研究レポート

習近平政権下の国民統合における諸問題:新疆、香港の事例を中心に

2020-11-04
熊倉 潤(日本貿易振興機構アジア経済研究所新領域研究センター 研究員)
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「『新時代』中国の動勢と国際秩序の変容」研究会 第1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに

近年、新疆問題、香港問題が深刻化している。2020年夏からは内蒙古の抗議行動も話題になっている。問題が相次いで深刻化した背景には、2017年以降、2期目に入った習近平政権が中国の周辺地域に対する政策を積極化させていることが考えられる。新疆、香港、内蒙古といった中国の周辺地域の統合の問題について、個別の事例研究、現状分析は多々存在する。もっとも、これら「国民統合」の問題の全容を論じた研究は米欧含め乏しいのが現状である。

本稿のいう「国民統合」とは、中国が自国の一部と考える周辺地域(少数民族地域と香港・マカオ・台湾)の統合を指す。統一戦線との関係が問題となるが、統一戦線の場合、上記の地域を超えた外国・華僑も主要な工作対象となるのに対し、「国民統合」の対象はひとまず上記の地域に留まるという差異がある。

「国民統合」の対象となる少数民族地域と香港・マカオ・台湾も、実に多様である。中国共産党(以下、中共)が実効支配する地域とそうでない地域が存在し、制度をめぐっても少数民族地域の民族区域自治に対し、香港・マカオ・台湾に対しては一国両制が言われるという差異がある。したがって、十把一絡げに「国民統合」の全体像を論じることは難しい。しかし、中国の「国民統合」の問題には、共通の構造が見て取れるのではないだろうか。本稿では、中国の「国民統合」の諸問題に通底する構造の探求に向けた準備作業として、新疆問題と香港問題の整理を試みたい。

1. 新疆問題

まず中国の新疆政策の近年の動静及び新疆問題の動向について概観したい。

新疆政策は、2016年8月陳全国・新疆ウイグル自治区党委員会書記の就任を経て、2017年には積極政策に転じたとみられる。代表的な政策として知られるのが、いわゆる「再教育施設」(職業技能教育培訓中心)である。2017年頃に急増するとともに、メディアの報道で徐々に知られるようになった。収容者数は100万人ともそれ以上とも言われ、長らく根拠に乏しかったが、最近発表された「新疆的労働就業保障」白書によれば、全新疆の年平均訓練労働者数はのべ128.8万人とされており、収容者ののべ人数を示したものとして注目された。もっとも同白書では、施設にて訓練された人の多くが資格を取得し、就業したとされている(国務院新聞弁公室 2020)。

この政策には、農村の余剰労働力に職業訓練を施し、就業させることにより、貧困撲滅(扶貧・脱貧政策)を進め、「新疆社会の長期的安定」に寄与するという論理がはたらいている。換言すれば、新疆の「テロリスト」の温床と考えられている貧困層の経済的底上げを図ることで、「テロリスト」を消滅させ、安定を実現するという考えである。これは新疆の少数民族を除くおよそ中国の群衆一般の支持するところに近いであろう。しかし、そうした職業訓練の名目とは裏腹に、労働改造を想起させる施設の実態をめぐり疑惑が次々に浮上している。こうしたことから、諸外国は人権侵害に対する非難を強めるとともに、グローバル・サプライチェーン関連のリスク認識(H&Mが中国の製糸業者と関係断絶するなど)も高まった。

さらに、エイドリアン・ゼンツの報告書(Zenz 2020)などによれば、少数民族の女性が不妊手術、中絶などを強要されているという。近年新疆において少数民族の産児制限違反を抑え込む活動が強化されているが、その背後には上述の貧困撲滅の論理があると考えられる。この論理では、少数民族の子供の数を制限することで、少数民族の貧困を解消し、社会の安定を実現することが一つの線でつながっている。産児制限はまた歴史的に、漢族社会において少数民族社会より厳しく行われてきた経緯があり、少数民族の産児制限違反に対する取り締まりの強化は少数民族に与えたれた特別待遇の是正という側面もある。しかしこうした中国の論理は、実際の運用における暴力性、強制性を無視ないし軽視しており、西側諸国には到底理解されないものであろう。

2. 香港問題

次に中国の香港政策の近年の動静及び香港問題の動向について概観したい。

2017年、林鄭月娥長官が就任した香港では、民主派との和解の進展も期待されたが、実際には香港独立の言論への取り締まりが強化された。2019年2月以降、逃亡犯条例改正への反発が拡大し、7月に中連弁襲撃事件が発生、9月に逃亡犯条例改正案の撤回が表明された(倉田 2019, 2020)。2020年5月には全人代が香港国家安全維持法の導入を可決し、6月、全人代常務委員会が同法を可決、同日施行するなど、香港議会を通さない「強引」な手法で言論弾圧を強化した。香港マカオ事務弁公室副主任の駱恵寧が国家安全事務顧問として林鄭を指導・監督するようになり、林鄭の傀儡化が進んだ。

香港版国家安全維持法についても、中国国内(内地)にはそれなりの論理がある。同法の制定には、2019年7月の中連弁襲撃事件が決定的分岐点となり、翌8月の北戴河で強硬手段をとることが決定され、制定に向かったという説(Pei 2020)が存在する。この説に従えば、同法は単に中国国内(内地)法の延長であるだけでなく、中連弁の国章を汚損した「暴徒」への対抗手段である。これはおよそ内地群衆の支持するところでもあろう。

他方、香港社会において逃亡犯条例改正案、香港版国家安全法を支持する広汎な世論が形成されなかったことも重要である。多くの名もなき市民の投稿、告発によって、警察の暴力の様子が世界中に発信され、国際社会の同情を呼んだ。欧米諸国では、「黒警」の暴力に対する非難が強まっただけでなく、普遍的価値を踏みにじる中国に対する厳しい見方が広まった。米政権は香港・中国政府への批判を強め、林鄭らの米国内の資産を凍結するなど、米中対立の構図のなかに香港問題が組み込まれる結果となった。

3. 問題の根底にある構造

ここまで概観したように、2017年以降、2期目に入った習近平政権は、新疆政策及び香港政策を積極化させた。「国民統合」の積極化とそれが引き起こした諸問題の根底には、いくつかの共通する特徴がある。

第一に、内地(漢族地域)の論理、常識、世界観などが、「国民統合」の政策に顕著に反映されるようになったことが指摘できる。香港国家安全法、少数民族の職業訓練、産児制限等の政策はいずれも、内地人の間では問題視されず、むしろ支持されるものである。中共政権としては、内地群衆の支持がある限り、体制あるいは大勢に影響なしとの判断が生じよう。香港の「暴徒」、新疆の「テロリスト」に断固たる姿勢を貫くことは、内地における中共の求心力を高める面もあろう。

第二に、中共政権は周辺地域との関係において現状を変更し、周辺社会の側は現状維持を求めるという対立の構図が見られる。香港国家安全法、少数民族の職業訓練、産児制限等の政策はいずれも、中共政権の側が行った現状変更である。本稿では取り上げなかったが、2020年夏、内蒙古自治区において民族語教育が削減されたのも、ひとつの現状変更である。これに対し、現地の蒙古族は他ならぬ中共がかつて制定した制度、政策に基づいて、現状維持を求めている。この現状変更と現状維持がせめぎ合う構図は、蔡英文政権が現状維持を堅持しているのに対し、中国が現状変更を迫るという近年の中台関係にも見られる。

第三に、中共政権が推し進める現状変更についていけない周辺社会では、中共およびその代理人、親中派に向けられる眼差しが一様に厳しくなる傾向が指摘できる。香港では、親中メディアを動員しても代理人の周囲に強固な多数派を形成できない。巨大な内地の世論に根ざし、内地の論理で動く中共とその代理人は、周辺社会に根を下ろすことが困難である。新疆の少数民族エリートも、香港の林鄭らも、現地社会では中央政府への阿諛追従ぶりが揶揄される不人気な傀儡であり、広汎な現地大衆を代表するには実力不足である。現状では、現地社会を糾合して、中央政府と現地社会の間を取り持つ役回りを果たすことは到底期待できない。

第四に、周辺地域の諸問題が相互に影響を与える構造として、負のショーウィンドウ効果が指摘できる。ショーウィンドウ効果とは、内政の成功が国境の外に伝わる宣伝効果を指す。それに対し、負のショーウィンドウ効果とは、筆者の造語である。中共の統治下に入ると悲惨なことになるというストーリーが、新疆から、香港から、内蒙古から、国境の外に向かって日々発信されることの負の効果を指している。特に香港社会は新疆情勢を注視しており、「今日の新疆は明日の香港」というスローガンも見られた。台湾では香港情勢が2020年総統選において蔡英文に追い風となったと言われる。台湾社会は香港を、香港社会は新疆を見て、中国に飲み込まれた未来がいかに悲惨かを認識している。目下のところ、習近平政権は負のショーウィンドウ効果を打ち消すだけの「国民統合」の魅力を打ち出せていない。


(2020年9月)

参考文献

倉田徹 2019. 「独立派への強硬路線の継続と米中貿易戦争の影 : 2018年の香港特別行政区」『アジア動向年報 2019年版』151-170頁。

――― 2020. 「大規模デモと政治危機の発生 : 2019年の香港特別行政区」『アジア動向年報 2020年版』131-150頁。

Pei, Minxin, 2020. "Investigation of a Death Long Feared: How China Decided to Impose its National Security Law in Hong Kong," China Leadership Monitor, 65.

Zenz, Adrian, 2020. Sterilizations, IUDs, and Mandatory Birth Control: The CCP's Campaign to Suppress Uyghur Birthrates in Xinjiang. Washington DC: The Jamestown Foundation.

国務院新聞弁公室 2020. 「『新疆的労働就業保障』白書」 2020年9月17日. URL: http://www.scio.gov.cn/zfbps/32832/Document/1687588/1687588.htm