コラム

選挙監視活動を通してみた東ティモールにおける国づくりの現在

2007-06-01
伊地哲朗(研究員)
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東ティモールでは独立5周年を迎えた5月20日、ラモス・ホルタ新大統領の就任式が開かれ、国づくりの新たなページがめくられた。日本政府は、4月の大統領選挙第1回投票に引き続き、5月9日に実施された同選挙の決戦投票に際しても選挙監視団を派遣した。筆者は5月7日から10日までの間、8名からなる監視団の一員として現地で活動したので、本稿ではその経験を踏まえながら、東ティモールにおける国家再建の今について考えてみたい。

日本の監視団は首都ディリ市内、マナトト県およびバウカウ県において、投票日に向けた準備、投票、開票と集計プロセスについて、選挙監視活動を実施した。その活動は地理的かつ時間的に限られたものだったが、他の選挙監視団や国連関係者との意見交換を通じて得た情報も勘案して、多少の技術的な問題を除けば、事前に懸念された治安の悪化もなく、一連の選挙プロセスは総じて平和裏に行われたとの評価を下した。

国連東ティモール暫定行政機構(UNTAET)による管理を経て2002年5月に独立を達成した東ティモールは、紛争後の平和構築の成功例とみなされてきた。しかし昨年4~5月の騒擾事件は東ティモールの独立国家としての脆弱性を露呈する結果となった。その後国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)の派遣を受けて安定化に向かう中で、この大統領選挙は国家建設の前途を占う重要な試金石であった。その意味で、今次の大統領選挙が概ね順調に終わったことにより、東ティモールの国づくりは再び元の軌道に戻り、前に向かって進むことが可能になったといえよう。

実際のところ、マナトト県を中心にいくつかの投票所に直接足を運ぶ中で、新たな国づくりに対する東ティモール国民のエネルギーを感じた。投票日当日に訪れた投票所では、開所時間である午前7時よりもかなり前から、大勢の有権者がつめかけ整然と列を作って投票の順番を待っていた。有権者のみならず、選挙管理技術事務局(STAE)の職員や候補者代理人、国内選挙監視員など東ティモール人全体が、選挙を成功させるべく真摯に職務に取り組んでいた。

今次大統領選挙は東ティモール政府自身が実施する独立後初の国政選挙であったが、国際社会の支援が選挙プロセス全体に安定感を与えていたのも事実である。例えば、投票日翌日に訪れたディリの集計所では、東ティモール人の職員が票の確認・集計作業を行う傍らで、国連のアドバイザーが懇切な指導をしていた。また、東ティモール国家警察に加え、国連警察やオーストラリア軍主体の国際治安部隊のプレゼンスが、治安悪化に対する抑止効果を発揮した側面を忘れてはならない。

開票時に訪れた投票所では、STAEのユニフォームに身をつつんだ青年が、投票用紙を一票一票周囲に提示し、記名された候補者の名前を声をからしながら読み上げていた。あまりに長くホルタ票が続くので、対立候補で東ティモール独立革命戦線(フレティリン)党首のル・オロ氏の票が時折現れた際、それを間違ってホルタ票と間違って読み上げる一幕もあった。ル・オロ氏側の候補者代理人はすかさずクレームをつけていた。選挙は69%の票を獲得したホルタ氏の圧勝に終わった。

ル・オロ氏が敗北宣言をして支持者に選挙結果受け入れを呼びかけた点は意義深い。なぜなら選挙結果が東ティモール国民全体、とりわけ敗者となる勢力に受けいれられるかどうかは、今回の選挙の重要なポイントの一つであったからだ。日本の選挙監視団は、他の監視団とともに、自由かつ公正な選挙が実施されているかを監視することによって、選挙結果が厳粛に受け止められる環境づくりに貢献したといえよう。別の見方をすれば、フレティリン側が敗北を甘受したのは、今後も民主的な選挙による政権交代の可能性が保障され、敗者復活のチャンスがいずれ廻ってくると認識しているためと考えられる。それは民主主義がようやく根付きつつあるという証左といえるかもしれない。

今後の焦点は、6月30日に実施予定の国民議会選挙である。象徴的な存在である大統領を選ぶ今回の選挙より、実権を握る首相選びにつながる次回の議会選挙のほうが、各勢力の命運にとって決定的な重要性を持つ。グスマン前大統領は新党・東ティモール再建国民会議(CNRT)を立ち上げ首相の座を目指す意向を表明する一方、フレティリンの有力者アルカティリ元首相は復活をかけ議会選挙に焦点を合わせている。昨年の騒乱で先鋭化した両者の権力闘争は依然として続いているのである。今回の決選投票では、第一回投票で敗退した候補のほとんどが、反フレティリンを旗印にホルタ氏支持に回ったことから、ホルタ氏が大勝した。だが議会選挙でも反フレティリン勢力の結束を維持できるかは不透明である。また、急速に勢力を拡大している民主党党首のラ・サマ氏の動向からも目が離せない。

東ティモールは未だポスト・コンフリクトの平和構築の途上にある。かつてインドネシアからの独立運動を指揮し、独立達成後に新生東ティモールの国家建設に当たることになったリーダーたちは、武力による抵抗と闘争という古いやり方から決別し、交渉と妥協による政治的解決の手法を習得しなければならない。今回の選挙を通して、彼らの間にようやくその兆しが見られたのは心強い。民主主義や法の支配を定着させるには、警察・司法制度の強化を急がなければならない。平和の配当を実感できるほど経済状況と生活水準の改善が芳しくない中、国民の不満は社会全体に充満している。とりわけ若年層や元兵士の疎外感は深刻で、社会の不安定要因となっている。

そうした諸問題を克服していく上で、国際社会の支援が引き続き必要とされているのは言うまでもない。国連PKOの時期尚早な撤退が昨年の騒乱を誘発した経緯もあり、国際社会の関心と関与をどう繋ぎとめておくかは深刻な課題である。日本は現地でも高く評価されている自衛隊の派遣などを通じ、東ティモールの国づくりに積極的に貢献してきている。今回の選挙監視団派遣もその延長線上にあるが、今後アジアの一国である東ティモールの平和構築へのさらなる強力な取り組みが期待される。

(注)なお、ここに表明されている見解は全て執筆者のものであり、日本政府選挙監視団の意見を代表するものではない。