コラム

2007年フランス大統領選挙 ~サルコジ新大統領と転機のフランス~

2007-05-10
小窪千早(研究員)
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2007年5月6日、フランス大統領選挙の決選投票が行われ、与党UMP(国民運動連合)のニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)候補が野党社会党のセゴレーヌ・ロワイヤル(Segolene Royal)候補を制し、サルコジ氏がフランス第5共和政での6人目の大統領となることが決まった。今回の大統領選挙にはいくつかの特徴が見られたが、まず4月22日の第1回投票では中道UDF(フランス民主連合)のフランソワ・バイルー候補を含む上位3候補で得票の4分の3を占め、極右・極左勢力の後退が見られた。また投票率が非常に高かった(決選投票では約84%)ことも大きな特徴のひとつである。1995年の選挙以来12年ぶりに現職が出馬しない大統領選挙であり、12年ぶりに新しい大統領を選ぶ選挙として、選挙戦は大いに活況を呈した。

■ 大統領選挙の争点

今回の大統領選挙で最大の争点となったのは、国内の経済・社会問題である。フランスに限った話ではないが、外交や安全保障といった問題はほとんど争点にならなかった。フランスには、週35時間労働、年間5週間の休暇、手厚い社会保険といったような、いわゆる「フランス型モデル」と呼ばれる労働者の雇用条件や福祉水準を手厚く保護する仕組みが長い間存在してきた。その仕組みは労働者の権利を保護してきたものの、一方では硬直した労働市場による雇用の不活性化や国際競争力の低下などを招き、グローバリゼーションやEUの拡大といった時代の流れの中で見直しを余儀なくされているという現状がある。昨年フランス全土で大規模なデモを引き起こし、事実上の廃止に追い込まれたCPE(初期雇用契約)も、そういった危機意識に基づいて導入を試みられたものであった。

こうした「フランス型モデル」を見直すべきか維持を図るべきか、そしてフランスの経済や社会が現在抱えている閉塞状況にどのように対処するかが、最終的に今回の大統領選挙の対立軸になった。端的に言えば、英米型の自由競争原理の導入を主張して正面からその見直しを訴えたのがサルコジ候補であり、なるべくその維持を図り、社会的弱者を切り捨てないという「母親」のイメージを打ち出そうとしたのがロワイヤル候補であったと言える。当初ロワイヤル候補はフランスの仕組みも改めるべきところは改めるべきという率直な発言で支持を得ていたが、次第に支持母体である社会党本流の政策に近づいた形である。

サルコジ、ロワイヤル両候補の支持率は投票が始まるまで非常に拮抗しており、選挙の結果は予断を許さないものであったが、最終的にフランス国民はサルコジ候補を次期大統領に選んだ。強権的であるとか社会的弱者に冷たいというような批判を受けつつも、現在のフランスが抱える閉塞状況を打破するために、その是非はともかく最も具体的な処方箋を提示したのがサルコジ候補であった。ロワイヤル候補の主張も若者や移民層を中心に国民の広範な支持を集めたが、フランスの閉塞状況を打破するような魅力的な代案を示すには至らなかったというのが実情であろう。

■ サルコジ新政権の政策と課題

サルコジ次期大統領率いるフランスの新政権は具体的に今後どのような政策を取っていくのであろうか。サルコジ次期大統領は、フランス国民の中でも支持する層と忌避する層が明確に分かれる毀誉褒貶の激しい政治家でもある。治安対策や不法移民の取り締まりなどについては引き続き厳しい政策が取られることになるであろう。

今回の選挙で最大の争点となった経済政策については、自由競争原理を導入することで、従来の「フランス型モデル」を改革することを政策の柱に据えている。彼は「労働の復権」を綱領に掲げており、週35時間制を撤廃し、より柔軟な労働市場の形成を図り、働きたい者が存分に働くことができる経済の仕組みを構築することを謳っている。また、企業の社会保障負担をEU平均並みに軽減することで企業の競争力を増強して資本の流出を防ぎ、雇用の増加を図る考えである。

外交や安全保障政策については、サルコジ氏自身これまで外交に直接携わったことはなく、今のところ未知数である。まず米仏関係は大きく好転することが予想される。来月にドイツのハイリゲンダムで行われるG8サミットが最初の大きな機会となるであろう。これまでのところ内政問題に比べて外交問題に向けた言及は少ないが、人権や価値といった概念を比較的前面に打ち出している点は特徴的であり、そうした特徴も外交政策に反映されるものと思われる。日本との関係については、シラク大統領のような親日家ぶりは期待できないものの、概ね良好に進むであろう。

欧州に関する政策をめぐっては、彼はトルコのEU加盟には明確に反対の立場を取り、EUの拡大には否定的である。その一方で欧州統合の深化には積極的であり、フランスが国民投票で批准拒否の結果を出した「欧州憲法条約」について、EUの機構改革に絞ったより簡潔な条約を結ぶことを提唱し、27カ国のEUがより機能的に運営できるよう改革を急ぐことを主張している。

■ サルコジ新政権と「ルプチュール」の政治

サルコジ新大統領が率いることになる今後5年間のフランスは、特に経済政策や福祉政策の面で大きな変革を経ることになるであろう。グローバリゼーションに直面する世界の他の国々にとっても、サルコジ政権下のフランスの試みは興味深い示唆を投げかけることになると思われる。

そして今回の大統領選挙とサルコジ新大統領の登場は、フランス第5共和政にとってひとつの転機となるであろう。今回の選挙戦のキーワードのひとつに、“rupture(ルプチュール)”という言葉がある。「断絶、訣別」という意味である。サルコジ、ロワイヤル両候補とも選挙戦でこの言葉を用いており、サルコジ氏も与党候補でありながらもシラク大統領までのゴーリズム(ドゴール主義)の系譜とは一線を画しており、過去との「静かな訣別("une rupture tranquille”)」を主張している。彼の主張する「ルプチュール」とは、シラク政権を含む過去の政治との断絶であるとともに、彼が批判する1968年の「5月革命」によって失われたとする労働や権威、倫理といった徳目をもう一度復権させようという、長年のフランスの社会文化に対する挑戦を含んだものでもある。

大統領選挙に引き続き来月には国民議会(下院)の総選挙が行われるが、過去の政治との継続性を否定し、フランスの改革を唱えるサルコジ次期大統領がフランスをどのように治めていくか、引き続き今後の展開が注視される。