研究レポート

習近平政権下における「安全」の確保と重視される政法組織

2023-02-28
内藤寛子(アジア経済研究所研究員)
  • twitter
  • Facebook

「中国」研究会 FY2022-3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

「安全」をどのように確保するのか?

10月16-22日にかけて中国共産党第20期全国代表大会(第20回党大会)が開催された。党大会は、5年に一度開催され、過去5年間の活動状況を報告するとともに、これからの政策について議論し、今後5年の施政方針を決定する重要な政治イベントである。第3期習近平政権が確実視されるなかで行われた第20回党大会では、習近平が2期目をどのように総括し、そして今後どのような政治運営を目指しているのかが注目された。

習近平が行った報告の特徴は、「改革開放」志向の低下と国内外の「安全」の重視とまとめることができる。経済成長を最優先課題とする「改革開放」は、これまで中国共産党の正統性の源泉とされてきた。しかし、第20回党大会の政治報告を前回大会と比較すると、「安全」や「強国」といった用語への言及が増える一方で、「改革」への言及は大きく減少した1。習近平は報告のなかで「改革開放と社会主義現代化建設が大きな成功を収めた」とその成果に言及する一方で、今後の目標としては、長期にわたって蓄積された問題を指摘し、その解決が急務であることを主張した2。そして問題として取り上げられたものの一つが、安全保障上のリスクの増大である。「平安中国」を建設するためには、国家の安全保障と社会の安定維持の基盤を整備する必要があると論じた3

習近平政権が追求する「安全」は、2014年4月15日に開催された中央国家安全委員会第1回会議において提起された「総体国家安全観」に基づいている。この概念は、伝統的安全保障と非伝統的安全保障を包摂するだけでなく、対外関係としての安全保障のみならず国内社会の安定を維持することも同時に重視している点が興味深い。「安全」の重視という傾向がみられた第20回党大会の報告に基づけば、第3期目習近平政権は、国内外のあらゆる問題を「安全」に関わる問題に紐づけることで最優先課題に位置付け、その解決の権限を党中央に集権化させると予想する。本レポートは、第20回党大会前の国家安全や政法関連の組織における人事を頼りに、習近平政権がどのようにそのような組織との緊密性を高めてきたのかを議論する。国家安全や政法といった組織に対する直接的な指導を確実にすることが、第3期目習近平政権にとって国内外の「安全」を確保するひとつの手段となっている。

国家安全や政法組織を重視する習近平

習近平政権は、政権発足から一貫して政法組織に多くの予算を割き、社会秩序の維持に注力してきた。社会秩序の維持に努める中心的な組織のひとつが公安部である。過去の政法委員会4書記および副書記の経歴からもわかるように、政法委員会における公安部の権力は非常に強い5。習近平政権が社会秩序の維持という国内の「安全」を確保するためには、公安部に対する指導を確実にすることが必要であった。

2020年以降、公安部関連の幹部に対する汚職の摘発が相次いだ。公安部はこれまで周永康や孟建柱など、江沢民を中心とする上海閥とのつながりが深いとされてきた。一連の汚職摘発は、上海閥の一掃と公安部に対する習近平の地盤固めであったとの見方がなされている。汚職をめぐる思惑については、推察の域を出ないが、公安部関係者は上海閥とのつながりが深いということ、その公安部関係者の汚職摘発が相次いだということ、そしてそのポストの後任に習近平に近しい人物が起用されていることは確認できる。

公安部副部長を務めた孫力軍は、2020年4月19日に重大な規律違反と法律違反の疑いで調査されていると中央規律検査委員会および国家監察委員会が発表した。孫力軍は、上海市中国共産党委員会副書記と公安部部長を歴任した孟建柱の直属の部下であったことから、上海閥との関係が深い人物であったと推察されている。また、孫力軍が汚職の疑いで調査されているとの発表があった同日に開催された公安部党委員会会議において、当時の公安部部長であった趙克志は「孫力軍はこれまで粛清されてきた周永康、孟宏偉らといった毒を流す人間と同列で、多くの方面に悪影響を与えてきた」と指摘した6。孫力軍と周永康とのつながりも暗に示されていることがわかる。その後、孫力軍には2022年9月23日に執行猶予2年の死刑判決が下された。

さらに、2020年6月14日には重慶市副市長であり同市公安部部長であった鄧恢林が、8月18日には上海市副市長であり同市公安部部長である龔道安が相次いで重大な規律違反と法律違反の疑いで調査されていると発表された。鄧恢林は孫力軍と関係が近いとされ,龔道安は孟建柱の側近であった。公安部および上海閥に関係している幹部の多くが立て続けに汚職で摘発されていることがわかる。

このような公安部幹部の汚職摘発が相次ぐなかで、2022年6月24日に王小洪が公安部部長に昇格した。王小洪は、1993年に福建省福州市公安部副部長に昇格し、当時福州市党委書記であった習近平の腹心であったとされている。また、公安部副部長および司法部部長を歴任していた傅政華は2020年4月29日に職を解かれ7、その代わりに遼寧省長であった唐一軍が司法部部長に任命された。唐一軍は習近平の浙江省時代の部下であった。さらに、2022年10月30日には陳一新が国家安全部部長に就任した。この人物も習近平が浙江省党委書記を務めていた際に省党委副秘書長であり、習近平に近しい人物とされている。政法委員会書記には陳一新の前任者である陳文清が任命された。政法委員会の成員は、公安や司法、検察、国家安全などの組織の長によって構成されており、そのうちのいくつかの組織の長に自身の腹心を据えたということは、政法委員会が主管する政法組織に対して、習近平の指導を確実にすることを意味するだろう。そしてこのような人材登用は、習近平政権下において国内外の「安全」の確保がとりわけ重視されていることを示している。

3期目習近平政権の行方

それでは、政法組織に対する習近平の指導を確実にすることは何を意味するのだろうか。政法組織といった権力の要職に忠誠者を配置することや、治安部門を掌握することは、政治指導者による個人支配の兆候に合致する8。治安部門を掌握することは、社会への統制を強めることだけでなく、体制内エリートの反発を抑えることを可能にするからである。このことから、習近平による政法組織への注力や人事権の掌握とみられる傾向は、個人支配への移行を示す手がかりの一つとする見方も多い。

そのような見方を完全に否定することは難しいものの、個人支配への移行の始まりと結論付けることには慎重にならなければならない。習近平政権下において「安全」を重視し、政法組織に自身の腹心を据えるといった政法委員会に対する指導を強化したのは、胡錦濤政権期に社会秩序の不安定性が表面化したことが背景としてあるからだ。また、役職の任命や汚職による解雇は一人の政治指導者で決定されるわけではない。習近平の影響力が他の政治エリートと比して大きいと見える人事結果についても、体制内エリートの同意のもと実現することができる。個人支配は、政治指導者が少数の支援者に対し、クライエンテリズムに基づいてリソースを配分することで汚職の蔓延を引き起こすとされている。また、政治指導者の行動に対する制度的な制約が少ないことから、政治指導者による権力の乱用が起こる9。しかし、習近平は制度に基づく政治運営に取り組んでおり、その制度は体制内エリートとともに考案され、受け入れられた制約でもある10。このような制度が、習近平個人の意思によって変更されるという動きは、これまでのところない。ただこれは、習近平の野心や個人支配への移行の可能性を否定するものでもない。第3期目習近平政権が重視する国内外の「安全」を確保するためにどのような意思決定を行うのか、その際に政法委員会はどのような役割を担うのかを観察し、慎重に判断していかなければならない。




本稿は、内藤寛子、山口真美「新型コロナウイルス対応と長期政権を目指す習近平」動向年報2021年度、<https://www.jstage.jst.go.jp/article/asiadoukou/2022/0/2022_97/_html/-char/ja>2022年5月、2023年2月18日アクセス、および内藤寛子「(2022年中国共産党第20回党大会)第1回 第20回党大会の注目点」IDEスクエア、<https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Eyes/2022/ISQ202220_031.html>2022年9月、2023年2月18日アクセス、を基に大幅な加筆修正を加えたものである。


1 鈴木隆「(2022年中国共産党第20回党大会)第3回 権力の伝統に回帰する中国政治――第20回党大会の成果と第3期習近平政権の展望」IDEスクエア、 2022年12月<https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Eyes/2022/ISQ202220_038.html>2023年2月14日アクセス。

2 習近平「中国の特色ある社会主義の偉大な旗印を高く掲げ社会主義現代化国家を全面的に建設するために団結奮闘しよう」新華社網、2022年10月28日<https://jp.news.cn/20221028/7d7768e4a1b34579b9b49d0bcad9ec14/202210287d7768e4a1b34579b9b49d0bcad9ec14_zhongguogongchandangdi%EF%BC%92%EF%BC%90huidangdahuibaogaoquanwen.pdf>2023年2月14日アクセス。

3 同上。

4 政法委員会は、公安、司法、検察、国家安全などといった政法組織の長によって構成されており、各政法組織や地方の政法組織に対して指導を行う中国共産党中央の直属機関である。

5 周永康、孟建柱、郭声琨、趙克志など、2002年以降の政法委員会副書記あるいは書記、もしくはどちらとも公安部歴任者あるいは兼任者である。

6 「孫力軍:中国公安部副部長突然落馬、曽前往武漢督導抗疫」、BBC News 中文、2020年4月20日<https://www.bbc.com/zhongwen/simp/chinese-news-52349167>、2023年2月15日アクセス。

7 2021年10月2日に中央規律検査委員会は重大な規律違反および違反行為の疑いがあるとして傅政華を調査していると発表し、翌年9月22日には執行猶予2年の死刑判決が言い渡された。

8 その他、フランツは政治指導者の個人支配の兆候として、政治指導者の取り巻きが小さくなること、有力ポストへ身内を昇進させること、新しい政党や運動を創設すること、重要な事柄を決定する手段として国民投票を使用することなどをあげている。詳しくは、エリカ・フランツ(上谷直克他訳)『権威主義―独裁政治の歴史と変貌―』(白水社、2021年)、68-69頁。

9 同上、73頁。

10 加茂具樹「内外の情勢変化、集権化促す」『日経新聞』2022年11月9日付。