コラム/研究レポート

〔研究レポート〕サウジアラビアの外交・安全保障政策の焦点――イエメン内戦への介入と地域安定の展望

2021-11-22
中西俊裕(帝京大学教授)
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「中東・アフリカ」研究会 FY2021-9

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

はじめに

サウジアラビアは外交・安全保障で様々な課題に直面している。イエメンへの介入が壁に突き当たる中で、米バイデン政権の主張をにらみながら対イランや国内問題での対応の修正を余儀なくされている。イランとの直接対話開始は地域安定化への好材料だが、域内の政情が再び悪化することへの懸念は依然として払拭できていない。本稿では域内各国の歩み寄りの経緯と、その裏で進行する地政学上の変化について考察する。

結束崩れたイエメン介入 

サウジアラビアの政治・経済両面で決定権を掌握する実力者であるムハンマド皇太子は、王位継承へ向け求心力を強める狙いで、これまで様々な施策を打ち出してきた。国内ではサウディ・ビジョン(Saudi Vision) 2030で石油依存体質の経済を多角化させる方法を模索。この一方で対外面ではイランとの対立姿勢を鮮明にし、隣国イエメンへの軍事介入を本格化させ、イランが支援するイスラム教シーア派系民兵組織フーシー派を叩き、隣国イエメンの政府の危機を救おうと決意した。そして副皇太子だった2015年にアラブ連合軍が組織され、数の力でフーシーに打撃を与えようとした。エジプトのほかUAE、モロッコ、ヨルダン、カタールなどアラブ9カ国が参加した。だが病院や学校、工場など民間の施設を標的にする攻撃が増え、多くのイエメン民間人犠牲者が出て批判を浴びるようになった。当初は連合軍の介入に理解を示し支援してきた米政府も支援活動を縮小していった。

フーシーの勢力を後退させようとしたサウジアラビア主導の軍事介入は国際的な不評を買うようになり、当初の結束も崩れていった。2017年にはカタールがサウジなど4カ国から一方的に国交断絶を宣言され、連合軍から離脱。カタール有力メディア「アルジャズィーラ」は連合軍のイエメン介入に批判的なトーンを増幅させた。2019年2月にはモロッコが「特に人道上の状況」を表明し連合軍を脱退。さらに同年7月にはUAEも兵力の規模縮小を表明し大幅に減員した。エジプトは連合軍に名を連ねてはいるが、兵力は派遣していない。

「非国家」に足を取られる

まとまりを欠くアラブ連合軍に対し、イランから支援を受けるフーシーは勢いを強め、国営石油会社サウジアラムコの石油関連施設や航行中のサウジのタンカー、首都リヤドや南部の空港などがミサイルやドローンによる攻撃の標的にされた。将来の石油需要後退を考慮しつつ、脱石油の経済構造の転換という課題を背負い戦闘を続けるサウジアラビア指導層は、世界の市場が自国をどう見るかを気にかける。外資の国内誘致のほか、先端技術を扱う産業都市の振興を進めようとするサウジに外国から軍事攻撃が続くのは、経済開発を進める観点から見て大きな不安要因である。一方で戦いによってイエメン国内で勢力圏を増やすことに専念する民兵組織フーシーは、リスクを冒しても失うものはサウジより少ない。まさに国家がノンステート(非国家)アクターと戦って劣勢に陥る典型的事態が進行しているように思える。

イエメン内戦でサウジが泥沼に足を取られたような状況で、国連や近隣国による調停はこれまでのところ成果が出ていない。同国指導層の対応は、これまでの力による対応から別のより効果的な対応策に移行すべき段階に来ている。

バイデン政権との関係

そのサウジが重視するのが、米国のバイデン政権である。人権を重要課題に位置付けるバイデン大統領は、就任前から2018年に起きたサウジのジャーナリスト、ジャマール・アフマド・カショギ氏の殺害事件に強い関心を寄せていた。バイデン大統領就任から間もない2021年2月、米国家情報長官室が発表した報告書はカショギ氏の殺害について、ムハンマド皇太子の承認なしにこれほど政治的な重大性を持つ事案が実行されるとは考えにくいとの結論を出し、皇太子に対する米新政権の厳しい態度を明確にした。バイデン大統領はトランプ前政権が避けてきた同問題に関し報告書で正面から切り込み、ムハンマド皇太子の責任に言及したことで、前政権とは違う新しい関係が始まることに自覚を促す強いシグナルを送った。

新たな米・サウジ関係が緊張含みでスタートした後、4月にはペルシャ湾を挟んで対立してきたサウジとイランの政府関係者が2016年に外交関係を断絶して以来、イラクで初めて直接協議を行った。この背後では米国がサウジにイランとの融和へ向かうよう仕向けてきたとみられる。サウジは前述のように国土がフーシーの攻撃にさらされる状態を終わらせたいが、それを実現するにはフーシーの背後にいて支援している大元のイランがサウジとの対立を緩和する気にさせる必要がある。

対話ムードの醸成

バイデン大統領はイランとの核合意の再度の交渉に取り組みたいという意欲がある。ただイランで6月、新たに選出されたライシ大統領は保守強硬派で次期最高指導者の候補という観測もあり先行きは楽観できない。またサウジアラビアとイランがこれまでのように対立していては、核交渉を進めるための環境、機運が損なわれる。サウジ政府は2012-13年ごろのオバマ政権時代、米国が主導してイランとの核合意の交渉を進めることに強く反発したが、今回は米・イラン交渉に強く反対する声は聞こえてこない。サウジ側は2月の米報告書発表後、国内で拘束していた女性人権活動家ら2人を釈放するなどむしろバイデン政権の意向に沿った動きを見せている。

4月にはサウジとイランの政府高官による直接協議が始まり、すでに複数回実施されているようだが、そのことからもサウジが大きな状況を理解したうえで、ひとまずは米側の様子を見ながら各方面と信頼の醸成に動こうと考え始めたことがうかがえる。これはペルシャ湾岸の安定化にとり久々の朗報といえる。

バイデン大統領は前述の報告書発表に際して、サウジ側との意思疎通のチャネルとしてサルマン国王との電話協議という方法を取り、ムハンマド皇太子と直接には連絡を取らない方針を決めた。その後9月末になってサリバン米大統領安全保障担当補佐官がリヤドを訪れ、ムハンマド皇太子とサウジ高官に会ったことは新しい展開だった。大統領本人ではないものの大統領に近い閣僚級の米高官がバイデン政権になって初めてサウジを訪れたことは現地で注目を集めた。人権問題やイエメン情勢のほか石油情勢も話し合われたとされ、サウジは両国間のより高いレベルへ会談が進むことに期待している。

事態改善への期待と不安

8月下旬にイラクの首都バグダッドで開催されたペルシャ湾岸を中心とする近隣国会議では、歩み寄り始めたサウジ、イラン両国の外相やほかの湾岸諸国、エジプトの指導者らに加えマクロン仏大統領も参加。アフガニスタンの難民問題などについても協議するなど、域内で対話ムードが広がることが期待される。だがやはり懸念として残るのがイエメン内戦の行方である。イエメン暫定政府、フーシーを含め内戦に関わる諸勢力が持続可能な停戦合意を結べるかどうかが問題だが、それは決して容易ではない。イエメン内戦は当初、暫定政府軍とフーシーの間で戦われていたが、その後UAEが支援する南部暫定評議会が政府軍との共闘勢力となってフーシーを追い込もうとした。しかし暫定政府軍と南部暫定評議会は2019年に仲たがいを起こし、同評議会が南部を独自に統治すると宣言したり、それを撤回して暫定政府と協力する方向に戻ったりという具合に不安定な様相を見せてきた。

南部評議会の後見人的存在であるUAEは過去にソマリア、コソボなどでの平和維持活動に参加するなど兵力の練度を磨いてきた。実力者であるムハンマド・ビンザーイド副大統領兼連邦軍副司令官(アブダビ皇太子)の指揮の下で様々な国際軍事作戦に参加してきた経験を持つUAE連邦軍は、イエメンでも南部暫定評議会の軍事組織の訓練・指導に当たっており、アラビア半島周辺で政治的な影響力を強めたいとの意向がうかがえる。UAEを巡っては外交上の動きとして2020年秋、バーレーンとともにイスラエルとの間で国交正常化のためのアブラハム合意に署名したことが注目を集めた。目的の一つはUAEが目指す脱石油政策の一助としてイスラエルの先進的な技術を吸収することだが、そこには軍事技術も含まれる。

勢力圏拡大の意図 

イスラエルの主力航空機製造企業イスラエル・エアロスペース・インダストリー(IAI)とUAEの兵器製造企業エッジが2021年3月に対無人機の高度防衛システムの共同開発で合意したことは、両国初の防衛協力の具体化例である。既に装甲車を含む多様な兵器を製造し輸出するUAEにとっては自国配備に加え、フーシーからの石油施設などインフラ攻撃に悩むサウジアラビア向けなどへの輸出需要も視野に入れた動きだ。一方でサウジ、UAEはイエメン内戦が膠着状態に陥る中、軍事介入の"代価"を求め始めた。サウジはフーシーからの領土奪回が難しい情勢の中で、ホルムズ海峡を避けて原油を輸出するため自国の油田とイエメン東部のマフラをつなぐパイプラインの建設を検討する。UAEは南西部マユーン島に飛行場を造成、ソコトラ島も掌握している。ソコトラ島を巡っては、2020年8月にイスラエル、UAEが情報収集のための共同の拠点を設置するため両国の情報将校で構成する合同調査団を派遣したとの情報が流れた。2021年5月にはイスラエルの観光客が同島を訪れているとの報道も出たが、これに関しイエメン暫定政府が「主権を無視している」と不満を示しており、同島で実権を握るUAEが独断で容認した可能性がある。

終わりに

一連の動きはイエメンの領土的一体性が破綻したことを改めて示すとともに、同国でサウジ、UAEの2カ国が勢力圏(sphere of influence)を確保する戦略的意図、またUAEの場合、南部評議会と関連した民兵組織を非国家アクターとして使う思惑も重なって映し出される。イスラエルの視点からみてUAEとの関係は対イラン牽制と同時に、ハイブリッド戦争の最前線である湾岸地域の詳細な情報を得る手立てになり得る。各国の打算と行動を複眼的にとらえイエメン、湾岸情勢を読む必要性が一層増しているように思える。

(2021年11月17日脱稿)