国問研戦略コメント(2026-4)北極圏における戦略的価値を高めるグリーンランドの将来―独立か併合か自由連合か―
佐野利男(元デンマーク王国駐箚日本国大使)

「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
はじめに
米国はこれまで何度かデンマーク領であるグリーンランド(GL)の領有を試みた1 。そして最近、繰り返しトランプ大統領が主に米国の安全保障の観点から領有の意図を表明し、デンマークをはじめとする欧州諸国との間で軋轢が生じている。
GLは現代史だけを振り返っても、戦略的要衝として大国間の対立をめぐる国際政治に翻弄されてきた。この約57,000人が住むイヌイットの島は独立を志向しており、経済的自立が必要だが、近年地球温暖化が進むにつれ、北極海航路の開発、豊富な地下資源採掘の可能性、観光開発など将来に明るい展望が開けてきた。問題はロシアが極地の軍事化を進め、中国が関与しようとする中で、GL を今後とも西半球防衛の要衝としていかに確保するか、そして経済的自立のために西側からの投資を如何に確保できるかだ。
GLの戦略的重要性
GLは特に第二次世界大戦以降、西半球或いは米欧防衛の文脈で極めて重要な役割を果たしてきた。
対ドイツ戦略
先ず第二次世界大戦の初期、デンマークはドイツにより占領されたが、GLは直ちに軍事占領されることは無かった。この時点で中立の立場をとっていたルーズベルト米政権にとり、仮にドイツがGLに軍事基地を建設すれば、参戦国である英加の海上輸送が脅かされるだけでなく、ニューヨークやワシントンが直接空爆の脅威にさらされる恐れがあった。このため、米はドイツがGLに建設中の気象観測所を破壊して、以降GLを事実上保護領化した。また当時GLはほとんど唯一のクリオライト(cryolite:氷晶石、航空機製造に必要なアルミニウムの生産に不可欠な素材)の生産地であり、米政権としてはこの戦略物資を押さえる必要性を痛感していた。このような状況下で、ルーズベルト政権は西半球に位置するGLにモンロー宣言を適用し、欧州の如何なる国も西半球の政治にかかわることのないように牽制した。そして米政権は、紆余曲折後1941年、コペンハーゲン政府に反旗を翻したH.カウフマン駐米公使と「グリーンランド合意」を締結し2 、以降GLに米軍基地を建設する動きにでる。これが、英加の対ドイツ戦を大きく後押しし、米国の参戦後は連合軍による対ドイツ戦略上きわめて重要な役割を果たした。大戦後の1951年には合意が改定され(防衛協定)、米軍基地が対ソ戦略上いわば恒久化された。
対ソ連及びロシア戦略
- 半世紀に及ぶ冷戦中、GLの北西に位置するテューレ空軍基地(2023年ピッツフィック宇宙軍基地に改称改編)3 はソ連に対する最短経路に位置し、対ソ連爆撃機の発進地及びソ連のコラ半島に配備され北米大陸を標的とするミサイルや爆撃機に対する迎撃基地として、また弾道ミサイルの早期警戒レーダー基地として重要な役割を担ってきた。実際、冷戦中は例えばOperation Chrome Dome(12機以上の爆撃機を常時滞空させソ連を抑止)の拠点基地であったし、また米国の核戦略上も不可欠な基地であった。核の配備は1968年、核(水爆4基)搭載のB52墜落事故で明るみに出た。
- また冷戦後は、権威主義的な傾向を強め、極地の軍事化を急ぐロシアに対する前哨基地として重要な機能を果たしてきた。ロシアは2005年以降、北極海に面したソ連時代の軍事基地(数十)の運用を再開し、フランツ・ヨセフ・ランドに新基地を建設し、また核搭載のSSBNを戦略的に浮遊させている。2022年に発表した海洋ドクトリンは、「北極海の死活的重要性」を強調しており、北極海は最早「通過海域」ではなく「軍事力の展開海域」となった。現在、北極圏のパワーバランスはロシアに大きく傾いており(CSIS)、北極圏におけるロシアの軍事基地はNATO側を約3割上回っている状況だ(IISS)。ロシアの保有する戦略原潜11基の内8基が北極圏に集中し、砕氷船はロシア37隻(内原子力7基)に対し、米中はディ―ゼル船2隻を保有するのみである。
- これに対し、米は2022年に「北極圏国家戦略」を発表し、空母を含む海軍の北極圏演習「アイスエックス2022」を実施するなどロシアに対抗しており、老朽化するピッツフィック基地の改修に大規模な投資をしている。またトランプ政権は2025年5月「アイアンドーム構想」を発表(のちに「ゴールデンドーム」に改称、総額約27兆円)し、自己の任期中の運用開始のためGLが不可欠であるとし、GLの領有に強い関心を示した。
NATOも2025年6月の首脳会合で国防関連支出のGDP5%目標を掲げ、加盟各国も北極圏宇宙港建設(カナダ、スウェーデン)、潜水艦探知偵察機の配備(カナダ)、最大40時間飛行可能なドローン開発(デンマーク)、冷戦中のレーダー基地の再稼働(デンマーク・フェロー諸島)、北極圏監視衛星4基を8基に増加(ノルウェー)、及び共同軍事訓練の実施などで対応を強めている。
米中対立の文脈で
GLは、中国がその潤沢な資金をもって進める「一帯一路」政策の終着点と言えるかもしれない。中国はリーマン危機以降GLの資源調査を行い、以降中国企業が探鉱開発に関心を示した(しかし寒冷地GLへの長期投資の難しさゆえに中国企業の熱は冷めたようだ)。その後2018年の北極政策白書で「氷上のシルクロード」を発表し、自国を近北極圏国(near arctic state)と位置付け米国からの反発を受けた。中国の狙いはGLに存する潤沢なレアアース 4/クリティカルミネラルや石油天然ガス開発に限らず、この地理的戦略性に富む島に政治的関与を強めることのように見受けられる。実際、GLの二つの空港拡張工事の入札に中国通信建設公司が参加し、2016年にはカンギリングイットにある閉鎖された旧米海軍基地の取得に関心を示した。しかし、いずれもデンマーク政府により拒絶された経緯がある。
宇宙空間を活用した情報戦の拠点
GLにおける米軍の運用は従来より米軍欧州司令部(EUCOM)の指揮下にある。その背景はGIUKギャップ(GL-Iceland-UK間の自然の隘路)が旧ソ連・ロシアに対する、北大西洋の防衛上不可欠であったためだ。しかし今や軍事気象画像の確保に不可欠な太陽同期軌道衛星のために極地に陸上基地を必要としており(現在はアラスカのクリア宇宙軍基地のみ)、ピッツフィック宇宙軍基地がその役割を期待されている。このため一部には同基地を米加両国が運用する北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)に移管すべきとの議論が出ている5 。通信インフラの共有や早期警戒機能の向上、更にはデンマーク軍のNORAD関連情報へのアクセス拡大等を通じて米・加・デンマークの安全保障を向上させるとのメリットが指摘されている。
GLの将来像
GLは200年以上デンマークの植民地であったが、1953年に「他県と同等の地位」を得た。その背景には戦後米国による保護領化の継続を恐れたデンマークのGLへの主権の明確化があった。その後自治権を拡大し、2009年の自治法制定により司法行政、警察、鉱物資源等多くの権限を引き継ぐことができるとされた。ただし、最高裁判所、外交・安全保障、通貨・金融政策の権限は委譲されていない。またデンマークとの独立交渉権も認められた。2023年にはGL憲法委員会が憲法草案を起草し、デンマーク政府はこれを容認する立場をとっている。国際法的には「外的自治(独立)」に向けて「内的自治」が熟している状況と言えよう。
他方、GL経済は自治政府歳入約56%(GDPの約25%)が本国からの補助金であり、主たる貿易相手は本国である。漁業及び水産加工業のモノカルチャー経済で、本国からの自立のため、新たな産業を模索してきたが、地球温暖化を奇貨として資源開発と観光産業に活路を求めようとしている。そしてそのための港湾・空港等インフラ整備に必要な資金を外国に求めてきたが、それに中国企業が参入したため米国等の懸念を惹起した。
それでは今後GLはどのような道を歩むのだろうか。
先ず住民の約56%が独立を志向している中、2025年3月の議会選挙後、連立を組んだ4党(民主党、進歩党、連帯党、イヌイット友愛党)の協約では、独立を急がず「現実的なステップを踏む」との基本方針が合意された。この結果は、独立したGLの方がデンマークに庇護されている現状より組みやすいとする米中両国にとって期待外れとなった。他方中長期的にはどうであろうか。GL の将来像としては一応以下の選択肢が考えられる。
外資特に中国に依存する独立国家
資源開発や観光開発に必要なインフラ投資を引き続き外国に頼る場合、これまで豪州、米国、北欧諸国、中国が関心を示してきたが、懸念材料は中国だろう。中国が、GLが独立した暁にデンマーク政府の干渉を受けず、資源開発のみならず旧米軍基地の買収や幹線道路の建設、空港や港湾など軍事に活用できる施設の改修・建設に着手する可能性は排除できない。GLにおける最近の世論調査によれば中国との協力を支持するものは39%と少なくないのが現状だ。ただ今後はGLへの長期投資の難しさと中国経済の不振がゆえに中国の影響を過大評価すべではないとする向きもある。
米国に領有されるGL
この場合GLは米国の一部になり、上述したGLの戦略的価値を米・NATOが十分享受することが可能となる。他方、独立に向けたイヌイット住民の悲願は未達に終わる。実際、現時点で約85%のGL住民が米国の領有に反対しており、多くの住民が反対デモに参加しているが、この状況が今後大きく変わる可能性は少ないと考えられる。このような状況下で米国の領有が持続可能だろうか。将来にわたって禍根を残し、GLの独立問題が米国内政の棘となって残る可能性は無いか。また米国内でも69%が領有に反対(共和党回答者の57%)しており、賛成は11%にとどまっている。今年のダボス会議における米・NATO首脳会談で米側は「武力の行使」を否定し、「GLを含む北極圏全体の将来の枠組み」を作ることで合意したが、西側・NATOの一体性確保の観点からも評価できよう。
米国或いはデンマークとの自由連合
第三に、GLが独立した後に米国或いはデンマークとの自由連合を組む選択肢があろう。これは1960年の植民地独立付与宣言付属文書において認められており、実際マーシャル、ミクロネシア、パラオは米国の委任統治地域であったが、独立後も米国との自由連合盟約(COFA)を結び、米国からの経済支援と絡めて外交・安全保障を米国に委ねている。またクック諸島もニュージーランドとの間で類似のアレンジメントを有している。GLの場合事情は若干異なるが、これら先行例と類似の道を歩むことは考えられよう。実際、2023年のGL憲法草案もこの「自由連合方式」を可能性の一つとしており、この場合、米国或いはデンマークの外交・安全保障の傘下で、独立国家としてのGLをNATOの一員として位置づけることが期待できる。但しクック諸島が最近中国との連携協定を結びNZとの関係が微妙に悪化している状況なども理解しておく必要があろう。
おわりに
冒頭述べたように、問題は独立を志向するGLを西半球防衛の要衝として如何に確保するか、そして西側主導の下、中国の影響力を最小化しつつ如何に資源・観光開発を進めるかだ。トランプ大統領はこれを短期的に「領有」することで解決しようとするが、それが米・デンマーク・欧州関係との軋轢や対立を生んでおり、西側の一体性に影響しているのは事実だ。
このような状況にあって、前者につき、最も現実的でデンマークを含む欧州諸国とのフリクションが少ない解決策は、米国がGLの現状を認めた上で、西半球防衛のため宇宙軍を含む十分な防衛関連施設をGLに整備することだろう。トランプ政権が任期中にゴールデンドーム構想を実装化する上でGLにフリーハンドを持ちたいと希望するなら、この選択肢をデンマークは排除していないと考える。なぜならGLの防衛は冷戦中を通じほぼテューレ空軍基地(当時)、つまり米国に依存してきたからだ。そしてその文脈で、デンマークのNORADへの編入も十分検討に値しよう。
後者については中国が今後もGLの資源のみならず政治的関与に関心を示す場合、独立を果たした後のGLの選択が懸念される。中国に傾斜する可能性はある。仮にGLのレアアースが中国企業の管理下になれば、わが国を含む西側の経済安全保障上問題だ。故に、西側はここで何らかの中国に代わる選択肢を提示すべき時だ。具体的にはGLの旺盛な資源開発需要にミートする西側民間投資の強化策や観光分野におけるインフラ整備、技術協力、更にはGLにフォーカスした西側借款団の形成も検討に値しよう(GLのGDP/cは約58,000ドルと高くODAの適格外)6 。そして特に米国にはGLに寄り添った形で民間投資を奨励し、GLの開発・雇用・投資計画を力強く支えてほしい。
(本稿は個人の見解を述べたものであり、如何なる組織の見解を代表するものでもない)