国問研戦略コメント(2026-15) 挟撃の経済安全保障-還流する「経済相互依存の武器化」と「踏み絵」への備え-

髙山嘉顕(日本国際問題研究所研究員)
国問研戦略コメント(2026-15) 挟撃の経済安全保障-還流する「経済相互依存の武器化」と「踏み絵」への備え-

はじめに

国際場裡において国家間競争が一層顕在化し、経済活動の領域に外交および安全保障の論理が浸透するなかで、各国が自国の政治目的を達成するために経済的手段を動員する傾向が顕著になっている。とりわけ近年では、国家間対立に起因する「経済相互依存の武器化」が、当該措置の域外適用を通して第三国を巻き込みながら波及し、従来の二個間関係に収まらない形へと構造化されつつある。この過程の中で、対立する二国間において相互に応酬された経済制裁や対抗措置が、第三国に対して両立しえない制度遵守の要請を生みだしている。その結果、経済制裁および対抗措置の応酬は第三国に対して事実上の「踏み絵」を迫る構造を作り出し、第三国はいずれの制度圏・経済圏を支持するのかという選択を余儀なくされる状況に直面している。

経済(システム)ならびにその主体における安全の確保を経済安全保障の一側面と捉えるならば、日本を含む第三国は、国家間競争に伴う経済措置の応酬の狭間において、いわば挟撃的状況に置かれつつ、経済安全保障の確保を追求する要請に直面しているといえる。こうした挟撃的状況の下で追求されるのが「挟撃の経済安全保障」である。本稿は以上の問題意識に基づき、このような国家間競争によって生じた「経済相互依存の武器化」の還流がもたらす新たな経済安全保障上の課題を整理するとともに、日本をはじめとする第三国の対応のあり方を検討する。

「経済相互依存の武器化」の還流

「経済相互依存の武器化」が新たな段階に入ったことが明確になったのは、2026年に中国政府が米国政府による二次制裁への実効的な対抗措置を打ち出すようになったからである。競争関係にある大国間において相互の制裁措置および対抗措置の応酬が進展した結果、この競争の構造が第三国に対していずれの陣営を選択するかを迫るゲームを生み出したのである。

確かにこれまでも中国は、外国による経済制裁等への対抗姿勢をとらなかったわけではない。2020年12月1日に中国で施行された輸出管理に関する基本法である「中华人民共和国出口管制法(輸出管理法)」の下で、中国政府は国家の安全などを害する恐れのある輸入者やエンドユーザーを「管控名单(管理リスト)」に掲載し、同リスト上の者に対して輸出管理対象品の輸出を禁止、制限することができるとされた(第18条)。また、同法第48条は、輸出管理に関する国際関係における相互主義の原則を定めており、具体的には「いずれかの国または地域が輸出管理措置を濫用して中華人民共和国の国家安全保障および国益を危険にさらした場合、中華人民共和国は、実際の状況に応じて、当該国または地域に対して相互主義に基づく措置を講じることができる」と規定していた。

さらに2021年6月に公布・施行された中華人民共和国反外国制裁法(反外国制裁法、the Anti-Foreign Sanctions Law)は、外国による対中制裁に対する中国の対抗措置を規定する基本的な法的枠組みとなった。同法の第3条は、「外国が、いかなる口実であれ、あるいは自国の法律に基づいて我が国の国民に対して差別的な制限措置を講じたり、我が国の内政に干渉したりするために、国際法および国際関係の基本規範に違反して我が国を封じ込めたり抑圧したりする場合には、我が国は相応の対抗措置を講じる権利を有する」と規定した。さらに同法第4条で「国務院の関係部門は、本法第3条に規定する差別的制限措置の起草、決定、または実施に直接的または間接的に関与する個人または組織を、反制清单(反制裁リスト)に掲載することを決定することができる」と定めた。同リストに掲載された個人または組織に対しては、査証の発給停止、国内資産凍結、国内組織等との関連取引の禁止等の対抗措置が取られることとなった(第6条)。そのうえ、同法第12条は、「組織及び個人は、外国がわが国の国民又は組織に対して採用する差別的制限措置を強制し、又はその実施を支援してはならない」と規定し、国内外の組織および個人による外国政府の対中規制措置への協力・遵守を禁止した。しかし当該規定は長らく限定的な運用にとどまり、実際の執行事例も乏しかったことから、その実効性は必ずしも高いものではなかった1

ところが、経済制裁およびそれに対する対抗措置の応酬は、新たな段階へと移行しつつある。この変化は、国家間対立に伴う「経済相互依存の武器化」が、当該措置を発動しあう二国間関係にとどまらず、域外適用を通じて第三国へと還流することによって生まれたものである。その結果、経済制裁やその対抗措置の相互作用は第三国に波及し、当該第三国は競合しうる複数の規制体系が交錯する状況に置かれることになった。このとき、第三国の政府や事業者が一方の国家の構築する規制や制度的ルールに従う場合には、他方の国家の規制体系に抵触し、当該国から懲罰的措置を受ける可能性が生じるようになった。他方で、前者のルールへの遵守を回避した場合には、逆に前者から制裁措置を受けるリスクに直面することとなる。このようにして「経済相互依存の武器化」が還流することによって形成された構造の下で、第三国の政府や事業者は相反する制度遵守の要請の狭間に置かれ、いずれか一方の規制体系への適合を迫られるという局面に直面することになった。

この状況を鮮明にしたのが、イランの石油取引を理由として米国政府が課した制裁に対し、中国商務部(MOFCOM)が2026年5月2日に発動した対抗措置であった。中国商務部は、イランの石油取引への関与を理由に中国の石油精製業者5社に対して米国政府から課された制裁について、その承認、執行、または遵守を一切禁じる措置を発動したのである2。中国政府によるこの措置は、中華人民共和国国家安全法 (National Security Law of People's Republic of China)、中华人民共和国对外关系法(The Law on Foreign Relations of the People's Republic of China)、反外国制裁法およびその執行規則の枠組みで行われたものだが、注目すべきは2021年1月に施行・公布された阻断外国法律与措施不当域外适用办法(The Rules on Counteracting Unjustified Extra-territorial Application of Foreign Legislation and Other Measures)を初めて本格的に履行するものだったという点である3。米国による制裁によって利益を侵害された石油精製業者は、米国の制裁に従った取引相手(支払いを拒否した銀行、保険を引き受けない保険会社、貨物の輸送を拒んだ船主など)を、中国の裁判所に提訴することができるようになったのである4。米国の規制への遵守が、中国では法的責任を伴う違反行為となった。

中国政府は従来、米国等による金融制裁および輸出管理措置について、一方的かつ差別的な措置であるとして繰り返し批判し、その正当性を否定してきた。他方で、米国市場や米国主導の国際金融システムへのアクセス制限がもたらす自国経済への波及的影響を局限化する観点から、国内企業による米国等の経済制裁措置への事実上の遵守を一定程度黙認してきた。これに対し、今回の措置においては、中国政府は国内企業に対して米国制裁への不遵守を求める姿勢を示したほか、第三国による米国制裁の遵守を抑止することを企図した対抗措置を導入するなど、従来よりも積極的かつ対抗的な対応を示した。

もっとも、中国政府によるこれらの取り組みに対して、米国政府は譲歩的姿勢を示していない。記者会見においてマルコ・ルビオ(Marco Rubio)米国務長官は、米国の対イラン制裁を無視する企業については、米国による二次制裁の適用対象となり得る旨を明言していた。「イランの制裁回避を助長するいかなる外国の金融機関や民間事業者も、二次制裁の対象となり、米国の金融システムへのアクセスを失うことになるだろう」、「もし我々の制裁を無視すれば、二次制裁の対象となるだろう。(中略)我々は象徴的な目的のためにこうした措置を講じるのではない」というのである5

さらにトランプ大統領が中国の金融機関に対する二次制裁を発動するかどうかについて具体的に問われると、ルビオ長官は「我々は制裁を執行するつもりだ」として、「その件については財務省からの発表を待つ必要があるが、我々はすでに制裁措置を講じている。制裁は、実際に何らかの措置を講じなければ意味をなさない。従って、その点はすでに明確になっていると思う。具体的な発表については、財務省から追って行われると思われる」という。そして「我々が制裁を真剣に考えていることは言うまでもない。イランの行いに対しては代償を払わせる必要がある。さもなければ、もし彼らが何の代償も払わずにこの企てを成功させ、譲歩することなくやり過ごしてしまえば、世界中のあちこちで、他の国々も同じことをしようとする誘惑に駆られることになるだろう。これは到底容認できない」と述べていた6。米国政府は、第三国の事業者による制裁違反行為に対しても二次制裁を適用する方針を明確に示したのである。

これに対して、中国側もまた米国政府の姿勢に異を唱えている。ルビオ米国務長官による中国政府の措置に対する発言について記者会見で意見を求められた中国外交部の林剣報道官は、中国当局はすでに立場を表明しているとして、中国は関係国による不当な域外適用となる外国の法律や措置を注視し、法律に基づき中国国民および企業の正当な権利と利益を断固として守ると述べていた。そのうえ、同報道官は、商務部は今後も、外国の法律や措置が不適切に域外適用される事例を注視し続けると述べたのである。この点を踏まえて、中国共産党中央委員会系の『環球時報』(英語版)は、2021年の規則に規定された状況が存在する場合、商務部は法に基づき必要な措置を講じることだろうと報じていた7。中国は、米国およびその他の外国による対中経済制裁措置が発展または拡大した場合には、同様の対抗措置を発動する意向を示したのである。

中国政府による今回の措置は、米国を含む外国政府による対中経済措置および経済制裁に対して、従来採られてきた不透明かつ間接的な回避対応から、国家主導によるより明示的かつ対抗的な抵抗姿勢へと転換しつつあることを示すものといえる。一連の措置は、域外適用を伴う外国法令への対抗を制度化するものであり、米国による対イラン制裁を契機として顕在化した米中間の経済安全保障上の対立が、第三国に選択を迫る段階へと深化していることを示唆していた。

還流する「経済相互依存の武器化」の拡張

米中対立を契機として形成された域外適用措置の応酬は、両国間関係のみにとどまるものとは考えにくい。むしろ、こうした構造は米中二国間関係以外でも生じうる。すでに中国と欧州連合(EU)との関係において規制の域外適用を伴う措置の応酬がみられる。2026年4月24日に中国商務部は欧州の7社を輸出管理リストに掲載し、これらの企業に対する軍民両用品の輸出等を禁止すると発表した(発効は同日)8。この措置はEUによる対ロ制裁パッケージの中に中国企業が含まれていたことへの対抗措置であるとの見方がある9。本稿の問題意識に即して言えば、リスト掲載された企業に対する輸出規制措置だけでなく、中国産品の再移転規制が明確に導入されたことが注目に値する。中国の規則の下では、中国国外の企業であっても中国産の軍民両用品をリスト掲載された7社に輸出すること等が原則禁止されたからである10。商務部の発表では、例外的なケースに対するライセンス取得の道も残されているが、それは同省の承認を経た場合に限られる11

このように、中国・欧州間においては、すでに経済制裁および対抗措置の応酬が生じつつあり、今後これが米中関係にみられるような対立構造へと発展する可能性も否定できない。さらに、中国と米欧以外の諸国との間においても、経済制裁および対抗措置の応酬が発生し、「相互依存の武器化」がより複雑な形態を伴いながら還流していく状況が生じる可能性がある。加えて、こうした過程においては、第三国に対していずれか一方の制度圏や経済圏を事実上選択させる「踏み絵」を迫る状況が生起する可能性も想定される。

確かに、米中間における経済制裁および報復措置の応酬が今後どのように展開していくかは、依然として流動的である。実際、2026年5月15日に開催された米中首脳会談において、両首脳は、米国政府が対イラン制裁の一環として中国の石油精製業者に対して発動した制裁措置について協議を行った。会談後の帰路でドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領は、当該問題について協議した事実を認めたうえで、「今後数日中に決定を下すつもりだ」と発言しており、米国側の対応が調整段階にあることを示唆している。そのうえ、イラン産原油を購入する中国企業に対する制裁解除の可能性について記者団から問われた際、「その可能性はある」とさえ述べていたのである12

しかし、中長期的観点からみれば、大国間競争の狭間に位置する日本を含む第三国が、挟撃の状況下における経済安全保障を追求せざるを得なくなるという構造そのものは、大きく変化しないだろう。すでに現在、国家間競争に起因する「経済相互依存の武器化」は、政府および企業に対して、新たなサプライチェーンの構築を迫る圧力として作用している。具体的には、代替供給源の確保、備蓄の拡充、サプライチェーン上の脆弱性の局限化を通じた強靱化が進められており、こうした動向は経済合理性のみならず安全性や安定性をも重視する経済活動への転換を促している。さらに今後は、第三国を巻き込む形で還流する「経済相互依存の武器化」が複数国に拡張し、その過程の中で、第三国が複数の相反する制度的・規制的要請の狭間に置かれる状況がより顕著な形で現れる可能性がある。

「踏み絵」への備え

米中両国政府による「経済的相互依存の武器化」の応酬は、第三国を巻き込む形で設計された。さらに、このような構造は米中関係に限定されるものではなく、今後は他の国家間関係においても同様の現象が起きる可能性も否定できない。第三国は、国家間における域外適用を伴う経済制裁や対抗措置の応酬を前提条件として、自国の経済安全保障政策を構築せざるを得ない状況に置かれている。日本もまた、こうした状況の例外ではない。とりわけ、挟撃的状況下においては、制裁措置の強化とそれに対する相互報復によって、サプライチェーンの分断や縮小が進行するのみならず、各国が実質的にいずれかの制度圏への帰属を迫られる、いわば「踏み絵」的状況が形成されつつある。したがって、日本を含む第三国は、安全保障政策、経済政策、法制度を横断した視点から「挟撃の経済安全保障」を追求することが求められる。

もっとも、米中間における経済的対立の直接的影響は、まず両国の事業者に及ぶこととなろう。すなわち、米国企業が米国の法令および規制に従い、制裁対象である中国の石油精製業者との取引を停止または縮小した場合、当該企業は中国国内において法的責任を追及される可能性があり、さらに当該措置によって中国企業に生じた損害について補償を求められる可能性がある。米国企業にはサプライチェーンの見直しが迫られる。

また、中国の事業者は、対外取引に係るコンプライアンス体制やリスク管理方針を見直す必要があるかもしれない。例えば、米国の制裁対象に指定された石油精製業者と取引関係を有する中国系銀行は、取引慣行の変更を余儀なくされる可能性がある。具体的には、米制裁への抵触リスクを回避する観点から、制裁対象の石油精製業者との取引に関する審査の厳格化や、取引の縮小・見直しが進められると考えられる。他方で、中国側の対応として、米国の金融制裁の適用範囲を回避するために、人民元建ての取引を拡大することが想定される。また、中国政府による関連規則では企業が適用除外を申請する制度が設けられているため、規則遵守が著しく困難である場合には例外的に米規制の遵守が認められる可能性も指摘されている13

しかしながら、今回の「経済相互依存の武器化」の応酬の影響は米中両国の事業者のみにとどまらない。すでに述べたようにすなわち、第三国は、米国の制裁に従えば中国側で法的責任を問われる可能性があり、従わなければ米国から二次制裁を受けるおそれがあるからである。こうした「経済相互依存の武器化」の域外適用の応酬は、両立困難な要請への対応を強いる構造を生み、第三国を事実上いずれかの制度を選ばざるを得ない状況に置いている。このため、第三国にとっては挟撃的状況下で経済安全保障を確保することが重要な課題となっている。

もっとも、国際場裏において大国間競争が激化したとき、両者の制度的・規制的枠組みのはざまで板挟みになる第三国がとり得る選択肢はそれほど多いわけではない。米国を中核とする金融システムや米国市場への依存度が高い国の政府や事業者は、実質的に米国の規制枠組みに従わざるを得ない状況に置かれる。こうした事業者には、米国の制度圏・経済圏にとどまる姿勢を明確にし、米国政府が求める対中措置を程度の差こそあれ履行することが求められる。その結果、中国市場において一定の損失が生じる可能性はあるものの、米国を中心とする経済圏へのアクセスを維持することによって得られる利益が当該損失を上回る限り、当該事業者にとっては合理的な選択となろう。企業は米国市場を維持または獲得するために中国との関係を断つことを選択するかもしれない。サプライチェーン構築における脱中国化である。

他方、中国市場や中国を中心とするサプライチェーンに対する依存度が高い国や企業は、中国の規則を遵守する方向へ向かうだろう。外国事業者の中には、サプライチェーンを中国へ移転し、生産、組立、サービス提供等を中国国内で完結させる体制の構築に取り組むことで、サプライチェーンの安定化を図ろうとする動きが生じる可能性がある。米制裁からの影響を局限化するために脱ドル化(Dedollarization)や元化(Yuanization)が追求される可能性もある。中国が第三国に対し、米国による対中規制からの離脱ないし逸脱を求めるかもしれない。第三国がこうした要請に応じない場合には、中国による経済的威圧や相互依存関係の武器化を通じて、一定の経済的・政治的負担を被る可能性も否定できない。

しかし、これらのシナリオは、構想として提示することは比較的容易である一方、その実現は必ずしも容易ではない。米中双方の企業と商取引関係を有する第三国企業は、米国から対中取引の制限を求める圧力を受ける一方で、中国からはサプライチェーンの安定性維持を求める圧力を受ける可能性があるためである。このような挟撃の状況の下では、米中いずれか一方の法規制・制度圏のみを選択し、その経済圏に限定して事業活動を行う一方、他方の法規制を事実上無視し、その市場や権益を放棄するような法的・経済的デカップリングは、現実的には困難である。

そのため、米中間の対立構造の中で事実上の「踏み絵」を迫られる日本を含む第三国は、挟撃の状況下における経済安全保障を確保するための措置を講じる必要がある。そこでは「経済相互依存の武器化」の応酬を抑制するための制度的・政治的対策を整備するとともに、相互に競合し得る国内法上の要請によって生じる摩擦を緩和・無効化する取組を進める必要がある。

第一に、競合的規制環境の下で事業者が備える対策としては、制裁措置の履行が違法になる場合やリスクになる場合に契約措置の履行を停止または拒否できるような契約条項の作成を勧める向きがある。契約書には、制裁措置やその対抗措置を含む、関連する法域における適用法に違反する行為を当事者が強制されないことを明確に記載することで、相反する法的義務に直接対処することも有効だろう14

第二に、日本を含む第三国の事業者には、法的・経済的リスクを可能な限り抑制しつつ、将来的な制度変更や制裁措置の拡大に備えた事業運営を行うことが求められる。まず、未処理注文、出荷待ち製品、技術移転、アフターサービス等に関する現況を包括的に精査することが必要であろう。その際には、取引相手の正式名称や別称に加え、資本関係、仲介業者の関与状況、制裁関連情報等についても確認対象に含める必要がある。

第三に、日本を含む第三国の企業は、自社が取り扱う製品、技術、ソフトウェアの原産国や、それらが各国の輸出管理規制の適用対象となるか否かについて、事前に十分な確認を行うことが重要である。というのも、米中双方が講じる措置のなかには、国外に所在する自国原産品に対しても再移転を制限するものが含まれることがあるためである。日本を含む第三国の事業者は、出荷が米国または中国以外の地域から行われることのみを理由として、当該規制の適用を免れると想定すべきではない。

これらの対応措置は、必ずしも包括的かつ完全なものではない。しかしながら、「経済相互依存の武器化」が還流する中、第三国が制度圏や経済圏の選択を迫られる事態に備える必要性はある。とりわけ、国家間競争の狭間に位置する第三国では、政府および企業が、制裁措置、輸出管理、域外適用規制等に起因するリスクへの対応能力を事前に整備することが求められる。そのため、日本を含む第三国政府は、事業者によるサプライチェーンの強靱化に向けた取り組みを支援するとともに、国家間競争に伴って生じうる相反的な制度の遵守要請が国内経済や企業活動に及ぼす影響を軽減する観点から、関連法制度の整備を含む国内的対応を推進する必要がある。挟撃下にある企業の損害を補填する貿易保険制度の創設や二次制裁を課す国に対する対抗措置の導入なども検討課題となる。このような対応こそが国家間競争の狭間に置かれる第三国が追求する「挟撃の安全保障政策」の今後の課題を構成するものとなろう。

おわりに

米中対立は、「経済相互依存の武器化」をめぐる相互的な措置の応酬を招いた。とりわけ、米国による対イラン制裁を契機として、制裁および対抗措置が米中間で相互に発動される構図が形成され、その域外適用をめぐる応酬は、第三国を巻き込みつつ還流する局面へと展開した。さらに、この過程において米中両国は、相互に競合する形で法規制体制の整備・強化を進め、その制度的枠組みを発展させてきた。その結果、相互依存関係を通じた経済的圧力の行使が連鎖的に拡大し、国際経済における法的・制度的摩擦を一層深刻化させる結果をもたらした。そのうえ、ここで見られた構造は、米中関係のみならず中国・欧州関係でも生じる可能性がある。今後、「経済相互依存の武器化」が複数の国家間関係と第三国を巻き込みながら複雑に還流する構造が現れる可能性は否定できない。

中国が外国による制裁措置に対抗するための法的手段を整備・拡充してきただけでなく、それらを積極的に活用する姿勢を維持していることを踏まえれば、国家間競争がもたらす経済安全保障上の課題は、もはや金融システム、輸出管理、あるいはサプライチェーン上のチョークポイントといった問題に限定されるものではなくなった。すなわち、今後は、競合する国家の双方が講じる法的・規制的措置およびそれに対する対抗措置が第三国や国際経済全体に及ぼす波及的効果についても、あわせて考慮する必要性が高まっている。

もっとも、現時点において、これらの動向が国際経済全体に直ちに深刻な影響を及ぼすと評価することは困難である。実際に米国の制裁対象となった中国企業5社はいずれも国際商取引上の影響力が限定的であり、グローバル市場全体に対する直接的影響も相対的に小さいためである。

しかし、中長期的観点からみれば、今回の措置が国際経済秩序に及ぼし得る潜在的影響は必ずしも軽微なものではない。前述のとおり、中国政府は、米国政府による追加的な対中制裁措置の発動や、第三国政府による対中制裁措置の導入が行われた場合には、今回と同様の対抗措置を講じる姿勢を示しているからである。仮に今後、米国政府が対イラン制裁を一層強化し、あるいは他国に対する新たな制裁措置を導入する過程で、中国企業が制裁対象に追加的に含まれる事態が生じた場合、中国政府が再び同種の対抗措置を発動または強化する可能性は否定できない。また、「経済相互依存の武器化」の還流は米中関係のみならず中国と欧州など他の国家間関係から発生する可能性もある。その際、対象となる中国企業が国際経済において占める地位やサプライチェーン上の重要性によっては、国際経済に及ぼす影響は極めて大きなものとなりうる。

本稿で検討してきたように、競合する国家間における「経済相互依存の武器化」の応酬はその域外適用を通じて第三国を巻き込みつつ還流する局面へと展開した。この過程の中で、制裁措置とそれに対する対抗措置の応酬が各国の国内法制度に組み込まれる動きが加速し、国家および企業に対して制度圏や経済圏の選択を迫る構造が形成されつつある。この結果、競合する国家間の狭間に位置する国家および企業は、相反する制度の遵守要請に直面するという状況に置かれうる。しかしながら、日本を含む多くの国家にとって、特定の制度圏または経済圏への一元的な依拠は現実的に困難であり、競合する制度間における遵守要請を調整する対応が不可避である。そのため、民間事業者のレベルにおいては、契約条項へのリスクの事前的織り込み、取引先に対するデューデリジェンスの強化、さらにはサプライチェーン全体の精査および再構築等を通じて、制度競合に起因するリスクを低減することが求められる。他方で、政府においても、こうした民間部門の対応を支援・促進する観点から、関連する法制度の整備および支援枠組みの構築が必要となる。

以上を踏まえれば、競合する制度圏や経済圏の狭間に位置する国家および事業者にとって、「挟撃の経済安全保障」は不可避的に直面する課題である。そこでは、相反する制度的要請の単なる受動的調整にとどまらず、制度適応能力の高度化と事業活動の柔軟性の確保を通じて、制度競合のもたらす構造的制約を主体的に乗りこなすことが求められるのである。

(了)


  1. 法律事務所ステファンソン・ハーウッド(Stephenson Harwood)によれば、2024年に米政府による制裁を理由として支払いを停止した欧州企業に対し、中国企業が中国国内の裁判所に提訴する事例が確認されている。当該訴訟は中国において進行し、最終的には、欧州企業が米国財務省外国資産管理局(OFAC)から許可を取得したうえで支払いを再開した後に解決に至ったという。Stephenson Harwood, China's First Use of Blocking Rules against U.S. Sanctions on Chinese Refineries, May 5, 2026, <https://www.stephensonharwood.com/insights/chinas-first-use-of-blocking-rules-against-us-sanctions-on-chinese-refineries/>.
  2. 2025年3月以降、米国財務省外国資産管理局(OFAC)は、山東金誠石化集団有限公司(Shandong Jincheng Petrochemical Group Co.)、河北鑫海化工集团有限公司(Hebei Xinhai Chemical Group Co.)、山东胜星化工有限公司(Shandong Shengxing Chemical Co.)、山东寿光鲁清石化有限公司(Shandong Shouguang Luqing Petrochemical Co.)、恒力石化股分有限公司(Hengli Petrochemical Refining Co.)の5つの石油精製業者を対イラン制裁Economic Furyの一環として制裁指定していた。これらの企業は資産凍結等の対象とされ、同社との取引が禁止された。中国に拠点を置くこれらの独立系精製業者が、イランの石油経済を支える上で重要な役割を果たしているというのが制裁理由であった。
  3. 同規則では外国の法令等の措置による不当な域外適用に対抗するために、当該外国の措置を受け入れず、執行せず、または遵守しない旨の禁止命令(禁令、prohibition order)を発令するとされ、国内外の個人や組織等が外国の法令その他の措置に従って中国の個人や団体等の権利や利益が侵害した場合は損害賠償の対象となることが明記された。
  4. Lingling Wei, “Beijing Deploys Long-Threatened Economic Arsenal Against U.S. Pressure,” The Wall Street Journal, May 5, 2026, < https://www.wsj.com/world/china/beijing-deploys-long-threatened-economic-arsenal-against-u-s-pressure-8052d9b4 >.
  5. Secretary Rubio’s Press Briefing from the White House, May 5, 2026, < https://www.state.gov/releases/office-of-the-spokesperson/2026/05/secretary-of-state-marco-rubio-remarks-to-press-9/ >.
  6. Secretary Rubio’s Press Briefing from the White House, May 5, 2026, < https://www.state.gov/releases/office-of-the-spokesperson/2026/05/secretary-of-state-marco-rubio-remarks-to-press-9/ >.
  7. “FM spokesperson responds to Rubio’s threat to impose secondary sanctions if China ignores US sanctions against Iran,” Global Times, May 7, 2026.
  8. 商务部新闻办公室「商务部新闻发言人就将7家欧盟实体列入出口管制管控名单答记者问」(2026年4月24日)<https://www.mofcom.gov.cn/syxwfb/art/2026/art_b5216a7d5c3a4b82bb67482c44b3be18.html>. リストに掲載されたのは、ベルギーの銃器メーカーであるヘルスタル(Herstal)とFNブラウニング(FN Browning)、ドイツのヘンゾルトAG(Hensoldt AG)、チェコの防衛・航空宇宙関連企業であるオムニポール(Omnipol)、スペースノウ(SpaceKnow)、エクスカリバー・アーモリー(Excalibur Armory)、およびチェコ航空宇宙研究試験所(Czech Aeronautical Research and Testing Institute)であった。エクスカリバー・アーモリーは、中国から軍民両用技術を直接調達しておらず、事業に重大な影響が生じることはないと評価していた。Shi Bu, Liz Lee, Ben Blanchard, and Jan Lopatka, “China bans dual-use item exports to seven European entities over Taiwan arms sales,” Reuters, Apr. 24, 2026.
  9. 中国政府が発表した同措置発動の理由は、これらの企業が台湾への武器販売に関与した、または台湾当局と共謀しているというものであった(Ministry of Commerce, People's Republic of China, MOFCOM Spokesperson’s Remarks on Adding Seven EU Entities to the Restricted Namelist, Apr. 30, 2026, <https://english.mofcom.gov.cn/News/SpokesmansRemarks/art/2026/art_393371b908b543a690f8ff4ceaba8734.html>)。しかし、中国政府によるこの措置については、2026年4月23日にEUがロシアに対する第20次制裁パッケージを採択したことへの報復として行われたものであるとの指摘がある。同パッケージは、ロシアやベラルーシが西側の制裁を回避するのを支援した、あるいは戦争遂行に必要なドローン部品などを直接供給したとされている中国企業27社を制裁対象としていたからである(Council Regulation (EU) 2026/469 of 23 April 2026 amending Regulation (EU, Euratom) 2020/2093 laying down the multiannual financial framework for the years 2021 to 2027)。中国商務部は4月25日に、EUがロシアに対する第20次制裁パッケージの対象に中国企業を含めたことに対し「断固として反対」の立場を表明し、直ちにリストから除外するよう求めていた。中国商務部の報道官は声明の中で、「この措置は、中国とEUの指導者間で合意された精神に反するものであり、相互の信頼と二国間関係の全体的な安定を著しく損なうものである」と述べていた。同部は、中国企業を保護するために「必要な措置」を講じると警告し、「すべての結果はEU側が負うことになる」というのであった(Ziyi Tang and Ryan Woo, “China condemns EU's inclusion of Chinese entities in sanctions package against Russia,” Reuters, Apr. 25, 2026)。
  10. 中国商務部によれば「外国の組織および個人は中華人民共和国原産の軍民両用物品をこれらの企業に譲渡または提供することが禁止される。さらに、現在進行中の関連活動はすべて直ちに停止しなければならない」。商务部新闻办公室「商务部新闻发言人就将7家欧盟实体列入出口管制管控名单答记者问」(2026年4月24日)<https://www.mofcom.gov.cn/syxwfb/art/2026/art_b5216a7d5c3a4b82bb67482c44b3be18.html>.
  11. 商務部は、例外的な状況下においてケースバイケースで輸出を承認する権利を中国が留保していることを示唆し、両用品の輸出業者は、当該団体への輸出が「真に必要」であると判断された場合に同省へ申請できるとしていた。商务部新闻办公室「商务部新闻发言人就将7家欧盟实体列入出口管制管控名单答记者问」(2026年4月24日)<https://www.mofcom.gov.cn/syxwfb/art/2026/art_b5216a7d5c3a4b82bb67482c44b3be18.html>.
  12. The White House, President Trump Gaggles with Press on Air Force One En Route Anchorage, AK, May 15, 2026, <https://www.youtube.com/watch?v=XVfi6_wcx_8>.トランプ大統領は米政府が中国の石油精製業者に対する制裁を解除する可能性を示唆したものの、米政府が制裁解除の見返りに中国に何を要求したかは不明である。ただし、米政府は中国が制裁解除の見返りに対イラン制裁への同調を示すことを期待している節がある。ジェイミソン・グリア (Jamieson Greer)米通商代表は、「中国がイランへのあらゆる実質的な支援を制限するために可能な限りの措置を講じるだろうという確信を強く持っている」と述べていた(“Greer: US, China Willing to Continue Trade Truce,” Bloomberg Television, May 15, 2926, <https://www.bloomberg.com/news/videos/2026-05-15/greer-us-china-willing-to-continue-trade-truce-video>)。
  13. “China’s Rare Sanctions Pushback Leaves Banks Caught in Crossfire,” Bloomberg, May 4, 2026, < https://www.bloomberg.com/news/articles/2026-05-04/china-s-rare-defiance-of-us-sanctions-sparks-showdown-over-banks-moqorgpw >. 中国の民間精製業者のなかには、米国の制裁リスクを受容しつつ、イラン、ロシア、ベネズエラなどから供給される割安な原油の利用を拡大する動きを示すむきもあるという。一般に中国の民間中小精製業者は国有企業に比して米国金融システムへの依存度が低く、中国の国有銀行との結びつきが強いという背景がある。
  14. Stephenson Harwood, China's First Use of Blocking Rules against U.S. Sanctions on Chinese Refineries, May 5, 2026, <https://www.stephensonharwood.com/insights/chinas-first-use-of-blocking-rules-against-us-sanctions-on-chinese-refineries/>.