2020年、5頁)。

ヨーロッパにおいて20世紀に確立された近代政党の組織は、党首を頂点、一般党員を底辺とするピラミッド構造を持ち、政権の獲得や党勢の拡大を通じて、共通の理念や利害関心を合理的に追求するのが特徴である。言い換えるならば、近代政党は構成員に共有された目標追求のためにすべての活動が行われる組織なのである。したがって、党員になることは明確なコミットメントであり、党費の支払いなどの負担と組織運営への参画という権利を伴う。

しかし、アメリカの政党は伝統的にこのような性質を持たない。もちろん、どこで何をしようとかまわないとしても、構成員である個々人が全く異なる利害関心を持つわけではない。テントの下には多数のグループ(分派)が存在し、そこに集う人々の間には共有された目標が存在する。だが、それは特定の州や地域といった地理的に狭い範囲か、あるいは特定の政策課題のみに関心があるといった限定がそれぞれにあり、グループを束ねる理念や目標は長らく存在してこなかった。党員になることへのコミットメントもごく弱く、ピラミッド的な組織構造もグループを超えては存在しない。

グループ内部をまとめる要因は多くあるが、歴史的には官職割り振りなどを含む利益配分が大きな意味を持ってきた。国政でも地方政治でも、政治権力をめぐって争い、勝利した側が支持者(グループの構成員)に対して利益配分を行うのがアメリカの政党間競争の基本的構図であり、だからこそ政党は人々の社会生活にまで広く影響を及ぼす存在となった。政党がそのような役割を果たすのだとすれば、勝者がすべての資源(利益配分の原資)を握るのが期待されるのは自然で、文字通りの勝者総取りにつながる二大政党制と適合的である。現代でも政党間競争に付随する利益は巨大であり、政党が多数の利害当事者を持つ一種の企業のようになっていることは否定しがたい。

強い制度的抑止

第三党の台頭を抑止するもう1つの要因は、政治制度である。具体的には、各レヴェルの議会選挙の大多数において小選挙区制が採用されていることと、大統領・州知事・市長など各レヴェルの執政長官(行政部門の長)が独任制の公選ポストとして存在することの影響が大きい。これらはいずれも二大政党制の成立と存続を促すことが知られている。

まず、連邦議会や多くの州議会の選挙が小選挙区制であることは、それぞれの選挙区において有力な候補者が2名になることにつながり、二大政党制にとって有利な条件となる。ただし、アメリカの政党の組織的特徴や、議員が地域代表や個別利益代表であることを是とする代表観からは、カナダなどのように州あるいは選挙区ごとに異なる二大政党の組み合わせになることも可能性としてはありえた。実際にも、1960年代までの共和党は南部で極めて弱いなど、地域ごとに二大政党の勢力には少なくない違いがあったが、これは州や選挙区単位で見た場合の競争関係に違いがあることを意味していた。

 にもかかわらず、アメリカでは全国的に同じ二大政党の組み合わせになったのは、大統領選挙の影響が大きい。大統領選挙は選挙人は州ごとに選ばれるが全米を単一の選挙区として1人の当選者を出すため、どこでも同じ有力な候補者2人の争いになる。このことは、候補者を出せる政党の数を絞り込む効果以上に、全米で同じ名称の政党が存在する効果を強く持つ。先に述べたように、本来は理念も利害関心も一致しない複数のグループが同一の政党名でまとまるのは、大統領選挙を戦い、勝利を収めるためなのである。もっぱら大統領選挙に勝つための組織であることは、多様なグループが共存するテントとしての政党のあり方と整合的であった。

さらに今日では、選挙や政党に関係したその他の法制や慣行も二大政党を優遇し、第三党の進出を抑止する効果を持っている。たとえば、大統領選挙における候補者として認められ、投票用紙に名前が記載されるかどうかは州法によって定められているが、過去におけるその政党の得票や一般有権者からの相当数の署名を要件としている場合がある。第三党候補者は泡沫候補扱いされ、マスメディアなどが開催する候補者討論会には呼ばれないことがほとんどである。

おわりに

ここまで論じてきたように、アメリカにおいて第三党が台頭しない理由は、二大政党がそれぞれ緩やかなまとまりしか持たず、多様なグループが併存しつつ個別利害を追求することを許容する存在であったことと、そのような二大政党のあり方や政党間競争を促す制度的要因が存在したことに求められる。二大政党のそれぞれには主流といえる理念や政策が存在するが、それとは異なる立場をとるグループであっても、二大政党の内部で支持を広げて存在感を高める方が、第三党を作るよりはるかに効果的なのである。したがって、アメリカ政治が多党制に移行する、あるいは二大政党の一方が別の政党に取って代わられるといった事態は、近い将来にはほとんど想定できない。

しかし、それはアメリカ民主主義の安定や良好な作動と同じではない。今日のように政党間関係の分極化が進展すると同時に、政党が多様なグループの緩やかな結合体としての性格を弱めて党内対立が激しくなると、第三党の不在はマイナスの影響をもたらす。すなわち、分極化によって超党派の多数派形成が困難になり、大統領の意向であっても他党であれば協力しないことが常態化すると、政策過程は潤滑油を失ったエンジンのように激しい摩耗に晒される。また、党内分派の存在は古くから見られるにしても、今日のように分派間の対立も激しくなると、政党間対立を伴う二大政党制のメリットである強い政策の推進力も得られず、有権者の失望感が強まる原因にもなる。

 アメリカの政治的伝統や制度構造に即した解決策は、二大政党が「テント」に回帰し、政策過程の流動性を回復することなのであろう。本来はそこにこそ、バイデン政権の歴史的役割が求められるべきだと思われる(待鳥聡史「分極化の質的変容と大統領職への影響」日本国際問題研究所研究レポート、米国研究会第2号、 2021年3月4日付。https://www.jiia.or.jp/column/post-48.html)。しかし、第三党の存在意義を追求し多党制の可能性を探ろうとする議論を、単なる夢想と片付けてしまえるほど、アメリカの民主主義は安定した状態にはない。