コラム/レポート

JIIAフォーラム「中国の戦狼外交の表裏—対外行動に影響を及ぼす要因—」
ダイジェストレポート

2020-11-20
加茂具樹 慶應義塾大学総合政策学部教授
×阿古智子 東京大学大学院総合文化研究科教授
×桒原響子 日本国際問題研究所研究員
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尖閣諸島、香港など様々な問題をめぐる中国の強硬な外交が、他国から非難されている。中国の対外行動は、新型コロナウイルス感染拡大とともに、以前より好戦的になり、「戦狼外交」を展開しているとの見方が広まっている。

中国は、かねてより積極的にパブリック・ディプロマシーなどを展開し、相手国世論に直接影響を及ぼし、世論を味方につける努力をしてきた。その手法も多様化しており、文化交流、人物交流、国際放送といった伝統的な手法に加え、最近では、中国の技術や中国製アプリケーションといった新たな手段も用いられるようになっている。アルゴリズムの売却交渉をめぐり米中が激しく対立しているTikTokに関しても、技術をめぐる争いにとどまらず、中国製アプリに対する相手国社会の依存度の深化と中国の影響度の増大という問題でもある。

しかし、最近の尖閣諸島や香港問題などで顕著にみられる中国の好戦的な姿勢を見ると、中国の外交に対する考え方そのものが変化し、したたかな外交が鳴りを潜めてしまったかのように見受けられる。

例えば、中国は、連日110日以上尖閣諸島周辺海域に公船を送り込むなどし、日本に対する挑発行動を続けたことなどにより、こうした中国の行動に対する日本社会の関心を高める結果を生んだ。

しかし、中国の対日行動には、こうした強硬な行動だけではなく、日本の世論に配慮するという側面もある。尖閣諸島問題については、活動を活発化させる一方で、外交的にはこの問題を話題にすること自体を避けているようにも見られる。また福建省は、漁船に対し尖閣諸島周辺海域での操業を禁止している。このように、中国の対外行動には、強硬といわれる表面的な態度の裏に、他国に対する配慮が見え隠れするのである。

また、香港問題についても、民主派のデモを強硬に抑え込み、欧米諸国から「一国二制度」原則を損なうなどと批判されてきた。さらに2020年6月30日には「香港国家安全維持法」を成立、翌7月1日に施行という強硬な香港抑え込みの姿勢を示したことで、欧米社会だけではなく、台湾の「一国二制度」に対する信頼を損なう結果を招いた。

香港問題一つ取っても、中国が国際世論に配慮したとは考えにくい。中国の強硬な姿勢は、中国が必ず達成しなければならないと考える領土の統一にとって、全くの逆効果になっているともいえる。

強硬と配慮という対極の姿勢が共存する状況をどのように解釈すればいいのか。加茂具樹慶應義塾大学総合政策学部教授と阿古智子東京大学大学院総合文化研究科教授に、政治的要因や社会的要因について伺った(JIIAフォーラム開催日は9月28日)。


【桒原】まず、中国の対外姿勢に影響を及ぼしたと考えられる政治的要因について検討したいのですが、中国の政策決定過程において、内政の変化があったのでしょうか。あったとすれば、なぜ、そしてどのような変化があったのでしょうか。

【加茂教授】中国の現在の政治指導部である習近平指導部は、自らの外交を、中国の「特色ある大国外交」という言葉で説明をしています。「2つの100年」という奮闘目標を掲げ、中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現することです。

そのために指導部がどのような外交路線を展開するのかといえば、中国の発展に貢献する良好な外部条件をつくることだと主張し、そのために2つの方法があると述べています。それは、「平和的な発展の道を歩む」こと、そして、だからといって正当な権益を譲歩してはならない、あるいは国家の核心的利益を犠牲にしてはならないというものです。

つまり、習近平指導部がすすめる外交には、「協調」と「強制」という2つの相反するアプローチがあるのです。

例えば、これを対日外交に落とし込んで整理すると、「協調」のアプローチとは、対日関係を改善したいというメッセージを表明すること、あるいは、そのための行動です。もう一方の「強制」のアプローチとは、中国の国益、すなわち日中関係でいえば東シナ海の秩序や尖閣諸島の領有権をめぐって中国側が自らの主張を強く訴えること、あるいは、それを実現するための行動です。アプローチが並存していますが、指導部の外交路線が混乱しているということではありません。

ここで、指導部がすすめてきたこれまでの外交路線について簡単に説明しておきましょう。中国指導部は、改革開放という政治路線を歩んできました。これは、「発展こそ堅い道理である」、つまり開発主義の道を歩むことです。改革開放路線を歩む歴代の指導部が重視してきた外交上の戦略的目標は次の4点であると考えられます。

1つ目は経済発展です。それは、支配の正統性を支え、歴代の指導部は、経済発展を維持させるのに必要な国際環境を整えることに努めてきました。2つ目は安全保障です。中華人民共和国という国家、国土に対する外部からの軍事力による脅威を弱めるため周辺地域の安全を確保することに努めてきました。3つ目は、国家の統一と領土の保全です。そして4つ目は、中国共産党による一党体制の維持と、それを支えるイデオロギーの重視です。

改革開放期の指導部が重視してきた社会主義というイデオロギーは、1980年代末の東欧の民主化とソ連崩壊によって有効性を失いました。これに変わるイデオロギーが、「発展こそ堅い道理である」という発展主義です。

なお、中国の外交政策を理解するうえで重要な概念が、現指導部が掲げている国家安全観です。現指導部は自らの国家安全観を「総体的国家安全観」(2014年4月に提起)という言葉で説明しています。それは、政治安全、国土安全、軍事安全、経済安全、文化安全、社会安全、科学技術安全、インターネット安全、生態安全、資源安全、核安全、海外利益安全、そして生物安全という13項目の「安全」領域に腑分けしています。この中で指導部にとって最も重要な安全は、政治安全、つまり共産党一党体制であると定義しています。指導部は、体制の維持を国家安全、政治安全よりも重視し、それは改革開放路線における最重要課題だと位置付けているのです。この点は、過去も現在も未来も変わることはないでしょう。

【桒原】では、現在の習近平指導部の外交政策の大きな方針の中で、やはり外交路線は「好戦的」に変化しているといえるのでしょうか。変化しているとすれば、どういった点でしょうか。

【加茂教授】考え方の枠組みとして、政策決定過程のモデルを見てみましょう(図1参照)。外交政策を含め、政策決定過程は、政策課題の設定から始まり、政策の立案、政策の決定、政策の執行、政策の評価というプロセスで回っています。外交政策が変化したとすれば、このどこかが変化していると考えられます。



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図1:政策決定過程のモデル
作成:加茂具樹


この政策決定過程の5つの段階に影響する要素は多くあります。例えば指導部(指導者)の選好は、5つの段階のいずれかに大きく影響するでしょう。また官僚制度の特色や、国内世論の選好も影響するでしょう。これらが、このサイクルのいずれかの段階に影響していると考えられます。

では、現指導部の政策決定過程は、何が変化したのか。その第1は、指導部の選好でしょう。指導部(指導者)の記憶や経験を通じて形づくられる国益の形や、その実現のあり方が、前の指導部と比較し大きく変わったと考えられます。

もう1つは、この政策決定過程の3番目の段階である政策決定に影響する政策決定のルールも大きく変わったことです。政策立案や執行に大きく影響を受ける官僚制の特色です。つまり、官僚組織の中の作業標準手続のことです。これも政策決定過程に大きな影響を与えるでしょう。

政策決定過程の各段階に、歴代の指導部が掲げてきた国家の戦略的目標(経済発展、安全保障、領土保全、体制維持)は影響をあたえています。改革開放路線の下で、この目標は変わっていません。

しかし、今日、改革開放という政治路線が大きく変わろうとしています。改革開放という政治路線は、開発主義、経済発展に必要な内外の環境を中国共産党が保障するという意味での経済発展を前提にした政治路線だった。しかし、中国は今、高度経済成長を終え、中所得化の道を歩みはじめており、明らかに開発主義的な政治路線からの変更を強いられています。現指導部はいま、かつての指導部が経験したことのない、新しい国家課題に直面しているのです。

そして対米関係が、現指導部誕生後に徐々に悪化してきています。これも現指導部が直面している新しい課題です。この改革開放という政治路線と対米関係の変化は、指導部(指導者)の選好に大きく影響を与えています。また国内世論にも大きな影響を与えているでしょう。共産党を取りまく外部の環境(国内と国際環境)の変化は、中国外交の変化を促しています。

その変化に応じるように指導部が提起している外交路線が「中国的特色のある大国外交」です。そして指導部は、大国外交をつうじて、世界の平和の問題に影響を与える決定的な「力(パワー)」を拡大しようとしています。

「力(パワー)」を拡大するために指導部は、「制度性話語権(Institutional Discourse Power)」を高めようとしています。中国が「制度性話語権を高めていく」とは、既存の国際秩序を形づくっている制度や組織において、中国の影響力を拡大していこうという考え方です。中国の議決権や政策提案権といったものを高めていくこと、あるいは、一帯一路やアジアインフラ投資銀行といった新しい国際的な制度や組織をつくり、その中に中国の話語権を埋め込んでいくこと、あるいは、宇宙や海底、インターネット空間、北極・南極といったような新しい領域における国際秩序に関する制度や組織の形成を先導し、この制度や組織の中での影響力を拡大していこうということです。これが、中国が積極的に行おうとしている大国外交の一つの形です。

いま、中国の国内及び中国を取り巻く国際社会の情勢が大きく変わってきています。この変化について指導部は、国内と国際秩序の大きな変化の局面に来ていると定義し、「世界は100年に一度の未曽有の変化に直面している」という言葉で定義しています。パワーのバランスが変わり、その結果、国家間のゲームのルールが変わりつつあるという認識です。これは中国自身にとってチャンスでもあるが、危機であり、いかにリスク管理をするかという認識を非常に強くしています。

こうしたなかで、今、中国指導部がどのような国際秩序観を持っているかと言えば、「不安全感」ということになるでしょう。従来の中国外交は、既存の国際秩序に用心しながら慎重に適応するという姿勢を示していましたが、今日、国力を増大させて、外交の選択肢を増やした中国は、自らの要求や意思を既存の国際秩序にインプットしていくという考え方を強めています。そうして「不安全感」を克服しようとしているのです。

中国の大国外交は、この「不安全感」の下で展開されています。私たちが目にする具体的な大国外交のかたちが「協調」と「強制」のアプローチです。コロナウイルスのパンデミック後、足元では「強制」のアプローチ(戦狼外交)が強く示されているように見えます。これは、中国のディスコース・パワーを支えるための、「中国は成功している」「パンデミックにうまく対処している」という「物語」を守るためといってよいでしょう。

中国指導部は国内世論に影響を強く受けているといえます。パンデミック後のコロナ対策を通じた国際協力を主導しようとする中国外交を批判する、国際的な言動に対して、なぜ中国は強烈な反応を選択するのか。それは、「国際的な協力を先導する」という中国の成功物語を傷つける言動を指導部が無視することは、国内から弱腰とみなされるからでしょう。指導部は世論を無視できません。これは国内世論に拘束されている指導部の姿であるといえるでしょう。

【桒原】習近平指導部の政策決定が国内世論に誘導されるという点とも重なりますが、指導部の政策決定過程に変化をもたらした要因として、社会的要因も深く関係していると考えます。世論は、アジェンダ・セッティング・プロセスにおいて一定の影響を与え得るアクターとして位置づけられています。中国の場合、対外行動の背景に内政の変化があったとすれば、中国の国内世論がどのように影響を与えたのでしょうか。

例えば、新型コロナウイルス感染拡大に関しては、中国の指導部の政策に対して批判が起こったことや、香港がなかなか中国当局の意のままにならないことなどに対して、中国指導部の意識に影響があったのか。もし影響があったとすれば、その背景にはほかに中国社会のどのような動きがあったのでしょうか。

【阿古教授】確かに世論は大きな要素になっており、国内の政治情勢は国際的な問題とリンクしています。中国は国際的な圧力を受けるので、その中でどう自分たちの主張を展開しイメージを向上させるかという点で、ソーシャルメディアを重要な戦いの場ととらえています。

社会的側面から見ると、中国政府は強硬な姿勢を続けていることがわかります。それは、ある意味で表裏の使い分けができていないということであり、余裕がないということでもあります。

世論を味方につけるために情報戦が重要になりますが、そこでは、誰が誰に、どのように働きかけ、情報戦に打ち勝っていくのかを見なければなりません。

テーマは様々です。例えばコロナの問題も大きなテーマですし、少数民族に関しては、ウイグル族の強制労働などが国際的にも問題になっています。小中学校の授業でモンゴル語の使用を大幅に減らされたモンゴル族も、反発を強めています。また、知識人や実業家への弾圧や、人権派弁護士の問題などもあります。

今日は、その中でも香港のデモを中心にお話しします。今回の逃亡犯条例の改正案に反対するデモは、「リーダーがいないデモ」といわれています。ソーシャルメディアを用い、皆がリーダーのように様々なところで同時多発的に行っていく。そして、例えば暴力行為を働く過激化したグループと、平和的にしかデモに参加しないというグループが、内部分裂し、社会運動が途中でうまくいかなくなることもありますが、今回はそういった戦略の異なるグループもある程度協調する形で、かなり長い時間運動が継続してきた。そして、民主派だけでなく、経済界の一部も支持を表明するという状況がありました。

ただ、条例改正案は撤回されたものの、「香港国家安全維持法」が施行され、急速に香港の情勢が変わってきています。



200928_pic-1.png 写真1:香港返還から23年 「香港国家安全維持法」に反対しスローガンを唱えるデモ参加者(写真:AFP/ アフロ)


デモでは、ソーシャルメディアが重要な戦いの場になっています。例えば、抗議する側は、数多くのイラストや動画を配信しており、その中では、「香港人」というアイデンティティが強調されています。

香港の民主化には関心があるが、中国の変化や歴史には興味を示さず、天安門事件も知らない若い人たちが多かったのですが、最近は関心を持つ若者も出てきました。中国で厳しい弾圧が行われていることを知った若者たちは、香港のデモ現場で子どもが連行される様子を写したセンセーショナルな写真などを目にし、警察への反感を強めていきます。

デモの最中、警察が催涙弾を無差別に向けていたことで、ジャーナリストや救護に当たっていた女性が失明してしまった事件がありましたが、これに対し、SNSでは、イラストやパフォーマンスを通じた抗議活動が急速に広がっていきました。

さらに、抗議活動の中で、烈士への供養ということで、地下鉄の駅などを葬儀場のように変えるという公共の建物を破壊する活動がありました。抗議者たちは、これを「破壊」ではなく、「レノベーション」(改修)と表現しました。そして、社会運動というよりも、革命という見方をする人たちも出てきました。ほかにも、人間の鎖をつくって携帯電話のライトで光の演出を行い民主主義や自由に対する意思を示すなど、平和的な主張の展開も広がりました。

今回のデモには、2014年の雨傘運動と異なり、若い人たちだけでなく、多くの高齢者も参加していたと言われています。最初の頃は、平和的にデモ行進に参加するだけでは罪にはならなかったが、徐々にデモ自体が認められなくなり、デモ参加者が逮捕されるなど、事態が深刻になっていきました。それでも、運動を支持する人たちは諦めず、クラウドファンディングで世界各国の新聞に意見広告を出しました。

【桒原】最近、フェイクニュースやディスインフォメーションの脅威が注目されています。現実世界では、フェイクニュースを完全に排除する手立てがなく、フェイクニュースの拡散は止められないという難しさがあります。これを香港のデモに当てはめると、どう解釈されるでしょうか。また、習近平指導部が発信する情報に対する中国大陸の実際の世論はどのようなものでしょうか。

【阿古教授】警察、香港政府、中国政府を支持する側と、警察や政府に反対するグループが対立しているわけですが、フェイクニュースを含め、あらゆる情報が流れています。

例えば、デモの最中、少年が警察官に発砲され胸を撃たれるという事件がありました。この警察官は正当な防衛手段として発砲したと証言したものの、実際の写真を見ると少年はビート板のような軽い物を持っていただけだった。民主派側は、こうした事実と警察の証言などを比較しようとする。一方で、警察や政府を支えようというグループも、自分たちにより有利な情報を流そうとする。ソーシャルメディアが対立するグループの争いの場になっているのです。

嘘か真実かを見極める目が、ソーシャルメディアのユーザー側にあるかどうか、そして錯乱させるような情報が流れることによって生じうる影響をどう捉えるかということも、私たち研究者にとって重要です。

香港の民主派に反論する中国本土のネチズンや中国政府のメディアの影響もあります。民主派を支持していると疑いを持たれたティファニーに対しては、不買運動が中国本土で起こっています。

人民日報は、デモ参加者たちがアップル社のスマートフォンを使って、警察の動きや催涙弾が使用されている位置情報などを確認していることを捉え、「アップル社は"暴徒"をナビゲートしている」と非難し、アップル社の製品を使わないようにと呼びかけました。

黄之鋒氏や周庭氏などは、中国では「香港独立分子」といわれていています。彼らは「一国二制度」を徹底してほしいと訴えているだけなのですが、中国のメディアは、このような若者たちは、中国を分裂させようとしている独立分子だと報じているのです。

中国国内では、中国政府のメディアの情報を鵜呑みにしている人ばかりではなく、言論統制を嫌う人たちもいます。反対に、「中国政府は正しい」「外国勢力が中国を批判し過ぎだ」との考えを持つ人たちもいます。「小紅粉(ピンクちゃん)」は、真っ赤な共産主義までは行かないが、中国政府の主張を支持する人たちを指します。そこには積極的に支持する人もいるでしょうし、心の中では違うと思っても、様々な利益を考え表面上支持する人たちもいると考えられます。

中国の若者は、文化大革命や天安門事件などの歴史について、ほとんど学んでいません。その一方で、反日的な教育が進められることもあるのです。尖閣諸島についても、中国の国益を一方的に強調することがあるのですが、そうした学校教育における論調に違和感を持つ若者も出てきています。それは、「法の支配」に基づく外交の重要性を考えている人たちもいるからなのです。

では、情報発信のアクターにはどのようなアクターがいるか。香港には、若年層から中高年層、中国から新たにやってきた留学生や市民など、様々な立場の人たちがいます。他方、中国には、リベラル派、政府寄りの人たち、既得権益を重要視する人たちもいます。その中で、どのような意図のある情報がどう発信されているのか、情報戦やSNSにおけるコミュニケーションが社会全体にどのような影響を与えているのかを見なければならないのだと思います。

ソーシャルメディアを舞台とする国内・国際戦線を、誰がどのように征するか。中国に対するイメージは、国内政治と国際社会との関わりに大きく影響されるのです。

【桒原】中国の対外行動に影響を及ぼす社会的要因と政治的要因の相互作用も考えてみましょう。そこで1つの軸となりうるのが、パブリック・ディプロマシーです。政府対政府の従来の外交ではなくて、政府が相手国の世論に直接働きかけ、その世論を自国の味方につけるという外交手法を指します。このパブリック・ディプロマシーの観点からすれば、特に香港のケースなどは、「香港国家安全維持法」の成立に象徴されるような一連の民主派の抑え込みといった活動が、「一国二制度」原則に対する台湾の信頼を損ね、また国際社会から批判を浴びているという結果に鑑みれば、むしろ逆効果に働いたとの見方もできると思います。

逆効果に働き得るということは、習近平指導部、または中国外交部の政策決定過程で吟味されなかったとは考えにくいと思うのですが。

【加茂教授】吟味は当然されたのだと思います。政策決定者は自らの行動が国際社会からどう見えるかを考え、様々な選択肢を検討していたはずです。しかし、いわゆる戦狼外交や、「香港国家安全維持法」を立法するという選択は、国際秩序に対して中国指導部が抱いている「不安全感」が強く影響しているといえます。「総体的国家安全観」の核心にある「安全」が政治安全であり、指導部にとって共産党の一党体制を維持することは最重要課題です。それに対する脅威を排除するために、香港における国家安全を維持する体制を整える必要がある、と判断したのです。

【阿古教授】国際法や人権の一般的な考え方からすれば、このような強硬なやり方は、プラスのイメージを与えるとは思えない。それでも中国には中国のモデルがあり、国際的な基準づくりの中で自分たちを優位に持っていくために強硬な姿勢を採っているというのが現実だと思います。

また、中国が国際的に支持されないとわかっていながらも逆の行動を取ってしまうのは、余裕がないからだともいえます。国内には社会問題が蓄積しており、経済発展が鈍化している。その中でも政府に対する支持を集めるために、強い中国を見せなければならない。

そして、リベラルな知識人や実業家など、表現力も経済力もある人たちが、現政権に対してネガティブな動きをしていくとすれば、政権にとってそれが脅威になるので、そこに圧力をかけて抑えなければいけない。そういう意味でも、現政権は、政権維持のために余裕がないのではないかと思います。

【桒原】パブリック・ディプロマシーが逆効果に働きうるということについて、海外の反応を受けて、むしろ戦狼外交に歯止めをかけたようなこと、つまり中国指導部が譲歩したことはあったのでしょうか。

【阿古教授】例えばウイグルの強制労働などに関しても、内部に入って調査できなくても、オーストラリアや米国の団体が衛星写真などを使い、これ以上否定できないだろうというところまで証拠をつかんでいます。中国も、「国際社会に、ここを見られたらイメージが悪くなる」ということで、今までアピールしていた部分を調整しているところはあります。

しかし、ウイグル問題に関して感じるのは、国際社会ではごく一般的に「これはどう考えても人権侵害だ」と見なされることが、逆に中国では評価されることもあるということです。そうなってくると、国際社会と中国の価値観が全くかみ合わない。

これはかなり危機的な状況です。日本も含めて国際社会が中国と向き合おうとしても、コミュニケーションできない事態にまで陥っているのです。価値観が違い、そこで衝突しているというところを見なければならない。

「香港国家安全維持法」には多くの国が反対していますが、国連人権理事会では53か国が同法への支持を表明しました(反対は27か国)。中国は国際社会で多数派を味方につけたと思っているのかもしれませんが、賛成した国のほとんどは中国と同様に独裁的、あるいは権威主義的な体制を持っているか、中国から多額の資金援助を受けています。やはり、現在の中国が日本を含む民主主義国家と価値観を共有することは非常に難しく、中国と関わりの深い非民主主義国が中国支持に回っているという現実にも、私たちは注意を払う必要があります。

【桒原】価値観の衝突という点でもソーシャルメディアの影響力の大きさを感じるところです。TikTokなどの中国製アプリも、新しい情報発信ツールとして中国が海外で広めていますが、これらは海外の世論づくりにどれほどの効力があるとお考えですか。

【加茂教授】中国製アプリがここまで世の中の関心を集めるようになるということは、利用者は不安よりも利便性を感じるからでしょう。そうした利便性に支えられて、利用者がグローバル大に広がったのでしょう。TikTokをはじめとする中国発の情報発信ツールには浸透力はあるといえるでしょう。

しかし、同時に、中国の国際社会に対する影響力が高まってきたということは、中国の行動は国際社会からの影響を受け、拘束されている、ともいえるでしょう。

技術は、国境を越え、その向こう側に広く浸透するものであり、様々な場所で応用され、新しい技術が生まれます。その技術の使い方や情報管理といったルール設計において、中国は国際社会に強い影響を与える存在でもあると同時に、国際社会からも切り離れることはできない存在だともいえるでしょう。

【阿古教授】ポイントは2つあります。1つは、主要な情報ツールを中国が押さえるようになれば、個人情報や位置情報が中国側でコントロールされるということです。

もう1つは、食や文化といった若者の関心事となるコンテンツなどについては、資本力があり、この分野の技術に強い中国に有利に働くことはあります。

ただ、コンテンツは、何をメッセージとするかを正しく判断し、そこに訴える力がなければ浸透していかない。香港の人たちが使うSNSが、規模ではなく中身の部分で大きなインパクトを持って国際社会を動かしていることは、中国にとっても脅威となっているのでしょう。

【桒原】では、習近平指導部は、自国の世論を正しく理解しているのでしょうか。例えば、中国には政策決定者に対する意思表示の仕組みである選挙がありませんが、その中で適切に世論の選好をはかり、世論の動向を分析、評価した上で、政策決定につなげられているのでしょうか。

【加茂教授】自由で競争的な選挙は、政府に支配の正統性を支える機能を与えると理解されていますが、選挙には政策決定者に必要な情報を提供する機能もあります。ですから実質的には選挙のない中国の政治指導者は、どうやって政策決定に必要な情報を集めているのかは、私たちの重要な関心事項です。

中国の政策決定者は私たちが考える以上に豊かな情報に接しているでしょう。指導者たちは、情報の重要性に対し理解もしているし、積極的にあらゆる情報を集める努力をしています。

中国の現在の対外政策、諸外国と対立的な関係を深化させるような中国外交について、反対あるいは批判するような言説、論文がソーシャルメディアやオンラインにも上がってきています。もちろん指導部、少なくともそのブレーン達はそうした批判的な声について把握しており、政策決定の参考としているのでしょう。一方で、指導部に充分な情報が伝わっているかどうか、疑念を抱かせる事例もあります。

しかし、情報技術の発達の恩恵を受けて中国の政策決定者が政策決定に必要な多くの情報に接していることは、政策決定者にとって喜ばしい状況とはいえないかもしれません。世論は指導部にとっての圧力ともなっているでしょう。世論を無視した政策決定はできないということです。

【阿古教授】量と質の問題にも関係します。中国は規模の面でとても有利ですが、情報の質、つまり世論に対してインパクトを与えられるかという意味で、大変弱いといえます。言論統制が強化される中で、学問の自由が奪われ、優秀な学者たちが本来の研究意欲を失い、自らの意思に反して、処罰されないようにと忖度し、現実にそぐわない分析をしている。例えば、中国の香港に対する立法、過剰な取り締まりを見て、国際社会を軽く見ているのか、あるいは、国内に対応すべき問題が積み上がっており、国際社会の反応を考慮する余裕がないのかと感じられる方もおられるでしょう。どちらも考え得ることですが、もう一つ重要なのは、香港の政治・経済・社会の情勢を的確に分析し、臆せずに政策提言できる専門家が欠如しているということです。

香港は金融センターとして国際的に高く評価されていたにもかかわらず、中国指導部が強硬的な態度で香港を抑え込んだ。中国にとってはデメリットが大きいはずなのに、指導部はそのような分析を必要としていない。さらに、人文社会や経済学などの分野における分析力が大変落ち込んでいます。

プロパガンダが、これらの分析の質を低化させている原因でもあります。中国は、活躍できるような要素を持った人材をうまく生かしていない。それは結局、規模の部分で有利でも、質の部分で負けているということなのです。私たちは中国とそこで勝負するしかない。

【桒原】日本は、尖閣諸島問題でも緊張がある中で、中国とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。

【加茂教授】中国と向き合っていくために重要な2つの側面があります。1つは、中国はパワー(力)のバランスを極めて重視する国です。中国と向き合うには、パワーバランスを意識し、現在のバランスをいかに維持していくかが重要ということです。日米豪印の4カ国安全保障協力は、日本外交にとって大きな影響を与えるアセットになっています。中国が日本外交、特に安倍政権の外交を評価するときに、やはり、日本が米豪印との関係の強化、協力の深化を先導してきたことを、非常に高く評価しています。日本は、米豪印を交えた4カ国として中国と向き合っているという構図を生み出すために尽力してきた。その結果として、中国は、日本との外交関係の重要性を再評価するようになったといっても良いかもしれません。日中両国は、2014年以来、関係を安定させ、発展させようと努めてきたといえます。その背後には、このパワーのバランスを維持するという考え方が功を奏したことを理解しておく必要があるでしょう。

いま1つは、中国のいわゆる価値観と我々の価値観との間にはギャップがあるということです。中国との間では、日本の自由民主主義の価値観に基づく社会がより魅力的であるという、価値観としてのパワー(力)というものを高めてゆく不断の努力も必要でしょう。

【阿古教授】日本は、隣国中国と協調すべきところもあると考えます。その点において、例えば、トランプ政権は中国共産党と中国人民を区別する議論を展開していますが、日本においてもこの観点は重要だと考えます。トランプ大統領が打ち出すヘイトスピーチ同然の「中国」イメージの表現は、米中両国の世論形成において決して肯定的な影響を及ぼすものではありませんが、中国全体を否定するのではなく、日本としてどこが譲れないのか、日本の大切にする理念は何であるのかを、明確にする必要があります。

日本は「法の支配」を重視していますから、国際的に取り決めたこと、中国と日本の間で協議した内容をしっかり遵守して欲しいと強調する。その中で、軍事的に衝突している(軍事的領域で利害や思惑が衝突している)部分をどう解決するかを協議するのです。そのためには、地道に対話できる人たちとのチャネルをつくることが重要です。両国の経済活動を深化させるためにも、長い目で見れば、人権、民主主義、自由が重要で、これらは「法の支配」と密接に関わっていると、地道に外交を通して伝えていくべきでしょう。


(脱稿日:11月8日)