コラム

緊張続くロシアと米英との関係~「冷戦の再来」はあるのか

2007-07-24
猪股浩司(主任研究員)
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米国ミサイル防衛システム(MD)の東欧配備に対してロシアが反発を強めており、ロシアと米国の関係が悪化している。米国MDの東欧配備については、米国が「これはロシアを標的にするものではなく、むしろロシアにもこの計画に参加してほしい」としているのに対し、ロシアは「これはロシア領域をもカバーしており、世界の軍事バランスを崩すものであって、決して容認できない」との立場を崩していない。今春来、ロ米間で首脳会談を含む対話が続けられているが、この問題に対する双方の立場は、なお基本的に平行線を辿ったままである。

こうした中、ロシアは、「あらゆるMDを無力化できる」(イワノフ第一副首相)とされる二種類の新型ミサイル(ICBM「RS24」、及び巡航ミサイル「R500」)の発射実験(5月29日)、プーチン大統領によるアゼルバイジャンのガバラ基地のレーダーのロ米共同利用提案(6月7日)、同大統領による欧州通常兵力条約の履行停止命令(7月14日)、ブジンスキー国防省国際条約局長による欧州通常兵力条約に替わる新条約の提案(7月18日)など、揺さぶりともみられる動きを次々とみせている。

また、ロンドンで発生したロシア連邦保安庁の元中佐・リトビネンコ氏の殺害事件をめぐる英国の動きに対してもロシアは反発を強めており、ロシアと英国との関係も悪化している。この問題では、英国によるリトビネンコ氏殺害容疑者・ルゴボイ氏(ロシア在住)の身柄引き渡し要求をロシアが憲法の規定を理由に拒否、これを受けて英国が在英ロシア大使館員4人の国外退去やロシア官僚に対するビザ発給の制限などの措置を採ることを発表した(7月16日)ところ、ロシアは在ロシア英国大使館員4人の国外退去要求などの措置で対抗(7月19日)しており、非難合戦とまでは言えないにせよ、双方の駆け引きが続いている。

このようなロシアの対応については、「犯罪者」の身柄引き渡しをめぐるロシアと英国とのこれまでの確執も、その背景にあると推察される。即ち、英国は「政商」ベレゾフスキー氏やチェチェン独立派のザカエフ氏といった「反プーチン勢力」を亡命者として受け入れており、ロシアはそうした英国の姿勢を批判し続けてきた。この度も、ロシアが英国によるルゴボイ氏身柄引き渡し要求を拒否したことに対する英国の反応については、ロシア最高検察庁が「英国はここ数年間、ロシアの犯罪者にとっての“お気に入りの”国家の一つとなった。これは英国の二重基準に原因がある」旨の内容を含む声明を出している。

さて、最近のロシアは、プーチン大統領の指導の下で権力の集中を進めつつ、経済の好調を背景にして国力を急速に増している。そうした状況で、ロシアが米英に対して強い姿勢をみせていることから、ロシアとソ連のイメージをオーバーラップさせ、ロシアと米英の対立がますます先鋭化するのではないか、換言すれば「冷戦の再来」があるのではないか、といった見方に引きずられがちになるのは、ある意味で自然であろう。しかし、ここで、冷静に考えてみよう。

まず認識しなければならないのは、ロシアと米英は、いくつかの問題で対立していながらも、それ以上に、相互に協力を必要とする非常に多くの分野を抱えているということである(このことは、ロシア外務省が3月27日に発表した「ロシア外交政策概観」にも述べられている)。ロシアと米英は、現に首脳レベルを含む様々な対話のチャンネルを有し、貿易経済などの分野でも深い関係にある。例えば、ロシアは、G8や欧州安全保障協力機構(OSCE)の正式メンバーであり、NATOのオブザーバーであり、EUとはパートナーシップ協定を結んでいて、これまでNATO加盟国との合同軍事演習も実施している。ロシアと米英が共同で活動する舞台としては、さらにいくつかを指摘することさえ可能であろう。敢えて単純化して言えば、米国MDの東欧配備やリトビネンコ氏殺害をめぐる対立は、もちろん重要な問題ではあるけれども、多面的な二国間関係の中の一つの面にしか過ぎないのである。

もちろん、今起きているロシアと米英の緊張を過小評価することはできない。とりわけ最近の緊張は、それが国防や人権、法手続きという「国家の基本原則」に絡むものであるだけに、双方が受け入れ可能な妥協策を見出すことは容易ではない。さらに、そうした緊張の背後に、ロシアと米英の価値観の違いの顕在化や、大国としての自信を回復したロシアの自意識の高まり、あるいはそうしたロシアに対する米英の戸惑いといった事情があることも、事態を一層複雑にしている。というか、むしろ、こうした心理的要因こそが、最近のロシアと米英の緊張の高まりの根源的な原因であるかもしれない。そうした意味からすれば、この緊張は根深いものといえ、事態打開の出口が見出し難いのも首肯できる。しかし、そうした中でお互いが事態打開に向けて対話を粘り強く継続するのが外交である。インパクトと話題性に富む見方は、大体において正確性の点では劣るものであろう。

あらゆる事件は、二国間関係のみならず国際情勢の中で、それも全体的な流れの中で、注意深くこれを位置づけ、評価していくべきである。また、その際の視点もできるだけ客観的なものであるべきである。例えば今回の件について言えば、米英の言い分に耳を貸すのと同様、ロシアの言い分にも耳を貸さなければならない。さもなければ、見方は偏向したものになるのを免れないだろう。今、ロシアの外交政策は明らかに、実利主義と現実主義に立脚し、西側先進国との協調と世界経済への統合を指向している。西側との軍拡競争を進めた末に冷戦に敗北し、国家解体の憂き目に遭い、今やっと国力を回復して国際舞台の第一線に復帰しつつあるロシアが、ここで敢えて欧米と対立するリスキーな路線を選ぶことは考えにくい。そこにロシアのメリットを見出すことは極めて難しいと言うべきだろう。

なお、最近のロシアと米英の対立については、その背景にそれぞれの国内情勢が絡んでいることも、推察される点として指摘できよう。英国では6月に首相が交代し新体制を軌道に乗せる必要があり、ロシアでは来年3月、米国では来年11月、それぞれ大統領選挙が予定されており、後継体制の構築に向けた動きが活発化しつつある。どの国も、「原則を譲れない強い姿勢」を国内向けにもアピールする必要性に迫られていることは疑いない。こうした状況については、プーチン大統領も7月13日、ロ米評議会「ロシアと米国、未来への視線」(共同議長は、米国側がキッシンジャー元国務長官、ロシア側がプリマコフ元首相)の席で、「ロ米関係が選挙直前における政局の人質になってはならない。」旨を指摘している。

いずれにせよ、昨今のロシアと米英の緊張状態にどんな「落としどころ」が待っているのかは、広く国際情勢の推移に負うところが大きく、なお不透明である。しかし、いずれ明らかになるであろう「落としどころ」は、そこに至った過程も含めて、今後のロシアと米英関係を見る上での一つの基準になるだろう。またそれは、ロシアとの関係のあり方を学ぶ上での好個の材料にもなり得るだろう。