研究レポート

ネットワーク構造から考える経済安全保障

2024-03-26
猪俣哲史(日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員)
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「国家間競争時代の経済安全保障と日本外交」研究会 FY2023-5号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

グローバル・バリューチェーン(GVC)研究はここ10数年間で飛躍的な発展を遂げたが、その背景には、産業革命以降続く世界経済のダイナミックな変化、すなわち国際生産分業への流れ、といったものがある。約200年前、かつてリカードが国際貿易論の基礎となるものを構築した19世紀当時、各国は自国で生産を全うできる製品のみを輸出していた。イギリスで作られる蒸気エンジンは、それこそ車輪の鉄材からボイラー圧力計に至るまで、あらゆる部品・付属品もイギリス製であることが当たり前であった。

ところが近年に至り、輸送技術や情報通信技術の進歩、そして自由貿易を支える様々な制度の発展により生産システムは大きな変容を遂げる。たとえばシャツの生産において、ミラノのデザイナーがデザインを手がけ、それをもとにロンドンの職人が型紙を起こし、最後にダッカの工場で大量生産される、というように、サプライチェーンは生産工程ごとに細かく切り分けられ、各工程は、その業務が最も効率よく行われる国へと移転されるようになった。

ここで、このような国境を越えた生産分業についてその構造に目を向けると、資産や雇用機会、テクノロジーといった<経済的価値>の分配をめぐる国際的なパワーゲームが見えてくる。なぜなら生産分業構造は企業の力関係を反映しており、また、究極的にはこの力関係こそが、ゲームにおける価値配分の大きさと方向性を決めるからである。たとえば、汎用品の組立加工より、高付加価値製品の研究開発やマネジメントといった役割にある企業の方が、生産システムに対する影響力は遙かに大きいと考えられる。

このようにGVCはもともと経済的概念であり、もっぱら政治とは切り離されたところで発展を続けてきた。学問的にも多国籍企業を主たる分析対象とし、国際生産ネットワークの統治形態に主眼が置かれている。

ではなぜ近年、GVCが国家安全保障の枠組みの中で語られるようになったのか。それはGVCが、国家間のパワーバランスを動かす戦略次元の一つを構成するようになったからだ。その背景には、貿易問題の域を超えた米中対立の激化と「相互依存の武器化」がある。

政治学者のヘンリー・ファレルとアブラハム・ニューマンは、経済制裁の効力を決める要因として、制裁発動国が国際ネットワークの中でどれほど中心的な位置を占めているか、という点に着目した(Farrell and Newman, 2019)。ネットワーク理論の「ネットワーク中心性」という概念は、ネットワークの特定要素がネットワーク全体に対して及ぼす影響の度合いを示している。様々な数学的定義があるが、なかでも彼らは「次数中心性(degree centrality)」と呼ばれる類型を参照した。これは、ネットワークの或る要素に連結している他の要素の数をもって、その要素の中心性を計る手法である。いわば、その要素がネットワークの中でどれほどハブ的な存在であるか、ということを示している。

経済ネットワークで見れば、取引を通してより多くの経済主体と繋がっている企業(あるいはそれが属する国家)ほど、システム全体に対する影響力は大きくなる。このことから、ファレルとニューマンは、ネットワーク・ハブを物理的もしくは法的な支配下に置くことがパワーの源泉になり、その中心性が他の構成要素との関係で非対称的であるほど、政策のレバレッジが高まると考えた。

すると、そもそも経済安全保障の問題は、サプライチェーンの中枢機能をいかに支配するか、というGVC研究の基本命題に帰することになる。それはたとえば、半導体をめぐる国家間攻防にもはっきりと見て取ることができよう。

このように、経済安全保障におけるパワー分布を考えるうえで、国際生産ネットワークや国際金融ネットワークの構造分析は非常に有用だ。そこで、以下で紹介する実証モデルは、特定の国・地域に対するサプライチェーンの地理的集中リスクを計測する。国際生産分業の効率的な編成が突き詰められた結果、生産拠点が一部の地域へ極度に集中するような状況が生み出された。東日本大震災やタイの洪水、リーマン・ショック、サイバー攻撃など、モノの流れ、カネの流れ、情報の流れがネットワークの一点に集中し、そこが「急所=choke point」となって大きな被害へと繋がった事例がいくつも思い起こされよう。

一般的にリスク評価には二つの軸があると考えられる。一つは、対象から受ける影響の「量(volume)」という側面、もう一つはその「頻度(frequency)」という側面である。たとえば、家族がウィルスに感染するリスクについて考えてみると、家族全員で危険地域へ行けば当然感染リスクは高くなるが、いっぽう、たとえ一人だけしか行かなかったとしても、その一人が何回もそこへ足を運べばやはり感染リスクは高くなる。

そこで、本研究でもサプライチェーンの地理的集中リスクを、これら二つの側面から分析する。すなわち、「ある最終製品が特定国を源泉とする付加価値を大量に含んでいる(量ベース集中リスク)」、あるいは、「その製品のサプライチェーン上に特定国の産業部門が頻繁に登場する(頻度ベース集中リスク)」、といった場合、そのサプライチェーンはこの特定の国に大きく依存し、またそのカントリー・リスクに晒されていると考えることができる。

図1は、米国と中国の産業について、互いに自国サプライチェーンの相手国に対する地理的集中度を量と頻度の2軸で捕捉している。数字は産業コードで、米中各産業のサプライチェーンに対応している(表1)。

図1:米中サプライチェーンの相互リスクポジション:1995年、2020年

出所:猪俣(2023).

横軸は、米国と中国がそれぞれ各製品の付加価値源泉として占めるシェア、縦軸は生産システムの中でサプライチェーンが相手国の産業を通過する頻度を示している。したがって、マーカーが上方右側にあるほど、サプライチェーンの相手国に対する地理的集中度・依存度が高いことを表している。

1995年の時点において、米国サプライチェーンの中国に対する集中は「衣料・皮革製品」においてのみ見られていた。しかし、2020年までに米国の全産業で中国への集中が強まったいっぽうで、中国の対米依存には大きな変化がなく、むしろ縮小の傾向にある。この期間において、米国の中国に対する一方的な依存関係が生じ、深まっていったことが伺える。ことにそれは、「自動車」や「コンピュータ・電子機器」といった中核的・戦略的産業において顕著で、また、サービス産業のなかでも「通信サービス」などの基幹産業が中国のカントリー・リスクに晒されていることが分かる。

また、米国の「コンピュータ・電子機器」部門のサプライチェーンは興味深い立ち位置にある。その中国に対する低い付加価値依存は、単純に、米国の巨大な経済規模を反映していると考えられる。その一方、縦軸方向、サプライチェーンが中国の国内生産システムを経由する頻度の高さは、中国における不測の事態に晒される確率の高さを示しており、米国サプライチェーンの脆弱性が表れている。

一般的に、量ベースと頻度ベースの集中リスクは正の相関にあるが、この米国のICT関連製品の事例を考えると、量的な側面だけでなく、頻度という視点からも見ないと全体のリスクを過小評価することになりかねないということが理解できる。

この頻度によるサプライチェーン集中度という考え方、現在の貿易管理の問題に対して重要な示唆を与えている。たとえば、米国の輸出管理ルールの域外適用を考えよう。

この施策は、米国国外の事業所(米国企業のものであるか否かに拘わらず)が、いわゆる「安全保障上の懸念国」の経済主体と取引を行おうとする場合、ある一定の条件のもと、米国の政策当局(商務省)に対して輸出許可を申請することを求めるものだ。一般的にこの申請は取引額の多寡に拘わらず、都度、行う必要があり(少額特例を除く)、サプライチェーンを国際展開する多国籍企業にとっては、まさに懸念国企業との取引「頻度」が重要となってくる。審査にかかる時間や事務手続きコストの問題もさながら、もし、許可が下りなかった場合、生産計画そのものを見直さなくてはならない。

米国輸出管理の域外適用は、いわば、サプライチェーンの随所に米国産の地雷が埋め込まれているようなものであるが、頻度ベースの集中度指標を用いれば、こういった問題を構造的にとらえることができる。ことにICT関連製品のように複雑な国際分業システムを持つ産業の分析には非常に有用である。

最後に、本アプローチの限界について触れる。

まず、指標の計測には国際産業連関表というマクロデータを使うので、分析に用いる部門分類が非常に粗いという問題がある。たとえば現在、政策的な関心が高い半導体については、「コンピュータ・電子機器」という大分類に含められており、汎用ラップトップPCと同列に扱うことになってしまう。「ロシアの石油・天然ガス」や「ウクライナの穀物」に対する依存度、という程度の粗さであれば対応可能だが、「台湾の半導体」については正確な分析は難しい。

さらに、より重要な問題として、分析データには製品の代替可能性に関する情報が含まれていないことがある。サプライチェーンの脆弱性を考える場合、使用している部材がどれほど取り換えのきくものであるか、ということは非常に重要なポイントである。

この部門分類の問題、そして代替可能性の問題は、現在、データの拡充によって対応を進めているところである。今後の展開を期待したい。

付記:本レポートは近著(猪俣、2023年)から内容を抜粋、再構成したものである。文章や図表の転記にあたっては、版元である日経BP社に感謝する。

<参考文献>

猪俣哲史『グローバル・バリューチェーンの地政学』、日本経済新聞出版、2023年.

Farrell, Henry and Abraham L. Newman (2019), "Weaponized Interdependence: How Global Economic Networks Shape State Coercion", International Security 44 (1): 42-79.

表1:OECD国際産業連関表 産業部門分類(45部門)

出所:OECD.stat