コラム

困難に直面するアフガニスタン平和構築

2007-10-26
伊地哲朗(研究員)
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2001年9月の米国同時多発テロ後の軍事行動でタリバーン政権が崩壊してから、6年が経とうとしている。ボン合意に基づく新たな国づくりのための政治プロセスは完了し、平和構築の諸分野で一定の成果が見られる一方、肝心の治安は2006年以降著しく悪化している。相次ぐ自爆テロによる死傷者や、国際治安支援部隊(ISAF)と「不朽の自由作戦(OEF)」に参加する外国軍部隊の犠牲者は今も増え続けている。

治安不安定化の主たる要因は言うまでもなくタリバーンの復活である。タリバーンは南部・東部の農村部を中心に勢力を拡大している。カルザイ政権は、長年の戦乱で疲れきったアフガン国民に対し、より良い統治の実現を約束することで支持を訴えてきた。具体的に言えば、ボン・プロセスを通じて民主的な政府を確立して政治的・軍事的安定をもたらすこと、および国際社会の援助によって経済・社会状況を改善することの二つに集約されるといえよう。タリバーンの勢力伸長は、そうした公約実現にとって深刻な障害となっており、カルザイ政権に対する国民の支持を著しく損なうと同時に、その正統性を脅かす結果となっている。またアフガン国民の間には、「テロとの戦い」の名のもと外国軍部隊が節度を欠いた武力行使や粗暴な振る舞いをしているという不満が蓄積しており、それがカルザイ政権への反感につながっている。

アフガニスタンの現状を把握する上で、同国の背負っている歴史と社会構造に鑑み、カルザイ政権は当初から難題に取り組んできたという点に留意すべきであろう。軍閥が地方に群雄割拠する状況下でカブールに発足した新政権は、その後支配地域を地方へと拡大していかなければならなかった。しかし、戦闘が続くなか復興は円滑に進まず、統治はとりわけ南部・東部で浸透しなかった。実際のところ、外国勢力の支援を得て地方に支配を及ぼす試みは、アフガニスタンの歴史でこれまで幾度となく繰り返されてきた。19世紀末には英国、20世紀後半にはソ連の梃入れで、中央権力は地方に進出して近代化を目指したが、土着の部族社会による頑強な抵抗に遭遇したのである。米国主導の国際社会の支援のもと、中央集権化を進めようとするカルザイ政権も、タリバーンを中心とする反政府勢力から同様の挑戦を受けている。こうしたパターンの背景には、アフガニスタン社会の特徴が大きく作用しているといえよう。アフガン人のアイデンティティーの拠り所は、カブールの中央政府という形で具現化される国家よりも、地域の村落・部族共同体である。そして、軍閥勢力がそれら地域コミュニティーの生活を保護するなどの役割を担うケースが多く見られる。このような構図の中で、「アフガン人」という統一的なアイデンティティーを醸成し、中央集権国家を建設するのは至難の業である。カルザイ政権の究極の挑戦はまさにここにある。

隣国パキスタンを拠点にする反政府活動がもたらした治安の不安定化は、こうした元来困難な課題をより厄介なものにしてしまった。中央政府の統治機能強化が期待通りに進まず、その求心力が失われ、脆弱国家、ともすると破綻国家と呼ぶべき状況に陥りつつある感が否めない。そうした中、国民の支持が未熟なアフガン国家からは離れ、本来のアイデンティティーの基盤である地域コミュニティーに向かったとしても不思議ではなかろう。それらがたとえ麻薬生産・密輸や武器売買を生業とし、銃による支配で支えられたネットワークであったとしても、自らの生存と生活を保障してくれるところに頼ろうとするのも無理はない。中央政府が掲げる民主主義や法の支配といったスローガンが、眼前の厳しい現実の中で、多くの国民に空虚に響いてしまうのかもしれない。目下問題視されているように、汚職や麻薬取引など不法行為に関与する者が政権の中枢にいるのであればなおさらである。また、復興や経済社会開発の進捗が芳しくない中、平和の配当が一般国民に広く行き渡っておらず、中央政府に対する失望感が高まっている。こうした国民の不満の受け皿になっているのが、タリバーンなどの反政府勢力なのである。これらの勢力はカルザイ政権を、米国主導の国際社会によって押し付けられた支配者として描き出すことで、国民の間に一定の支持を得ている。

治安悪化、中央政府の統治能力低下、そして国民からの信頼の喪失などの悪循環が生じる中、国家再建の努力は大きな試練に直面しているといわざるを得ない。例えば、日本が主導的な役割を果たしてきた、元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(Disarmament, Demobilization and Reintegration: DDR)から非合法武装集団の解体(Disbandment of Illegal Armed Groups: DIAG)へのプロセスも然りである。これらの取り組みの目的は、主権国家の要件である暴力独占を実現することであり、具体的には地方の軍閥や非合法の武装集団から軍事力を取り上げ、国軍や警察などを唯一の暴力装置にすることである。だが最近の治安悪化は、軍閥勢力の再軍備や自己防衛のための民兵組織の強化を誘発するなど、地域独自の武力温存への動きを強める結果となっている。この点で特に憂慮すべきは、中央政府の本来の支持基盤である北部や西部などで、タリバーンの到来に備え、そうした動きが見られるようになってきたことである。また、この暴力独占へのプロセスをさらに複雑にしているのは、同時進行する対テロ戦争からの必要性である。アフガン国軍が未だ発展途上の現在、タリバーンに対抗していくためには、米軍や多国籍軍の介入とともに、一部地域で地方軍閥の軍事力に依存せざるを得ないという事情もある。

さらに、国際的な復興開発支援も難しい局面を迎えている。そもそも安定した治安は復興開発の前提条件である。実際、最近の治安悪化は国際社会の援助活動に対する制約要因になっており、タリバーン支配地域では事実上活動を中断せざるを得ないケースも生じている。そのような復興支援の停滞は、平和の配当の遅配につながって国民の失望を招き、反政府勢力を利する結果となってしまう。こうしたジレンマから抜け出そうとする国際社会の取り組みとして位置づけられているのが、地方復興支援チーム(Provincial Reconstruction Teams: PRT)である。ISAFなどによって展開されるPRTは、不安定な治安状況下において開発を何とか推し進め、カルザイ政権による国家再建を側面支援するのが主な目的である。具体的に言えば、生活水準の改善と法の支配を実現することで、中央政府に対する国民の支持を下支えすると同時に、アフガン人自身の治安維持および統治能力が向上するまでの時間的猶予を作り出すという側面もある。しかし、PRTと地元住民との間で衝突や対立が発生するケースもあり、所期の成果が得られていないとの見方もある。

去る9月20日、国連安全保障理事会はISAFの権限を延長する決議1776を採択したが、それはアフガン平和構築に関する現行路線継続に対する国際社会のコミットメントを再確認する形となった。国際的な関与と支援のもと、既に達成した平和構築の成果を最大限に生かしつつ目下の苦境を打開し、国家としての一体性を確固たるものにできるかどうか、アフガニスタンは今重大な岐路に立っている。