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経済・技術安全保障ウェビナー・シリーズ 第12回「国家安全保障戦略における経済安全保障」(鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授)

2023-01-20
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2022年12月に発表された「国家安全保障戦略」では、2013年の戦略にはなかった経済安全保障の概念を大きく取り入れ、安全保障における経済と技術の重要性が強調されています。そのような問題意識の下、日本国際問題研究所軍縮・科学技術センター(以下、「当センター」)は「経済・技術安全保障ウェビナー・シリーズ」第12回会合を2023年1月20日に開催しました。報告者に、鈴木一人・東京大学公共政策大学院教授をお招きし、「国家安全保障戦略における経済安全保障」と題して、安全保障戦略に経済や技術が含まれていることは何を意味するのか、また経済や技術によって日本はより安全な国になるのかといった観点から今後の日本の安全保障の行方についてご講演いただきました。

はじめに、今回の国家安全保障戦略の特徴として、①これまでの下からの積み上げではなく、国益の定義から始まり、日本の安全保障の基本的原則、戦略的アプローチと続くトップダウンの文書である、②実現可能性よりも日本を守るということのコンセプトを固めたうえで戦略的一貫性を重視している、③日本が持つ自由や民主主義などの基盤的価値を守るため、従来の安全保障の枠組みにとらわれない安全保障戦略が構築されたこと、④人権、経済安全保障など非軍事的な手段以外も含めた総合的な安全保障となったことが挙げられました。その上で、貿易、投資、自由な経済活動など戦後日本が保持してきた原則が安全保障を優先したものになるという「安全保障化(securitization)のリスク」について指摘されました。

次に、国家安全保障戦略の中での経済安全保障の位置づけについてご説明いただきました。経済安全保障では、DIME(Diplomacy、Intelligence、Military、Economy)に加えて、技術力が含まれている点を言及され、経済と技術が安全保障上の力として位置づけられているとご解説いただきました。その一方で、一部の国家が他国に経済的な威圧を与え、勢力拡大を図っている点に言及され、経済と技術が同時に安全保障上の脅威として位置づけられていると論じられました。経済成長が安全保障環境の改善に資するリベラリズム的な考えを見せている一方で、他国に依存しない自律性、他国から依存されるような唯一無二の力である不可欠性に言及し、リベラリズム的な考えに全面的に依拠しているわけではない点を指摘されました。

また、国家が目指す安全保障戦略と企業が目指す利益との間に衝突が生じる可能性があり、経済安全保障を確保していくためには民間と政府が連携をしなければならない点を指摘されました。その手段として国家安全保障戦略では、①特定国への過度な依存を減らし、半導体などの物資の安定供給を確保するサプライチェーンの強靭化、②重要インフラの政府調達の事前審査、③セキュリティ・クリアランスを含む重要データの保護、④経済安全保障推進法に定められた先端重要技術の技術育成や技術移転規制などの技術保全、⑤他国からの経済的威圧に対する取り組みが挙げられていることが指摘されました。

ご講演の後半では経済安全保障は安全保障戦略なのかという点について論じられました。冷戦後は政治と経済の分離している「政冷経熱」が前提にあり、各国がグローバルな利益の最適化のため行動し、経済分野において相互依存が深化していったのに対して、現在は政治と経済が結びつく「政経融合」の時代で、他国への経済的依存が安全保障上の脆弱性にもなるなかで、経済的な手段を使って国益を守る重要性を指摘されました。また、安全保障における軍事と経済の違いとして、前者が基本的に政治のコマンドで軍が動員され、国家レベルで物事が決まるのに対して、後者は国家や政治とは独立した企業による経済という2つのレベルがあり、両者の間で対立や矛盾が生じる点が指摘されました。

最後に、戦略的不可欠性は安全保障の手段になり得るかが論じられました。技術的優位は軍事的優位性に資する一方で、それが抑止として機能するのかについては攻撃者の利得計算に依存すること、また、一国の戦略的不可欠性は他国による追随を促進させかねない点が指摘されました。戦略的不可欠性の向上は、安全保障にとって必要条件であるものの、十分条件になるためにはDIME+技術力の総合的な取り組みが必要であると論じられました。

ご報告を受けて、当センターの髙山嘉顕研究員が、経済安全保障の文脈における人材育成の位置づけ、また経済的威圧への対応策についてコメント・質問を寄せ、さらに議論を深めました。参加者とのQ&Aセッションでは、国家安全保障戦略の中での経済制裁の位置づけ、自由貿易の原則との関係、経済と安全保障の相互作用の落としどころなどについて活発な議論が交わされました。