戦略アウトルック2026 第8章 核の秩序の行方

秋山信将(日本国際問題研究所軍縮・科学技術センター所長)

戦略アウトルック2026 第8章 核の秩序の行方

2026年は、戦後の国際安全保障秩序において決定的な転換点として記憶されることになるだろう。米ロ間の戦略核管理枠組みである「新戦略兵器削減条約(新START)」が、2026年2月4日をもって失効する。これにより、二大核大国の核弾頭数や運搬手段を法的に制限する枠組みが存在しない「管理の空白」時代へと突入する。欧州・東アジア・中東/南アジアという三つの正面で核リスクが深刻化し、4―5月のNPT運用検討会議は、国際社会の危機管理能力と核の秩序維持に向けた意思を測る試金石となる。

米ロの軍拡基調

米国の核政策は、2026年が大きな転換点となる可能性もある。まず態勢面では、次期大陸間弾道ミサイル(ICBM)「センチネル」の開発遅延、次期弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)「コロンビア級」の建造遅れや、弾頭更新の前提となるプルトニウム・ピット製造能力の欠落が、戦力維持の最大のボトルネックとして顕在化している。他方、2022年の「核態勢の見直し(NPR)」が前提とした環境は中ロ二正面の脅威によって崩れており、SLCM-N(海洋発射型核巡航ミサイル)やB61-13の追求は、核態勢の軌道修正にほかならない。米国は長年の軍備管理基調から、新たな競争戦略へ舵を切っている。

ロシアの核戦力近代化は、陸上戦力の停滞と海洋・非対称戦力の突出という「歪な構成」が鮮明になっている。重量級ICBM「サルマト」は度重なる配備の遅延が指摘されており、既存のヤルス等への依存が続く。対照的に海洋ではボレイA級SSBNの就役が順調に進み、戦略抑止の主骨格を担う。極超音速滑空体(HGV)「アバンガルド」は少数配備にとどまる一方、核動力巡航ミサイル「ブレヴェスニク」や核無人潜航機「ポセイドン」といったエキゾチック兵器は、「試験成功」の発表が先行するものの実用性よりも政治的威嚇のツールとして宣伝される。最大の懸念は、ベラルーシへの戦術核配備の常態化に加え、新START失効により検証のタガが外れた既存ミサイルへの弾頭上積み(アップロード)が可能になることであり、これが欧州戦域の「核の敷居」を劇的に低下させている。

深刻化するアジア・中東の核リスク

東アジアでは、中国・ロシア・北朝鮮の軍拡が秩序の安定を揺さぶる。
中国は従来の最小限抑止を脱し、対米相互脆弱性を担保する確証報復態勢へ接近している。DF-31AGやDF-41に加え内陸部の大規模サイロ群が稼働、JL-3と次世代096型原潜の整備、H-6N爆撃機の核任務回帰と、核の三本柱が飛躍的に向上した。この急拡大を支えるのが、高速増殖炉CFR-600を用いた兵器級プルトニウムの大量生産である。早期警戒の強化に伴う警報即発射(LOW)への移行可能性、DF-26など核・通常兼用の運搬手段の拡充は、危機時の誤認・誤信号の危険を高める。

北朝鮮は、弾頭がおよそ50発規模、核物質は最大90発相当と見積もられ、核戦力の拡大が続く。2022年核政策法で先行使用条件を拡張し、2023年には核保有を憲法に明記して、高警戒運用への傾斜を強めた。固体燃料ICBM「火星18」の連続試射、短距離弾道弾に加え、潜水艦発射型巡航ミサイル「プルファサル3-31」など、投射手段の多様化は、同盟にとっての懸念だ。ロシアとの軍事協力は弾薬・ミサイル移転の指摘が積みあがる一方、核を含む先端技術移転の実像は評価途上である。

核拡散のリスクは、中東においても先鋭化している。イランの核プログラムは、2025年10月の国連安保理決議2231号に基づく「スナップバック(制裁復活)」期限の通過を経て、質的に異なる危険水域へと突入した。高濃縮ウランの備蓄量は、すでに複数の核弾頭を製造可能な「量的閾値」を超過しており、技術的ブレークアウト・タイムは、「ゼロ(数日以内)」に近い状態が常態化している。現在の焦点は、イスラエル軍、米軍によるフォルドウ燃料濃縮工場(FFEP)の再稼働および拡大と、IAEA査察が制限されることによって生じた「知識の連続性(活動状況の追跡が不可能になること)」の喪失による国際的監視の空白にある。これらは、より検知が困難な「兵器化」フェーズ――起爆装置の設計、金属ウラン加工、弾道ミサイルへの弾頭適合化――への「隠れ蓑」を提供しかねない。イラン国内情勢の不安定化は、イランを「核敷居国(Threshold State)」にとどまらせていた政治的タガを外し、実戦配備への決断を誘発する構造的圧力を高めるリスクもある。

危機管理の時代へ?

このような悲観的ベースラインの米ロ関係では、軍備管理条約の失効により配備上限や査察・データ交換などができなくなるため、検証不能性が相互不信を構造化し、隠れた軍拡と誤算リスクが高まる可能性が指摘される。関係性安定のためには、法的拘束が無くとも透明化・事故防止の運用に合意し、政治的自制を継続する必要がある。次に、2026年NPT運用検討会議に期待し得るのは「最小公倍数のリスク低減パッケージ」である。すなわち、核兵器の不使用と核威嚇の不容認の再確認、戦時下における原子力施設への攻撃禁止の規範化、などである。あわせて、包括的核実験禁止条約(CTBT)体制の維持(未発効でも国際監視制度は不可欠)、兵器用核分裂性物質生産のモラトリアム(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約〔FMCT〕の交渉に向けた前段階)といった領域でも国際的な合意を追求すべきだろう。

2026年は、法的拘束力のある軍備管理条約によって安全を担保する時代から、相互不信の中で破局を回避するための「危機管理」が主役となるだろう。不確実な「脅威管理の時代」が本格化し、検証不能な「隠れた軍拡」と、AIやサイバー、宇宙といった新領域と核指揮統制(NC3)の交差がもたらす不安定性は、複雑な危機管理能力を各国の指導者に要求する。日本もこのような不安定化に対し主体的に対処できるための構想と関与が必要とされる。

短期的には、米ロ中の核をめぐる戦略的関係においては、より信頼醸成や危機管理に力点が置かれた軍備管理への日本の関心をいかに反映させるか。他方で、大国間の「勢力均衡」が、それ以外の国々にとって必ずしも安定や安全保障に繋がらないという現実に鑑み、中長期的には、リスクと共に脅威そのものの削減に向けた取り組みの構想も必要となろう。

(脱稿日2025年12月26日)