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0 0   WTOカンクン閣僚会議の決裂
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 2003年9月9日から14日まで開催されたWTOカンクン閣僚会合は、閣僚宣言を出すに至らず決裂した。今回の会合は2001年11月に開催されたドーハ会合で立ち上げられた新ラウンド(新多角的貿易交渉、2005年1月1日が交渉期限)の重要な中間点と位置づけられ、「農業」、「非農産品市場アクセス」、「シンガポール・イシュー」 1、「途上国問題・開発」の5点が議題となった。

 今回の決裂を理解するには、WTO交渉のこれまでの経緯をおさえておかなければならない。1994年末のウルグアイラウンド妥結と95年1月のWTO創設の後、99年のシアトル会合では、先進国と途上国の意見の食い違いから、新ラウンドの立ち上げに失敗した。これは、ウルグアイラウンドでは工業製品の関税引き下げや知的所有権ルールが盛り込まれたものの、途上国の最大関心事である農業品目の貿易自由化についてはほとんど手付かずであったことも一因である。
 その後2001年9月11日の事件によって貧困とテロの関連に注目が集まり、途上国の貧困問題に真剣に対処する機運が先進国の間で盛り上がり、その2ヵ月後ドーハで新ラウンドの立ち上げに至った経緯がある。このラウンドは、途上国への支援(貿易関連技術支援、医薬品アクセスなど)を含み、「Development Round」とも呼ばれている。

 ではこのような流れを受けた今回の閣僚会合は、なぜ決裂したのか?途上国側が、シンガポール・イシューをWTO交渉に議題として入れることに、最後まで反対し席を立ったことが引き金になった。これは途上国にとれば当然だろう。海外投資に関する受入国側の課す諸規制(投資対象分野の制限、国内調達義務、所得移転制限など)が撤廃され、外国からの投資がより自由にかつ国内資本と同等の扱いを得られるとしたら、どうなるであろう。例えば保険・銀行など金融サービス分野を考えてみれば明らかである。この分野で競争力が圧倒的に劣る途上国側は、先進国から進出した金融機関が国内を席巻し、自国経済の根幹に関わる金融部門へのコントロールを喪失する恐れは、単なる空想ではない。また通関業務の世界標準への適合など新たな履行義務が生じることを意味するが、これには莫大なコストが予想される。

 ただこれを取り上げて、カンクン会合の失敗を途上国側に帰するのはフェアではない。もう一つの大きな対立点である農業問題 2における先進国の保護主義的姿勢こそ、途上国の歩み寄りを阻止した原因であろう。EU・アメリカの国内農業部門に対する(途上国向けのODAをはるかに上回る額の)補助金、あるいは日本のコメなど特定産品の輸入関税は依然として高い水準にあり、途上国が納得するには程遠いレベルである。
 カンクン会合前の6月にはEUが農業補助金制度の改革に着手し、8月後半には対立していたEUと米国が農業問題に対する基本姿勢で合意した。これにより過去のGATT交渉のように直前でこの両者が手を握り、日本がカンクンで押し切られるとの観測があった。だが蓋を開ければ、閣僚宣言案に対して(1)「途上国に有利である」(EU・米国)、(2)補助金のさらなる削減と途上国への市場アクセス改善軽減が不十分(途上国)、(3)市場アクセスの野心が高すぎる(日本、スイス、ノルウェーなど)と、三者とも既存の立場の主張に留まり合意に達しようとする強い意志は見られなかった。

 今回のカンクン会合では、特に二つの点が注目された。第一に、米国の消極的な姿勢である。これは2004年に大統領選挙を控え、接戦であった前回選挙で現政権をホワイトハウスに送り込むことに貢献した農業州の意向を無視できなかったことによるのだろう。会合後のゼーリック通商代表に対する米国農民の高い評価がそれを裏書している。
 第二には、従来にはみられなかった途上国の強固な結束である。今回、ブラジル、インド、中国を中心とする「G22」が最後まで一致結束し切り崩されなかった。これは多国間貿易交渉に、交渉力を備えたグループが新たに出現したことを意味し、今後の貿易交渉の進展に小さくない影響があることは間違いない。

 さて今後のドーハラウンドの見通しだが、カンクン後ジュネーブにて交渉が継続されるものの、2005年1月の期限内に妥結する可能性について絶望的な見方が主流である。だがウルグアイラウンドは妥結まで8年間要したことを考えれば、悲観的になる必要はない。むしろ全加盟国のコンセンサスを得るというWTOの決定プロセスは、機微な問題の早期解決には有効ではないと再認識されたことで、多角的貿易交渉のあり方について長期的見直しと再構築が必至であることの含意は無視できない。

(了)


11996年シンガポールで開催された閣僚会合で、投資、競争政策、貿易円滑化、政府調達透明性をWTO交渉に議題として含むことが話し合われた。この開催地にちなんでこの4つの問題を「シンガポール・イシュー」と呼ぶ。
2キーワード「WTO農業交渉」参照

(2003年9月24日記)