本「政策提言」は、3年計画で行われる「朝鮮半島情勢とリスク」研究会の3年目(2025年度)の活動より得られた知見のうち、特に「韓国内政・外交部会」に関するものを総合して作成している。本提言の内容は同研究会が実施した複数の研究会合での所属メンバー間の(「北朝鮮核・ミサイルリスク部会」も含めた)議論に基づいており、また「韓国内政・外交部会」メンバー全員の総意として文章化されている。なお、本研究会の所属メンバーが本補助金事業において披瀝するのはすべて個人的な見解であり、したがって本提言はいかなる組織・機関の見解も代表するものではない。
3年計画で行われる本研究会では事業期間中に、比較的短期のスパンを念頭に置いた提言を継続的に発出して、研究会の成果発表の一部に位置づける方針である。この方針に基づき、本「政策提言」では2025年~2026年にかけての直近の地域・国際情勢を念頭に置きつつ、本研究会(特に「韓国内政・外交部会」)の直接の考察対象である韓国の各分野の情勢についての分析と、それをふまえて日本として考えるべき/取り組むべき課題や、当該分野での対韓政策に関するインプリケーションについての記述をもって、提言のとりまとめを行っている。なお、編集作業の関係上、本提言は直接的には2026年初頭までの動向をもとに作成されている点を付記する。
1.総論
2025年に日韓両国では政権交代があったが、日韓関係は安定的かつ良好に推移している。日本では、25年6月に発足した進歩派の李在明政権に対する警戒感や不安感が強かったが、李大統領は「国益重視の実用外交」を掲げて、尹錫悦・前政権下で改善した日韓関係の基調を引き継いでいる。
李在明政権の発足から半年たらずの間に、日韓首脳会談がすでに5回(2025年6月、8月、9月、10月、26年1月)開催されたという事実は、米中対立や北朝鮮情勢、ウクライナ戦争をはじめとする厳しい国際情勢の中で、日本と同じく韓国もまた、日韓関係および協力を重視していることの表れである。25年8月、李大統領は訪米に先立ち二国間外交の訪問地としてまず日本を訪れて、日本重視を行動で示した。
李大統領は特に、日韓首脳のシャトル外交を活用した関係発展を目指しており、日本側もそれに積極的に呼応するべきである。両首脳間の信頼を深めることで関係を安定化させ、日韓の新たな協力を進めていく基盤を整えることが望ましい。幸い、25年10月の日本の政権交代後も、石破茂首相と李大統領との良好な関係は高市早苗首相と李大統領にも引き継がれ、26年1月の奈良でのシャトル外交で両リーダーの関係はさらに深まった。26年の日韓関係、日本の対韓国外交においては、両首脳間の良好な関係をいかに実質的な日韓の協力関係へと繋げていけるのかが問われることとなる。
石破政権の時期ではあるが、25年8月に日韓両国は首脳間の文書としては17年ぶりとなる「日韓共同プレスリリース」を発表した。戦略認識共有の強化、未来産業分野での協力と共通課題への対応、人的交流の拡大、北朝鮮問題やグローバル課題での協力などで日韓首脳は合意した。翌9月にも釜山で日韓首脳会談が開かれ、前月に合意された日韓共通の社会問題に関する協議体の運用方法に関する文書を両首脳は交わした。
高市政権もこうした合意をもとに、韓国との協力を進めていく姿勢を示している。26年1月のシャトル外交後の記者発表で高市首相は、日米韓協力や北朝鮮核問題など従来からの協力はもちろん、経済安全保障とくにサプライチェーンでの協力や、国境を越えた組織的犯罪での連携といった新たな分野での協力にも意欲を見せた。同月末には日韓防衛相会談も行われ、両閣僚の相互訪問の毎年実施、人的交流及び部隊交流の活性化、先端科学技術分野における協力模索のための当局間議論の実施などで合意がなされた。
以上のように2025年後半から26年初めにかけて、日韓の協力をさらに進めるための準備は着実に進められてきている。2026年にはこれまでの合意や準備が実りある成果となるように、より多くの実践を意識して韓国との関係に臨むことが重要となる。
2.韓国新政権にどう向き合うべきか
提言
国際情勢の厳しさに関する認識を韓国の進歩派与党と共有する努力を引き続き進めるべきである。
背景
李在明政権の「実用外交」は、党派を超えておおむね支持されている。この状況は、日本にとって望ましいものである。対日外交に着目した際、考えるべきは次の3点であろう。
第1に、進歩派政権であるからこそ、厳しい対日認識を持つ進歩派勢力の不満を抑えられていることである。第2に、国際情勢が厳しさを増す一方であることについては、進歩派内でも認識の広まりをうかがえることである。特に、第2次トランプ米政権の登場によって、そうした認識は強まっている。このことは、李在明政権の実用外交への不満が広がりを欠く一つの原因となっている。第3に、李在明大統領は進歩派の政治家には珍しい「イデオロギー的なこだわりのない」政治家だということである。だが李在明大統領の任期は4年後に終わる。次期政権も進歩派となる可能性は十分にあり、そうなっても現政権の実用外交が継続されるための素地を固めておくべきであろう。
日本の対韓政策に関するインプリケーション
高市早苗首相と李在明大統領によるシャトル外交をさらに進め、早期の国賓訪日も検討すべきである。それと並行する形で、与党政治家を中心とするオピニオンリーダーとの対話を進めたい。2国間関係より国際情勢全般を重視していく方が適切であろう。歴史認識や竹島といった問題については、双方の世論を不必要に刺激しないことが求められる。韓国の「実用外交」に逆風が吹くような事態は、避けなければならない。
3.韓国新政権の外交政策に対して
提言
安定したシャトル外交を基盤としつつ、東アジア秩序の安定に向けた緩やかな政策連合を構築していく必要がある。
背景
日韓首脳シャトル外交を、地域秩序の安定化に向けた共同イニシアチブを具体化する場として活用できるかが問われている。
今年1月の日韓首脳会談後の共同記者会見では、両首脳が日米韓連携の重要性を確認した。他方、李在明大統領は、日中韓3カ国が共通点を見つけて共にコミュニケーションを取り協力していく必要があることを強調した。日本が日米韓枠組みを重視する一方、韓国は対中関係の安定管理にも注力している。韓国にとって日米韓連携は不可欠であるが、それが対中包囲の枠組みと認識されることは回避したい立場にある。「実用外交」を掲げる李政権は、日中両国との安定した関係を求めており、対立する日中関係を架橋することを通じて国益を確保しようとしている。
こうした差異が存在する中で、昨年11月に自衛隊基地における韓国軍機への給油支援計画が中止されたことは、日韓の安全保障協力の先行きを不安視させる事例であった。支援予定の韓国軍機が竹島周辺を飛行していたことが確認されたため中止となり、領土問題という象徴的事案が、実務的な安全保障協力を拘束し得る構造は依然として残存している。幸い、今年1月に韓国軍機への給油は実現し、同月の日韓防衛相会談では防衛協力・交流の安定的な推進の重要性が確認された。東アジア秩序が流動化する中で、日韓は相手の立場を尊重しながら協力を積み上げていくことが不可欠である。それが、安全保障協力の制度化、例えば将来的な物品役務相互提供協定(ACSA)締結に向けた信頼醸成措置にもなるだろう。
日本の対韓政策に関するインプリケーション
日韓両国は、対中政策の相違を前提に、東アジア秩序の安定に資する緩やかな政策連合の構築に努める必要がある。日韓間で対中戦略の完全な一致を求めることは現実的ではなく、むしろ認識の相違を前提とした制度設計こそが協力の持続性を担保する。それは、日韓それぞれが重視する対中抑止と対中関与を組み合わせ、相違を管理しながら協力可能領域を制度化する作業にほかならない。その際に、首脳シャトル外交を、戦略調整と分野別協力を積み上げる場として機能させることが重要である。
また、領土問題と安全保障協力を分離して対応することを原則とすべきである。領土問題が実務的協力を停止させる構造を克服しなければ、協力の制度化は難しい。領土問題を協力の前提条件とせず、安全保障協力を予見可能な制度として確立することが、協力の持続と安定を担保する。
次回の日中韓サミットは日本が議長国となる。日韓の緩やかな政策連合を、その開催と実質化を推進する基盤と位置づけるべきである。認識の一致ではなく、差異の管理を制度に埋め込む発想こそが、流動化する東アジア秩序における現実的な対応である。
4.経済秩序動揺の中の日本と韓国
提言
日韓はすでに両国政府間で合意している経済安全保障面での協力について、エネルギーやレアアースなどの分野でのサプライチェーンおよび技術開発の協力を具体化するとともに、CPTPPなど自由貿易の維持・発展のための通商面での協力を推進するべきである。
背景
米中対立の激化、第二期トランプ政権の保護主義への傾斜、中国の経済的威圧などによって世界経済秩序が大きく動揺するなかで、日本と韓国の立ち位置の共通性が改めて再認識されるようになっている。日韓経済共に自由貿易体制や市場経済の上に成り立っていることは論を待たない。さらにサプライチェーン強靱化や先進科学技術の確保など経済安全保障においてアメリカとの関係が重要である一方、市場や企業の生産拠点としての中国の重要性は依然として大きいことも日韓共通している。両国共にエネルギーやレアアースなどを海外に全面的に依存しているが、韓国はこの分野でのサプライチェーンの強靱化に苦慮しており、日本との協力に特に積極的であると考えられる。
日本の対韓政策に関するインプリケーション
経済安全保障において日米韓だけでなく日韓の枠組みでも協力の余地は大きい。サプライチェーン強靱化においては、すでにエネルギー分野を中心に民間レベルで様々なスキームが構想され、企業間で実現に向けて動いているものもある。政策面でのさらなる後押しが求められている。さらに韓国側の新たな組織・制度構築への日本の協力なども考えられる(例えば韓国政府は日本のJOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)への関心が極めて高い)。
通商協力では、日韓は共にアジアを代表する先進国として自由で公正な経済圏の再構築に積極的な役割を果たす責務がある。まず日本はCPTPPの韓国加入を積極的に後押しするべきである。さらに進んで、ルールに基づく多角的貿易体制の強化のために、日本は韓国を重要なパートナーとして共に新たな枠組みを構想し、実現に向けて協力する段階に来ている。
韓国社会へのまなざし
提言
日韓は、首都圏一極集中と人口減少という共通課題に対して、地方自治体間の制度的・実務的協力を具体的な制度設計のもと、戦略的に推進すべきである。とりわけ、両国で外国人との共生や人権擁護の課題が存在することから、持続可能な地域モデルの共同形成を二国間協力の柱の一つとして進めることが望ましい。
背景
日本と韓国は、人口減少と少子高齢化が進行する「課題先進国」として、首都圏への人口集中という構造的課題を共有している。地方では人口流出が続き、地域の縮小や格差拡大への懸念が高まっている。特に韓国では首都圏集中の度合いが高く、非首都圏との格差が課題となっている。
こうした状況を踏まえ、2025年9月の日韓首脳会談では、少子高齢化や地方創生に関する協議枠組みの運用に関する共同文書が発表され、制度化が進められている。両国の自治体間では、友好交流に加え、政策課題の共有や実務的協力も進展している。しかし、交流の継続性や制度化の程度には地域差があり、成果には差がある。
人口減少に伴い労働力不足が生じる中、外国人労働者の受け入れや多文化共生、人権保障への対応も重要な課題となる。地方創生を推進する上では、これらの視点を含めた実践的協力の枠組みに反映させることが重要である。
日本の対韓政策に関するインプリケーション
対韓政策においては、従来の安全保障・経済中心の枠組みに加え、「人口減少時代における地域協力」を中長期的な戦略分野として位置付けることが重要である。特に、地方創生、分権改革、少子化対策、外国人受入れ政策などの分野で、地方自治体間の共同プロジェクトなどを通じた二国間の対話を定期化・制度化し、成功事例や課題の共有を行う枠組みの構築が有効である。
また、中央政府間の合意に加え、自治体間の連携を支援する財政的・制度的基盤の整備や、人的交流・共同プロジェクトの持続可能な運用も重要である。
さらに、外国人との共生や人権擁護、差別防止といった価値規範を共有課題として協力を進めることは、両国社会の安定や国際社会への共同発信の基盤ともなり得る。
このように、地方活性化を軸とする実務的協力は、政治的関係の変動に左右されにくい協力分野としても活用できる。人口減少という課題に直面する中で、日韓が「競争」ではなく「共同問題解決」のパートナーとして協力できるかが、今後の政策展開の重要な鍵となる。
(2026年3月16日校了)
