コラム/研究レポート

〔研究レポート〕中国の体制移行とDX

2021-04-21
伊藤亜聖(東京大学社会科学研究所准教授)
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「中国」研究会 第10号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。 なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

デジタルトランスフォーメーション(DX)なる言葉が世界的に流行した。中国語では「数字化転型(Shuzihua Zhuanxing)」と呼ばれ、2010年代に「インターネットプラス」構想をはじめとして、多数の政策イニシアティブが始動した。2020年5月にはDXをスローガンとした「数字化転型夥伴行働倡議(デジタル・トランスフォーメーション・パートナーシップ・アクション・イニシアティブ)」も始動し、2021年の全国人民代表大会では次期五か年計画にデジタル中国(数字中国)が一つのキーワードとして位置付けられた。ここで注目したいのは2010年代に、中国ではデジタル化による経済社会の転換が進んできた一方で、市場経済化改革や国有企業改革は停滞したとの評価もある点である(関, 2019)。デジタル化はいかなる意味でのトランスフォーメーション(Transformation)と呼びうる変化をもたらしているのだろうか。

冷戦後、旧ソ連・東欧諸国の社会主義体制からの脱却が進んできた。中国研究では社会主義計画経済から社会主義市場経済への転換が体制移行(transition)と呼ばれてきた(中兼, 2010)。そこでは、経済体制が制度によって成り立ち、この制度が計画経済を成り立たせるためのものから、市場経済を成り立たせるためのものへと組み替えられ、変更されていく過程を体制移行と呼んだ。より具体的には資源配分制度が計画統制から市場メカニズムへと移行し、所有制度が国有・公有制主体から私有制主体へと変化したことが指摘されてきた。

改革開放期の特徴について、体制移行に加えて開発自体を転換と見る見方もあった。加藤弘之は中国が社会主義国であると同時に、発展途上国でもあるという二面性に着目し、「「計画経済」から「市場経済」への移行というベクトルと、「伝統経済」から「市場経済」への移行というベクトルとが合成され、重なり合って進行する「二重の移行過程」」と位置づけた(加藤, 1997, 10頁)。

この議論を2010年代に引き延ばしたものとして関志雄は、経済発展(工業化)と体制移行(市場化)の二つを大きな転換と捉えた(関, 2013)。そして中国が直面する課題として、経済発展の軌道では「中所得国の罠」、そして体制移行の軌道では「体制移行の罠」があると整理した。市場化改革の停滞を扱った「体制移行の罠」論は計画経済から移行途中で国有企業を中心とした利益団体が形成され、更なる市場経済化改革の抵抗勢力となることを指摘した。中国国内では、改革の停滞の理由について、①国家発展改革委員会が内包する矛盾(発展と改革の衝突、許認可と改革の衝突、計画と市場の衝突)、②良好な世論環境の欠如、③改革理論の停滞が指摘されている(魏・王ほか著, 2020)。そしてデジタル経済の存在について、「インターネットなどの体制外のイノベーションを利用して金融改革のイノベーションを後押しすることも重要である」として、「体制外イノベーション」の役割を重視する見方も提示されてきた(同書, p.411)。一方で、習近平政権が進めてきた混合所有制については、国有企業そのもののガバナンスや意思決定の合理化につながるかどうかが問われている。

確かに2010年代に、中国で生じた一連のデジタル化は、キャッシュレス化や、スーパーアプリの台頭、行政手続きの電子化といった面から確認できる。これらの効率化はアリババやテンセントといった新興プラットフォーム企業によってけん引されたため、体制外イノベーションとして位置付ける合理性がある。

それでは体制移行論の主要論点となってきた資源配分制度と所有制の観点から見て、デジタル化はどのような変化をもたらしていると考えることができるだろうか。結論から言えば、計画から市場へ、そして公有制から私有制へ、といった制度転換と同格の変革を、デジタル化がもたらしたとは考えられない。

資源配分の観点では、むしろデジタル化が市場メカニズムの効率性を高める面もあるだろう。プラットフォーム企業が需給関係に応じて価格を変えるダイナミックプライシングは、供給が少なければ価格を挙げることで供給を増やす効果が生じうる。また金融サービスでは既存のサービスの対象でなかった個人までが利用することで、体制外のイノベーションを推進してきた。しかし同時に価格付けが個人の属性によって変えられているという問題、いわゆるパーソナルプライシングによる価格差別問題(中国語では「大数據殺熟」、つまり「ビッグデータによる常連からの搾取」)も生じている。デジタル化は価格機能という市場メカニズムを通じた資源配分、効率化の面と歪みをもたらす面がある。

第二に所有制の面でも、私有制そのものを劇的に変えるものとは考えられない。主要なインターネット系企業が民営主体であることを考えると、DXによって民営化が促進される面があったと言えるかもしれない。インターネット系企業の権限構造は複雑で、いわゆるVIE(Variable Interest Entities, 変動持分事業体)スキームを通じて外国人株主が、純国内企業に対して契約上の権限を行使する形となっているが、直接的には国有・公有制ではない。外資企業なのか、地場企業なのか曖昧な存在と言えるが、それでも体制外イノベーションへの期待があった。こうしたなかで生じたアリババグループの決済機能を担当するアントグループの株式上場の延期は大きな衝撃をもって受け止められた。ある種の体制外イノベーションへの反動と言える。極論として中国国内にはBAT(百度、アリババ、テンセント)の国有化を提起した「第二次社会主義改造」論が、あったことも思い出される。

DXは中国経済を様変わりさせたが、しかし基本的経済制度の面から見れば、改革開放期に見られてきたほど根本的な制度転換を意味するものといえるか、疑問が残り、引き続き検討が必要である。むしろ国家統治の方向性に従ってデジタル技術が利活用される方向で事態は進んでいるようにも見える。DXは技術による社会変革を意味するが、しかし単に独立の要因というよりも、既存の体制変容、政策イニシアティブ、産業政策の方向性からも影響を受けていると考えられる。すなわち、2010年代までに体制外として許容されたデジタル経済が徐々に体制内化されることで、中国のデジタル化はますます「中国の特色のある」ものとなっていく可能性がある。




参考文献

加藤弘之(1997)『中国の経済発展と市場化 改革・開放時代の検証』名古屋大学出版会。

関志雄(2013)『中国 二つの罠』日本経済新聞出版社。

関志雄(2019)「中国における未完の所有制改革―課題となる民営化と公平な競争環境の実現―」『ファイナンシャル・レビュー』第138号、149-168頁。

魏加寧・王瑩瑩、ほか著(2020)『中国の経済改革 歴史と外国に学ぶ方法論』日本経済新聞出版社。

中兼和津次(2010)『体制移行の政治経済学 なぜ社会主義国は資本主義に向かって脱走するのか』名古屋大学出版会。