研究レポート

28億人の食糧問題――中国・アフリカ関係と農業協力

2022-03-28
井堂有子(日本国際問題研究所研究員)
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「中東・アフリカ」研究会 FY2021-12号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに1

現在の国際食糧システムの脆弱性の一つとして、特に主要穀物(小麦やとうもろこし、米)と大豆等の食糧供給源が米国やカナダ、中南米、オーストラリア、ロシア、ウクライナ、インド等に限られているにもかかわらず、輸入側の国内生産がそれぞれの人口増加と食生活の変化に対応できていないという構造的課題がある。物流がスムーズで価格と供給が安定している平時には問題視されないが、人口増加と高い食糧輸入依存という構造を抱えた国は食糧安全保障上のリスクが高い。有事には輸出制限や物流断絶が発生し、資金があっても食糧を買えない事態が発生しうるためである。2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降の国際食糧市場での動向は、食糧自給率の低い日本にとっても他人事ではない。

他方、近年主要穀物を中心に国際市場で買い溜めをしていると批判される中国と、100万人ともいわれる中国からの移民を受け入れ「第二の中国大陸」とまで呼ばれるようになったアフリカ諸国は、いずれも人口増加が続く一方で食糧輸入に依存する状況にある。世界銀行によると、2020年時点での中国とアフリカ諸国の人口はそれぞれ約14億人ずつと推定され、両者を合わせると約77億人に到達する世界人口の35%程度を占める2

こうした状況を射程に置きつつ、本稿では、中国とアフリカ諸国の特に農業協力に着目する。中国とアフリカ諸国は援助と投資、経済分野での協力を中心に関係を強化してきた。特に農業協力は両大陸の食糧問題に直結する分野であり、昨年11月末の「中国・アフリカ協力フォーラム(Forum on China-Africa Cooperation、以下FOCAC)」でも注目された。両大陸は農業協力を通じて食糧問題にどのように対応しようとしているのか、またそれは日本を含む国際社会全体にどのような含意を持ちうるのだろうか、について考察する。

「中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)」と中国の圧倒的存在感

アフリカ大陸には54か国が存在し、現在の約14億の人口は2050年には25億人(世界人口の4分の1)に達するとされ、ポスト中国時代にはインドと共に「アフリカの時代」の到来を予想する声もある。原油や金、銅、ダイヤモンド、コバルト、ウラン等、豊富な資源を背景とした紛争と貧困の歴史から「資源の呪い」とも評されたが、各国の企業進出は続いてきた。1993年に開始された日本の「アフリカ開発に関する東京国際会議(TICAD)」は第8回が2022年8月末にチュニジアで開催予定であるが、2000 年以降、各国が首脳会談を定例化させる等、対アフリカ協力は活発化してきた。

中でも、2000 年より3年毎に開催されてきた「FOCAC」は際立っている。2021 年11 月末にセネガルで開催された「FOCAC 8(第8 回閣僚会合)」にはアフリカ53カ国(台湾と国交を結ぶエスワティニを除く)の外交・経済・財務大臣、アフリカ連合(AU)、中国の王毅外務部長が参加し、アフリカへの10 億回分のワクチン提供や1,500 名の医療従事者の派遣、400 億米ドル相当3の支援を含む「中国・アフリカ協力ビジョン2035」が発表された。同ビジョンには、9 プログラム(医療・健康、貧困削減、貿易促進、投資促進、デジタルイノベーション、緑地化・環境保護・気候変動、能力開発、文化・人的交流、平和・安全保障)が盛り込まれ、さらに「ダカール宣言」、「ダカール行動計画(2022-24)」、「中国・アフリカ気候変動対策協力宣言」も採択された。コミットされた領域は極めて包括的であった。

中国のアフリカでの活動は、債務問題や孔子学院をめぐる摩擦、現地の労働や環境問題等、多くの課題を生み出したと批判されてきた。他方、「一帯一路」とともに、FOCAC に収斂されてきた多様な活動──経済特区や中国・アフリカ発展基金の設立等を通じた貿易・投資促進、鉄道等のインフラ建設、鉱物資源開発、金融・貸付、科学技術開発、商業、農業分野の活動、移民・出稼ぎ労働者の存在──は、中国の圧倒的存在感をアフリカ全土に定着させてきた4。米国との比較でも、2008年を境に中国の対アフリカ貿易量が米国のそれを大幅に追い抜いており(例えば2020年の対アフリカ貿易額は、中国が1752億ドル、米国は473億ドル)、アフリカは中国の独壇場である。

アフリカの対中貿易赤字と「グリーン・レーン」

中国とアフリカ間の貿易は2000年以降急増してきたが、2012年以降中国の輸出超過が続き、アフリカ諸国の対中貿易赤字が課題となってきた。この是正のため、「中国・アフリカ協力ビジョン2035」では貿易促進策としてアフリカの対中農産物輸出用「グリーン・レーン(green lanes)」開設が掲げられた。検査・検疫手続きの加速化、中国と外交関係にある後発開発途上国(LCDs)への非関税対象品目の増大、貿易融資の倍増(50億米ドル→100 億米ドル)、中国でのアフリカ貿易・経済協力推進区と工業団地の設置を通じ、今後3 年で農産品を含む対中輸出を現在の約2倍弱の3,000 億米ドルに増加させるという。さらに、アフリカの連結性強化プロジェクト実施、「アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)」事務局支援、経済協力専門家チームの派遣等も掲げており、同ビジョンの他アジェンダ(貧困削減・農業開発、投資促進、デジタル革新、グリーン開発等)とも連携していると考えられる。

国連貿易開発会議によると、アフリカで工業製品を主要輸出品目としているのはエジプト、チュニジア、モロッコのみである(UNCTAD 2021)。アルジェリアやリビア、南スーダン、チャド、ナイジェリア、カメルーンは原油等の燃料品、アフリカ南部は鉱石・金属・貴石・非貨幣用金を主要輸出品目とし、食料品を主に輸出しているのは、全54 カ国中、スーダンやエチオピア、ケニア、ソマリア、ニジェール、マダガスカル、セネガル、コートジボワールと限られる。工業製品とともに穀物やその他食料品を輸出できる米国や欧米諸国と異なり、東アジア諸国とアフリカ諸国はともに穀物を輸入する側にあるが、東アジア諸国は工業製品を輸出して穀物を輸入し、アフリカ諸国は鉱物資源を輸出し穀物を輸入する構造が続く。こうした状況で、多くのアフリカ政府にとって、農業生産の増大は、自国の食糧自給率の向上とともに、農産品輸出の増加という重要な経済戦略の意味がある。

中国・アフリカ農業協力

2000 年の第1 回FOCAC で「中国・アフリカ農業協力業務計画」が発表されて以降、農業は食糧安全保障や貧困削減、経済発展の基盤分野として、他のインフラや貿易・投資、産業化・金融、環境・気候変動、人材育成、科学・文化交流と並ぶ重点分野の一つである。

古くは1959 年の対ギニア食糧支援に遡るが、中国はアフリカの農業分野で長年積極的に活動してきた。大きくは、①第1 期(1960-82 年:タンザニア国営大規模農場支援から食料不安解消・自足を促す小農支援へ)、②第2 期(1982-95 年:農業援助の技術・経済的側面の重視、援助・南南協力・投資の境の曖昧化)、③第3 期(1995 年以降現在まで:Going Global)に区分される5。中国の経済発展は農業を基盤としており、技術改善や伝統的な労働集約型農耕スタイルと高い生産性、政策・財政管理能力のある中央集権国家、FDI(海外直接投資)導入による段階的な市場システムの強化等の経験を踏まえ、OECD 諸国の伝統的な開発援助ではなく、自らの発展モデルをアフリカ諸国に広めようとしてきた、とされる。

中国の対アフリカ農業協力は、各地の経済特区や農業技術デモンストレーション・センター(The Agriculture Technology Demonstration Center、以下ATDC)を中心に展開してきた。ATDC は2006 年の第3 回FOCAC(北京サミット)で提案され、まず10カ所開設された。その後増加し、2016 年には14 カ所(ベニン、カメルーン、コンゴ共和国、エチオピア、リベリア、モザンビーク、ルワンダ、南アフリカ、スーダン、タンザニア、トーゴ、ウガンダ、ザンビア、ジンバブエ) が現地政府に引き渡された。さらにアンゴラ等9 カ所のATDC 設立が準備されている模様である。ATDC の面積は1ヘクタール(1 万平方キロメートル)未満から120 ヘクタールと幅があり、カメルーンのATDC(100 ヘクタール)のように東京ディズニーランド2 つ分とほぼ同じ面積のところもある。

援助と投資を組み合わせたATDC は、農業技術移転、ビジネス展開、持続可能性の3 点を掲げ、栽培試験場、農業技術普及所、専門家派遣等の援助方式を導入してきた。協力分野は、穀物(小麦、コメ、メイズ、キャッサバ等)や野菜・綿花・生花栽培、家畜飼育、淡水養殖、蚕事業、食品加工、農業機械化、水利・灌漑等、多岐にわたる。

北京に加え、湖南省や山西省、海南省、広西チワン族自治区等のアグリビジネス企業、高等研究機関等が参加しており、農業協力を通じて、中国各地からアフリカ各地への人・資金・技術移転の大きな流れが確立してきた。「開発投資としての援助」をベースにした経済・投資活動が実施されてきたことが窺える。

「アフリカは中国を養うのか」

中国の対アフリカ農業協力は、具体的で目に見える活動として現地政府等から高く評価されてきたが、同時に国際社会の懸念も巻き起こしてきた。1994 年のレスター・ブラウン氏による『誰が中国を養うのか』は世界的関心を喚起し、中国政府や内外研究者、市民社会からもさまざまな指摘・批判が提示され、この議論はいまも継続していると考えられる。

特に、2007-2008 年の世界食糧危機で食糧価格が高騰した際、中国に対する「アフリカ大規模農地買い占め」「土地収奪」という批判が高まったが、ジョンズ・ホプキンス大学のデボラ・ブロイティガム教授等は「エビデンスが不十分である」と反論してきた。2013 年の論考では、ジンバブエ、モザンビーク、コンゴ民主共和国の3 事例を取り上げ、中国の農地取得は発表・報道よりも実態として少ない、と指摘した。アフリカの対中輸出の中心は鉱物資源であり、中国の技術協力による農産品の多くは現地消費や近隣諸国への輸出にあてられており、中国が輸入しているのは食糧品そのものよりもタバコ、あるいは胡麻等であり、アフリカの「未耕作地」を中心としたポテンシャルを考慮すれば、「アフリカは中国を養うことができるだろう」とも述べている。

こうした議論を振り返ると、最近のFOCAC で打ち出された、中国向けアフリカ農産物輸出を増大させるための「グリーン・レーン」の設立は、先のレスター・ブラウン氏の問題提起に対する中国とアフリカからの30 年後の回答のようにも思える。

アフリカ農業の可能性と「未耕作地」

2019 年のマッキンゼー調査によると、サブ・サハラの人口の60% が小農であり、農業はサブ・サハラのGDPの23% に貢献するが、アフリカの農業はいまだ十分に発展し切れていない。もっと土地を開拓・改良し、競争力と農民の生産性を高め、十分な投資を導入すれば、アフリカは現在の世界の穀物生産量(26 億トン)の20% を増産できる、という。

こうしたアフリカ農業のポテンシャルに対する期待は、アフリカ政府関係者が共有するところである。他方、中国駐在アフリカ大使等による中国・アフリカ政府双方への政策提言(2021年)には、「未耕作地の開拓による農業生産の増大ではなく、既存の耕作地での生産性の向上を通じた農業生産の増大」が要望されている。アフリカの農地は「最後のフロンティア」とも評されてきたが、インフラ投資や現地に見合った技術導入を通じた「生産性の向上」にはだれも異論はないとしても、「未耕作地」に対しては見解・認識に違いがある。

これまでの長きにわたる中国のアフリカ農業協力は、開発援助と投資の境界線を行き来しつつ、両大陸をつないできた。FOCAC 8 で打ち出された「グリーン・レーン」はこの実績を踏まえた政策であり、今後の進展が注目される。

他方、さまざまな反証にみられるように、中国への批判が過度であったとしても、他の諸国による大規模農地購入やランドグラブの課題は現実問題として存在してきた。今後アフリカ地域での人口増加が予測される中、特に食糧資源をめぐっては、世界の食糧輸入において東アジアとアフリカ地域とのあいだで競合の可能性も指摘されている。

中国とアフリカ諸国間でのこれまでの農業協力の基盤の上に「グリーン・レーン」が設置され、14 億人のアフリカ大陸から14億人の中国へと農産物輸出が増加すれば、「ウィン・ウィン」な関係が構築できるのか。日本を含む東アジアにとっても大切な問題である。

(脱稿日:2022年3月22日)




1 本稿は、令和3年度『米中関係を超えて―自由で開かれた地域秩序の構築の『基軸国家日本』のインド太平洋戦略(中東・アフリカ)』所収「第12章 深まる中国・アフリカ関係──FOCAC8と農業協力を中心に」(日本国際問題研究所、2022年3月、147-159頁)を元に、加筆修正を加えコンパクト化したものである。

2 World Bank Dataによると、2020年時点の世界人口は77億6,162万人、中国(本土、香港、マカオ含む)は14億1,906万人、インドは13億8,000万人、アフリカは13億3,782万人であった。中国・インド・アフリカの人口だけで世界人口の約53%を占める。

3 この400 億米ドルは、過去のFOCAC(2015 年、2018 年)でのプレッジ額600 億米ドルより減少したが、対アフリカ投資総額約400 億米ドルや世界の対アフリカ開発援助総額約500 億米ドル、TICAD 7の対アフリカ民間投資額200 億ドルと比較しても圧倒的に多い。

4 「一帯一路」構想のアフリカは、インド太平洋に面するケニア、紅海‐地中海への経路の「アフリカの角」地域、エジプト、スーダンのみであるが、FOCACはアフリカ全土に展開してきた。一帯一路とFOCACの関係について、北野尚宏「中国のアフリカ進出の現状と課題─中国・アフリカ協力フォーラ(FOCAC)を中心に」『国際問題』No.682、2019 年6 月(<https://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2010/2019-06_005.pdf?noprint>)を参照されたい。

5 元リベリア公共事業大臣のW. Guyde Moore 氏等の時代区分による。