戦略アウトルック2026 はじめに 2026年の戦略的視座:不確実性時代における日本の戦略的自律性及び不可欠性
佐々江賢一郎(日本国際問題研究所理事長)

世界は2026年においても引き続き「動乱期」の渦中にあります。中東やウクライナにおける紛争は収束の展望を欠き、米国が重視する西半球をめぐる動向など地域情勢が複雑に連鎖しながら緊張を高めています。世界各地で平時と有事の境目がますます曖昧になっており、気球型偵察を含む領空侵犯、重要インフラへのサボタージュ、海底ケーブルの損壊、外国勢力による不当影響工作(FIMI)等、ハイブリッド攻撃が常態化しています。サイバー攻撃の巧妙化、AIを含む先端技術の急激な進歩、サプライチェーンの脆弱性、気候変動の深刻化等、多層的な脅威が同時並行的に顕在化しています。米国では2026年後半に中間選挙を控え、国内政治の不確実性が同国の対外政策を揺るがしかねません。「米国第一主義」を唱える声が高まる中、新たな米国の「国家安全保障戦略」では同盟国に対する優遇的扱いが当然視されない状況が明らかとなり、各国が自助努力と主体的対応を求められる時代が到来しています。このような国際環境は、日本が自らの戦略的立ち位置を再構築し、新たな外交・安全保障の視座を確立することを強く迫っています。
こうした複雑で不確実性に満ちた世界を前に、日本は「戦略的自律性」及び「戦略的不可欠性」を同時に追求する対外政策を実践していくことが求められます。本来これらの概念は経済安全保障の領域で用いられてきましたが、外交・安全保障政策全般においても示唆に富むものです。すなわち、自らの安全保障上の脅威や経済的威圧に対し、主体的に対処し得る能力を備えること(自律性)と、地域及び国際社会において困難な時に頼るべき相手として存在価値を高めること(不可欠性)の双方が、日本が動乱期を生き抜くための鍵です。
自律性の強化:安全保障政策と日米同盟の再構築
まず、自律性の強化に直結する第一の課題として、国家安全保障戦略を含む戦略三文書の早急な見直しが挙げられます。中国、ロシア、北朝鮮が戦略的協力を深めると同時に、米国の対外的コミットメントの在り方に変化がみられる現在の情勢は、既存文書が前提としていた安全保障環境とは大きく乖離しつつあります。従来の枠組みにとらわれない発想の下、日本自身の安全保障及び防衛の在り方を抜本的に再構築することが不可欠です。日中関係はその最前線にあります。米中が一定期間、平和的共存を追求する姿勢を示していることは国際秩序の安定に寄与するものの、それを奇貨として中国は日本に対する外交・安全保障上の圧力を強化し現状変更を試みています。レアアース関連措置を含む経済的威圧等への備えを固めるとともに、誤解や偶発的衝突を未然に防ぐための戦略的コミュニケーションの強化は、日本の安全と地域安定の双方にとって極めて重要です。
自律性の強化は、同盟関係の軽視を意味するものではありません。日本外交の基軸が、日米同盟の維持及び強化であることに変わりありません。他方、米国の関与意思が揺らぎかねない環境の下では、同盟の抑止力・対処力を維持・強化するため、必要な措置を迅速に講じるとともに、日米関係を精緻かつ戦略的にマネージする姿勢が求められます。また、Quad(日米豪印)等の同志国間の協力強化は、自律性と同盟の双方を補完するものであり、インド太平洋地域の安定確保に資する重要な取り組みとなります。
不可欠性の発揮:EUやグローバル・サウスと連携し国際秩序を再構築
次に、不可欠性を高める上で鍵となるのが、グローバル・サウス諸国との連携強化です。2026年にはインドが名目GDPで日本を上回る見込みであるほか、ブラジル、インドネシア、フィリピン、トルコ、サウジアラビア、南アフリカ等、国際秩序形成における影響力を増す国々が台頭しています。これに加え、ASEAN やメルコスール、AUといった地域機構、さらにはQuad同志国の枠組み、カナダ、豪州・ニュージーランドや韓国との関係もますます重要性を帯びています。これらの国々の多くは、関与と利害の差はあるものの米中対立の構図に巻き込まれることを避けたいとの意向を共有しており、日本にはその機微を踏まえた独自の外交アプローチが期待されます。
2026年は「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想の提唱から10周年の節目にあたります。その拡大・深化においては、ASEAN が掲げる「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」との連関性を強化し、FOIPをより包括的・実務的な地域ビジョンへと再構築することが不可欠です。また、日本はグローバル・ガバナンスや国際ルール形成に積極的に関与し、法の支配や自由貿易といった普遍的価値をFOIPにも明確に位置付けるべきです。欧州と協働しつつ、WTO改革、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)拡大、ワッセナー・アレンジメントの代替制度の構築など、国際制度の強靭性向上に寄与することが期待されます。さらに、デジタル取引・データ流通が貿易の中心となる新たな時代に対応しながら、サプライチェーン強靭化、インテリジェンス機能の高度化、サイバー安全保障、気候変動の安全保障影響への対処など、山積する課題にも不断に取り組む必要があります。
法の支配に基づく国際秩序の再構築へ
動乱期においてこそ、国際社会は「力による秩序」の現実解とともに「力によらない秩序」の重要性を改めて確認し、追求する必要があります。すなわち、力の均衡による戦略的安定とともに、法の支配、正義、公正、透明性、デュー・プロセスを重視する国際システムを支えることが、各国の共通利益となるのです。FOIPの前進は、こうした価値を踏まえつつ、揺れ動く国際情勢の中で日本がその未来を主体的に構想するための重要な取り組みであると考えます。日本国際問題研究所としても、世界の不透明さが増すこの時代において、日本の戦略的自律性と不可欠性を一層高める政策議論に寄与し、日本外交および国際秩序の健全な発展に力を尽くす考えです。
(注)本戦略アウトルックは、2025年末までの時期をカバーして作成したものであり、例えば、2026年初頭に発出され、今後世界の戦略情勢に大きな影響を与えうる米国の新たな国家防衛戦略(NDS)は分析の対象には含まれていません。