戦略アウトルック2026 第2章 自由貿易体制の岐路:ニューノーマル下の通商戦略

柳田健介(日本国際問題研究所主任研究員)

戦略アウトルック2026 第2章 自由貿易体制の岐路:ニューノーマル下の通商戦略

トランプ政権の関税政策はどこまで拡がり、そして続くのか?

2025年11月時点で、米国の相互関税および分野別関税をめぐる二国間交渉は、11ヵ国との間で合意に達した。英国は10%、日韓EU 等は15%、ASEAN諸国などは概ね19%となった。交渉がまとまらないカナダ、インド、ブラジルはフェンタニル、ロシア産石油輸入、ボルソナロ前大統領の起訴などを理由に追加的な関税を課されている。
米国の二国間交渉はこれまでの常識から外れたディール中心であり、トランプ大統領の胸先三寸で決まる。相互関税は安全保障を理由とした国際緊急経済権限法(IEEPA)が根拠となっている。MAGAを掲げるトランプ大統領にとって国内製造業の復活は最重要のアジェンダのひとつであり、ベースラインとしての高関税が岩盤として残る。
分野別関税では通商法232条(安全保障)に基づき、鉄・アルミニウム、自動車に加えて、銅、木材・木製家具、港湾荷役機器(クレーン等)、大型トラックなど対象が広がっている。米商務省は、半導体、医薬品、重要鉱物、航空機・部品、ロボットなどを調査中であり、今後も分野別関税の対象が拡大していくことが予想される。
米国内ではIEEPAをめぐって企業団体や複数の州が訴訟を起こし、米国国際貿易裁判所(CIT)では違法と判断され、最高裁の口頭弁論でもIEEPAに基づく関税権限に対して懐疑的な姿勢が示されている。一方で、代替案として通商法122条、関税法338条があると示唆されており、当面、高関税が維持される可能性が高いとみられる。
中国とは、韓国(APEC)での米中首脳会談を経て、中国側がレアアース輸出規制の停止、フェンタニル流出への対応などを約束、米国側は追加関税(既存の25%に加えた追加分)を20%に引き下げ、その他追加的な措置を1年間停止することで合意した。第1 期トランプ政権から続く米中貿易戦争は、中国がサプライチェーンのチョークポイントを梃に効果的な対抗措置を打てるようになり、米国優位から両者均衡へとフェーズが変わってきている。持久戦を構える中国が有利との見方さえある。双方に決め手はなく、短期的にエスカレーションはあったとしても、総じて米中間では均衡状態が続くとみられる。

日本経済への影響は?

米国との二国間交渉がまとまり、報復措置の応酬が激化しなかったことから、IMFの見通しでは2025年の世界経済への影響は従来の成長率予測(3.4%)から-0.2%ポイント程度にとどまると示している。
日本経済への影響はさまざまな試算がある。川崎(2025年8月)1などによると日本の関税が中国やASEAN諸国より低いことによる貿易転換効果でプラスの影響となる可能性も示唆される。一方で、大和総研2の試算では、サプライチェーンの組み換えは短期には起こらず漁夫の利を過度に期待するのは禁物と指摘するのに加え、世界経済全体が縮小することによるマイナスの影響を警告している。2025年度の実質GDP成長率は0.6%程度と予測されており、日本経済全体への影響は限定的であるとみられる。一方、産業別にみると米国向けの自動車輸出は2025年8月には金額ベースで前年比の28.4%減少しており、一部のセクターに深刻な影響を及ぼしている。

自由貿易体制の在り方は変わるのか?

グリア米通商代表は2025年8月にNYタイムズ紙に寄稿し、WTOを中心とする既存の国際通商体制は持続可能ではないとし、新しい通商秩序(ターンベリー体制)3を構築すると宣言した。トランプ関税は明らかなWTOルール違反であることに加え、多角的貿易体制を支える最恵国待遇(MFN)の原則が侵食されることで、WTO軽視が進み、ルールが守られなくなることが懸念される。
他方、これまでの自由貿易体制を支えてきたさまざまな要素や前提が変化していることも事実である。自由貿易の旗手であった米国のリーダーシップは消失し、国内産業保護の色濃い貿易政策にシフトしている。中国の産業補助金、過剰生産などの市場歪曲的な措置も深刻である。加えて、地政学的競争を背景とした重要物資をめぐるサプライチェーン強靭化や先端技術等の分野での経済安全保障の政策が潮流となっている。
自由貿易体制の在り方は岐路に立っている。しかし、多くの国にとってルールに基づく自由貿易体制は重要であり、貿易の不確実性が高まるなか一層その認識が高まっている。欧州とCPTPPの参加国が連携強化をする動きもあり、フィリピンとUAEが新たにCPTPPへの加入申請を行った。有志国による二国間FTAやCPTPPなど地域枠組みの活用が進むだろう。

政策提言

CPTPPの拡大の取り組みを進めることが重要である。現在、新規加入を申請している国が9ヵ国あるが、CPTPPのスタンダードを満たせる国を優先に交渉開始の道筋を明確にすべきである。また、EUとの連携強化や韓国やタイといった関心を表明している国の後押しを進めたい。さらに、さまざまなツールを活用して、バングラデシュとの二国間EPA、メルコスールとの連携、RCEPのレベルの引き上げなどを推進すべきである。
同時に、有志国と連携しWTOの維持と改革の取り組みも重要である。機能停止の上級委員会の代替となる多国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)の活用、電子商取引共同イニシアチブ(JSI)などのプルリ交渉の活性化、また経済安全保障の潮流に沿った安全保障条項の再検討などを進めるべきである。
鉱物資源などのサプライチェーン強靭化で、まずは米国との協力を進め、さらに英国、EU、豪州、カナダ、韓国など他の有志国およびグローバル・サウスとの連携強化に繋げるべきである。

(脱稿日2025年12月11日)