研究レポート

台湾海峡有事シミュレーション:概要と評価

2023-03-30
小谷哲男(日本国際問題研究所主任研究員/明海大学教授)
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「日米同盟」研究会 FY2022-4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに

本稿は、2022年度に日本国際問題研究所が実施した台湾海峡有事を想定したシミュレーションの概要と評価をまとめたものである。通常、シミュレーションを行う際は、ゲームマスターから与えられたシナリオの下で各プレイヤーが自らの行動を決めてその評価を行うが、当研究所では他のプレイヤーの行動を受けて各プレイヤーが行動を決めるマトリックスゲームの手法を採用し、プレイヤー間の相互作用を検証することを重視した。

具体的には、台湾を武力で統一するという指示を与えられた中国チームが作戦行動を取り、それに米国チームと日本チームが対応するという形でゲームを進行した。各チームは宇宙・サイバー・ミサイル攻撃に続いて、航空・海上部隊の展開を図上で行った。また、軍事作戦がもたらす政治的結果を検証するため、停戦のための外交交渉を挟みながら行うこととした。今回のシミュレーションでは、作戦行動を5回、そして外交交渉を2回行った。

1. シミュレーションの概要

第1ターン(海上封鎖)

中国の作戦行動

・台湾に対する海上封鎖の実施(米国による台湾への武器売却を阻害し、台湾に政治的屈服を強要するため)

・米国への警告(米国による軍事介入を牽制)

・日本・台湾に対するディスインフォメーション作戦(台湾の士気をさげるため、日本に米軍基地の使用を認めさせないため)

日米の対応

・台湾周辺への部隊の展開(海上封鎖を認めないため)

第2ターン(米軍に対する介入阻止)

中国の作戦行動

・米宇宙アセットへの攻撃、在日米軍基地・自衛隊基地・グアムへの弾道ミサイル攻撃(日米による軍事介入の阻止)

・航空戦力の展開(航空優勢の確保)

・日台へのサイバー攻撃(社会的混乱を引き起こす)

日米の対応

・東シナ海での海上優勢の確保(台湾へのアクセス確保と南西諸島・尖閣諸島の防衛)

第1回外交交渉(決裂)

中国の停戦条件 台湾問題への不介入

日米の停戦条件 海上封鎖の解除、損害の補償

第3ターン(日米による介入阻止)

中国の作戦行動

・日本国内での情報戦(日本の戦線離脱を狙う)

・日米の重要インフラへのサイバー攻撃(社会的混乱を引き起こす)

・日米の航空基地へのミサイル攻撃と航空戦力の展開(航空優勢の確保)

・東シナ海への海上部隊の展開(海上優勢の確保)

・台湾都市部へのミサイル攻撃(士気低下を狙う)

・在沖米軍基地への非戦略核による攻撃(通常戦力での破壊に失敗したため)

日米の対応

・東シナ海および台湾東部海域における優勢確保(南西諸島の防衛および台湾へのアクセス確保)

第4ターン(中国軍による台湾への上陸作戦成功)

中国の作戦行動

・日本・台湾に対する対都市攻撃(士気低下を狙う)

・台湾海峡の支配(着上陸侵攻の実施)

・東シナ海の支配(米軍の接近阻止)

日米の対応

・東シナ海での海上優勢の確保(南西諸島の防衛)

・台湾東部海域での海上優勢の確保(台湾へのアクセス確保、米軍による台湾上陸)

第2回外交交渉(決裂)

中国の停戦条件

・台湾と周辺海域からの米軍部隊の無条件の一方的撤退

・日米が「台湾に中国の全面的な主権が及ぶ」ことを承認

日米の停戦条件

・中国による戦闘行為の停止と台湾からの撤退

・損害への補償

第5ターン(台湾での地上戦の継続)

中国の作戦行動

・台湾海峡の支配(連絡線維持)

・東シナ海および台湾東部海域の支配の奪還(米軍による台湾支援阻止)

日米の対応

・台湾海峡を渡航する中国海上部隊への攻撃(連絡船の破壊)

・東シナ海および台湾東部海域の支配(台湾へのアクセス維持)

残存勢力

中国

水上部隊10→2、原潜1→0、通常型潜水艦8→4

爆撃機4→2、第3世代機15→4、第4世代機22→12、第5世代機1→1

米国

空母打撃群3→2、水上部隊3→0、原潜5→4

爆撃機2→2、第4世代機16→6、第5世代機6→6

日本

水上部隊4→2、潜水艦4→3

第4世代機8→3、第5世代機1→1

来援

豪州(水上部隊1、第4世代機1)

英仏(水上部隊1、第4世代機1)

追加項目として、ウクライナ情勢を各ターンでサイコロのマス目によって判定し、情勢が悪化した場合は欧州からの来援はなしとした(第5ターンで欧州情勢が安定、英仏が来援)。また、台湾に関しては「士気」のバロメーターを設定し、都市攻撃を受けることや、外部からの補給路の遮断、中国軍の台湾上陸という事態は減点することとし、米地上軍の台湾派遣は加点することとして、これがゼロになると台湾が降伏してゲーム終了とした(対都市攻撃や中国軍の台湾上陸で下がったが、米地上軍の派遣と補給路の確保によって台湾は降伏しなかった)。

2. 評価

今回のシミュレーションを通じて、以下のことが指摘できる。

・中国は台湾だけでなく、日本の士気を下げるために、情報戦やサイバー攻撃を実施する

・中国による台湾の海上封鎖は武力行使であり、日米は許容しない

・中国は、米軍および自衛隊の介入を防ぐため、日本およびグアムの基地への弾道ミサイル攻撃を行い、続いて航空優勢・海上優勢を取るための作戦を行う

・中国は日米の介入を牽制するため、核の威嚇を行う

・中国は通常戦力による航空優勢の獲得に失敗した場合、非戦略核を使う可能性がある

・主戦場は台湾海峡よりも、東シナ海および台湾東部海域になる(米軍の台湾へのアクセス確保をめぐる争い)

・中国は、東シナ海の海上優勢を取る際、尖閣諸島の占領も試みる可能性がある

・米軍がフィリピンの基地を使用できれば、作戦を有利に展開することができる

・欧州からの来援は日米側に有利に働く(そのためには欧州情勢の安定が不可欠)

・中国・日米双方の水上部隊と第4世代機の損耗は大きく、潜水艦に関しては日米よりも中国の損耗が大きい

・中国・日米双方の第5世代機の残存率は非常に高い

・停戦交渉では双方の立場に歩み寄る余地がなく、早期に外交を通じた停戦を実現できる見込みは極めて低い

3. 検討課題

以上のシミュレーションの評価から、次のような検討課題が指摘できる。

・日本および台湾の士気を下げるために行われる情報戦・サイバー攻撃への対処

・中国による核の恫喝および非戦略核使用への有効な対処の検討

・日米の統合防空ミサイル防衛の緊密な連携

・打撃力のターゲティング調整を行うために日米の指揮統制面での緊密な連携を促進(日本の反撃能力を台湾侵攻に向かう中国軍に対して使用することの是非)

・潜水艦戦力の有効活用(海上自衛隊の潜水艦による台湾海峡の渡航作戦を行う中国海軍に対する攻撃の是非)

・フィリピン、豪州、英米との協力深化