コラム

自衛隊の役割から日本の安全保障政策を考える:2007年上半期を振り返って

2007-06-18
藤重博美(研究員)
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6月の後半に入り、2007年も折り返し地点を迎えようとしている。今年の上半期を振り返って見ると、日本の安全保障政策のこれから――特に、自衛隊の今後の役割を考えていく上で、いくつかの重要な出来事があった。その中で特に大きく取り上げられたのは、年頭早々の防衛省の発足、3月末に明るみに出たイージス艦情報漏洩事件、4月末に設置された集団的自衛権懇談会の三件だった。



2007年の年明けとともに実現した「省」昇格は、旧防衛庁の長年の悲願とされてきた。もっとも実際面で何が変わったかと言えば、政策決定面での手続きが以前よりは簡略になったくらいで、大きな変化があるわけではない(1)。それでも、自衛隊員の士気高揚や国家の安全保障という重大事をことさらに瑣末に扱うような不自然さが解消されるなど、象徴的側面での効用は無視できないだろう。



これに対し、情報漏洩事件と集団的自衛権懇談会設置の二つは、日本が直面する安全保障政策上の課題――特に、日米同盟の今後を考える意味で、より実質的な重みを持った出来事だった。




集団的自衛権行使に関する制約の見直しを持論として掲げてきた安倍首相は、その第一歩として四つの個別事例についての有識者会合を立ち上げた。5月中旬からは実質的な議論も始められている(2)。集団自衛権は、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されてないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」であり、同盟国と共同活動を行う際の基盤となる。ところが、日本国政府は「この権利を保持してはいるが、これを行使することは、憲法上許されていない」との立場を取っている。そのため、日米同盟の適用範囲は大きく制約されてきたのだった(3)。




集団的自衛権の行使に関する制約については米国側の不満も大きく、もし、これが撤廃されれば、日米同盟の活動範囲は飛躍的に広がることだろう。ただし、来月に予定されている参院選挙で安倍政権の苦戦が予想されていることもあり、安倍首相の肝いりで始まった集団的自衛権の見直し作業が、今後どのように進展するかについての道筋は見えてこない(4)。それでも、これまでタブーとして触れられてこなかったこの問題についての議論が始まったこと自体、大きな意味を持つように思われる。




一方、最高機密に属するイージス艦関連の情報漏洩事件では、本来、この情報に対するアクセス権を持たないはずの下士官の自宅で関連データが押収されたことで、自衛隊の情報管理の甘さを浮き彫りにした。国家の安全保障に直結する情報の漏洩は、国民の安全を著しく脅かし、また多額の血税を無駄にしかねない由々しき問題である。たとえば、暗号情報が敵対国に流れれば、暗号を設定しなおすまでの間、敵からの攻撃に極めて脆弱な状況に置かれるだけではなく、新たな防諜対策を講じるために巨額の費用が必要となる場合もあるのだ。




情報保全の強化は、日米同盟の紐帯という観点からも、早急に対策を講じなければならない課題だと言えよう。日米の安全保障協力関係の強化について議論が行われるとき、必ずといっていいほど課題の一つに挙げられるのが情報の共有化である。しかし、実際には情報の共有化が必ずしも円滑に進んでいない要因の一つに、日本側の情報管理の甘さがあるとも言われている。自らが渡した極秘情報が相手国から簡単に漏洩するようでは、情報協力に慎重にならざるを得ないというのもうなずける話である。今回、流出が発覚したイージス艦関連の情報も、最高機密に属する「特別防衛秘密」だった(5)。いくら政治レベルで日米同盟の緊密化を唱えたところで、共同行動を取る上での基盤となる情報の共有化を進められなければ、有事の際に大きな支障をきたす恐れもある。今後、日米間で共有する情報の保全体制を強化するため、「軍事情報に関する一般的保全協定(GSOMIA)」の締結が、日米間で実質的に合意されている(6)。しかし、情報保全の重要性を24万人に及ぶ自衛隊員の末端にまで浸透させなければ、絵に描いた餅に終わる危険性もあるのだ。




◆◆◆



上記で取り上げた三つの事例ほどには大きく報道されなかったが、今後の自衛隊の役割を考える上で、見逃せない重要な動きは他にもあった。1月の「国際平和協力業務」本来任務化と3月の中央即応集団新編成である。双方とも、自衛隊のグローバルな活動を後押しする出来事だった。




年頭の「国際平和協力業務」本来任務化は、防衛省発足と同時に実現したため、報道の面では影が薄かったが、実質的には、より大きな意味があったと言えよう(7)。1992年、いわゆるPKO協力法が成立して以来、自衛隊はカンボジアのPKOに派遣されたのを皮切りに、世界各地のPKOや人道支援活動、また国際緊急援助活動を行ってきた。その活動地域は、カンボジアや東ティモールのような近隣地域だけでなく、中東(トルコ、イラン)、南アジア(パキスタン)、中東(シリア、トルコ)、さらに遠く、アフリカ(モザンビーク、ザイール)や中南米(ホンジュラス)に至るまで、まさに地球規模に広がったのである(8)。




PKO協力法が成立した当時は、長年の「国是」であった自衛隊の海外派遣禁止のタブーを破ることへの抵抗も強く、また、これを契機に日本が再び軍事大国への道を歩むのではないかとの懸念も寄せられた。しかし、これまでの実績を振り返ってみると、自衛隊の海外任務が戦前のような軍国主義の再来とは程遠いものであることは明らかであり、受入国の人々にも概ね好意的に受け入れられてきたと言ってよいだろう。




しかし、これだけの実績を挙げてきたにも関わらず、自衛隊法上、これらの活動は「付随的任務」とされてきた。国土の防衛に直結した任務などが「本来任務」とされる一方、国際社会の安定に資するための活動は二次的な位置付けに甘んじてきたのである(7)。北朝鮮の核開発を初め、近隣の戦略環境に不安定さが付きまとう日本の場合、自衛隊の最も中心的な任務が国土と国民の安全を守ることであることは当然であるが、グローバル化が進むこの時代においては、国際環境の安定化も極めて重要な任務である。このように考えれば、自衛隊の国際的な活動が単なる副次的な任務であるはずがない。したがって今回の本来任務化は、遅ればせという感がなきにしもではあるが、妥当な措置だったと言えよう。




さらに、中央即応集団の新編成は、自衛隊による国際協力任務の実効性を一層高めるための措置だ。中央即応集団は、2004年の改定された防衛大綱に基づき、陸上自衛隊内に新たに設置されたものである。従来、陸上自衛隊は国土防衛を念頭において、日本国内の地域ごとの方面隊に分かれていた。これに対し中央即応集団は、国際平和協力業務や国際緊急援助活動、人道復興支援、また国外における緊急時の在外邦人の避難支援など、日本国外で活動することを前提として設立された。中央即応集団の設立を受けて、1996年より継続中のシリア・ゴラン高原でのPKOへの参加が同集団の管理下に移されるとともに、今年4月からは同集団発足後初めての活動として国連ネパール支援団の軍事監視要員として6名が自衛官を派遣されている。現在の活動規模は、それほど大きくはないが、中央即応集団の役割は、その名が示す通り、国外での緊急時に迅速に対応することである。その真価が問われるのは、実際にそのような危機的状況が発生してからのことになろうが、このような準備態勢が整ったことは評価されるべきだろう。特に、一刻も早い救援活動開始が必要となる大災害発生時には、少なからぬ役割を果たすものと期待される。




このように、今年の前半には、あまり注目を集めなかったが、自衛隊の国際協力活動を法的にも実質面でも強化する動きがあったのである。日本にとって最大の安全保障上の懸案が近隣諸国(特に北朝鮮)の脅威であることは間違いないが、そのため、過去数年、北朝鮮問題に大きな関心が集まるようになった一方、国際協力に対する関心は必ずしも高いものではなかった。しかし、近隣地域の不安定化に対抗するためのツールである日米同盟の活動領域が今や近隣地域に留まらないことや、遠隔地域の不安定化も、グローバル化の今日、日本の安全と脅かす可能性があることを考えれば、国際平和協力業務は、まさに自衛隊の「本来任務」なのである。また、国際環境の不安定化は、経済・社会面でも私たちの生活に深刻な影響を及ぼすことがある。最近、問題となっている石油価格の高騰も、大型ハリケーン「カトリーナ」によって米国の石油精製施設が大打撃を受けたことやアフリカ最大の産油国ナイジェリアの石油精製施設が反政府武装勢力の攻撃対象となっていることなどが原因だと言われている。はるか遠くの国々の自然災害や紛争が私たちの生活に直結し、脅威を与える時代なのである。




このように考えていくと、日本の安全保障と直結した近隣地域と国際社会全体の双方を、ともにバランスよく安定化していくことこそ、今日、わが国の安全保障を確実なものとするためには欠かせないのだと言えるだろう。自衛隊の役割も、こうした観点から考えていくべきではないだろうか。




【註】

1.内閣府の外局として位置づけられていた旧防衛庁の場合、法案を閣議に付する際には、内閣府を経由しなければならなかったが、防衛省では直接閣議にかけられるようになった。また、旧防衛庁長官とは違い、防衛大臣には閣議開催請求権も与えられている。




2.有識者会議の検討対象となっている四つの個別事例は、(1)同盟国を攻撃する弾道ミサイルを日本のミサイル防衛システムによって撃破、(2)公海上で海上自衛隊艦と並走する艦船が攻撃された場合、自衛隊が反撃、(3)ある共有された目的を持ち複数の国がともに活動するケースにおいて、他国軍が攻撃する場合、自衛隊が反撃、(4)自衛隊による外国軍隊の後方支援――の四つである。




3.集団的自衛権の行使禁止は、政府が1956年5月29日、稲葉誠一衆議院議員の質問主意書に対する答弁の中で示した解釈によるものである。明確な憲法による禁止ではない以上、手続き的には、政府がこの解釈を変更すれば日本は集団的自衛権を行使することができるようになる可能性があるが、政治的に極めてデリケートな問題であり、これまで政策上の課題として真剣に検討されることはなかった。




4.また、現在見直し作業が行われているのは、先に挙げた4つの事例に限定されているため、仮にこれらのケースについて集団的自衛権が認められたとしても、集団的自衛権に関する制約が全面的に廃止されるまでには、まだかなりの時間がかかるものと思われる。




5.用語解説参照: 「軍事情報一般的保全協定(GSOMIA)」
 http://www2.jiia.or.jp/keyword/200706/18-fujishigehiromi.html





6.用語解説参照: 「軍事情報一般的保全協定(GSOMIA)」 
 http://www2.jiia.or.jp/keyword/200706/18-fujishigehiromi.html





7.従来、「本来任務」に含まれていたのは、「主たる任務」の防衛出動と「従たる任務」である災害派遣、治安出動などであった。


8. ザイールの現在の国名は、「コンゴ民主共和国」。