コラム/研究レポート

〔研究レポート〕日本の科学技術政策と安全保障:第6期科学技術基本計画に至るまで

2021-05-24
角南篤(笹川平和財団理事長/政策研究大学院大学SciREXセンター長・学長特別補佐/Distinguished Fellow, ASIA PACIFIC FOUNDATION)
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「安全保障と新興技術」研究会 第10号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

2045年には人工知能(AI)が人間の能力を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)が訪れるとされる。それが現実になるかどうかは分からないが、すでにIoTは私たちの生活環境を大きく変え、新たな産業構造への転換(第4次産業革命)による期待と不安が、経済社会から安全保障に至るまで様々な課題を突き付けている。第4次産業革命は、宇宙、サイバー、海洋などの空間を一体化させる巨大な情報インフラがカギを握る。これらの空間では、先端技術開発をめぐって主要国の覇権争いが激しさを増している。なぜならば、これらの空間は安全保障と民生の双方で必要とされるデュアルユース(軍民両用)技術のインパクトが最も顕著であり、こうした技術を開発・獲得して「技術的優越」を確保することは、国際社会における新たな秩序の構築に大きな影響力を持つことになるからである。

そうしたなかで、とりわけ米国と中国は、「核心的技術」の獲得に向けたイノベーション(技術革新)に心血を注いでいる。AI、ロボット、無人機、3Ⅾプリンター、脳波で機械などを動かすブレイン・マシン・インターフェース(BMI)といった核心的技術は、新しい産業構造を支える基盤であり、国家の安全保障においても重要な影響を与える技術群といえる。たとえば、米国の国防高等研究計画局(DARPA) では「エマージングな技術の中でも、ゲームチェンジャーでありディスラプティブな技術の開発を目指す」としている。ここで言われているゲームチェンジャーとは、これまでなかった革新的な技術を中核とする「新アイテム型」ゲームチェンジャーと既存の技術などを新しい方法や発想で組み合わせる「運用型」ゲームチェンジャーの二つのタイプがある。どちらのタイプでも、技術的優越に大きな影響を与えるハイインパクトのあるイノベーションとして重要視されている。このように、現在では、国家の安全保障戦略を中心としたいわゆるミッション型研究開発政策が世界の主流になってきている。

これまで、最先端技術で技術的優越の確保を明確に重要視してきたのが米国である。第2次世界大戦中から戦後にかけて、航空、レーダー、暗号解読、原爆開発の成功で世界をリードした。ところが1957年にソ連が人類初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げに成功すると、米国では自分達の手の届かない上空から敵に見下ろされるという恐怖が生まれ、最先端技術で競争相手国に破れることが直接の脅威につながるということが実感された。スプートニク・ショックを2度と繰り返してはならないとアイゼンハワー大統領が58年に設立したのがDARPA(当時の名称は「高等研究計画局(ARPA)」)である。ここから誕生した技術がインターネットや全地球測位システム(GPS)などで、いずれも世の中の常識をひっくり返す斬新な「ゲームチェンジャー」であった。米国は現在、次のゲームチェンジャーとなりうる最先端技術の研究開発で、敵の軍事的優位を相殺することを目的として、オバマ政権の下ではじまった「第3のオフセット(相殺)」戦略を展開している。換言すると、情報通信技術(ICT)などの民生技術を安全保障にも使う「スピンオン」へのシフトも含んだデュアルユース技術開発を醸成するイノベーションエコシステムの再構築である。

また、トランプ前大統領が打ち出した安全保障戦略では、中国、ロシア、イランを名指しにし、これらの国が米国の更なる脅威とならないようありとあらゆる手を打つこととした。とくに中国の台頭は、米国にとってもっとも警戒するべき対象であり、近年、科学技術力でも目まぐるしい勢いで伸びている中国と先端技術を巡る覇権争いを展開することは避けられないとしてきた。そして、バイデン政権も、前述の「第3のオフセット」戦略を継承すると考えられる。オバマ政権で副大統領を務めたバイデン大統領であるが、先端技術を巡る対中戦略については、より鮮明に競争姿勢を打ち出している。

一方、中国も建国当初から核心的技術の開発に力を入れ、改革開放が始まるまでは原子力や宇宙分野などの技術開発に取り組んだ。政府、人民解放軍、国有企業が連携し、例えば政府の宇宙・サイバー技術を国有企業にスピンオフして民生部門の競争力強化につなげていくあたりは米国のモデルに近い。今後は経済大国として、先端技術で社会生活を豊かにする「超スマート社会」をリードするため、ロボット技術やAIなどを融合し宇宙空間を利用した情報通信インフラを広域経済圏「一帯一路」に展開している。また、習近平政権は宇宙、原子力、船舶のほか、量子通信、ロボット、バイオメディカルなどに重点投資し、中華民族の偉大な復興という「中国の夢」を先端技術開発でも実現しようとしている。

そうした中で、日本も第4次産業革命を推進し、超スマート社会「ソサエティー5・0」の実現でゲームチェンジャーによる変革の波に乗り遅れないよう国を挙げて取り組んでいる。日本の科学技術政策は、5年ごとに作成される科学技術基本計画をベースに実施してきたが、先日、これからの5年間を期間として第6期科学技術基本計画が閣議決定された。そこでは、「ソサエティー5.0」を実現するための次の大目標を三つ掲げている。「①我が国の社会システムを再構築し、地球規模課題の解決を世界に先駆けて達成し、国民の安全・安心を確保することで、国民一人ひとりが多様な幸せを得られるようにする。②多様性や卓越性を持った「知」を創出し続ける、世界最高水準の研究力を取り戻す。③Society 5.0へと日本全体を高度化するため、多様な幸せを追求し、答えのない課題に立ち向かう人材を育成する。」(内閣府科学技術イノベーション会議資料)

とりわけ、国民の安全・安心の確保を目指す先端技術の獲得は、米中がしのぎを削る核心的な技術群をめぐるものであり、科学技術政策のなかでも最も重要な国家的課題である。しかし、戦後日本の科学技術政策は、原子力や宇宙の平和利用を原則にしてきたことからも見られるように、安全保障とは一線を画すことで進められてきた経緯がある。一方で、先述のようにデュアルユース技術を巡る「技術的優越」の確保がますます重要になる中で、日本としてもこの国家的重要課題に取り組むために、政府内での議論を本格化している。例えば、これまで策定されてきた第4期までの科学技術基本計画では、安全保障の視点は真正面から取り上げられることはなく、計画を決定する総理大臣を議長とした会議でも、防衛大臣の出席が求められることはなかった。そこで現在は、政府内に「安全・安心」にかかわる有識者会議を立ち上げ、安全・安心に資する科学技術を「知り、育て、守り、生かす」ための政策を議論している。また、総理官邸の強いリーダーシップの下で省庁間の連携を促し科学技術基本計画を実現することを目指した統合イノベーション戦略には、国家安全保障戦略を踏まえた、国家安全保障上の諸課題に対し必要な技術の研究開発を推進することを明記している。例えば、「海洋、宇宙空間、サイバー空間に関するリスクへの対応、国際テロ・災害対 策等技術が貢献し得る分野を含む、我が国の安全保障の確保に資する技術の研究開発を行う」として、戦略策定に必要な科学技術について、国内外の動向の把握が重要であることも指摘されている。そもそも日本は、米国や欧米諸国と違い軍需工場がなく、防衛関連の企業も収益などは民生事業に依存している。こうした現実を前提として、ハイリスクだがゲームチェンジャーになるような核心的技術を創出するために、日本ならではのイノベーションのエコシステム(生態系)の構築が求められている。

防衛装備庁は、基礎研究に資金を提供する「安全保障技術研究推進制度」を2015年に創設した。こうした取組は、日本の基礎研究力向上に繋がるように、課題領域の設定、運用について、国内外の専門的知見を最大限活用することが肝要である。しかし、この制度については、学術界の中から軍事研究を推進するとして批判的な議論がなされたことは記憶に新しい。AI、量子技術、ロボット、無人機、3Ⅾプリンター、BMIといった核心的技術は、新しい産業構造を支える基盤であり、同時に国家の安全保障においても重要な影響を与える技術群である。今後は、こうした技術をもとにした覇権争いが激化するなかで、国際的な標準やルール形成における主導権をどう握るのか、その場合の国家間や企業間のアライアンスの組み方が重要な意義を持つことは明白である。

また、各国が獲得にしのぎを削る核心技術を、日本として確保すべき技術としていち早く特定し、これらの技術群の動向を把握し、それを踏まえて日本の技術戦略を俊敏さをもって実行する司令塔機能が必要である。さらに、こうした情報収集・分析機能を支えるシンクタンクも必要になり、日本版MITREやRANDなどの組織の整備も不可欠になる。

そして、このような国際社会の急速な構造変化により日米同盟の在り方も含め、日本の安全保障政策をはじめ科学技術政策を新たな視点で立て直すことが急速に求められている。専門家のなかには、これを日米関係の更なる深化につながるチャンスだと捉える見方もある。例えば、日米で上述の核心技術を共同開発し、それをもとにした共通のプラットフォームを構築することで、これまでにない同盟関係を築き上げることになる。そのためには、基盤となる情報インフラの共有が必要となり、いわゆる「ファイブ・アイズ」に日本が加わる可能性を模索することも考えられる。「ファイブ・アイズ」とは、第二次世界大戦時に英国と米国の間で結ばれた情報インテリジェンスの共有に向けた取り決めを基にしたオーストラリア、カナダ、ニュージーランド、英国と米国の5か国で形成されているインテリジェンスネットワークである。

「中国製造2025」が最終段階としている中国建国100周年を見据えた長期的かつ大局的な視野でビッグデータの時代を生き抜くビジョンが必要である。日本も、ビッグデータを基盤にした新たな時代の経済大国中国の隣国として、これから日本が核心技術を巡る覇権争いにどのように生き残っていくのか、今まさに岐路に立っている。バイデン政権のみならず、「ファイブ・アイズ」のメンバー国である英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドとの間でも、これまで以上に緊密な連携を取り、そのうえで、アジアの一員として、中国をはじめインドなどアジアの科学技術大国とどう向かい合っていくのか、大きな視野で科学技術外交を展開することが望まれる。