国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2020-7)
試されるヨーロッパ的連帯
—欧州における新型コロナウイルスの現状と見通し—

2020-04-27
宮井健志(日本国際問題研究所研究員)
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1.はじめに

 新型コロナウイルスが世界を揺るがしている。なかでも欧州の被害は甚大だ。4月21日現在、欧州全体での感染者は100万人を超え、10万人以上の死者が出ている。これは全世界の死者数の3分の2近くにあたり、スペイン、イタリア、フランスでは死者数は2万人以上を記録している。ある試算では、コロナ禍の影響によりユーロ圏の域内総生産は前年度比で10%以上減少するとされる1。2009年の経済危機の影響が4.5%の減少だったことに照らせば、まさに未曽有の危機である。今も厳格なロックダウンのもとで懸命な拡大阻止と救命活動が続いており、その様子は多方面で報道されている。本コメントでは、各国レベルでの現状把握から一歩距離を置き、この災禍が欧州統合にもたらしうる政治的な影響と見通しについて検討したい。

2.欧州における新型コロナウイルス感染症の現状

 まず、欧州における新型コロナウイルスの感染拡大の状況と、各国とEUの初期対応について概観する。2019年12月に中国・武漢で新型コロナウイルスが発見された後、2020年1月には欧州でも散発的に感染例が見られるようになる。2020年2月末頃からイタリア北部において感染が急速に拡大し、政府は3月にはいって全土封鎖に踏み切った。イタリア以外でも、スペイン、フランス、ドイツ、スイスと、ほぼ欧州全域において感染は拡大し、都市封鎖と外出禁止措置が次々と実施されていく2。欧州委員会は、3月中旬に非シェンゲン諸国からの入国を原則的に禁止し、欧州は内外で封鎖される。2020年4月21日現在では複数の国家で第一波のピークアウトの兆候がみられ、オーストリア、デンマーク、スイス、ドイツが段階的な封鎖解除を検討している。しかしながら、平時のような自由な移動や流通が欧州全域で回復する見通しは立っていない。
 新型コロナウイルスへの対応にあたり、当初EUの存在感は薄かった。無理もない。保険医療分野でのEUの権限は、疾病予防や物品調達に関する加盟国間協力の促進等に限定されており、基本的に加盟国が責任を負ってきたからである3。EUには、医療保険などの社会保障政策を共通化する権限も与えられていない。したがって、保険医療や疫病対策は元来EUが手を付けにくい領域であった。ましてや2019年12月に発足し、7カ年の多年次財政枠組み(MFF)の交渉を控えるフォン・デア・ライエン新委員会に、EU大での抜本策を即座に打ち出すことは困難だったであろう。このため、初期対応としては加盟国間での共同調達や連携に関する原則が確認されたに留まり、物資や機器の供給、あるいは失業や経済的な悪影響に対する実効的な策はほとんどなかった。イタリアは医療物品の調達や人員支援を2月後半からEUに依頼していたが、EUの支援は「マスク外交」を展開する中国や、ロシアにも後れを取った。物資調達と連携の面でEUの初動が遅れたことは否定できない。
 欧州での感染拡大が一様でなく、またEUの権限が限られていたことから、各国のウイルス対応の足並みは乱れた。最も早く爆発的な拡大を経験したイタリアは、近隣諸国への通達なしに独自に封鎖措置を導入した。ドイツやフランスは、一方的に国境管理を復活させ、またマスクなどの医療物品の国外輸出を禁止する措置をとった。EU全体の調整が行われないまま、各国がそれぞれ保護主義に傾き、要塞化の様相を呈していった。欧州の自由移動体制の象徴たるシェンゲン体制はほぼ機能停止の状態だ。国境管理の導入の結果、医療物品を含む流通環境は一時悪化し、国境の通過に1日以上を要する場所もあったという。
 EUの初動は遅かったものの、3月下旬頃からは様々な方策を打ち出してきている。EUのコロナ対策の四本柱は、「感染拡大の阻止」、「医療物品の提供の確保」、「治療・ワクチン研究の促進」、「雇用、ビジネス、経済の援助」からなる。3月18日には欧州中央銀行が7500億ユーロの緊急債券購入プログラム(PEPP)を開始し、金融市場の安定化に着手した。同月末からはマスクなどの物資の共同調達が開始された。4月9日のユーロ圏財務相会合は、総額で5400億ユーロ(約60兆円)規模の対策を打ち出すことで合意した。合意の柱となったのは、欧州安定メカニズム(ESM)を通じた緊急信用枠の設定、欧州投資銀行が創設する新たな基金を通じた中小企業の資金繰り支援、各国の雇用対策資金に充てる融資制度の創設である。これらはEUの財政政策に踏み込んだ合意ではなかったが、支援のあり方を具体化した点で大きな一歩であった。

3.新型コロナウイルス対応における争点と見通し

 現状、欧州における新型コロナウイルスの対応は、各加盟国がリードするかたちで行われている。これは、感染症対応においてEUが持つ資源や権限が限られているだけでなく、コロナ禍以前から加盟国間で合意が困難な争点が含まれるからである。EUが加盟国間での連合である以上、合意なき決定をEUが直接下すことはできない。危機対応は、利害対立を浮き彫りにしている。ここでは、とくに財政統合をめぐる南北対立、シェンゲン体制と域内自由移動の停止、そして国家への再集権化という三点について考える。
 第一に、緊急支援策の方策とEUの財政統合についてである。これは、都市封鎖や外出自粛に伴う経済活動の停滞と損失についてどう対応するかに関わる。欧州各国の経済は軒並み大幅なマイナス成長に陥ると予測されるが、それでも危機の度合いは異なる。とりわけ被害の大きいイタリア、スペイン、フランスなどは、新型ウイルスに対応する緊急の債券、通称「コロナ債」や、ユーロ共同債(Eurobonds)の発行を提案している。
 しかし、この提案に対しては、ドイツやオランダを筆頭とする北側諸国からの反発が根強い。4月9日に行われたEU首脳会合でも、ドイツとオランダは改めてこの提案を否定した。もともと、財政状況が比較的健全な北の諸国にとっては、ユーロ共同債は債務相互化と財政統合への接近という観点からまず呑めない選択である。南北対立の構図自体は従来と大差ない。だが、この未曽有の危機を受けても態度を軟化させないことに対する南欧諸国の失望は大きく、財政統合をめぐって南北対立が改めて顕在化している。
 4月23日のEU首脳会合は、共同での緊急債券を発行すること、ならびに特に被害を被った地域・国家を対象とする返還不要の復興基金を創設する方向で合意に至った。後者はEU予算から直接拠出されることから、EUの7カ年にわたる多年次財政枠組みに組み込まれる見込みだ。具体的な内容については先送りとなったが、南側諸国の意向に配慮したとみられる。
 第二に、新型ウイルスの拡大を受けて、欧州の自由移動を司るシェンゲン体制は機能を停止している。シェンゲン体制は、2015年からの大規模な難民流入のなかでも、たびたびその機能不全が主張されてきた。しかし、欧州の自由移動が全面的に停止されたのは、25年の歴史で初めてのことだ。現在EUは、シェンゲン域外からの入国を原則的に禁止し、域外国境管理を厳格化している。域内移動については、必要不可欠な職業(医療従事者や物流)の移動や国境付近の通勤のみ限定的に許可し、それ以外の移動は認めないとの方針を出している5。この自由移動の制限は危機対応の一環であり、感染拡大を防ぐために不可欠な措置であった。
 しかし問題は、ウイルスの感染拡大という危機を理由とする自由移動の制限が、反難民・反移民を基調とする排外主義や民族主義と結びつく危険にある。すでにポピュリストと目される多くのリーダーは、コロナウイルスの感染拡大に乗じた自由移動批判とスケープゴート探しに躍起になっている5。イタリアのサルヴィーニ北部同盟党首は、アフリカから276名が乗った難民船を地中海で救助されたことを危機時の対応として誤りだと批判し、コンテ首相に辞任を要求した6。さらに、氏のツイッターでは、コロナウイルスを除去した後に、EUに「必要なら別れを告げる」とEU離脱をほのめかしている。実際、コロナ禍を受けてのイタリア人のEUへの失望は深い。Techneによる最新の世論調査では、今やイタリア人の67%がEUの加盟国であることを不利益だと捉えている(2018年は45%)7。さらに、イタリア人の残留派と離脱派の割合はそれぞれ44%と42%と拮抗している(2018年はそれぞれ65%と26%)。EUがリーダーシップを発揮せず、欧州の人びとの信頼を損なうことになれば、欧州全体の結束が弱まり、離脱に向けた波が広がりかねない。
 もっとも、各国別の政党支持率の動向をみると、コロナ禍に乗じたポピュリスト政党の戦略が欧州大で必ずしも功を奏しているとはいえない。イタリアでは、同盟の支持者率は2018年以降で最低の28.5%へと減少を続けており、対して与党民主党の支持者率は横ばいだ。ファシスト党の流れを汲む民族主義・右派政党の「イタリアの同胞」がじわじわと勢力を拡大(2019年の5%から現在13%に増加)しているが、イタリアにおける反EUの帰趨を判断するにはまだ時間が必要だ8。ドイツでは、3月初頭から4月後半にかけて与党CDU/CSUの支持者率は28%から38%に伸長する一方、極右「ドイツのための選択肢」は12%から10%と減少している。もちろんこれらの状況は今後の危機対応の動向によって変化する可能性はあるが、ウイルス拡大を理由として欧州が国民国家体制に回帰するという筋書きは本線とはいえない。
  第三に、危機に乗じた国家への再集権化が進行していることの両義性を認識すべきである。EUの構造上、危機対応における加盟国の役割は大きく、危機を理由として加盟国政権は平時では持ちえない権力を取り戻しつつある。危機対応を効果的に行うことで市民を守る集権化と、市民の自由の制限を厭わない権威主義的な集権化との線引きは容易ではないが、問われているのはこの境界線である。ハンガリーのオルバン首相は、3月末に非常事態措置を無期限に延長することで首相権限を大幅に拡張し、事実上の独裁体制に入った9。その権限には、ウイルスについて「真実をゆがめるニュース」と政府が判断した発信者を裁判なしに最大5年間勾留する権力が含まれる。こうした国家への再集権化と同時に、新型コロナウイルスとは直接的な関係のない、移民や難民へのレイシズムや暴力、自由移動への懐疑もまた徐々に広がりつつある。仮にこうした「危機」下の意識が常態となり、権威主義と民族的ナショナリズムが跋扈するとすれば、それはEUの今後の行く末にも大きな影を落とす。危機対応下における国家の再集権化のあり方を引き続き注視せねばならない。

4. おわりに

 新型コロナウイルスの感染拡大は、各国家で権威主義・民族主義という旧型の政治的ウイルスを改めて培養しかねない。欧州のゆくえは、未曽有の危機をいかに脱するか、すなわち危機の出口戦略にかかっている。欧州委員会と欧州理事会は、4月15日に新型コロナウイルスに関連する制限措置の解除に向けたロードマップを公表し、制限解除のタイミングの重要性、段階的な制限解除、連帯や協調といった価値の共有などを強調した10。また、続く4月21日には「より強靭で、持続可能で、公平なヨーロッパへ」と題した「復興へのロードマップ」を公表し、「連帯・結束・歩み寄り」の価値観に基づく柔軟で包摂的なアプローチを提唱した11。実際、国境を顧みないウイルスに直面したときこそ、国家間での共同行動が必要である。それなくして欧州の、そして人類の危機が真に終息することはなかろう。幾度も崩壊や実存的危機が囁かれてきたEUは、コロナ禍という新たな困難のなかでも粘り強く交渉を続けている。
 新型コロナウイルスは、欧州が2010年代の危機を何とか乗り越えた矢先に起きた、新たな危機である。このウイルスがいつ終息するのかは分からない。危機が長引き、また現下の利害対立が継続した場合には、それはEUの存在自体を揺るがす実存的危機となりえよう。逆に、危機を粘り強く克服することができれば、新たなヨーロッパ的連帯の契機ともなりえよう。楽観論も悲観論も、安易な予断を許さない状況が続く。

(了)



1 "Europe's Big Economies Brace for Sharpest Drop Since World War II," New York Times, 8 April 2020 (https://www.nytimes.com/2020/04/08/business/europe-economy-france-germany.html).
2 各国の緊急措置の動向については、緊急対応連携センター(ERCC)のホームページ(https://erccportal.jrc.ec.europa.eu/maps/daily-maps)を参照。
3 EU機能条約168条。
4 European Commission, "COVID-19: Temporary Restriction on Non-Essential Travel to the EU," 16 March 2020(https://ec.europa.eu/home-affairs/sites/homeaffairs/files/what-we-do/policies/european-agenda-migration/20200330_c-2020-2050-report_en.pdf).
5 Andrea Kendall and Carisa Nietsche Taylor, "The Coronavirus Is Exposing Populists' Hollow Politics," Foreign Policy, 16 April 2020 (https://foreignpolicy.com/2020/04/16/coronavirus-populism-extremism-europe-league-italy/).
6 "Salvini attacks Italy PM over coronavirus and links to rescue ship," The Guardian, 24 February 2020 (https://www.theguardian.com/world/2020/feb/24/salvini-attacks-italy-pm-over-coronavirus-and-links-to-rescue-ship).
7 "Sondaggio Dire-Tecne: aumentano gli italiani che vorrebbero uscire dall'Ue," DiRE, 4 Aprile 2020(https://www.dire.it/10-04-2020/446061-sondaggio-dire-tecne-aumentano-gli-italiani-che-vorrebbero-uscire-dallue/).
8 以下の数字は、Politicoによる調査(https://www.politico.eu/europe-poll-of-polls)に基づく。
9 「ハンガリーの首相権限、無期限に拡大 『独裁』か」日本経済新聞、2020年3月31日。
10 European Commission, "Joint European Roadmap towards lifting COVID-19 containment measures," 15 April 2020 (https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/communication_-_a_european_roadmap_to_lifting_coronavirus_containment_measures_0.pdf).
11 European Commission, "A ROADMAP FOR RECOVERY: Towards a more resilient, sustainable and fair Europe," 21 April 2020 (https://www.consilium.europa.eu/media/43384/roadmap-for-recovery-final-21-04-2020.pdf)