研究レポート

中国の漁業改革の国際的影響

2021-03-31
益尾知佐子(九州大学准教授)
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「インド太平洋」研究会 第8号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに

2017年、中国では大規模な漁業改革が始まった。習近平は2012年に中国共産党総書記に就任したあと、「中華民族の復興」という目標を前面に押し出し、党の国内ガバナンスを強化しながら、環境保護、生態系の回復、貧困撲滅などに取り組んでいた。だが南シナ海「九段線」に関するフィリピンの訴えにより、常設仲裁裁判廷が2016年に下した判定の中では、中国がスプラトリー7礁を埋め立て、周辺海域の生態系を破壊していることが強く批判された。これ以降、中国漁業のあり方と関連状況は激変することになる。かつて漁業管理をほとんど放棄していた中国当局は、漁船の行動や漁業資源状態をデジタル管理し、自国漁業の持続可能性を対外アピールするようになった。

中国の海洋行動は周辺海域に多大な影響を与えてきたが、この漁業改革は地域の国際秩序にどのような影響を与えるのだろうか。本稿はその内容を概観し、国際的なインプリケーションを検討していきたい。

全国漁業発展第13期五カ年計画

2017年1月、農業部が前年大晦日の日付で出した「全国漁業発展第13次五カ年計画(2016-2020年)」が全国に通達された。その内容は海洋漁業の当事者にとって衝撃的なものだった。

まずこの五カ年計画は、2020年までに中国が主張する「管轄海域」での海洋漁獲生産量を、2015年の1315万トンから1000万トンに減産させる目標を定めた。さらに全国の海洋漁獲用機動漁船の数量と仕事率を、それぞれ2万隻、150万キロワット(kw)圧縮することも決めた。また漁獲圧力を減らすため、老朽船の廃棄・更新と漁労従事者の養殖業や海洋関連観光業などへの転職を進めるとした1

同月中、農業部はまた、「国内漁船の監督統制をさらに強化し、海洋漁業の資源総量管理を実施することに関する通知」を公開した。そこでは船舶と漁業管理に関して、各省・自治区が5年間で達成すべき厳格な削減目標が提示された。さらに、それをベースとした新たな漁業管理システムの概要が公表された。

この「通知」によって、まず漁船は船長によって3種類に区分されることになった。12メートル以内が小型、12メートルから24メートルが中型、24メートル以上が大型である。第二に、漁業五カ年計画が打ち出した減船・減産の二つの目標(「双控」と呼ばれる)を、沿海11省・自治区政府に1桁単位の数値で割り当てた。各政府がそれぞれ2020年までに削減すべき大中型・小型漁船の隻数と仕事率(kw)、さらには漁獲量が、年ごとの最低限の減少率目標とともに厳格に示された。環境負荷の大きい操業方式の船には許可を出さないことも決まった。

3点目として、漁船の操業・管理形態にも大きな変更があった。それまで漁船の操業ライセンスは地方政府の管理下にあった。しかしこれ以降、1955年に渤海・黄海・東シナ海に、1980年に南シナ海に設置された機船底曳網漁業禁止区域線(機輪拖網禁漁区線)を境界線として、その内側では小型船が、外側では大中型船が操業することになった(図4-1、4-2)2。さらに、小型船は地方政府に、大中型船は北京の農業部に操業を申請することになり、行政管理主体も変更された。この措置は実質的に、係争海域における操業漁船数を減らし、残った少数の大中型船の管理を中央に委ねる効果があった。加えて船舶の登録や操業内容に関するランセンス管理も厳格化された。

夏章英・顔雲榕編著『漁業管理』海洋出版社、2008年、90-91頁。

『漁政工作手冊』からの転載。

第4に、海洋漁獲高の減産に向けた新措置が打ち出された。まず、海域の休漁期間が延長された。次に、政府が海洋資源と産卵場に関する調査や監督観測を進め、魚種別漁獲量(TAC)規制実施に向けて準備を進めることになった。さらに政府の海洋行政促進のため、漁船と漁港の情報技術装備および管理システムを強化し、「北斗」ナビゲーション、船舶自動認識、衛星通信などの先端技術を用いて政府の管理能力を高め、政府が自国の海にかかる漁獲圧力をコントロールしていくことも決まった。「通知」は全体を通して、中国の漁業を厳格な秩序のもとに管理していく方向性を示した3

スマート漁業構築

漁業行政の制度改革と並行して、中国ではスマート漁業の構築も進められた。2018年4月には、『全国沿海漁港建設計画(2018-2025年)』が発表された。この計画は、漁港を海洋漁業発展の重要なインフラ設備とし、漁港を安全管制、漁船の出入港管理、船員のトレーニング、法執行など海洋総合管理のプラットフォームとして整備することで、漁港管理の情報化を進め、漁業の科学的管理レベルを向上させようとするものだった4

計画の技術的な目玉は、漁船の自動識別システムの導入である。漁港の出入り口などに自動認識装置をつけ、漁船の出入港手続きを完全に自動管理するのである。その導入により、政府は各漁船の寄港先を(基本的に)1ヶ所に限定し、母港でのみ水揚げを許可する方向性を打ち出した。中国では各漁船の漁獲内容や水揚高に関する統計の整備が遅れていたが、以後は漁港の各所にカメラや計量器が設置され、人やモノの動きを電子管理することになった。

ただし、中国共産党がスマート漁港の建設を進める目的は、港湾での漁船管理にとどまらない。漁業の情報化について、党は「トップレベルの設計、地方政府と省庁の協同、資源の一体化、情報共有(頂層設計、省部協同、資源整合、信息共亨)」という指示を出していた。そのため新システムは、中央から県レベルの地方政府までを一体的に結ぶ5。さらに、港で捕捉された情報は宇宙衛星システムの収集情報と合体され、党の管理下の海洋ビッグデータとして利用・管理されることになった。その鍵となるのが、中国版GPSともいわれる「北斗」衛星ナビゲーションシステム(BDS: BeiDou Satellite Navigation System)の技術である。

「北斗」衛星ナビゲーションシステムとの連携

2020年7月には「北斗」第三世代が完成し全世界で運用を始めた。「北斗」と漁業との関わりはかなり深い。GPSなどと比較したとき、「北斗」システムは衛星と最終端末の双方向の直接通信が可能で、その間に地上基地局を必要としないという特徴を持つ。つまり、「北斗」は地上局が設置しにくい海上や高地、極地などでの利用に極めて適している。加えて「北斗」は衛星と最終端末の間でメッセージや画像を送る機能も備えており、利用者間のリアルタイムのコミュニケーションを可能にする。

中国船舶監視システム(VMS: Vessel Monitoring System)の能力は、中国の技術力の向上と「北斗」の運用域の拡大によってすでに高度な領域に達している。2020年11月に中国農業農村部が初めて公表した「遠洋漁業コンプライアンス白書(履約白皮書)」によれば、その監視領域は南極海など、もはや全世界に及んでいる。多くの国のVMSは4時間に一度の頻度で自国船舶の所在地確認を行うが、全遠洋漁船に搭載された中国のVMS装置は毎時一回、当局に自動的に信号を発信する。同時に警告通報機能も備え、操業漁船の無許可海域への接近を防ぐ。各漁船の遠洋操業日誌の報告率は、2019年末には100%に達した。それだけ当局の監視力が強く、漁船が違反の指摘を恐れているということであろう6

このシステムは漁民側にも多くの恩恵をもたらす。中国VMSによって当局が各漁船の位置を的確に把握できるため、政府が漁船に支払う燃料補助金の手続きが迅速化された。また、中国は「北斗」以外にも多くのリモートセンシング衛星を飛ばし、海洋の温度や波の高さ、二酸化炭素濃度、各種電磁波の量などさまざまなデータを採集している。これらのデータを、各漁港で捕捉された魚種ごとの漁獲量データ、各漁船の航行データと結びつけてAI分析することで、中国は地球上の各海域の状況やそこに住む生物資源の状態などを把握し、好漁場予測などを立てられるようになっているという。すなわち、地球の各海域に分散した中国の各漁船は、衛星を介して国内のサービスセンターと常に結ばれている。そして海上にいながら気象、海況、市場動向、当局の政策、好漁場などの情報がいつでも得られ、海難事故が起きれば当局にすぐ助けを請える7。またVMS端末をスマホとつなげば、いつでも陸上の家族や友人とチャットでき、衛星電話も格安でかけられる8

漁民へのサービス機能を強化した中国VMSは、いつしか漁民たちが「使いたい」と思うシステムに成長した。最初のうち「北斗」とGPSの両方を装備していた中国漁船は、「北斗」の精度がGPSを上回った現在、GPSをほとんど使わなくなったとされる。総合的な情報化を推進し、スマート漁業を構築して漁業と海洋の徹底的な管理体制を構築したいと考えていた中国当局の狙いは、見事に的中しつつある。

国際的なインプリケーション

以上で見たように、中国の漁業改革は「北斗」衛星などの先端技術を存分に活用した先駆的な内容となっている。中国でも漁業、特に天然資源の漁獲に頼る海洋での操業は斜陽産業であり、こうした分野にこれほどの国家資源を投入することは常識では考えにくい。だが、中国では海洋漁業は基本的に軍民融合の対象で、漁業を国家としてしっかりと統制・管理していくことが万一の場合の安全保障につながる、と考えられている。習近平が軍民融合を国家戦略に格上げしたのが2015年で、漁業改革の必要性はそのころには指摘されていた。2016年、そこに常設仲裁裁判廷の南シナ海判定が下ったことで、2017年以降の漁業改革は「漁業の持続可能性」をことさら強調した内容になったが、漁業を国家安全と結びつけて考える当初の発想は変わっていない。

中国が2021年1月に採択した中国海警法は、当局が今後どのように中国漁民を活用していこうとしているか示唆している。その第12条7項は中国海警局の任務として、「機船底曳網漁業禁止区域線の外側の海域と特定漁業資源漁場での漁業生産操業および海洋野生動物保護などの活動に対して監督検査を実施し、違法行為を捜索すること」を掲げる。つまりこの線外で操業する中国の中型船・大型船は、中国の「管轄海域」内であろうがその外の公海等であろうが、すべて中国海警局の監督下に置かれる。

第54条は個人財産の徴用についての規定である。「海警機構は海上権益擁護法執行工作のために、法律、法規、規章の規定に基づき、組織や個人の交通ツール、通信ツール、場所を優先的に使用したり徴用したりできる」。漁民や海運業が使用する各種ツールは、中国海警の徴用対象である。

第57条は情報化についてである。「海警機構は情報化建設を強化し、現代的な情報技術を運用し、法執行の公開を進め、人民の利便性を高めるサービス[原文:「便民服務」]を強化し、海上権益擁護法執行工作の効率を高めなければならない。海警機構は海上通報サービスプラットフォームを開通させ、人民群衆の通報や緊急要請を常時、受け付けられるようにしなければならない」。また58条は次のように定める。「海警機構は外交(外事)、公安、自然資源、生態環境、交通運輸、漁業漁政、応急管理、海関などに関するそれぞれの主管部門、および人民法院、人民検察院と軍隊の関連部門とともに、情報を共有し協力して働くための協働メカニズムを構築しなければならない」。これらの項目から、中国当局が相当戦略的に海洋に関する共通の情報基盤(「北斗」衛星を活用したVMSなど)の構築を進めており、またその一部を人民に開放して付帯サービスを加えることで、人民が進んで当局の情報基盤を利用したがるような体制を整備していることが窺える。まさに軍民融合の実践である。

こうした状況の創出は、近隣国にとって何を意味するのだろうか。まず、中国の漁業などの活動を、もはや純粋な民間活動とみなすのは現実にそぐわない。なぜなら習近平の漁業改革で、漁民の活動は当局の厳格な監視・管理を受けるようになったからである。

むしろ当局は漁民の行動を、高度な情報技術でかなり細かく制御できるようになってきた。VMSの燃料補助金支給機能を用いて、当局は漁民が報奨金などのインセンティブをつけて漁民に特定の行動をとるよう命じることができる。例えば日本海の大和堆では2020年に、それまで出漁していた北朝鮮漁船の姿がほぼ消え、中国漁船のべ4393隻が確認される事態となった9。中国はこの海域にいかなる漁業権も有しておらず、北朝鮮の漁業権の売買は国連制裁で禁じられている。中国で当局と漁船がすでに密接な連絡システムで結ばれていることを考えると、中国海警は意図あってその海域に自国漁師を投入しているはずだ。だが、当局が大和堆のイカ漁から得られる利益は小さいため、その主な狙いは、日本の海上保安庁の力を尖閣諸島周辺から分散させ、組織を消耗させるためではないか、と考えられる。中国が日本は排他的経済水域を設定できないと主張している沖ノ鳥島周辺で、2020年中に自ら科学調査を展開し日本の主張を覆すような行動をとり始めたことも、今後中国が民間や文民の力を利用して自国の海洋権益の拡大を目指すのではという懸念を深める。

現在、中国の周辺地域で観察される現象は、中国の科学技術力の拡大とともに、いずれグローバルに展開されていく可能性を持つ。中国は、大洋、深海、極地、宇宙などでの権益確保に強い関心を示している。中国は2020年には、マリアナ海溝の水深10909メートルの地点まで有人潜水艇で潜ることに成功した。中国が「一帯一路」で提唱した海上シルクロードのうち、最も重視されているのはインド洋を通って中東に至るシーレーンである。中国は2010年ごろから援助プログラムの中で、アフリカ諸国の漁船に「北斗」の最終端末を無償で提供してきた。さらにはパキスタンやスリランカなどでも「北斗」の地上ステーションを建設しており、南アジアでの衛星監視能力を顕著に向上させている。中国が「北斗」によってさまざまな人民サービスを打ち出していけば、その低コストと相まって、「北斗」関連技術はこれらの国々で高く評価されていくだろう。だが同時に、2021年現在、私たちが日本海や西太平洋で目にするような中国の行動は、10年後にはインド洋やペルシャ湾でも観察されるようになるかもしれない。

米国の国際的なリーダーシップは、トランプ政権の下ですっかり衰退してしまった。新たに誕生したバイデン政権も、当面は国内の統一性の回復に尽力せざるを得ない。米国が迷走を続ける間に、中国はその関心が行き届かない東半球で急速に海洋の監視管理能力を強化しており、海洋覇権構築の基盤を固めようとしている。そうした懸念に対処するには、それ以外の国々が意識的に情報交換を行い、結束を強化していく必要があろう。




1 中華人民共和国農村農業部「農業部関于印発『全国漁業発展第十三個五年規画』的通知」2016年12月31日(http://www.moa.gov.cn/nybgb/2017/derq/201712/t20171227_6131208.htm)。

中国は自国が主張する領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)、大陸棚、南シナ海「九段線」内を合わせた約300万㎢を「管轄海域」と呼んでいる。

2 夏章英・顔雲榕編著『漁業管理』海洋出版社、2008年、88頁。

3 農業部漁業局「農業部関于進一步加強国内漁船管控 実施海洋漁業資源総量管理的通知」、中華人民共和国農業部、2017年1月。

4 「全国沿海漁港建設規画」2018年4月(https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/ghwb/201805/W020190905497956440170.pdf)。

5 農業部漁業漁政管理局主編『中国漁業年鑑 2017』中国農業出版社、2017年、34頁。

6 中華人民共和国農業農村部「中国遠洋漁業履約白皮書(2020)」、2020年11月。

7 中国衛星導航定位協会「北斗海洋漁業安全生産信息服務系統応用介紹」2014年5月19日(http://www.glac.org.cn/index.php?m=content&c=index&a=show&catid=13&id=516)。

8 有名なのが「北斗海聊」というアプリである。

9 水産庁「日本海大和堆周辺水域における外国等漁船への対応状況について(令和2年漁期)」、2021年1月29日(https://www.jfa.maff.go.jp/j/kanri/torishimari/attach/pdf/20210129.pdf)。