国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2020-17)
イランによる核活動加速に係る立法と米国新政権の出方

2020-12-11
秋山信将(一橋大学大学院教授/日本国際問題研究所客員研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

はじめに

2021年1月20日、米国の政権が交代する。これは米イラン関係に変化をもたらすものかもしれない。トランプ政権は、包括的共同行動計画(JCPOA)から離脱し、制裁を強化し、ソレイマニ司令官を殺害するなど、イランを挑発し続けた。一方でバイデン氏とその外交チームの主要メンバーはJCPOAへの回帰を主張する。

こうした中、イランの核開発の中心的な役割を担ってきたとされる核科学者モフセン・ファクリザデ氏が殺害された。これに対し、ロウハニ大統領は、「適切な」時期に報復すると述べ、また最高指導者ハメネイ師の顧問も、「決定的な」対応を取ると述べるなど、大きく反発した。この事案は、米国が直接関与したとはされていないものの、米国とイランのJCPOAをめぐる外交に大きな影を落とすことが懸念される。そしてその直後、イランの国会は、JCPOAの制限を大幅に超える核活動を進め、制裁解除を求める措置を取ることを政府に義務付ける法律を成立させた。米国は、イランの今後の出方を探り、硬軟いずれのシグナルも見落とさないよう、細心の注意を払いつつ、イランの核の脅威、地域の安全保障上の脅威削減のための外交的措置を取る必要があろう。

バイデン次期大統領や、バイデン氏が国務長官に指名するとしたトニー・ブリンケン氏、国家安全保障担当補佐官となるジェイク・サリバン氏ら外交チームの主要メンバーは、イラン側のJCPOA遵守などを条件に付けつつもJCPOAへの回帰を主張している。同時に、バイデン政権の外交チームは、イランに係る問題が核問題だけだとも、またJCPOAに米国が回帰すればイランに係る様々な問題が解決すると考えているわけではない(例えば、David E. Sanger, "Assassination in Iran Could Limit Biden's Options. Was That the Goal?" New York Times, Nov 28, 2020 に引用されたサリバンの発言など)。基本的には、米国がJCPOAに回帰することでイランの核開発をJCPOAの規定内に押しとどめつつ対話の環境を整備して、そのうえで核以外のミサイル問題や中東各地でのシーア派組織等の支援を通じた地域の不安定化、あるいは定められた期限を迎えるJCPOAの措置の取り扱いといった問題についてイランとの間で解決策を探っていくということなのだろう。

1.イランの核活動活発化と制裁緩和に関する立法措置

イランの国会は12月1日、JCPOAの制限を大幅に超える核活動を進めること、2月2日までに制裁解除に応じなければ、追加議定書(AP)の履行を停止するなどの措置を取ることを政府に義務付ける法律を成立させた。(Nasser Karimi, "Iran's parliament approves bill to stop nuclear inspection," Associated Press, December 1, 2020) この法律は、監督者評議会において直ちに承認され、発効した。

ペルシャ語のニュースサイトに記載されている法律の内容が、以下のツイートの英訳の通りだとすれば(https://twitter.com/AliVaez/status/1334282112200040448 以下のスレッド)、これが、単なるファクリザデ氏殺害への怒りに任せた対抗措置ではなく、今後の交渉のレバレッジの獲得という観点からも有用な、それなりに計算されたエスカレーションの措置であるように見える。この法律は、いくつかの措置を列挙しているがその中で特に重要だと考えられる、第一段階における濃縮度の上昇、新しい遠心分離機の設置、そして第二段階の制裁の緩和とAPの暫定(あるいはイランが述べるところの「自主」)適用の示唆に焦点を当てて分析を試みる。

(1)第一段階

まず前提として、イランは、政策目標としてJCPOAへの回帰を念頭に置きつつも、IAEA憲章および包括的保障措置協定を法的な不拡散義務の基準として対抗措置のエスカレーションを構想しているように見える。従って、同法律に規定された措置も、JCPOAによって定められた措置(濃縮レベルや貯蔵量)とIAEA憲章および包括的保障措置協定の間を泳ぐようなものとなっている。

法律は、ウランの20%濃縮を「直ちに」始め、毎月120キロの20%濃縮ウランを蓄積するとする。IAEAの規定上では20%未満を低濃縮と定義するが、従来の3.67~4.5%濃縮(なお、JCPOAの規定は3.67%であることに留意)からすれば、核兵器に使われる高濃縮(90%と仮定)までの工程期間がおよそ半分になることを意味する。20%濃縮ウラン120㎏からは、90%濃縮ウランが約27kgできる。これは、IAEAが定義するところの有意量(≒核兵器に必要な量)の25kgを上回る。つまり、イランは、兵器用濃度に達するまでの過程が短縮された、1個の核兵器に使用する量の濃縮ウランを毎月製造しつつづけることを意味する。これは、米国のJCPOA脱退に対抗する措置として、低濃縮ウランのストックパイルを増やし続けてきたことに上乗せされる、JCPOAの主たる意図であるイランの核武装(breakout) までの時間を稼ぐという点に対する大きな挑戦であるといえよう。これまでは、IAEA理事会に提出されている検証に関する報告書において(JCPOAの規定を上回って)濃縮度を4.5%に高めていることが報告されていた(IAEA, GOV/2020/51, November 11, 2020)が、ウランの濃縮度を20%にまで高めるという措置に関しては、言及されたことはあったが、JCPOA合意後は実施されてこなかった。しかし、今回は20%濃縮を直ちに実施するとしている。毎月核兵器一発分の20%濃縮ウランが蓄積されることになれば、兵器用の核分裂性物質の獲得という観点からは、核兵器保有までのリードタイムが短縮されると言える。

ただし、IAEAの保障措置下で行われている点を考えると、JCPOAには反するが、国際的な核不拡散義務の標準であるIAEA憲章および包括的保障措置協定に照らして違反(不遵守)行為であるとは言えない。他方、20%とはいえIAEAの分類では「低濃縮」に留まるという点は、引き続き核兵器保有まで一定程度の距離を維持することを示唆してもいる。ある意味では、JCPOAへの回帰の途を残しつつも、国際的な基準の枠内でbreakoutに向けてできる限りのところまでエスカレートさせるということであろう。

加えて、3か月以内に、既存のIR-1より高性能の遠心分離機IR-2mを1000基、IR-6を164基設置し、IR-6については1年以内に1000基を設置するとする。なおこれも、JCPOAに反する措置である。

IR-2mは、IR-1の4倍の能力(IR-1一基のSWU(Separating Work Unit, 濃縮役務単位)が0.9であるのに対し、IR-2mは3.7とされている)を持ち、IR-2m1000基で構成されるカスケードは、理論上、JCPOAで規定されたIR-15060基によるカスケードの下限4550SWUよりは多少劣るものの、かなりその濃縮能力に近いレベルにまで達し、さらにIR-6は、6.8SWUであるので、もし1000基でカスケードを構成するのであれば、IR-1、IR-2mのカスケードと合わせ現在の3倍の濃縮能力を持つことになる。

なお、新型の遠心分離機に関しては、11月18日にIAEAのグロッシー事務局長が、ナタンズにおいて高性能の遠心分離機を稼働させたことを明らかにしている。(IAEA, GOV/INF/2020/16, November 17, 2020, 「イランで高性能の遠心分離機が稼働 IAEAが指摘」、日本経済新聞、2020年11月19日

(2)第二段階

そして、第二段階が、バイデン政権立ち上げ直後(20日後)の2月2日に期限を設定した、APの暫定適用の取りやめと制裁の解除のディールだ。このあたりにイランの意図が透けて見える。濃縮活動の加速によってbreakoutまでのリードタイムを短縮しておき、もし、制裁を緩和しなければ、イランの核活動の検認が困難になるAPの適用を取りやめるとしている。現実的には、これまでのIAEAによる査察・保障措置活動の実績から、通常の包括的保障措置協定下の査察でもイランが核兵器開発に核物質を転用していないかどうか検認することは、少なくとも当面は可能だと思われる。しかし、APの暫定適用をやめた場合、イランはIAEAが求める、疑義ある施設に対するアクセスの要求を拒否できるようになる。これは、いわゆる「イスラエル文書」の論点である、「軍事的側面の可能性のある(Possible Military Dimension)」活動(IAEA, GOV/2011/65, November 8, 2011)、すなわち、過去の疑惑のある活動の解明に支障が出ることを示唆する。2020年8月26日にIAEAとイランの間で、2つのサイトへのアクセスに関し合意し、共同声明が出され(IAEA Press Release, "Joint Statement by the Director General of the IAEA and the Vice-President of the Islamic Republic of Iran and Head of the AEOI," August 26, 2020)、それに基づいたIAEAによるアクセスは9月に実施されたが、今後さらなるアクセスやデータの提供等が求められた場合、APの暫定適用がイラン側により停止もしくは終了が宣言された場合、この8月の合意が反古にされることになりえる。言うまでもなくAP適用停止以降は、それ以外の疑問点の解明が困難となり、また、イランによる核関連活動の拡大をタイムリー且つ正確に察知できなくなる可能性が高まることになる。

イランによるこのような二段階のエスカレーション措置は、核兵器開発につながり得るウラン濃縮の物理的能力の向上という第一段階に加え、APの暫定適用の停止が核兵器開発の疑惑を晴らすという意図(決心)を後退させる、すなわち想定しうる危機(JCPOA以前のイランが原子力に係る活動において比較的大きなフリーハンドを持ち、意図さえあれば核兵器製造に着手でき、短期間で核兵器を製造することができる状態)を演出する第二段階、と解釈されえる。

このようにして二段階で危機を煽りつつ、イランは、P4+1(=米国以外)に制裁の緩和を要求している。これは、米国が課した二次制裁を緩めることが必要となっていることを考えると、結果的にはP4+1が米国に対し制裁緩和の圧力をかけるよう求めていると読むべきだろうか。

いずれにしても、まずはbreakout能力を高めておき(濃縮度の高いLEUの蓄積)、次に意図(決心:APの停止)を示し、他方で、最後までIAEAの包括的保障措置協定の停止という、北朝鮮と同様の国際的な孤立へと向かいかねないレッドラインは超えずに、制裁解除を要求するという本音の部分を見せていくという、よく考えられたエスカレーションの建付け(パッケージ)になっているように見える。

2.米イラン両国の選択の困難さ

こうしたイラン側の目論見がうまくいくか否かは、米国国内の政治状況にもよるであろう。トランプ政権による相次ぐ制裁強化や挑発行為は、イランの米国に対する不信感や反発を高めた一方、バイデン政権から見ればイランとの交渉で切れる手持ちのカードも増えているとの見方も可能だ。米国政府によるJCPOAからの離脱や制裁の強化は、行政規則の改正など行政の権限によってなされており、これらの措置を撤回するためには議会による立法措置は必要ではない。また、もし米国議会が政府に対しJCPOAに対する復帰を不可能にするような措置を立法することになれば、バイデン大統領は拒否権を行使することになるだろう。

しかし、制裁解除に関しては、核問題以外の、ミサイルの脅威や地域安全保障への脅威に対する懸念を考えると、共和党は言うまでもなく、民主党内にもそれなりに慎重な意見が存在するであろう。就任直後、米国内、もっと言うと民主党内でも立場が割れているイラン問題で、どの程度までバイデン政権はイランに対する姿勢を緩和させるのか、JCPOAへの復帰に加え、ミサイル問題、地域安全保障問題(あるいは革命防衛隊による各地での干渉)、そしてJCPOAの措置のうち期限が切られている措置に関する延長等のアジェンダについてどこまでイランに交渉を求めるべきなのか、見極めが難しい。

また、イランもバイデン政権がどれくらい譲歩したらとりあえずの手打ちとするのか、その降りどころを間違えれば、バイデン政権を追い込むことにもなり、今後の米国との交渉は一層困難になることが想定され、絶妙な判断が求められよう。他方で、イランは6月に大統領選を控え、安易な妥協はイラン国内で強硬な保守派を勢いづけることにもなりかねず、政府としては、落としどころは難しいところであろう。