戦略アウトルック2026 第5章 欧州の「戦略的自律」:長期的視座と短期的視座の交錯

髙島亜紗子(日本国際問題研究所主任研究員)

戦略アウトルック2026 第5章 欧州の「戦略的自律」:長期的視座と短期的視座の交錯

長期的に域内の防衛協力・防衛力強化は一層勢いを増す

2025年は欧州各国にとって波乱の幕開けとなった。2月に訪欧したヘグセス米国防長官は米国駐留軍の期限について言及し、その後のミュンヘン安全保障会議ではヴァンス副大統領から欧州域内の「言論統制」について苦言が呈された。また、ゼレンスキー・ウクライナ大統領のホワイトハウス訪問時のトランプ大統領との首脳会談は物別れに終わり、米国新政権の欧州への厳しいまなざしが明らかとなった。12月に発表されたNSSでも欧州の「文明消滅」が危惧されており、依然として欧州の政策は批判されている。

こうした事情を受けて、新たに就任したドイツのメルツ首相は欧州が究極的に「米国に依存しない」必要があると明言し、周囲を驚かせた。さらにドイツはフランスに核共有について考えるべきと提案し、フランスのマクロン大統領もこれに呼応するようなメッセージを発信した。7月にはフランスと英国が新たな核戦略に関する声明を発表、ドイツと英国も防衛政策における二国間協定を締結し、「戦略的自律」を目指す欧州の方向性は加速している。7月末のNATO首脳会談で対GDP比5.0%の防衛支出が決定されたことも、「戦略的自律」の必要性が加盟国に認識されていることの証左であり、今後もこの方向性は維持されるだろう。

短期的には米国の関与を保つことが至上命題

長期的に「戦略的自律」を目指す一方で、依然として欧州は米国の軍事力を必要としている。4月に急遽行われたヴァチカンでのトランプ大統領とゼレンスキー大統領の会談は「これまでで最も成功(ゼレンスキー大統領)」したものとなり、当初参加を危ぶまれていた NATO首脳会議にもトランプ大統領が参加するなど、春以降米欧関係は徐々に改善しつつある。難航が予想された関税交渉も15%で(最終)合意し、危惧していた反威圧措置(Anti-Coercion Instrument:別名「貿易バズーカ」)の出番もなかった。

こうした「関係改善」は欧州側の歩み寄りによるところが大きい。また、究極的に「戦略的自律」が達成されれば欧州は「米国に依存しない」ことになるため、米国がますます欧州大陸関与を弱めることもありうるが、実際のところ、対ロシア核抑止力を含めてそのタイミングや程度には一層の慎重さが必要とされる。各首脳は繰り返し自国の軍事力が米国を代替するものではないと明言しており、米国の要望に応えつつ、米国を欧州大陸に関与させ続けることを企図している。一見矛盾しているようにも思える欧州の戦略であるが、ロシアからの軍事的脅威を考えると米国の関与は必要不可欠であり、この路線を保ち続けるだろう。

国内の政治的対立と国際政治における欧州の役割

米国が国際問題への関与を低下させる中、国際政治における欧州の立場も必然的に変化している。ウクライナ戦争で欧州の頭越しに米ロ交渉がなされることを避けるためにも、欧州各国はますますのコミットメントを必要とされている。中東情勢についても、シリア難民の例も記憶に新しく、これ以上の混乱が長引くことは避けたいのが欧州各国の実情である。さらに、欧州各国内の左派及び若年層は比較的反イスラエルの傾向が強く、英仏のように国内支持基盤の強くないリーダーはこれらの意見を無視できない。結果として、英国はG7初となるパレスチナ国家承認の決断を下し、フランスもこれに続いた。こうした行動を米国は強く批判しており、米欧関係のデリケートなバランスは今後も継続する可能性がある。ただし、英仏が中東情勢において本格的な「仲介役」を引き受ける外交的・軍事的アセットがあるとは思えず、こうした活動は主として国内政治の側面から理解すべきであろう。2026年は主要国での国政選挙はないものの、フランスでは2027年大統領選挙に向けて2026年後半から予備選挙が始まる見込みである。また、ドイツではベルリンを含む5つの州議会選挙が予定され、連邦参議院の構成が変わる可能性がある。

提言

  • 欧州の防衛費増加はマーケットの拡大を意味しており、日本企業にとっても一つのビジネスチャンスとなり得る。日本の防衛産業の持続可能性のためにも、市場における競争力を強化すべきである。そのためにも、グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)のようなプロジェクトを政府が主導していく必要がある。
  • 2025年も英国やノルウェーによるインド太平洋における演習が相次いだ。日本としては、引き続きインド太平洋に関する欧州の関与を促すとともに(合同演習、日本巡行ミッションなど)、日本が欧州・ウクライナにおいて何ができるかを見せる必要がある。2024年秋に行われた機雷掃海演習への参加などは好例であり、欧州地域における合同演習や技術協力などをさらに推進することができるだろう。
  • 和平交渉におけるロシア・ウクライナ両政府の姿勢を見るに、ウクライナ戦争は今後も継続する可能性が高い。和平協定が締結されるには領土分割と安全の保証が鍵となり、そのためのステークホルダー間の信頼醸成が肝要であるが、ロシア・ウクライナ間でこうした信頼醸成ができる可能性は低い。
  • 仮に和平交渉が妥結した場合、日本としては自衛隊による地雷除去や機雷掃海、司令部派遣、ドローンなどの両用品の産業協力といった分野での貢献が可能であろう。また、インフラ復旧やガバナンス支援なども視野に入れることができる。一方で、どのような形態で安全の保証がなされるかによって、支援できる内容も変わってくる可能性がある。日本が積極的な再建支援をするためにも、米国やNATO諸国の強い軍事的安全の保証が必要となる。
  • 日本と欧州はルールに基づく国際秩序を形成するパートナーとして、政治・経済協力、防衛協力をさらに進めるべきである。特に、当面米国のこれまでのような積極的な関与・貢献が期待できない以上、法の支配に基づく国際秩序を形成・維持する主要なパートナーとしてできる協力を考えるべきである。また、グローバル・サウスへの働きかけについても、ナラティブやアプローチを調整することで地域的偏りを低減させていくことができるだろう。

    (脱稿日2025年12月31日)