国際秩序が制度・価値観とリンクする傾向を強める中、権威主義的な中国でも指導者の権力基盤や経済社会情勢が対外政策に作用しています。日本周辺の主要国である中国の国内要因と外交政策の関係の実態解明は日本外交にとって益々重要となっているとの認識の下、当研究所は2023年度に「中国研究会」を立ち上げ「日本周辺の主要国の国内要因が国際秩序の変容にもたらす影響」について研究を行ってまいりました。
このたび、その成果として「中国研究会 提言」を取りまとめました。
2025年11月の台湾有事をめぐる高市首相の国会答弁を契機として、中国は日本に対して反発を強め、日本への渡航注意喚起や輸出規制などの事実上の対抗措置を数多く打ち出している。また、中国は、東南アジア諸国の外交代表を招集して会合を開くなどして近隣諸国に同調を求めるとともに、日本社会への認知戦も展開し、SNS上での世論誘導を試みている。こうした取り組みは現時点では功を奏しておらず、ロシアやミャンマーを除き対日批判の波及は見られない。日本では中国への警戒感が強まり、それは2026年2月の衆議院選挙における自民党大勝に間接的に寄与したともいえる。
他方、中国国内では、「国家の安全」を最優先としながら、引き続き経済成長の鈍化や高い若年失業率等の深刻な内政課題に向き合い、社会の安定の維持に苦心している。13年続く反腐敗キャンペーンは収束を見せずさらに強化されており、中央軍事委員会メンバーの相次ぐ失脚など不可解な人事が続いている。
上記の日中関係の現状や不透明な中国内政に関する情勢認識の下、総合的な対中戦略の構築を促すべく、以下の通り提言を行う。
1. 日米同盟を強化し、同志国とともに抑止力の強化とサプライチェーンの多角化及び安定化に引き続き取り組む。「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の提唱から10周年の機をとらえ、日本の国益に叶う外交政策を幅広く能動的に展開する。中国に対しては、対話にオープンであるという姿勢と冷静な対応を維持し、対話の機会を逸することのないように努める。
「法の支配」や日本の重視する価値観がかつてないほどの挑戦を受ける世界情勢の下、日本の果たすべき役割が重要性を増している。日本は、インド太平洋地域の安全保障環境の重要性を強調し、米国の関心とコミットメントをつなぎ止めるとともに、同志国との経済安保協議をリードすべきだ。また、独自にFOIP構想を積極的に拡大し、同志国との連携とグローバル・サウス諸国との関係強化に努める必要がある。
中国との関係は、米中関係の帰趨に注意を払いつつ、日本の国益に資する外交を停滞させることなく、中国との対話のチャネルの確保にも取り組み、受け身ではない対中政策を展開するのがよい。中国経済には政治体制に由来するチャイナ・リスクが存在すると同時に、巨大な市場、高い技術開発力、社会実装の迅速性(チャイナ・スピード)という強みもある。建設的な日中関係を維持するためには、経済関係の安定を図るための硬軟織り交ぜた対中アプローチを重視すべきである。
対中国に限らず、国内での発言や議論が及ぼしうる外交的影響や意図しない形で広がるリスクに留意すべきである。
2.中国に対して国際社会における責任ある大国としての行動を促す努力を継続する。自らが国際秩序の安定要素と自負する中国には、言動の一致を求める。
国際社会は、相次ぐ紛争の勃発と既存の国際秩序の大きな動揺、グローバル・ガバナンスの停滞など、様々な危機に直面している。日本にとって、力による一方的な現状変更は受け入れられず、国際社会が協調し、喫緊の課題に共同で取り組み続けることが望ましい方向である。緊張関係にある中国とも、共通の課題解決に向けて、協力可能な分野においては協力を志向することが有益である。
また、大国へと成長した中国には、相応の役割を果たす責任があり、日本は積極的な貢献を促すべきだ。特に2026年は、中国がAPEC議長国を務め、深圳において首脳会議を開催して国際的な議論をリードする。中国に対して、国際協調を促進する役割を期待し、責任ある大国としての模範的な「行動」を求める。
3.中国に対して、日中間における若者や研究者、市民社会の交流の正常化、および中国における日系企業の正常な経済活動と在留邦人の安全確保を求め、民間外交の重要性を提起する。
中国における邦人拘束事案や殺傷事件の発生を受け、近年日本人の中国渡航には大きな懸念が広がっていた。特に多くの研究者は中国渡航を躊躇し、日中間の研究者間の直接的な交流は、中国人研究者の来日の機会を通じて行われてきた。
しかし、2025年11月以降、中国政府は自国民に対して日本渡航を控えるよう注意喚起を行っている。さらに、日中間の若者や研究者、地方自治体の交流などが、対面とオンライン形式を問わず、中国側の意向により全面的に中断する事態となり、経済団体の訪中も延期された。中国政府は、日本の治安に関する客観的な情報を自国民に提供せず、これまで二国間関係における民間外交の重要性に繰り返し言及してきたにもかかわらず、民間の交流を意図的に阻害している。このような中国側の対応に憂慮を示し、正常な民間交流の回復を求める。
4.偽情報に操作されない強靭な社会を形成する取り組みを加速させ、社会の分断を防ぐ。日本にとって望ましい共生社会の在り方を真剣に検討する。
上述の通り、中国は2025年11月の高市首相発言に反発し、中国内外において対日批判を展開している。日本の世論に対しても工作を試み、SNSを通じた偽情報やナラティブの拡散を行っている。国際情勢がますます流動的で不確実性を増すなか、日本政府は自国やインド太平洋地域の安全保障環境に資する防衛戦略やインテリジェンス機能の拡充を進めている。それと同時に、日本社会はその方針をよしとしない中国の認知戦の対象となり続けるだろう。
他方で、世界的にも移民問題が世論を分断する社会課題となっており、日本国内においても在留外国人と地域住民とのトラブル、犯罪や迷惑行為に関する情報の拡散が見られ、治安への不安や誤解に繋がっている。日本在住中国人数が増加をみせるなか、在留中国人に対する日本人の感情の変化も注視すべき事象である。日本政府や各地方自治体は対外発信を強め、市民の理解増進を促し、シンクタンクもアウトリーチの面で積極的な貢献を果たすことが求められる。
外からの圧力や操作への耐性を強め、内からの不安や懸念を解消し、強靭な社会の形成を目指すべく、国民を巻き込んだ議論を深める必要がある。
5.中国問題の専門家を育成し、日本独自の情報収集および分析能力を向上させる。その上で、諸外国との情報交換をより活発化させ、国際社会の中国理解を深めていく。そのためにも、若手研究者の英語での発信能力を強化する。
日本の政策決定において、中国の動向や政策に関する精緻な分析は必要不可欠となっている。日本人研究者による現地調査の機会が非常に限られている状況下において、オープンソース情報の入念な整理や各国で得られた知見の収集及び分析に取り組み、日本の視点から独自の調査や分析を実施して対外的にも広く発信することが望ましい。その過程で、中国問題の専門家を育成し、情報収集と分析能力の向上を促進し、同時に英語での発信を強化することで、諸外国の中国理解の増進に貢献するとともに、日本の学術的なプレゼンスの強化を図ることが重要である。特に若手研究者の英語での発信力を強化し、長きにわたって世界の議論をリードするような人材の輩出を目指すべきである。その上で、地域を問わず、世界各国との交流を深め、多角的な中国理解を深めていくことが重要である。
