コラム/研究レポート

〔研究レポート〕ライースィー大統領の人事から見るイラン新政権の行方――「ディープステイト(影の政府)」の浮上とイラン核交渉難航の兆し(前編)

2021-09-15
貫井万里(文京学院大学人間学部コミュニケーション社会学科准教授)
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「中東・アフリカ」研究会 FY2021-7号(1)

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

2021年イラン大統領選挙の概要

 2021年6月18日に実施されたイラン大統領選挙の結果、保守強硬派のイブラヒーム・ライースィー司法長官が、約1,802万票(62%)を得て第14期イラン大統領に選出された。第二位のイスラーム革命防衛隊(Islamic Revolutionary Guards Corps: IRGC)元総司令官のモフセン・レザーイー公益判別評議会事務局長は、約344万票の得票(11.8%)、第三位の穏健派のアブドゥルナーセル・ヘンマティー前中央銀行総裁は約244万票の得票(8.4%)であった1。ハーメネイー最高指導者の息のかかった監督者評議会が事前審査で有力な対立候補を排除したため、選挙戦は比較的知名度の高いライースィー司法長官にとって有利に展開した。そのため、今回の大統領戦挙は、有権者による「選挙」というより、実質的には最高指導者による「任命」の色彩が濃かった。こうしたあからさまな事前操作に抗議して、多くの有権者が選挙をボイコットしたことにより、投票率は革命後最低の48.8%を記録した。2013年と2017年の大統領戦挙の投票率がいずれも約73%に上ったことと比較すると、明らかに低い数値である。

これまでのイラン・イスラーム共和国の選挙は、必ずしも完全に自由な選挙ではないとしても、「イスラーム体制を信奉する人物」という条件内で、改革派、穏健派、保守派の有力者が並び立ち、時には浮動票が無名候補に大量に流れて番狂わせの結果が起こることもあった。例えば、1997年に比較的知名度の低かった改革派のモハンマド・ハータミー師が女性や若者を中心とする無党派層の圧倒的支持を受けて大統領戦挙で当選するなど、一定程度の競争と民衆の意志が選挙に反映されてきた。しかし、今回の選挙は、イスラーム体制側がそうした余地すら許さず、低投票率であろうと、なりふりかまわず、本命のライースィー候補を確実に当選させることを選んだことが窺える。その背景には、現在82歳のハーメネイー最高指導者から次期後継者へスムーズに地位を継承させ、イスラーム体制を護持したいという最高指導者とその周囲の思惑があったことが考えられる。

事前審査で立候補資格を却下された有力候補の中には、以前に資格を認められて大統領選に出馬したマフムード・アフマディーネジャード元大統領、エスハーク・ジャハーンギーリー前副大統領、アリー・ラーリジャーニー前国会議長がいた。政権末期にロウハーニー政権とハーメネイー最高指導者の関係が悪化する中、改革派・穏健派の一部は、自派の有力候補が資格審査を通過する可能性が低いと考え、伝統保守派のラーリジャーニー前国会議長を支援しようとする動きがあった。そのため、ハーメネイー最高指導者顧問を務め、長年、良好な関係を維持してきたラーリジャーニー前国会議長の立候補資格の却下は、有権者やイラン国内外の識者に衝撃をもたらした2。それは、改革派や穏健派だけではなく、シーア派宗教界やバーザール商人層など伝統的な中間層を支持基盤としてきた伝統保守派までをも、イラン政界の中枢から排除する動きと分析できるからである。

今回の選挙の結果、最高指導者に直属する革命防衛隊に加え、司法、立法、行政の三権の全てを強硬保守派が掌握したことにより、国民が政治に参加する「共和制」の要素が弱まり、「イスラーム革命の精神を護持する人々」による寡頭政治の性格がより強まったと言える。最高指導者の交代を見据えて、政界の競争を少なくし、一つの派閥に権力を集中させようとする意図が働いたという見方ができる。

このようにIRGCに近い強硬保守派一辺倒の体制に近づきつつある状況を物語る事例として、アリー・ラーリジャーニーの弟で公益判別評議会議長のサーデク・ラーリジャーニーの発言がある。監督者評議会委員でもあるサーデク・ラーリジャーニーは、5月25日に「大統領候補の事前審査において治安機関の圧力で不公正な審査が行われた」と公然と審査結果を非難した3。監督者評議会による事前審査は、これまで秘密のベールに包まれ、内部の情報が漏れることはほとんどなかった。そのため、この発言は異例なことであった。ライースィーと並ぶ有力な次期最高指導者候補と目されてきたサーデク・ラーリジャーニーは、ライースィーが統括する司法府によって2019年に側近の汚職が厳しく追及され、政治的な力を弱めつつあった。兄のアリー・ラーリジャーニーが事前審査でふるい落とされれば、兄弟そろってイラン政界から排除されるかもしれないことを恐れ、自らの政治生命をかけた抵抗であった可能性がある。しかし、ライースィーの大統領当選により、サーデク・ラーリジャーニーが最高指導者の後継者となる可能性はさらに後退し、ライースィーが後継者になる可能性が高まったといえる。

大統領就任式

8月5日に、ハーメネイー最高指導者、司法長官、国会議員、イスラーム革命防衛隊司令官などイラン各界の要人と、アフガニスタン大統領、イラク首相、トルコ国会議長、欧州対外活動庁事務次長のエンリケ・モラなどの海外からの招待客を迎えて、イラン国会でライースィーの大統領就任式が開催された。ライースィー新大統領は、就任式で新政府の目標として人権の擁護と経済の回復を掲げ、外交に関してはイランの核開発計画は平和目的であると主張し、あらゆる外交手段を使って制裁解除を求めていくとする一方で、近隣国との関係改善を行うと演説した4。ライースィーの大統領当選後、欧米では、1988年の政治犯大量虐殺事件に関与し、2019年のイラン国内での抗議活動参加者に対する人権侵害のためにアメリカの制裁の対象となった人物が大統領に就任することに対する異議が唱えられた。こうした批判とバイデン政権の人権重視を意識し、ライースィー新大統領は就任式で「人権擁護」を強調したと考えられる。 

大統領就任演説の中でもう一つ注目すべき点は、ライースィーが自らの責務を「革命の遺産の保護者」と表現し、「革命の第2段階に向けてイマーム・ハーメネイーの価値観に沿った」政策を実施すると強調したことである5。彼自身、ポスト・ハーメネイー体制へ支障なく移行させ、ハーメネイー亡き後もイスラーム体制を存続させていくことが自らの最重要使命と認識していることが窺える。

ライースィー政権の特徴

ハーメネイー最高指導者は、大統領就任式で、ライースィーを称賛し、彼が選出されたことに満足の意を示し、早期に閣僚名簿を国会に提出し、迅速に組閣し、新政権をスタートさせるよう勧告した。しかし、おそらく保守派内での調整に時間がかかり、ライースィー大統領が閣僚名簿を国会に提出したのは、8月11日であった。ライースィーの選んだ閣僚を見ると4つの特徴が見られる6

第一に、ハーメネイー最高指導者とライースィーに近い人物が要職を占めている点である。副大統領のモハンマド・モフベルは、最高指導者命令実施機関(Setād-e Ejrāye Farmān-e Emām: Setad)の総裁を10年以上勤めてきた人物である。また、司法畑出身で明らかにライースィーに近いと見られる人物が、大統領府長官のゴラーム・フセイン・イスマイール前司法府報道官や、イランの司法府で長年防諜部門の責任者を務めたイスマイール・ハティーブ情報相、司法府でライースィーの文化アドバイザーを務め、今回、イスラーム文化指導相に任命されたメフディー・エスマイーリーである。第二に、IRGC出身者4名とその擁護者が閣僚入りを果たし、IRGCの影響力が拡大したことである。こうした傾向は、IRGCの政界中枢への進出を促進させたアフマディーネジャード政権と類似した性格を持つ。実際に、19人の閣僚のうち5人がアフマディーネジャード政権期に大臣あるいは次官を務めた経歴がある。第三に女性閣僚が1人もいない。第四に、論功賞人事ともとれる各派閥への大臣ポスト分配の努力が見られる。大統領選挙直前にライースィーのために立候補を辞退したアリーレザー・ザーカーニー前国会議員(元テヘラン州大学バスィージ責任者)にはテヘラン市長のポストを、大統領選挙で第二位で落選したモフセン・レザーイー公益判別評議会事務局長(元IRGC総司令官)には、経済担当副大統領のポストが割り当てられた7。 

(2021年8月29日脱稿)

(後編に続く)

(出典:Nada, Garrett, "Raisi : Election Results Explainer, " Iranprimer, June 23, 2021)

(出典:Nada, Garrett, "Raisi : Election Results Explainer, " Iranprimer, June 23, 2021)

(出典:Nada, Garrett, "Raisi : Election Results Explainer, " Iranprimer, June 23, 2021)




1 Nada, Garrett, "Raisi : Election Results Explainer, " Iranprimer, Juner 23, 2021, < https://iranprimer.usip.org/blog/2021/jun/23/raisi-election-results-explainer >, accessed on June 25, 2021; 2021年6月23日付タスニーム通信「内務省が大統領選挙の最終結果を発表した。ライースィーの得票数は1800万票を越えた。」<https://tn.ai/2526593>, accessed on June 25, 2021.

2 2021年5月25日付BBC Persia報道「なぜ監督者評議会の決定は、体制をより専制的にし、国をより弱体化させるのか?」<https://www.bbc.com/persian/blog-viewpoints-57237860>, accessed on May 26, 2021.

3 2021年5月25日付IRNA通信報道「サーデク・ラーリジャーニーが大量の資格の却下に抗議:監督者評議会の決定をここまで弁護できない状況であるのは初めてである。」< http://www.irna.ir/news/84342986/>, accessed on May 26, 2021.

4 2021年8月6日付BBC Persia報道「就任式のライースィー:私たちは、人権の真の擁護者である。」<https://www.bbc.com/persian/iran-58108728>, accessed on August 7, 2021.

5 2021年8月6日付BBC Persia報道「イブラヒーム・ライースィーの考える『新しいイラン』とは何か?」 <https://www.bbc.com/persian/iran-58108728>, accessed on August 7, 2021. 2021年7月31日に大東文化大学西アジア研究会におけるケイワン・アブドリ氏の報告「『革命の第二歩』への一段階としての2021年のイラン大統領選挙について――ヴェラーヤト中心主義大統領の誕生の背景と軌跡」も大変参考になった。

6 2021年8月11日付BBC Persia報道「ライースィーの提出した閣僚リスト:外相にアミール・アブドッラーヒヤーン、内相にアフマド・ヴァヒーディー」<https://www.bbc.com/persian/iran-58069312 >, accessed on August 12, 2021.

7 2021年8月8日付BBC Persia報道「アリーレザー・ザーカーニーが正式にテヘラン市長に選出された。」<https://www.bbc.com/persian/iran-58137172 >, accessed on August 9, 2021; 2021年8月25日付BBC Persia報道「モフセン・レザーイーは、経済担当副大統領になった。」<https://www.bbc.com/persian/iran-58304031 >, accessed on August 26, 2021.