コラム

ロシア・サンクトペテルブルグのG8サミットは何を生んだか

2006-07-19
猪股浩司(主任研究員)
  • twitter
  • Facebook


サンクトペテルブルグ・サミットが閉幕したが、成果はどの辺にあったか?

 プーチン大統領の議長総括には、エネルギー安全保障、教育問題、感染症対策など、ロシアがかねてからサミットの主要議題として提案していた問題のほか、イランの核開発、北朝鮮のミサイル発射、中東情勢など、サミット直前に発生した重要問題も取り上げられた。サミット参加国は、複雑な情勢の中で議論を要領よくまとめ、世界が直面する多様な問題に対する共通認識を示すことができたわけで、その点では成果があったといえる。各国の思惑が複雑に交錯する中で合意を得なければならない以上、それがある程度抽象的な内容にとどまるのは仕方がないだろう。しかし、一番の問題は、サミット閉幕を受けて今後G8が具体的に何をどうするのか、ということにある。サミットは各種文書や議長総括という成果を得て終了したが、それで終わりではない。むしろ、これからが本当の始まりであろう。それにしても、サミットとは一体何なのか、問い直されるべき時に来ているのではないか。既に世界では、あらゆる国際機関や地域協力機構が様々な問題に対処して活動しており、また、各国間の対話もいろいろなチャンネルを通じて行われている。サミット閉幕で、とりわけ初の議長国となったロシアは達成感を得ているだろうが、サミットが本当の意味での成果を出せるかどうかは、今後にかかっている。そこに注目したい。

サミットを通じてロシアは、議長国としてのリーダーシップを発揮できたか?

 ロシアは、サミット議長国を務めることで「大国振り」をアピールするとともに、国威を発揚することを企図し、かねてから、サミットへの取り組みを極めて重要な課題と位置づけ、「サミット成功」に向けて入念な準備を進めていた。他方、他のサミット参加国も、プーチン大統領が地元のサンクトペテルブルグでサミット議長を務めるという「大舞台」において、敢えてサミットを紛糾させるようなことをするはずもなかった。その意味では、ロシアが発揮したリーダーシップ、あるいはプーチン大統領が示した存在感というのは、極端に言えば「予め保障されていたような」ものであり、リーダーシップが発揮されたからといって、諸手を上げてこれを賞賛するわけにもいかないだろう。プーチン大統領は、サミットが成功裡に終わったとして結果を高く評価しているが、ロシア国内には、「サミット成功」のために莫大な予算が支出されたことを批判的に指摘する向きも存在する。

G8内でロシアはやや異質にみえるが、G8内のロシアの立場はどんなものか?

 ロシアにG8としての資格がないのではないかという見方は、以前から指摘されている。しかし、エネルギーや安全保障といった問題をロシア抜きで解決できないことは、良し悪しとは別な、政治の現実である。確かに、歴史的・社会的な特性から、ロシアは、他のG8メンバーとは異質な部分を抱えている。しかし、検討すべきは、そうした異質性を云々することではなく、それを事実として受け入れ、その上でどうロシアと向き合っていくか、ということであろう。今後もロシアはG8の中で相応の立場を占めるだろう。そもそも、複数の国々の多様な利害が最初から完全に一致することはあり得ず、何かにつけて対立と対話が繰り返されるのは、当たり前である。ところで、ロシアについて、「ソ連回帰を思わせる強権支配」や「エネルギーを武器にした恫喝外交」といったことがしばしば指摘されるが、そうした見方は、いかにもインパクトがあり、読んで面白いけれども、その正当性には大きな疑問がある。エリツィン時代の混乱を教訓に秩序を回復させるには最大の戦略資源であるエネルギーを管理しなければならないこと、また、最大の戦略資源を無原則に外国に垂れ流しできないことは、自明の理である。ただ、程度が問題となるに過ぎない。

ロシアがG8メンバーとしてやっていくために、必要なことは何か?

 端的に言えば、他のG8メンバーがロシアに対して抱く不信感の払拭であろう。ロシアが十数年前までは「社会主義陣営の盟主」だったこと、ロシアの投資環境が西側先進国にとって整備不十分であること、ロシアの産業構造が資源輸出依存型から脱却できていないこと、通貨ルーブルに大暴落の「前科」があることなど、ロシアに対する西側先進国の懸念材料は少なくない。しかし、これらは、時間をかけて話し合いを通じ解決していくしかない。実際にそうした話し合いは行われており、事態は徐々に進展しているようである。

国際舞台で存在感を強めているロシアだが、次期ロシア大統領選挙の見通しは?

 プーチン大統領の人気は大変に高く、今も国民や地方知事の間に「プーチン三選待望論」が存在する。しかし、プーチン大統領自身は一貫して三選を否定しており、現段階では三選はないとみるのが妥当である。過去、ロシアでは、政権が交代するたびに、政治的混乱があった。その意味からは、「今度も何かあるのでは」と考えるのは、ある意味において自然である。しかし、ゴルバチョフ政権末期やエリツィン政権末期と、今のロシアを比べてみよう。今のロシアは、経済は成長し続け、政権の支持率は高水準を維持し、野党はそろって弱体化し、財閥も政権の軍門に下っている。確かに、潜在的な不安材料はあり、次期大統領選挙までに政権を大きく揺さぶる事件が起こる可能性自体は否定しきれないが、現状では、そうした可能性はごく低いといわざるを得ない。結局、ロシアでは政権を後継者に移譲する取り組みが安定した政治情勢下で進められており、その結果として、誰が次期大統領になろうが2008年後も今の政治情勢が基本的に継続するものと推察される。

(本稿は、7月18日のブルームバーグのインタビューを元に整理したものです)