研究レポート

朝鮮労働党規約の改正について

2021-08-05
平井久志(共同通信客員論説委員/慶南大学校極東問題研究所招聘研究委員)
  • twitter
  • Facebook

「『大国間競争の時代』の朝鮮半島と秩序の行方」研究会 FY2021-1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

朝鮮労働党は2021年1月の第8回党大会で党規約を改正した。1月の党大会では、党大会を5年置きに開催することなどの規約改正が行われたことは公表されたが、その細部は明らかにされなかった。後に、韓国政府がこれを入手、6月初めに、韓国メディアが改正内容を報じた。筆者も改正された規約を入手したが、今回の改正では、金日成主席や金正日総書記の固有名詞や業績などが大幅に削減され、党の目的から「民族解放民主主義革命の課業遂行」が削除され、「党中央」という言葉が多数挿入された。さらに、党中央委員会に党総書記の「代理人」として党第1書記の職責を設置するなど、大幅な改正が行われたことが判明した。北朝鮮は朝鮮労働党が主導する国家であり、朝鮮労働党規約は、ある意味で、国家の規範である憲法よりも重い意味を持つ。今回の改正内容の意味や、金正恩政権の今後の方向性などを考えてみたい。なお、朝鮮労働党が党規約を改正するのは今回で9回目となり、前回は2016年5月の第7回党大会での規約改正であった。

金日成主席、金正日総書記の固有名詞や業績を削除、「独り立ち」志向へ

2016年5月の第7回党大会で改正された旧規約では「序文」の部分は1行40字で約100行を占めた。そのうち、金日成主席と金正日総書記の業績を称えた部分は約30行を占めたが、今回の改正では、その大半を削除し「朝鮮労働党は偉大な首領たちを永遠に高く奉じ、首班を中心とし、組織思想的に強固に結合した労働階級と勤労人民大衆の核心部隊、前衛部隊である」という簡素な記述となった。「金日成・金正日主義」といった用語を除き、先代、先々代の最高指導者の固有名詞とその革命業績を削除した。同時に「金正恩」という固有名詞も削除し、後述するように、「党中央」という用語が多数登場した。

金正恩政権は世襲政権である。このため、政権スタート時は、金日成主席や金正日総書記の業績を称え、その後継者であることを強調し、自己の権力基盤を固めた。

金正恩政権が発足10年目を迎え、最近は金日成主席や金正日総書記の追悼行事や中央報告大会などが簡素化される傾向を見せているが、党規約から金日成主席や金正日総書記の名前を消し、多くの分量を割いて称えていた業績を削除したことは、金正恩政権が先代や先々代の「権威」を借りずとも政権運営を行なえるという自信の表れであり、金正恩政権の「独り立ち」を示すものと言える。いわば、「金正恩時代の党規約」に改正したといえる。しかし、それは先代や先々代の業績などを否定するものではない。その点は留意する必要があろう。今後もその「権威」や「業績」が必要な場合には活用を続けるであろう。

それは、政権発足10年を迎え、金日成主席や金正日総書記の「継承」としての金正恩時代から、それらの実績を乗り越えて新たな時代を築こうという意思の表明であり、金正恩時代の党規約に書き換えたとも言える。

「民族解放民主主義革命の課業を遂行」を削除

旧規約は、序文で「朝鮮労働党の当面の目的は、共和国北半部で社会主義強盛国家を建設し、全国的な範囲で民族解放民主主義革命の課業を遂行することにあり、最終目標は全ての社会を金日成・金正日主義化し、人民大衆の自主性を完全に実現することにある」としていた。

これが、今回は「朝鮮労働党の当面の目標は共和国北半部で富強で文明な社会主義社会を建設し、全国的な範囲で社会の自主的で民主主義的な発展を実現することにあり、最終目的は人民の理想が完全に実現される共産主義社会を実現することにある」と改正された。

「全国的な範囲で」という言葉以降の記述は、南朝鮮(韓国)に対する対応を示す文言であり、南朝鮮への働き掛けを「民族解放民主主義革命の課業を遂行する」から「社会の自主的で民主主義的な発展を実現する」に変えた。

北朝鮮の『朝鮮大百科事典・簡略版』(2004年)によれば、「民族解放革命」を「民族的隷属から抜け出し、民族の自主権を取り戻すための革命」と説明し「勝利のためには革命の主体を強化し、武装闘争を基本闘争形態としながら、ここに全人民的抗争を配合しなければならない」としている。すなわち旧規約にある「民族解放民主主義革命」とは、武力闘争を基本に全人民的な抗争で南朝鮮を米帝国主義の隷属状態から解放し「人民民主主義政権」を樹立することを朝鮮労働党の「当面の目標」にしていた。

新規約にある「社会の自主的で民主主義的な発展を実現する」という表現は言葉を軟らかくしただけで「自主的で」という言葉には、本質において民族解放路線と変わらない意味を内包するものであるという主張があるが、それはあまりに北朝鮮の路線を固定的に見る見方であり、「民族解放」が削除されたことはそれなりに評価すべきであろう。

少なくとも1950年の朝鮮戦争のような武力による赤化統一路線は放棄したということであろう。

南北は1972年7月の「7・4共同声明」で「お互いに相手を中傷、誹謗せず、大小を問わず武装挑発をせず、不意の軍事的衝突事件を防止するために積極的な措置をとること」に合意したが、北朝鮮は1983年10月にラングーン爆弾テロ事件を、1987年11月に大韓航空機爆破テロ事件を起こした。

北朝鮮が1980年の第6回党大会で「高麗民主連邦共和国」を提唱したことで、北朝鮮は朝鮮戦争のような武力による赤化統一路線を放棄したとの見方もあるが、注目しなければならないのは、北朝鮮は「高麗民主連邦共和国」を提唱しながらも、第6回党大会で改正した党規約では「全国的範囲における民族解放と人民民主主義の革命課業を完遂することにあり、最終目的は、全社会の主体思想化と共産主義社会を建設することにある」とし、「民族解放」路線を放棄しなかったことだ。

韓国の保守勢力は、北朝鮮が韓国に融和的な姿勢を示しても党規約に「民族解放」路線が存続する限り、対南赤化路線に変わりはないと主張してきた。それを北朝鮮が自ら削除したことには意味があろう。さらに、今回は、第4条「党員の義務」の第5項にあった「祖国統一を早めるために積極的に闘争しなければならない」という文言も削除した。

これが2010年の延坪島砲撃事件や各種のテロ行為などの放棄に連動する路線転換であるかどうかは、今後の推移を見守らねばならないだろう。 

「2つの朝鮮」の容認の方向性か?

北朝鮮は1991年に国連に南北同時加盟をした時から、事実上「1つの朝鮮」を放棄し「2つの朝鮮」政策を容認した。しかし、党規約には「民族解放」路線、赤化統一路線は残していた。

しかし、3代目の最高指導者である金正恩党総書記は、「分断」を当たり前として生まれた世代だ。朝鮮戦争の経験もない。むしろ、南北の経済格差が拡大する中で、朝鮮半島の現実は、北朝鮮による「赤化統一」よりは、経済力に勝る韓国による「吸収統一」の可能性の方が高まったといってよい。

そのような状況下で、北朝鮮は2018年末頃から「わが国家第一主義」を強調し始め、金正恩氏自身も2019年の「新年の辞」で「わが国家第一主義」を提唱した。この考えは、北朝鮮という国家を第一とする考えである以上、「統一朝鮮」への志向は後退せざるを得ない側面を持っている。

これは、父親の金正日総書記が「民族解放」路線を内包した「わが民族第一主義」を提唱したこととは異なる考えだ。北朝鮮自身は「わが国家第一主義」は、「わが民族第一主義」を発展させたものと主張するだろうが、筆者はその内包する志向には大きな差があると考える。

北朝鮮が党規約から「民族解放」路線を削除したことは、単に規約上の問題にとどまらず、北朝鮮が「2つの朝鮮」を受け入れる転換点になるかもしれないことを示唆しているようにみえる。

金正恩党総書記による「私党化」

党機関紙『労働新聞』など北朝鮮メディアで、2020年半ばごろから「党中央」という言葉がよく登場するようになった。同年4月ごろ、金正恩氏の健康不安説が流れたために、韓国などではこの「党中央」は妹の金与正氏のことを指すのではないかという見方が出たりした。

この背景には1974年2月の党中央委第5期第8回会議で金正日氏が後継者に内定して以降、1980年の第6回党大会までの間、北朝鮮内部では金正日氏に対して「党中央」の呼称を使っていたという事情があった。北朝鮮では、「党中央」という言葉には、後継者のイメージが残っていたといえる。

だが、『労働新聞』は2020年6月18日付1面で「輝く時代語、党中央決死擁護精神」という用語解説の記事を掲載した。記事は「党中央決死擁護精神、これは最高領導者同志の身辺の安全と権威、思想と業績を、命を捧げて徹底擁護していくわが人民の精神を反映した時代語である」と指摘し、「党中央」とは最高領導者、金正恩氏のことであることを明確にした。

北朝鮮は2021年3月3~6日に第1回市郡責任書記講習会を開催したが、趙甬元党組織担当書記は3月6日に「党中央の唯一的指導体系をより徹底的に立てること」について講義を行った。ここからも、この「党中央」は党中央委員会などではなく、金正恩党総書記だということがうかがえる。

今回改正された党規約では17カ所にわたり「党中央」という用語が登場したが、その際の「党中央」という言葉の使われ方には2つのパターンがある。第1はこれまで「党」となっていたものが「党中央」に書き換えられたケースだ。17カ所の「党中央」の記述のうち12カ所は「党」を「党中央」に書き換えたものだ。これは金正恩党総書記による「私党化」と言わざるを得ない。

朝鮮労働党員を規定した第1条は「朝鮮労働党員は、敬愛する金正恩同志の領導によって偉大な金日成同志と金正日同志が開拓し、導いてきた主体革命偉業、社会主義偉業の勝利のためにすべてのものを捧げて闘争する主体型の革命家である」となっていた。これが、改正後の規約では「朝鮮労働党員は、首領の革命思想で徹底的に武装して、党組織規律に忠実で、党中央の領導に従ってわれわれ式社会主義偉業の新たな勝利、主体革命偉業の終局的勝利のために一身すべて捧げて闘争する主体型の革命家である」となった。

朝鮮労働党員とは、旧規約では、金日成主席や金正日総書記のつくって来た「偉業」に全てを献げるとなっていたが、改正規約では、首領(金正恩党総書記)の革命思想で武装し、党中央(金正恩党総書記)の領導に従って、「われわれ式社会主義偉業」や「主体革命偉業」の勝利のためにすべてを捧げる革命家であると規定した。先代や先々代からの継承よりは、現在の最高指導者の「偉業」にすべてを捧げよとしたわけである。また、「党中央」が「首領」とほぼ同じ意味を持つ言葉になりつつあることを示した。

また、規律違反の党員に対する処分を規定した第7条、道・市・郡の党委員会に関する規定の第35条、基層党組織を規定した第45条、人民軍内の各級党組織について規定した第49条では「党の唯一的領導」となっていたが、これが「党中央の唯一的領導」に改正された。

権限が強化された党中央検査委員に関する規定の党第31条でも「党中央の唯一的領導実現に疎外を与える党規律違反行為を監督調査」する、と「党中央の唯一的領導」が書き込まれた。

第2のパターンは「金正恩同志」という固有名詞を「党中央」という表現に変えたものだ。こうしたケースは17カ所中5カ所だった。これは、「金正恩同志」への忠誠という表現は個人崇拝の色彩を強めるが、「党中央」への忠誠という表現にすれば、それは制度化された最高指導者への忠誠というイメージに転換することが可能だ。個人崇拝という色彩を薄め(実体的には個人崇拝だが)、ある意味で制度下された表現に転換した。(しかし、現時点ではその可能性はないが、最高指導者が金正恩氏から別の人物に変わった場合には、リスクを負う表現でもある。しかし、それでも「金正恩同志」を「党中央」に書き換えたのは、それだけ政権掌握への自信を示しているといえる)。

旧規約では第4条で「党員の義務」について規定しているが、「党員は、偉大な金日成主席と金正日同志を永遠の主体の太陽として高く戴き、敬愛する金正恩同志の領導を、衷情をもって奉じていかなければならない」となっていた。だが、改正規約では「党員は党中央の領導に果てしなく忠実でなくてはならない」となった。金日成主席や金正日総書記への言及は削除され、「敬愛する金正恩同志」は「党中央」に書き換えられた。

今回の規約改正では金日成主席や金正日総書記の固有名詞を削除し、金正恩同志という固有名詞も削除し、「党中央」という言葉に言い換えた。北朝鮮は「普通の社会主義国家」を目指しており、その意味で、内容的には金正恩党総書記の個人独裁を強化しながらも、用語面では通常の社会主義国家の党規約のスタイルに変えたといえる。

今回の規約改正は、組織としての朝鮮労働党の領導が、最高指導者である金正恩党総書記の領導に置き換えられ、金正恩党総書記の権限、権威強化が進行し、金正恩党総書記による唯一的領導体系(個人独裁)がさらに強化されたといえる。

また、旧規約第24条では「朝鮮労働党委員長は党の最高領導者である。朝鮮労働党委員長は党を代表し、全党を領導する」となっていたものを「朝鮮労働党の首班は朝鮮労働党総書記である。朝鮮労働党総書記は党を代表し、全党を組織、領導する」と改正した。「全党を組織」という文言が挿入され、党総書記の権限はさらに強化された。同時に「朝鮮労働党委員長は党中央軍事委員長となる」という条項は削除されたが、改正規約第30条に「朝鮮労働党総書記は党中央軍事委員会委員長となる」という条項が新たに挿入され、党総書記が党中央軍事委員長を兼務すること自体に変化はなかった。

「党第1書記」ポストの設置

また、党中央委員会全員会議(総会)を規定した第26条を「党中央委員会全員会議は該当時期、党に提起される重要な問題を討議決定し、党中央委員会政治局と政治局常務委員会を選挙し、党中央委員会第1書記、書記らを選挙し、書記局を組織し、党中央軍事委員会を組織し、党中央検査委員会を選挙する」と改正し、それまではなかった「党第1書記」のポストを新設した。

さらに同条で、党中央委全員会議(総会)は、「党中央委員会に部署(非常設機構を含む)を置き、必要な場合、党規約を修正し、執行し、党大会に提起し、承認を得る。党中央委員会第1書記は朝鮮労働党総書記の代理人である」という条項を追加した。

ここで最大の関心事は、新設の「党第1書記」を「党総書記の代理人」と党規約で明記したことである。

北朝鮮では、国家機関としての国務委員会には第1副委員長というポストがあり、崔龍海党政治局常務委員が就いている。軍を指導する党中央軍事委員会では副委員長ポストがあり、李炳哲党政治局常務委員が就いている(規約改正後の6月29日に開催された朝鮮労働党第8期第2回政治局拡大会議開催で李炳哲氏が処分を受け、現在も党中央軍委副委員長のポストにあるかどうかは不明だ)。その意味で、党にも党総書記を補佐するポストを新設しても、それ自体はあり得ることだ。しかし、党規約にわざわざ「代理人」と明記した場合、党第1書記は「ナンバー2」としての職責の意味合いを持ち、それは「後継者」の含みすら抱かせることになる。

しかし、ここで言う「代理人」の概念は明確でなく、曖昧だ。最高権力者と同じ権力を付与された存在なのか、最高指導者が外遊や病気などの際に事務的な権限を代行する存在なのか明確ではない。

金党総書記が権力を掌握して約10年の歳月が流れたが、この10年の最大の特徴は、金正恩氏による「唯一的領導体系確立」といわれる1人独裁体制の強化であった。今回の党規約改正でも統治方式について、「朝鮮労働党は党中央の唯一的領導体系確立を中核として押し立て、全党を金日成・金正日主義で一色化し、首班を中心とした全党の統一団結を百方に強化し、党中央の領導のもとで組織規律に従い、一つとなって動く厳格な革命的制度と秩序を打ち立てる」としている。

金党総書記は、執権の翌年の2012年7月に軍部の最高権力者であった李英鎬軍総参謀長を、2013年11月には党の実力者であった叔父の張成沢行政部長を粛清した。一時、ナンバー2と評価されていた黄炳瑞元軍総政治局長も権力中枢から消えた。

また、その黄炳瑞氏とナンバー2を競った崔龍海氏も、権力の核心部である党組織指導部長を辞して最高人民会議常任委員長の座に就き、形式的な元首であった金永南前最高人民会議常任委員長の立ち位置に近づいているようだ。現状、崔龍海氏は形式的にはナンバー2だが、実権においては趙甬元党書記が優位に立っているように見える。

先述したように、今回の規約改正の大きな特長は金正恩党総書記の権限強化、党の私党化にある。しかし、「ナンバー2」に当たる「党第1書記」を任命することは権力の2元化につながりかねず、金正恩氏が過去10年間にわたり推し進めてきた自身の唯一的領導体系強化の流れに反するものになりかねない。

韓国の『聯合ニュース』は6月1日、新設の「党第1書記」に趙甬元党政治局常務委員が就いた可能性がある、と報じた。

金党総書記の委任を受けて会議を主宰できるのは、党政治局常務委員である崔龍海最高人民会議常任委員長、趙甬元党書記、李炳哲党中央軍事委副委員長、金徳訓首相の4人だけだ。同ニュースは、その中でも最側近である趙甬元氏である可能性が高いとした根拠として、4月に開催された第6回党細胞書記大会で、趙甬元党書記が2日目の会議を指導したことを挙げた。

趙甬元氏が金党総書記の厚い信頼を受け、最側近の地位にあるのは間違いのない事実であり、金正恩党総書記の業務の一部を代行しているのではないかとみられる状況も垣間見える。もし、趙甬元氏が党第1書記に任命されているなら、それは金正恩党総書記の並外れた信頼を受けていることを証明するものだ。

しかし、そうではない可能性もあり得る。筆者は「党第1書記」のポストは、現時点では空席の可能性が高いと考える。 

あえて「空席」の可能性

金党総書記のこれまでの執権スタイルは「ナンバー2」をつくらないことであった。しかし、改正された党規約は党第1書記を「党総書記の代理人」と規定した。

また、この「党第1書記」というポストは、金正恩氏自身が2012年から第7回党大会で党委員長に就いた2016年まで使っていた職責だ。朝鮮労働党は2012年4月11日に開催した第4回党代表者会で、金正日氏を「永遠の総書記」に推戴し、金正恩氏を「党第1書記」に推戴していた。

「党第1書記」が事実上「ナンバー2」になり得るポストであると考えれば、1人独裁体制の強化を図ってきた金党総書記が、急いで「ナンバー2」をつくるだろうか。

しかも、自身の「代理人」である「党第1書記」を任命した場合、その人物が「後継者」の有力候補に浮上する可能性がある。まだ30代の金党総書記がそうした人物を今すぐ任命する必要性があるのだろうか。

趙甬元党書記は、金党総書記の最側近であり、実質的にはナンバー2の座にあると言ってよい。趙甬元氏はすでに党政治局常務委員、人事を掌握する党組織担当書記、党中央軍事委員を兼務するという絶大な権力を有している。これに加えて金正恩党総書記の「代理人」である「党第1書記」になれば、その権力があまりに強大になりすぎないだろうか。金党総書記がどこまで趙甬元氏を信頼しているかの問題であろう。

「リスク管理」への布石

むしろ、あり得るのは将来の健康悪化などに備えた「リスク管理」のために、事前にポストだけを設置した可能性だ。 

北朝鮮では、最高権力者に就くには「白頭の血統」が必要とのキャンペーンが張られてきたが、趙甬元氏は金日成主席の血を引く「白頭の血統」ではない。趙甬元氏を「党第1書記」にした場合、「白頭の血統」を継がない人物が最高指導者になる可能性が出てこないだろうか。北朝鮮のこれまでのイデオロギーがそれを許すだろうか。

もう1つ考えられるのは、実妹の金与正氏を将来、このポストに就けることを考えている可能性だ。金正恩氏にとっては実妹の金与正氏は間違いなく「代理人」である。筆者は、金与正氏は金党総書記の「アバター」(分身)だと位置づけてきたが、金与正氏なら「代理人」として適格だろう。金党総書記を裏切る可能性はなく、一心同体だからだ。

しかし、金与正氏は2021年1月の第8回党大会で党政治局員候補にも選出されず、党政治局から外れた。

党大会終了後の1月13日に対南問題で「談話」を「党副部長」の肩書きで出したが、それ以前の談話では「党第1副部長」の名義が使われていたため、金与正氏が降格されたことが明らかになった。これを見れば、金与正氏が第8回党大会で党第1書記に就いた可能性はない。

改正党規約では、党第1書記は、党中央委全員会議(総会)で選出される、となっている。ポストは創設したものの、北朝鮮メディアは1度もこの職責を報じていない。党規約を改正し、趙甬元氏がすでに選出されているなら、これを隠す理由は特にないように思われる。

将来のリスク管理として、職責だけをつくり空席にしたままにする可能性もある。

もう一つの可能性は、金与正氏が将来就くポストとして党第1書記を空席のままにしておく、というのはあり得る。今後、金与正氏が党政治局に復帰し、業績を積んだ後に党第1書記に就いて、金党総書記の「代理人」の役割を果たすというシナリオはあり得るだろう。

金党総書記がまだ30代の若さで「ナンバー2」や「後継者」を公式に設ければ、権力は必ず二元化する。これは金正恩党総書記が進めてきた唯一的領導体系に反するものだ。しかし、金与正氏が「党第1書記」の座に就けば、金党総書記と一心同体であるだけに、その憂慮は解消されるだろう。だが、それは後継者であるかどうかは、その時点での金正恩氏の子供の年齢や、内外情勢などが関係する。金与正氏が権力を持っているのは、職責のためではなく、金正恩党総書記の妹だからだ。「一心同体」であるだけに、金正恩党総書記が死亡した場合に、金与正氏に最高権力者としての地位が保障されるかどうかは現時点では、不明だ。

今回の規約改正では、これ以外に①先軍政治の抹消、②「並進路線」の削除と「自力更生」路線、③「日本軍国主義の再侵略策動を粉砕」記述の削除、④在韓米軍撤収要求の存続、⑤「最終目的としての共産主義社会の実現」の復活、⑥「人民大衆第一主義」の基本政治方式化、⑦党大会の5年ごとの開催と党中央機関の整備、⑧党中央軍事委員会の権限強化と軍総政治局の位相低下、⑨「5大教養」の修正、⑩社会主義文化の完全発展―などの重要な改正点があるが、本稿では紙面の限界があり、別途報告したい。

また、朝鮮労働党は6月29日、党中央委員会第8期第2回政治局拡大会議を開き、党政治局常務委員を含め、党政治局員、党政治局員候補、国家機関の幹部の更迭や任命の人事を行ったことを発表した。この過程で李炳哲党政治局常務委員が解任された可能性が指摘されている。

金正恩党総書記は故金日成主席の命日である7月8日に金日成主席の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿を参拝したが、李炳哲氏は党政治局員候補が並んだ第3列にいて、党政治局常務委員は解任されたとみられた。

しかし、党機関紙『労働新聞』は7月29日付で、金党総書記が朝鮮戦争で中国が参戦したことを記念する「友誼塔」を訪問したと報じ、「趙甬元同志、李日煥同志、鄭サンハク同志、李炳哲同志、朴正天同志、権ヨンジン同志、李永吉同志が同行した」と報じた。同紙の序列では前に報じられた鄭サンハク党中央検査委委員長と、後で報じられた朴正天総参謀長は党政治局員である。労働新聞の報道序列では、李炳哲氏は党政治局員とも見える。さらに同紙に掲載された写真では金正恩総書記のすぐ右横にいて、左横は趙甬元党政治局常務委員であり、記事の序列よりも高い扱いを受けていた。北朝鮮指導部の再編は今なお進行中と見るべきであろう。

(8月4日校了)