国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2023-09)
三海域イニシアティブ首脳会合の開催:評価と展望

2023-09-14
吉田優一(日本国際問題研究所研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

はじめに

2023年9月6日〜7日にルーマニアの首都ブカレストにおいて、インフラの連結性の向上に資する中東欧地域の協力枠組み「三海域イニシアティブ(3SI)」の首脳会合及びビジネス会合が開催された。2022年より続くウクライナ戦争では、中東欧地域の貧弱なインフラ事情及び対露経済依存の問題が顕在化したこともあり、3SIは注目されつつある協力枠組みである。本稿は、ウクライナ戦争の影響を踏まえてインフラの近代化及び連結性の重要性を指摘しつつ、ブカレスト首脳会合及びビジネス会合の主要な成果・結果を評価し、今後の展望として、米国の3SIに対する関与につき説明する。

三海域イニシアティブの意義と課題

3SIは、2015年にクロアチア及びポーランドが提案した、アドリア海、バルト海及び黒海に跨がる地域のエネルギー、交通・運輸及び通信・デジタル分野でのインフラ整備を推進するための枠組みである。バルト三国を含む中東欧地域に対する中露の経済進出を背景として、ユーロ危機後の投資不足に困窮していた中東欧諸国にとり、域内外の脅威及び機会にどのように対応・活用するかが重要な課題となっていた。

2016年より毎年首脳会合が開催されており、現在、オーストリア、ブルガリア、チェコ、クロアチア、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロヴァキア及びスロベニアの12カ国(全てEU加盟国)が加盟している。2018年以降は、首脳会合に付随して、ビジネス会合も開催されており、域内外の企業に対して広報や人脈形成等の場を提供している。

3SIの特筆すべき点は2点ある。1つ目は、東西ではなく南北間の連結性の向上を掲げていることである。オーストリアを除く3SI加盟国は旧共産圏であり、この地域の鉄道やエネルギー・パイプライン等のインフラは、ソ連時代より主としてロシアと連結してきた。中東欧諸国のEU加盟以降に実施されたEUの結束政策により、EU域内の東西連結性は向上され、中東欧・西欧間のアクセスは一定度改善されたものの、南北間の連結性は推進されず現在に至る。当該環境下において、中東欧諸国は、老朽化が進むソ連時代からのインフラを近代化するとともに、南北間の連結性も確保することにより、EUを補完する形でEU域内の経済格差の是正に努めている。

2つ目は、3SIが独自の基金を有していることである。2019年に三海域イニシアティブ投資基金(3SIIF)が設立され、加盟国の多くが資金の拠出を表明している。しかし、現在の資金だけでは、三海域地域の資金需要を満たすのに不十分であるため、域外国からの資金提供が重要となる。鍵となる資金調達が難航していることから3SIが下火になりつつあるとの指摘もあるため、3SIは成功例を積重ね、3SIのインフラ計画案1及び三海域地域自体の投資価値を訴えていく必要がある。

ウクライナ戦争の中東欧への影響

ウクライナ戦争の勃発を受けて、3SIが掲げるインフラ3分野が中東欧地域で問題となった。1つ目のエネルギー分野に関し、ロシア産原油輸入依存度の高いハンガリーがEU提案のロシア産原油禁輸措置(第6次対露制裁パッケージ)に強く反対した結果、石油パイプライン経由でロシア産原油を輸入してきた内陸国(ハンガリー、チェコ及びスロバキア)に多大な悪影響が見込まれるとして、パイプラインでのロシア産原油の輸入が禁輸対象から除外された。禁輸対象の海上輸送においても、直ちに対応することが困難であるとして、クロアチア及びブルガリアに猶予期間が付与され、EU内で足並みの揃わない結果となった。また、ロシア政府が要求したルーブル建てによるガス代金支払いを拒否したとして、ロシアがポーランド及びブルガリア向け天然ガス供給を停止した際、対露天然ガス依存度の高いブルガリアでは、代替可能な供給源・手段の確保が問題となった。エネルギー・パイプラインは、海上輸送アクセスが限定される内陸国や外海に恵まれていない国家にとり、エネルギー供給が容易となる重要なインフラであるものの、連結性、近代化及び多角化の不足により、緊急事態に対して柔軟に対応することができない実情が浮き彫りとなった。

2つ目の交通・運輸分野では、ウクライナの黒海沿岸の港が封鎖された際、ウクライナの穀物や肥料、製鉄品等の海上輸送が困難となり、トラックや鉄道による陸路の運搬が重要視された。しかし、積載量や費用面だけでなく、黒海沿岸以外の港湾への連結性の問題もあり、海上輸出の代替には限界がある。また、貧弱な運輸網だけでなく、ウクライナからポーランドの港への輸送については、両国間で鉄道軌間が異なる等の相互運用性の問題も生じた。2023年7月より、ロシアは、ウクライナ産穀物輸出合意の履行を停止させ、実質的な黒海封鎖を実行しており、アフリカの食料危機だけでなく、安価なウクライナ産穀物の流入による農作物価格の押下げの可能性から、中東欧諸国の内政・社会の不安定化が懸念される(ウクライナ近隣のEU国の農家を保護するための現行の輸入禁止措置は9月15日に失効予定)。

3つ目の通信・デジタルサイバー分野では、度重なるロシアからのサイバー攻撃もあり、直接戦火を交えなくとも中東欧諸国は、ウクライナ戦争の影響を様々な面で受けている。ウクライナ戦争でも明らかなとおり、3SIが掲げるインフラ3分野は、平時だけでなく有事においても重要な国家及び社会の基盤である。

ブカレスト首脳会合及びビジネス会合の成果・結果

ブカレストでの首脳会合には、加盟国だけでなく、米国、ウクライナ、モルドバ、欧州委員会、ドイツ、フランス、イギリス、トルコ、日本(岸田首相によるビデオ・メッセージの送付による出席2)からの首脳・代表が出席した。主な成果・結果としては、①新規参加国及び②ルーマニアが推進するアジェンダが挙げられる。①新規参加国に関し、最大の成果として、地中海に面するギリシャが13番目となる加盟国として承認された。ギリシャは、三海域内外の連結性の向上に必要不可欠な国家である。中東欧諸国及び西バルカン諸国へと繋がる、アレクサンドロポリ、テッサロニキ並びにカヴァラを通じたエネルギー・パイプライン網、及び、アレクサンドロポリ並びにレヴィスーサの液化天然ガス(LNG)ターミナルは、3SI加盟国に地中海からのエネルギー輸送アクセスを提供するものである。また、今後、テッサロニキ・ブルガス・ヴァルナ・コンスタンツァ(ギリシャ・ブルガリア・ルーマニア)間での「Sea2Sea」鉄道網構想が進展すれば、ボスポラス海峡を通航せずに様々な物資をギリシャ・黒海地域間で運搬することが可能となり、これらは、内陸国や黒海封鎖時の沿岸諸国にとり重要となる。ギリシャの3SI参加は、文字どおり3SIを「四海域イニシアティブ」へと変容させるものであり、三海域地域の潜在性及び強靭性の向上に資するものである。他にも、前回の首脳会合でウクライナが承認された準加盟国の地位が今回モルドバにも付与され、今後は、西バルカン諸国にも付与される可能性がある。

②ルーマニアが推進するアジェンダとして、ルーマニアが重視してきた原子力発電、及び、軍事機動性に資する運輸網の進展が注目された。今回の首脳会合・ビジネス会合には、ケリー米国気候変動問題担当大統領特使及びパイアット米国務省エネルギー資源担当次官補も出席し、米国からのエネルギー分野に対する関心が高かった。エネルギー分野を重視するルーマニアは、米「ニュースケール社」製小型モジュール炉(SMR)の導入を推進しており、広島G7サミットの機会に米国務省が米国、日本(日本国際協力銀行:JBIC)、韓国及びUAEが共同でルーマニアのSMR導入計画に支援を実施すると発表した3。米国は、ルーマニアを他の3SI加盟国に対する触媒として活用し、積極的な促進活動が実施された。石炭火力発電からの脱却が一部の中東欧諸国にとり課題であるため、今後、原子力分野での米国の影響力が高まり得る。

また、首脳会談の共同声明では、軍事機動性について初めて言及され、ルーマニアが従前より重視してきた「Via Carpatia」計画及び「Rail3Sea」計画が注目される。前者は、リトアニアからギリシャ及びルーマニアまで7カ国に跨る高速道路網で、ウクライナ及びモルドバにも裨益する計画であり、後者は、ポーランドのグダニスク港とルーマニアのコンスタンツァ港を連結する鉄道網の計画である。両計画は、軍隊の戦略的機動力向上にも資する軍民両用インフラであり、有事の際の米軍の迅速な展開に期待しているルーマニアにとり、軍事利用も可能な、港湾との連結性を有する陸路の輸送網の構築は重要な課題である。3SIは、軍事分野において、EU(の軍事機動性に資する計画)及びNATOと連携・協力できる素地があり、今後は、上述の「Sea2Sea」構想も軍事機動性の文脈で発展する可能性がある。

なお、拠出金の確保を含む制度面での発展に関しては、ビジネス・開発協会の設置、グリーン成長やイノベーションに期待できる分野のためのイノベーション基金の創設を含む拠出金獲得の強化、共同の商工会議所が設立される可能性が進展として挙げられるが詳細は依然不明である。新たな基金の設立が拠出金の確保に資するものと期待されるが、これまでの経緯を踏まえれば容易でないと見込まれ、戦略的パートナーからの協力が重要となる。

米国の関与

米国は、EU及びドイツと並んで3SIの戦略的パートナー国である。トランプ政権時代より米国は、党派を超えて3SIを支持し、中東欧地域のインフラ情勢に強い関心を有してきた。トランプ前大統領は、伝統的な同盟国であるイギリスやフランス、ドイツへの公式訪問の前にポーランドで第2回3SI首脳会合に出席した。米国の3SI政策は元々、対露文脈でエネルギー分野への関与を企図していたが、次第に対中文脈でデジタル分野にも関心を有するようになった。

既述のとおり、3SIにとり拠出金の確保が目下の課題であるが、米国は前政権より継続して3SIを支持しているにも拘わらず、バイデン政権は、2022年の3SI首脳会合において、3SIIFへの資金拠出ではなく、エネルギー分野のインフラ計画への国際開発金融公社(DFC)からの融資を確定させた4。トランプ前政権が最大10億ドルの拠出を表明していたことから、拠出ではなく貸付け(クレジット・ファシリティ)となり、額も最大3億ドルに変更されたことは、3SI推進者を動揺させた。しかし、背景を推察すれば、基本的にDFCの支援対象は元々、発展途上国に限られており、日本の政府開発援助(ODA)と同様に、中東欧諸国に対する資金の拠出は困難であった。実際、2022年8月現在のDEFのリストによれば、3SI加盟国でDFCの拠出金の対象となっているのは唯一ブルガリアだけである5。従って、米国は、「欧州エネルギー安全保障・多様化法(European Energy Security and Diversification Act of 2019)」6に基づき、貸付け形式且つ対象分野をエネルギーに限定することにより、他の3SI加盟国に対しても融資を可能としたと考えられる。米国の方針転換は3SIIFにとり痛手であるものの、中東欧諸国における通信分野の安全保障を強化させることを目的とした「大西洋間通信安全保障法案(Transatlantic Telecommunications Security Act)」7が採択されれば、通信・デジタル分野においても米国の融資が可能となる。

更に今後は、黒海安全保障戦略法案(Black Sea Security Act8)が鍵となるかもしれない。ウクライナ戦争で注目されている黒海地域は、米国にとり、軍事上の活動に制約が大きい場所である。NATO加盟国はトルコ、ルーマニア及びブルガリアだけであり、米国・トルコ関係は決して良好ではない。また、モントルー条約により非黒海沿岸国は、ボスポラス海峡での通航や黒海での滞在可能日数が制限されており、更に有事の際には、トルコが軍艦の通航に対する権限を有する。従って、有事における黒海での米海軍の展開可能戦力に限りがあることからも、米国にとりルーマニア・ブルガリア両国の軍事近代化及び軍事機動性に資するインフラの近代化は重要となる。米議会議員の説明によれば、2023年度黒海安全保障法は、2024年~2026年に黒海地域に対するより積極的な外交政策を求めている9。これには、米国・EU/NATOによる積極的な支援及び米国・黒海地域間の経済的紐帯の強化が含まれ、具体的には、同法成立後180日以内に、①EU/NATOとの間で軍事に関する支援・調整の促進、②経済関係の深化、③民主主義並びに経済安全保障の強化、④黒海地域諸国との安全保障援助の推進を進めるための政府間戦略を要求するものであるが、3SIIFを含む3SIへの支援強化も記載されている10。以上の内容から米国は、下火であるとされる3SIに対して引続きコミットメントする意思があることが理解でき、依然3SIは米国の対中東欧政策の中心であると言えよう。

おわりに

現在、3SIにとり喫緊の課題は、3SIIFへの拠出金の確保である。米国からの直接的な資金提供は困難かもしれないが、多額の融資を受けられることにより、他の国際金融機関や民間銀行からの資金拠出に弾みがつくことが期待されている。更に今後は、ウクライナの復興計画に如何なる形で関与できるかも重要となる。ウクライナとの連結性向上は、多国間のインフラ計画の促進に繋がり得るものでありウクライナ戦争の現状に鑑みれば時期尚早かもしれないものの、3SIにとり当該状況は変革を進める機会となる。また、3SIIFが拠出金により運営されることを踏まえれば、米国の融資方式は3SIにとり好ましくはないものの、域外国による柔軟なアプローチとして肯定的に捉えるころもでき、今後日本が3SIに関与するのであれば参考となる。また、拠出金を提供せずとも日本は、案件毎にJBICや政府金融機関等を通じて協力することが可能である。日本にとり望ましいインフラ計画があるのであれば、3SIは、日・EU間の「持続可能な連結性及び質の高いインフラに関するパートナーシップ」に沿う内容であることからも、3SIIFへのエクイティ投資による参加や単独又は他機関との共同投資も含めて、今後検討する価値があるだろう。