研究レポート

超高齢社会日本におけるデジタル・ガバメントと国際貢献

2020-09-04
岩﨑尚子(早稲田大学電子政府・自治体研究所教授)
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「地球規模課題」研究会 第1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1.日本の超高齢社会の現状とのICT戦略

日本は2007年に世界で初めて超高齢社会に突入した。気候変動と超高齢社会は世界の2大地球規模課題といわれる。高齢社会問題の解決策として期待されるのがICTの利活用であるが、COVID-19の感染拡大で日本の行政におけるデジタル化の遅れが指摘される。

COVID-19により新しい生活様式へのシフトが余儀なくされ、社会全体が"デジタル・トランスフォーメーション(DX)"を進める重要な起点になった。特に懸念されるのは、将来、急速な高齢化が進む地方において現行の住民サービスを維持することが困難になることである。政府は行政分野のデジタル化を促進するために、経済財政運営と改革の基本方針である「骨太方針2020」において、Beyond5Gを見据えながらデジタル化への集中投資・実装を目指すとしている。

早稲田大学電子政府・自治体研究所では過去15年にわたり、世界主要ICT先進国を対象に毎年電子政府の進捗度調査を行い、調査結果を報告発表してきた。本論では、日本のデジタル・ガバメントの進捗度、COVID-19において露呈した課題、今後高齢社会日本が果たすべき役割と国際貢献について若干の提言を述べたい。

2.世界主要国の電子政府進捗度ランキング

国際 CIO 学会傘下の世界主要11 大学の調査チームの協力で毎年調査分析している世界電子政府進捗度ランキング調査は、OECD、APEC、国連、EUの国際機関の協力を仰ぐ。毎年、世界の電子政府分野の現状と課題を詳細に評価するため国際的名声を得ている。全10項目にわたる部門別指標(「ネットワークインフラの充実度」「行財政改革への貢献度」「各種オンライン・アプリケーション・サービスの進捗度」「ホームページの利便性」「政府CIOの活躍度」「電子政府の戦略・振興策」「ICTによる市民の行政参加の充実度」「オープン・ガバメント」「サイバーセキュリティ」「先端ICTの利活用度」)と35 のサブ指標をランキング策定に活用する。調査の結果は以下の通りである。


表1. 第 15 回早稲田大学世界電子政府進捗度ランキング調査2019
総合ランキング(トップ1~15位)
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日本の評価は、前年に引き続き「政府CIOの活躍度」や「電子政府戦略振興策」等の通信インフラの充実にある。日本政府が目指す5Gの早期全国展開とBeyond 5G推進戦略の策定・実行は、将来のデジタルインフラの基盤となる。このほか、2019年7月に、行政サービスの利便性向上とデータやサービスの改善に基づく政策立案を計画的に進めることを目的として、経済産業省がデジタル・トランスフォーメーション(DX)オフィスを設立した点が評価された。一方、「市民の電子参加」の評価は他国に劣る。特に高齢者などへのICTリテラシー向上のための教育機会の普及や、公的個人認証の高度化、コスト増であった紙と電子申請2本立て行政手続きのオンライン化、ペーパーレスは喫緊課題である。

参考までに今年7月に発表された国連経済社会局(UNDESA)の電子政府世界ランキングで日本は14位となった。「通信インフラ」、「人的資本」、「オンラインサービス」の「EGDI(電子政府発展度指標)」で評価する国連ランキングでは、「通信インフラ」や「人的資本」は高評価だが、「オンラインサービス」が低く、他国の急速なデジタル化が日本の順位に影響を及ぼしたと分析している。

さて、世界のデジタル・ガバメントの潮流は、デジタル格差、中央対地方の格差、所得格差が拡大している。新興国では、AIやブロックチェーンのテクノロジー活用とイノベーションの動きが目立つものの、「持てる国」と「持たざる国」のデジタル・デバイドが顕著である。日本国内でも、特に先端技術の利活用、デジタル人材、予算の面で格差が広がる。自治体の情報システム(基幹業務)のクラウド化は、人口20万以上の都市では、約7割が行っていない。一方、一部の「持てる自治体」では、スマート化を促進させ、より付加価値の高いスマート自治体の構築に成功している。また、ソーシャルメディアとデジタル・ガバメントサービスの連携が進み、災害時の有用性の他、市民中心のユーザー指向サービスも進む。このほかスマートシティと一体化したデジタル・ガバメントを展開する国も、先進国のみならずASEAN諸国で増えつつあり、運用と実装の世界標準の構築は安全保障上の観点から日本にとっても急務である。

デジタル・インクルージョン(社会包摂)の観点から、各国別にデジタル・ガバメントを評価すると、いくつかの成功事例が上げられる。例えばデンマークでは全国民が日本のマイナンバーに当たる「CPR」や、市民ポータルにログインする為に必要な「NemID」、そして電子私書箱や決済口座を有する。さらに、デジタル化庁がデジタル・ガバメントの司令塔としての役割を担い、中央・地方・自治体が一体となってデジタル化を推進するガバナンスが構築されている。ほぼ100%に近いペーパーレスのデジタル・ガバメント法整備を実施しながら、デジタルを利用しない高齢者をはじめとするデジタル弱者には複数の選択肢を設け、高齢者の自立的生活を促す。イギリスでは、高齢者孤独担当大臣という高齢社会に貢献する大臣ポストが設置されているほか、エストニアでは、デンマーク同様に高齢者向けにデジタル8割、アナログ2割の行政サービスを提供している。まさに高齢化とデジタル・ガバメント政策が融和している。

3.COVID-19と世界におけるデジタル・ガバメントの活性化

COVID-19のパンデミックにより一部の国ではロックダウン(都市封鎖)が行われ、日本では緊急事態宣言が発令された。行政手続きのオンライン化は必然となりデジタルの活性化に大きく寄与したといっても過言ではない。「COVID-19に関するDX国際調査(2020年5月)1」によれば、インドネシアでは在宅勤務、オンライン教育、オンライン会議の推進に一定の効果が見られ、シンガポールではデリバリービジネス、音声・ビデオチャットによる遠隔医療、医療データへの24時間アクセス、および医薬品購入のためのeショップの拡充と成果が出ている。シンガポール政府は個人情報保護を図りつつ濃厚接触者となった可能性のある者に通知を行うアプリ「Trace Together」をリリースした。

ロシア、シンガポールでは徹底した追跡管理、統制を行い、中国も移動履歴を活用した感染リスクがアプリで公開されたほか、チャットボットを使用して感染リスクの評価を実施した。米国ではCOVID-19とその対応に関する強力な即時的影響は、既存と異なる行政サービスの強調と優先順位をもたらし、組織の俊敏性を促進することが最重要コンピタンスであると述べる。COVID-19が発生した多くの国で、関連のデジタル・ガバメント上での情報提供やICTアプリケーションが展開、普及した。

上記の調査以外にもインターネットやオンライン申請を活用した給付金の申請、支給等のデジタル・ガバメントの好事例を各国のメディアや調査機関が報告している。


表2. 各国のCOVID19とデジタル・ガバメント政策
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出典:筆者作成

4.COVID-19における日本のデジタル・ガバメント

ソーシャルディスタンスが求められる中で、社会経済活動を維持するためのテレワークやオンライン授業が普及した。一方で、対面、書面、押印からの脱却、業務システムやプロセスの標準化の重要性を改めて認識された。

内閣官房「IT新戦略策定に向けた方針(令和2年4月)」では、省庁連携・官民連携のテックチームを組成し、患者数や検査実施数のオープン化や、政府CIOウェブサイトでの医療提供体制の公開、クラスター把握のデータ活用に取り組みを紹介している。

令和2年7月時点のCOVID-19後のマイナンバーカードの65歳以上の交付枚数比率は約2割に留まる。深刻な高齢化により労働力人口が減少するなかで効率的な行政サービスを維持するために、健康保険証、免許証、銀行口座との紐づけといった社会コストと利便性、サービス・イノベーションを鑑みた実装が求められる。総務省「2019年『通信利用動向調査報告書世帯編』統計表一覧」によれば、65歳以上のインターネット利用率は72。4%であり高い水準にあるものの、ICTにネガティブなシニアの"利活用率"を重点課題とする必要がある。

日本は20年以上前からICT活用による超高齢社会対策を講じてきた。その一つが「電子政府構築計画(平成15年)」であり、高齢者や障害者のための電子政府関連文書のアクセシビリティを重視し、マルチアクセス環境の整備や利便性、ユニバーサルデザインにも注力してきた。高齢者や障害者は、デジタル社会の恩恵を最も受けにくい立場にある。今後は感染症のリスクマネジメント対策もふまえ、①ユーザビリティ、②アクセシビリティ、③アフォーダビリティの3原則に加え、④ICTリテラシーの向上のための教育機会の創出と行政コストの最適解が不可欠である。

5.国連高齢社会世界サミット(World Summit on Ageing Society with COVID-19)の開催を

日本にとってはわずかこの10年で3.11東日本大震災に始まり、その間多くの自然災害に苦しめられ、そして年が明けてCOVID-19 の猛威と共生する社会にいる。特に災害において最大の被害者となる高齢者のためのデジタル利活用は世界各国にとっても最大の関心事である。誰一人取り残さない多様性のある社会構築のため、デジタル・ガバメントの観点から日本の国際貢献について若干の提言を述べたい。

  1. デジタル・ガバメントは高齢者(シルバー)の社会包摂(デジタル・インクルージョン)をベースに成長戦略の要として、日本が強い防災、水道、治安・安全分野などのグローバル展開にPPPで取り組むべき。日本は世界一の防災大国であり、防災分野のODA額は世界有数の貢献国、輸出も積極的であり官民一体が奏功。特に日本の基幹産業+αの付加価値をつけて輸出戦略を加速し、国際貢献に尽力すべき。
  2. デジタル・ガバメント推進ならびに司令塔となるCIO、ICT人材の育成を早急に進め、広域連携・共有化、標準化へイノベーション視点でデジタル化を進めるべき。
  3. AI、5G、8K活用による経済社会インフラとデジタル・ガバメント連携を進展させ、オンライン教育、在宅勤務、遠隔医療、自動運転など、世界標準モデルの構築を目指し"新しいデジタル生活様式"に備えるべき。
  4. 国連SDGsの"だれ一人取り残さない社会"、超高齢社会でのユーザー志向の"デジタル・ガバメント推進及び評価モデル"の構築を優先すべき。すべての人がデジタル・ガバメントを利活用できるよう、オンライン教育などを利用し教育機会及び健康的生活の普及を徹底して行うべき。
  5. 世界唯一超高齢社会日本でCOVID-19対策を成功させ、日本の世界的プレゼンスを高めるべき。日本がイニシアチブをとり、国連やOECDなど国際機関と共催で国連高齢社会世界サミット"World Summit on Ageing Society with COVID-19"を開催し、新しい国際経済社会秩序の創設を提案したい。

1筆者が委員長を務めるAPEC"スマートシルバー・イノベーション"プロジェクトの協力エコノミーならびに、国際CIO学会の協力により4月~5月にかけて実施した「COVID-19を解決するためのCIOによるデジタル・トランスフォーメーション」国際調査。調査項目は各国のCOVID19対策とスピード性、CIOの役割、ベンチャー企業の創生、イノベーション・AI活用、DX、スマート政府など。