国問研戦略コメント(2026-18) ホルムズ海峡危機とアジアのエネルギー強靭性 ― POWERR AsiaとAZEC 2.0:日本の新たな地域戦略 ―

山田滝雄(JIIAグローバル・アウトリーチ・センター所長、AZEC担当大使)

国問研戦略コメント(2026-18) ホルムズ海峡危機とアジアのエネルギー強靭性      ― POWERR AsiaとAZEC 2.0:日本の新たな地域戦略 ―

「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

今般の中東情勢の緊迫化とホルムズ海峡の混乱は、エネルギー供給の大半を中東に依存しているアジア諸国に深刻な影響をもたらしている。こうした状況の中、日本は「POWERR Asia(Partnership on Wide Energy and Resources Resilience Asia)」構想を立ち上げるとともに、AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)を「AZEC 2.0」へと進化させる方針を打ち出した。

本稿では、ホルムズ海峡危機を契機として誕生したPOWERR Asia構想とそれに伴って進化するAZEC 2.0、そしてこの二つのイニシアティブが地域や国際社会に対してもつ戦略的意義について考察したい。

ホルムズ海峡危機が突きつけたアジアの脆弱性

今般のホルムズ海峡情勢の緊迫化と輸送ルートの混乱は、世界のエネルギー市場に深刻な影響を与えた。そして、その影響を最も大きく受けたのがアジア諸国であった。ホルムズ海峡を通過する原油の約90%(日量約1,300万バレル)がアジア向けとされており、多くの国が中東依存型のエネルギー構造を抱えている。

例えばフィリピンは、原油輸入の94%をホルムズ海峡に依存しており、情勢が緊迫化した時点の原油・石油製品備蓄は約45日分にとどまっていた。このためマルコス大統領は2026年3月24日にエネルギー非常事態を宣言した。

ベトナムも原油輸入の81%をホルムズ海峡に依存し、備蓄は約30日分であったため、ガソリン価格は一時急騰し、その後も不安定な状況が続いている。

今回の危機は、アジア経済が中東産のエネルギーに大きく依存している現実を改めて浮き彫りにした。

高市総理が発表したPOWERR Asia

こうした状況を受け、2026年4月15日、高市早苗総理の提唱により「エネルギー強靭化に関するAZECプラス・オンライン首脳会合」が開催された。この会合にはAZECパートナー国に加えアジア各国から計16か国の首脳・代表及び、3つの国際機関のトップが参加した。

【参考】AZEC+オンライン首脳会合出席国・機関
豪州、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、韓国、インド、バングラデシュ、スリランカ、東ティモール、国際エネルギー機関(IEA)、アジア開発銀行(ADB)、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)
*AZECパートナー国

高市総理はこの場で、「POWERR Asia」構想の立ち上げを発表するとともに、AZECを経済安全保障・エネルギー強靱化の視点を強化した「AZEC 2.0」へと進化させる方針を打ち出した。

POWERR Asiaは、JBIC、NEXI、JICAなどの公的金融機関による融資や保険等を組み合わせた総額100億ドルに上る金融協力を含む大規模支援パッケージで、短期的な「緊急対応」と中長期的な「構造的対応」の二本柱から構成されている。

短期的な「緊急対応」としては、
・代替原油・石油製品の調達支援
・サプライチェーン維持支援
・関係国政府への財政支援
などが想定されている。

一方、中長期的な「構造的対応」としては、
・石油備蓄制度の整備
・貯蔵インフラ整備
・LNG、バイオ燃料、次世代太陽光、SMR等へのエネルギー源多角化
・省エネ投資と産業高度化
などのエネルギー安全保障強化策が検討されている。

なぜ日本がアジア全体を支援するのか(国際公共財)

「なぜ日本自身もエネルギー確保に苦労している中で、これほど大規模なアジア支援を行うのか?」、このような質問を受けることがあるが、その答えは明快である。もはやエネルギー安全保障は日本一国だけで完結する時代ではないからだ。

今日、日本企業はアジア全域に生産ネットワークを展開しており、その一部であってもエネルギー不足によって機能不全に陥れば、日本を含むサプライチェーン全体が大きな打撃を受ける。

これは製造業のみにとどまる話ではなく、医療分野においても、日本は透析機器、手術用手袋、医療用消耗品など、多くの製品をアジア諸国から調達している。アジア域内のどこかでエネルギー供給が途絶えれば、日本企業の活動や国民生活に直接影響が及ぶことは避けられない。

エネルギー強靭性は、もはや日本一国の問題ではなく、地域全体のサプライチェーンを支える「国際公共財」として捉えるべき時代に入っているのである。

エネルギー強靭性 — FOIPを支える新たな柱

「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」はこれまで、法の支配、航行の自由、連結性の強化などを主要課題としてきた。しかし、今回の中東情勢の緊迫化は、エネルギー強靭性がインド太平洋の繁栄にとって不可欠な「国際公共財」であることを浮き彫りにした。今やエネルギー強靭性は、FOIPを支える新たな柱となりつつある。

こうした認識を明確に示したのは、2026年5月2日、高市総理がハノイ国家大学において行った、進化したFOIPに関する外交政策スピーチであった。このスピーチの中で高市総理は、

「ホルムズ海峡における危機は、まさにFOIP実現に向けた日本の覚悟を試す出来事である」

と述べた。さらに、高市総理は、POWERR Asiaの第一号案件として、ベトナムのニソン製油所の原油調達支援を、NEXIを通じて実施することを表明した。

その後もエネルギー強靭性のための地域協力の輪は、インド太平洋地域全体へと急速に拡大している。

高市総理は、ベトナムの次に豪州を訪問し、アルバニージ首相とともに「エネルギー安全保障に関する日豪共同声明」を発出した。

2026年5月19日の日韓首脳会談では、備蓄強化を含むインド太平洋地域のエネルギー供給強靭化のために日韓両国が協力することが確認された。

また、デリーで行われた日米豪印(QUAD)外相会合では「インド太平洋のエネルギー安全保障に関する日米豪印声明」が発表された。

マルコス大統領訪日時の日比首脳会談では、高市総理よりフィリピンの国家備蓄強化やASEAN共同備蓄構想への支援が表明された。

さらに、POWERR Asiaが提起したエネルギー強靭性のための連携は、インド太平洋を越えて欧州やG7にも広がりつつある。

2026年6月14日の高市総理訪英の際には、エネルギー安定供給に向けた協力を含む経済安全保障に関する日英首脳宣言が発出された。

その直後に開催されたG7エビアン・サミットでも、高市総理はPOWERR Asiaの理念を国際社会に広める発言を行い、不当な輸出規制への反対、石油備蓄強化の支援、産油国と消費国の対話・協力の強化を呼びかけた。

AZEC 2.0の意義

AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)構想は、経済成長が著しい一方で化石燃料依存度が高いアジアの現実を踏まえながら、「脱炭素」「経済成長」「エネルギー安全保障」という三つの目標の同時実現を目指す地域協力として2022年にスタートした。これまでに3回のAZEC首脳会合が実施され、累計約540の協力案件が形成されるなど順調に発展して来ている。

ホルムズ海峡危機によりアジアのエネルギー需給が逼迫し、アジアのエネルギー供給体制の脆弱性が露呈されたことを受けて、AZECは、経済安全保障やエネルギー強靭性の視点をより深く組み入れ、「気候変動対策」と「エネルギー強靱性」を同時に達成することを目指す包括的な地域協力、すなわちAZEC2.0へ進化しようとしている。

AZECはこれまでから、POWERR Asiaが「構造的措置」として掲げるLNG・バイオ燃料・次世代太陽光・小型モジュール炉(SMR)などの活用・導入による「エネルギー源多角化」、更には「省エネ投資」「産業の高度化」等の施策を推進してきた。これらの施策は、従来は気候変動への対応を主眼としていたが、ホルムズ海峡危機によるエネルギー需給逼迫の中で、エネルギー強靭性の観点からその有用性が再評価されている。

2026年9月にはAZEC閣僚会合、11月にはAZEC首脳会合がフィリピンで開催される予定である。AZEC2.0への進化を示す具体的な成果が期待されている。

アジアのエネルギー強靭性を支える日本

近年、日本はFOIPやCPTPPなどを通じてアジアの地域協力を牽引してきた。
ホルムズ海峡危機によりエネルギー強靭性がアジアにとっての喫緊の課題として浮かび上がる中で、日本はいち早く、POWERR Asia構想とAZEC 2.0を打ち出し、自らの資金力、技術力、制度構築能力を生かして、「国際公共財」であるエネルギー強靭性の向上に中心的な役割を果たしていく姿勢を内外に示した。

POWERR Asia とAZEC 2.0は、進化したFOIPを支える新たな戦略基盤ともなっている。

米国とイランの和平合意によって、ホルムズ海峡を巡る緊張が緩和されることが期待されるが、合意の先行きには不透明な部分が残されており、中東における地政学リスクが拭い去られたわけではない。インド太平洋諸国にとって、エネルギー強靭性に向けた取り組みの重要性が今後も減じることはないだろう。

地政学・経済安全保障上のリスクが、インド太平洋地域のみならず世界全体の不確実性を高める中で、各国が対立や分断を乗り越え、連携を深め、協調して責任ある行動をとることが、これまで以上に求められている。POWERR AsiaとAZEC 2.0は、地域諸国と連携しながら、共通の課題の解決に積極的に貢献しようとする日本の姿勢を具体化するイニシアティブである。この二つのイニシアティブは、日本の国際貢献を象徴する新たなフラッグシップとして、今後一層その戦略的意義を高めていくであろう。