
「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
はじめに
アメリカが、2020年6月22日に中国が核爆発実験を実施したとの主張を行った。これに対し中国は「根拠がない」と反論している。この事案については、不確定な要素も少なくないが、現在入手可能な公開情報を基に包括的核実験禁止条約(CTBT)の観点から論点を整理してみたい。
アメリカの主張
2月6日、アメリカのトーマス・ディナノ国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)がジュネーブ軍縮会議において、中国が2020年6月22日に爆発を伴う核実験を実施したと主張した。これには、爆発によって生じる地震波の検知を行われにくくする手法である「デカップリング」技術が使用されたとされ、ディナノ国務次官は「核実験を隠匿しようとした」と批判1した 。この核爆発実験は、中国西部のロプノール実験場における低出力の核実験の可能性が高いとみられている。
2月17日、今度はクリストファー・ヨー米国務次官補(軍備管理・不拡散担当)が、アメリカのシンクタンク、ハドソン研究所において「2020年6月22日、中国西部ロプノール核実験場付近でマグニチュード2.75の地震波を感知した」と明らかにし、当初の主張に加え、検知した地震の分析結果を根拠として示した2 。
こうしたアメリカの主張に対し中国は、「米国による虚偽の言説に断固反対する」「米国の核爆発実験疑惑の提起は全く根拠がない」「米国が核実験再開の口実を作り出している」などと、アメリカの主張を退けている 3。
フロイド事務局長の声明
ウィーンに本部を置くCTBT機関暫定技術事務局のロバート・フロイド事務局長は、一連のアメリカの主張について声明を発表した。2月6日付の声明で、「CTBTの下に設置が進められている国際監視制度の観測所は、2020年6月22日に核兵器の実験的爆発の特徴に合致する事象は検知されておらず、その後の詳細な分析においてもその結果は変わらない」と述べた4 。
2月17日には「2020年6月22日午前9時18分(協定世界時)に、国際監視制度の観測所において、12秒間隔で非常に小規模な地震を2件検知した」とし、「これらの地震の発生場所は、北緯40.65度、東経89.22度および北緯41.08度、東経89.63度付近」との声明を発表した。ただし「このデータだけでは、これらの事象が発生した原因を自信を持って判定することはできない5。」とも述べた 。ちなみに、これらの座標は、ロプノール核実験場から740キロメートルほど離れた場所である。
地震波の分析結果
CTBT国際監視制度はTNT換算で500トン以上の規模の爆発を探知する能力があるものの、2件の地震は遥かにそれを下回る規模(フロイド事務局長の声明では数百トン規模、ノルウェーの研究所「NORSAR」の分析では3~15トン規模)とのことであり、NORSARによると、この地震はカザフスタンにある地震観測所においてのみ検知された事象であるため、正確な震源の位置を絞り込むことはできないとしている。さらにNORSARは、2件の地震の特徴は爆発に特有のものではなく、小規模な自然地震であった可能性を排除するものではないと分析している 6。これは、2月17日のフロイド事務局長の声明にも整合する。
なお、CTBTにおいて、事象の性質(例えば、人工的な爆発であったのか、自然地震であったのか)について最終的な判断を行うのは、各国の責任に委ねられており(議定書第一部18)、爆発威力(イールド)について算定することは規定されていない。
CTBTが発効していたら
ここで、フロイド事務局長は2月6日の声明で、小規模な核爆発に対処するための仕組みがCTBTにある(ただし、CTBTが発効した後に運用)と述べていることに注目したい。この仕組みについては明示されていないものの、CTBT第四条29から33にいう「協議及び説明」及び同34から67等の「現地査察」及び同68等にいう「信頼醸成措置」を指しているものと考えられる。これらは、国際監視制度と合わせ、CTBTの検証制度として規定されているものである。
今回のような核爆発の疑惑が発生した場合には、「協議及び説明」によって米中間、アメリカとCTBT機関との間またはCTBT機関を通じて、疑惑が明らかにされたりその解決が図られたりすることが想定される。または、核爆発が実施されたとの相当程度の根拠があれば、アメリカは現地査察を要請するかもしれない。現地査察が要請されると、必要な手続きを経た後、国際的に招集される査察団が、今回検知された地震の震源周辺区域において核爆発の証拠収集にあたることになる。もしくは、「信頼醸成措置」として、中国がTNT換算300トンを超える爆発の実施を事前に通報することによって、今回のような疑惑は生じないかもしれない。いずれにせよ、繰り返しになるが、「協議及び説明」「現地査察」「信頼醸成措置」は、CTBTが発効するまで発動されない。
アメリカによる主張の含意
フロイド事務局長が、当初はCTBT国際監視制度の観測所において爆発の特徴を示す事象は検知されていないと述べていた一方で、何故、10日余り後になって、事象の発生原因は不明としながらも、2件の事象を検知したことを明らかにし、かつその地点まで特定することができたのかは判然としない。アメリカが中国による核爆発実験の疑いを主張したのと同日にフロイド事務局長も声明を発表したことを考えると、アメリカとCTBT機関暫定技術事務局との間に、何らかの意思疎通があったことが想像されるところではある。
他方、今回アメリカが主張した地震に関連して、少なくとも今のところ、核爆発実験の直接の証拠となる放射性核種が検出されたとの発表はみられない。このことからすると、ロプノール核実験場付近で発生した地震波が検知されたことのみをもって、アメリカが何故、デカップリング技術を使用した爆発を伴う核実験が実施されたと断言することができるのか、必ずしも明確ではない。
なお、これに関連して言えば、2025年10月30日にトランプ大統領が「他の国と同等の核兵器実験を開始するよう戦争省に指示7」 したことが想起される。中国は、今回のアメリカによる主張は、自らの核実験再開のための口実探しであると主張しているが、現段階においては、アメリカによる今回の一連の主張と核実験再開との関連性は明らかではない。一方で、仮にアメリカが爆発を伴う核実験を再開した場合には、例えば、トランプ大統領による核実験再開についての指示が行われた直後、ロシアのアンドレイ・ベロウソフ国防相が、核実験実施の準備を進めるべきとの提案を行うとともに、北極海のノバヤゼムリャ核実験場において短期間で核実験を実施可能であると述べている8 ことからも明らかなとおり、これまで核兵器国の間で継続されてきた核実験モラトリアム(核爆発実験の自主的な停止)が崩壊する可能性が考えられる。これまで、CTBTの発効に向けては、アメリカがCTBTを批准すれば他の未批准国も次々に批准するという「ドミノ現象」が期待されていたところではあるが、今後の展開次第では逆に核実験の連鎖を招く結果も懸念される状況が生じている。
(掲載された分析は執筆者のものであり、関連する組織の公式な見解を必ずしも代表するものではありません。)
- “Statement to the Conference on Disarmament”, U.S. Department of State, 6 February 2026, https://www.state.gov/releases/under-secretary-for-arms-control-and-international-security-affairs/2026/02/statement-to-the-conference-on-disarmament.
- 「米高官 “2020年 中国が爆発伴う核実験実施”と改めて主張」、NHK、2026年2月19日、https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015055601000。
- 「6年前の『中国の秘密核実験』証拠浮上…米『われわれも再開する』」、中央日報、2026年2月19日、https://japanese.joins.com/JArticle/345022、https://japanese.joins.com/JArticle/345023。
- “Statement by Robert Floyd, Executive Secretary of the CTBTO”, CTBTO Preparatory Commission, 6 February 2026, https://www.ctbto.org/resources/for-the-media/press-releases/statement-robert-floyd-executive-secretary-ctbto-2026-02-06.
- “Statement by Robert Floyd, Executive Secretary of the CTBTO”, CTBTO Preparatory Commission, 17 February 2026, https://www.ctbto.org/resources/for-the-media/press-releases/statement-robert-floyd-executive-secretary-ctbto-2026-02-17.
- “USA publicly alleged that China conducted a low-yield nuclear test”, NORSAR, 19 February 2026, https://www.norsar.no/nyheter/usa-publicly-alleged-that-china-conducted-a-low-yield-nuclear-test.
- Donald J. Trump@realDonaldTrump, Truth, 30 October 2025, https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/posts/115460423936412555.
- 「核実験再開?米ロ核戦力強化へ」、NHK、2025年11月14日、https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10014976661000。