国問研戦略コメント(2026-22)「曖昧性の創出」―日米同盟への対抗戦略として利用される沖縄アイデンティティ

ナギ・スティーブン(CGO フェロー・国際基督教大学教授)

国問研戦略コメント(2026-22)「曖昧性の創出」―日米同盟への対抗戦略として利用される沖縄アイデンティティ

「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

要旨

中国政府は、沖縄のアイデンティティに関する代替ナラティブを組織的に形成している。同国は、琉球文化の独自性を強調し、米軍基地の存在をめぐる既存の複雑な感情を利用してきた。こうした感情は沖縄の一部には存在するが、県民全体を代表するものではない。中国は、日米同盟をむしばみ、東シナ海およびより広範な地域における日本の戦略的・法的位置づけを弱体化させるための意図的なキャンペーンの一環として、中国と琉球の間の特権的な歴史的関係を主張している。このキャンペーンの中核となる仕組みは、すでに存在する分断を、偽情報を利用してさらにあおることにある。2012年から2013年ごろにかけて首尾一貫した影響工作として開始されたこれらの取り組みは、日中間の緊張が高まる時期に激化し、国営メディア、学術機関、SNSプラットフォーム、そして世界中の統一戦線工作部(UFWD)のネットワークを通じて展開されている。この作戦が及ぼす影響を示す最も有力な証拠は、測定可能な効果が限定的である沖縄の人々に対する直接的な働きかけにあるのではなく、国際法上は存在しないにもかかわらず、沖縄に対する日本の主権をめぐる曖昧さを、国際社会に対して組織的かつ継続的に発信している点にある。この課題に対処するためには、日本と米国が、このキャンペーンの組織的な性格を認識し、現地の負担を軽減するための建設的な措置を継続するとともに、協調的な対抗ナラティブ能力を構築する必要がある。

はじめに

インド太平洋地域の競争的な戦略的環境において、ナラティブの主導権をめぐる争いは、軍事力や経済的圧力と並んで、大国間の競争においてますます重要な側面となっている。中国政府は、WalkerとLudwig(2017)が「シャープパワー」と呼んだものに多大な投資を行ってきた。これらは、単に注目を集めるだけでなく、情報の歪曲(偽情報)を通じて対象国の国内政治環境に浸透し、操作することを目的とした影響力行使の手段である。日本、とりわけ沖縄は、このアプローチにとって地理的に最も重要な舞台のひとつとなっている。

沖縄は、日本の総面積の1%未満を占めるに過ぎないにもかかわらず、在日米軍施設の約70%を擁している (Chanlett-Avery & Rinehart, 2016)。沖縄の返還遅延やそれに伴う米軍基地の集中から生じる不満は現実のものであり、まさに中国政府が執拗に利用しようとしてきた点である。日本政府はこの負担を軽減するために様々な措置を講じてきたが、国家安全保障上の要請と地域の民意との間に存在する歴史的な緊張関係は、依然として利用・増幅される対象となっている(Smith, 2015)。本稿では、政策上重要な結論を導き出すに先立ち、戦略的根拠、制度的枠組み、運用メカニズム、および直接的な運用上の影響に関する証拠の限界について検討する。

理論的枠組み

中国のアプローチを解明するうえで、3つの枠組みが参考となる。第一に、WalkerとLudwig(2017)によるシャープパワーの概念は、強制的な情報エコシステムの操作と、良性のソフトパワーの投射とを区別しており、本稿で分析対象とするキャンペーンの欺瞞的な性格を的確に捉えている。第二に、構成主義的な国際関係論(Wendt, 1999; Anderson, 1991)は、アイデンティティ政治の基盤を提供する。すなわち、国家および地方レベルのアイデンティティは社会的に構築されたものであり、したがって、継続的なナラティブ介入を通じて変容し得るものである。沖縄の政治史が重層的かつ複雑であるからこそ、琉球の事例は特に影響を受けやすいのである。第三に、グレーゾーン作戦に関する研究(Mazarr, 2015)は、中国のアプローチを、軍事衝突の閾値以下で戦略目標の達成を追求する組織的な取り組みとして捉えている。その中で情報工作は、経済的威圧や海洋におけるグレーゾーン活動と並び、多領域にまたがる政策手段の一つとして位置づけられている。

歴史的背景

琉球王国(1429–1879)は、明・清両王朝および日本の薩摩藩と、同時に朝貢関係を維持していた。この二重従属構造は、単一の文明への帰属というよりは、実利的な外交を反映したものであった(McCormack & Norimatsu, 2012)。1879年に日本が琉球を沖縄県として正式に編入した「琉球処分」は、同王国の独立した地位を消滅させた。龍谷大学の松島泰勝や故新崎盛暉をはじめとする学者たちの研究は、琉球処分を植民地主義的な権利の剥奪として捉え、ポストコロニアルな観点から琉球人の自己決定を主張する、沖縄固有の政治思想の系譜を代表している(松島泰勝, 2012; 新崎盛暉, 2005)。この学術研究は、中国が同様の議論を戦略的利用しているものとは分析的に区別され、歴史的にもそれに先立つものであり、中国による曖昧性の創出の標的として扱われるのではなく、それ自体として真剣に検討されるに値する。沖縄の政治的意識は、1945年の壊滅的な沖縄戦や、1972年まで続いた米国の施政権の返還の遅れによってさらに形作られており、これらの経験は、政治的不満の永続的かつ完全に独立した源泉となった(Eldridge, 2001)。

中国側による決定的なエスカレーションは2013年5月に起こった。中国社会科学院の张海鹏と李国强が『人民日報』に、琉球諸島の主権問題は法的に「未解決」のままであると主張する論文を掲載したのだ。この記事は、尖閣諸島(文中では中国側呼称の釣魚島と表記)国有化をめぐる日中対立が最高潮に達していた時期に発表され、そのタイミングは紛れもなく戦略的な性格を帯びていた(张海鹏、李国强, 2013; Dreyer, 2016; 産経新聞, 2013)。

戦略的根拠

中国政府が沖縄に関する代替的なアイデンティティのナラティブを構築していることには、相互に密接に関連した3つの目的がある。第一の目的は、基地の存在をめぐる既存の国内的な複雑な状況を巧みに利用し、最も地理的なリスクにさらされた拠点において日米同盟を構造的に弱体化させることである。第二に、琉球の主権ナラティブは、中国が作り出した尖閣諸島をめぐる紛争において、その主張を支える修辞的かつ法的な論拠として機能している。すなわち、沖縄に対する日本の主権が中国によって歴史的に争われていると位置づけられれば、沖縄県の一部として管理されている尖閣諸島に対する日本の主権の法的根拠は、国際世論において相応に不安定なものとなる(廉德瑰, 2016; 曲升, 2017)。

沖縄に対する日本の主権は、国際法上、完全に確定した事項である。1951年のサンフランシスコ平和条約において、日本は琉球諸島を放棄しておらず、同条約第2条に列挙された領土には琉球諸島は含まれていない。その代わりに、第3条により米国に同諸島の行政権が与えられたが、主権は終始日本に残留していた。同諸島に対する行政権は、1971年に署名された沖縄返還協定を通じて、完全かつ正式に日本に返還された。さらに、尖閣諸島に関しては、日本はいかなる領土紛争も存在しないという、確固たる法的に正当な立場を維持している。中国の歴史的地図でさえ、これらの島々の日本名を使用していたことは歴史的事実であり、中国が領有権を主張し始めたのは、1968年の国連アジア極東経済委員会(ECAFE、現アジア太平洋経済社会委員会[ESCAP])による東シナ海海底資源調査報告書が、この海域に潜在的な海底資源があることを指摘してからである。

第三に、政治的に不安定化した沖縄は、中国の海洋進出や台湾有事に対する抑止の中核をなす日本の第一列島線防衛体制に混乱をもたらすことになる(Heginbotham et al., 2015)。

担い手とメカニズム

中国の沖縄に関するナラティブ作戦は、政府機関、政府系団体、そして名目上は民間の団体・個人から成る重層的な担い手を通じて展開されている。2015年以降、習近平政権下で大幅に拡大した統一戦線工作部(UFWD)は、沖縄の市民団体、文化団体、学術団体との関係を構築している(Brady, 2017; 読売新聞特別取材班, 2021)。『環球時報』、『人民日報』、『新華社』をはじめとする中国の国営メディアは琉球のアイデンティティを日本の国民的アイデンティティとは異なるものとして繰り返し位置づけている(张海鹏、李国强, 2013; 环球时报社评, 2013)。中国社会科学院(CASS)の近代史研究所、同院の日本研究所、および武漢大学の中国辺界・海洋研究院(CIBOS)は、そのナラティブに学術的な正当性を付与しており、『当代亚太』や『日本学刊』などの査読付き学術誌に論文を発表している(胡德坤, 2017; 吴怀中, 2020; 廉德瑰, 2016)。ハッシュタグ「琉球独立」は、日中間の緊張が高まるたびに中国のSNSプラットフォームである微博(Weibo)で定期的にトレンド入りするが、そのパターンは自発的な拡散というよりは、組織的なプロモーションに特徴的なものである(『环球时报』, 2016)。こうした活動は、2012年から2013年の尖閣諸島国有化をめぐる日中対立、2021年の防空識別圏(ADIZ)をめぐる緊張の高まり、そして毎年行われる沖縄戦追悼行事といった、特定可能な契機となる事象に際して活発化することが確認されている。

最も巧妙な操作手法は、沖縄の当事者による声を選別的に増幅させることである。琉球の自己決定を主張する学者たちの研究は、その増幅の背後にある外国の国家利益が明かされることなく、中国の国営メディアで取り上げられている。また、そのような主張は、ごく少数の意見ではなく、広く共有されている日本人や沖縄人の感情として、中国本土において提示されている。これらは信頼性の高い沖縄当事者による言説という名のもとに中国の戦略的利益を「洗浄」し、対抗メッセージの発信を著しく複雑にしている。

有効性の評価:根拠と限界

信頼性の高い分析を行うには、中国の情報作戦の有効性に対する懐疑的な見解と真摯に向き合う必要がある。批判としては、主に以下の3点が挙げられる。第一に中国政府が展開する沖縄に関するナラティブは、沖縄の政治的世論を真に動かすというよりは、主に中国国内のオーディエンスに消費されているに過ぎないこと、第二にメディアの露出量が多くなっても、対象集団における測定可能な政治的行動の変化にはほとんどつながらないこと、そして第三に中国国営メディアの強引なメッセージ発信は、説得ではなく民族主義的反発を招きかねないことである(Weiss, 2014; Liff, 2019)。これらは実質的な異論である。『琉球新報』と『沖縄タイムス』の世論調査は一貫して、沖縄における米軍基地への反対が、中国の歴史修正主義に対する受容性ではなく、騒音、事故、土地の収用といった現地の政治的経験に圧倒的に根差していることを示している(琉球新報, 2022; 沖縄タイムス, 2021)。

したがって、中国のナラティブ作戦が沖縄の政治的世論に直接的かつ測定可能な影響を与えているという証拠に基づく主張は、安全保障研究で一般的な構造的推論に基づく分析が示唆するほど強固なものではない。十分に立証されているのは、中国が沖縄内部で人々の意識を意味ある形で動かしているということではなく、沖縄に対する日本の主権が争われているかのように見える、組織的かつ戦略的で継続的な国際的な情報環境を作り出しているということである。これは、沖縄の国内政治ではなく、国際世論や第三国の認識を介して現れる二次的効果である。この区別は政策に直接的な示唆を与える。沖縄の人々を対象とした対抗メッセージは、作戦上の問題を誤って特定しているのに対し、透明性向上のための基盤整備、国際法に関する対外コミュニケーション、そして建設的な負担分担措置こそが、悪用されている実際の脆弱性に正しく対処するものである。

なぜこれが依然として戦略的問題なのか

こうした限界を認めたとしても、このキャンペーンは多面的な課題を提示している。直接的な説得を必要とせずに国内の真の分断を深化させ、測定可能な世論への影響にかかわらず、日本政府にとっての政治的コストを増大させている。また、真の民主的表現と増幅された外国の政治的圧力を区別することを実質的に困難にすることで、公の議論をゆがめている。この曖昧性は、それ自体が中国にとって作戦上価値のあるものである(Brady, 2017; Liff, 2019)。沖縄で試行されたこの作戦様式は、現在、インド太平洋各地、台湾の国内政治言説、在韓米軍(USFK)をめぐる韓国国内の議論、そして南シナ海の領有権主張に対処するASEAN諸国において並行して再現されており、これは地域固有の状況を機会主義的に利用したものではなく、意図的で他地域にも適用可能な戦略的手法であることを裏付けている(Walker & Ludwig, 2017)。

政策提言

効果的な対抗措置は、証拠が実際に指し示す方向に合わせて調整されなければならない。この地域の地政学的重要性が高まるにつれ、こうしたグレーゾーン活動は、関心を弱めるのではなく、むしろより一層の注意を払うに値する。日本政府は、中国が利用する脆弱性を緩和するため、基地負担の軽減に向けた既存の取り組みを継続するとともに、沖縄との建設的な対話を促進すべきである。日米両政府は、中国の影響力工作と沖縄の人々による正当な政治的表現とを混同するおそれのある国内向け対抗広報活動ではなく、透明性向上のための基盤整備、UFWDとの関連が疑われるネットワークを公に明らかにすること、および中国語によるナラティブ活動を対象とした公開情報の体系的監視に投資すべきである。国際的には、日本は、1951年のサンフランシスコ平和条約および1971年の沖縄返還協定に基づき確立された沖縄の主権的地位を補強するための法的な対外発信に継続的に投資すべきである。その際、主たる効果は国内世論ではなく国際社会における認識形成に現れるため、発信の対象は国内ではなく国際的なオーディエンスに置くべきである。対影響力工作に関する共通運用指針の策定に向けたQuad(クアッド)およびFive Eyes(ファイブ・アイズ)の連携においては、中国のより広範な地域的情報作戦を理解するための共通の基準として、「沖縄モデル」を確立すべきである(Liff, 2019)。

結論

中国政府による沖縄のアイデンティティに関する代替ナラティブの構築は、意図的かつ多主体が関与し、戦略的に調整された情報作戦である。その実証可能な影響は、沖縄の国内世論を動かすことというよりも、沖縄に対する主権が日本に帰属することについて、国際社会の認識を曖昧なままに維持することにある。というのも、沖縄の国内世論への影響を示す証拠は限定的であり、また地域固有の不満には、独立した深い根源が存在するためである。

決定的に重要なのは、この情報作戦の効果は、沖縄県民の利益への配慮と、強固かつ強靭で、さらに深化しつつある日米同盟の維持との両立をめぐって、日本が直面し続けている複雑な課題に根本的に左右されるという点である。沖縄県が利用されやすい状態となるような構造的な脆弱性を軽減するためには、日本政府は沖縄県民との緊密な協力関係を引き続き促進するとともに、県支援のために政府が継続的に実施している施策を積極的に発信していく必要がある。この課題に取り組むには、こうした国内の力学を建設的に解決することが、東シナ海における真の戦略的レジリエンスの構築と切り離せないものであることを認識しなければならない。


参考文献

中国語文献

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