コラム

ESDP(欧州安全保障防衛政策)の進展とEU・NATO関係

2009-04-09
小窪千早(研究員)
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■ ESDPの進展と「欧州安全保障戦略(ESS)」の見直し



EU(欧州連合)には、安全保障分野でも共通政策の領域があり、「欧州安全保障防衛政策(ESDP:European Security and Defence Policy)」という政策分野がこれに当たる。昨年2008年は、ESDPにとってひとつの節目の年であった。ESDPの導入につながった1998年のサンマロ英仏首脳会談から2008年で10年になるとともに、ESDPの具体的な作戦が動き出したのが2003年であり、2003年12月に採択された「欧州安全保障戦略(ESS:European Security Strategy)」(※1)が採択されて5年となる。




2003年12月に欧州理事会で採択された欧州安全保障戦略という文書は、この欧州安全保障政策という文書は、短い文書ながらESDPの基本的な指針を示したもので、ESDPのガイドラインとしての役割を果たしてきた。この文書にはいくつかの特筆すべき点がある。
まず、EUが世界の安全保障に積極的に責任を負っていくという姿勢を明確に示した点である。そして第二に、この文書では、これからの世界が直面する危機として、テロリズム、大量破壊兵器の拡散、地域紛争、破綻国家、組織犯罪の5つを特に挙げ、これらの脅威がいずれも軍事的な対処のみでは解決できないことを指摘し、軍事的なアプローチと非軍事的なアプローチを取り混ぜた柔軟なアプローチの重要性を示唆している点である。このような考え方の下に、EUはESDPに基づき2003年以降、具体的に世界各地で様々な作戦を遂行してきた。その中には現地の治安維持を目的にした軍事作戦もあれば、「EU法の支配ミッション(EU rule of law mission)」と呼ばれる非軍事の作戦もある。




2008年12月にブリュッセルで開かれた欧州理事会(首脳会議)では、採択からちょうど5年が経つ欧州安全保障戦略に関して、「ESSの実施に関する報告書(Report on the Implementation of the European Security Strategy - Providing Security in the Changing World)」(※2)がソラナCFSP上級代表から提出され、欧州理事会で採択された。この文書では、EUが2003年以降、世界の安全保障の分野で大きな役割を果たしてきたと述べつつ、欧州はさらに複雑な脅威と課題に直面していると述べ、今日の主要な脅威として、大量破壊兵器の拡散、サイバーテロなどを含むテロリズムと組織犯罪、エネルギー安全保障、気候変動が挙げられている。エネルギー安全保障や安全保障の課題としての気候変動問題は、2003年のESSでは鍵となる脅威のひとつとしては挙げられておらず、EUの安全保障の関心がさらに拡大していることを示している。そしてグルジア問題などEUの東方の不安定な地域でも役割を果たすとともに、破綻国家の安定化や海賊対策などにも目を向け、欧州地域とそれを超えた地域に安定化をもたらすべきと指摘されている。実際に海賊対策の分野でも、EUは“EUNAVFOR-Atalanta”と称する作戦を展開し、EUとして艦隊や飛行機などをソマリア沖に派遣し、警戒活動に当たっている。このようにESDPは実質的な始動から5年を経て、さらに活動内容の拡充を図っている。このことはEUとNATOとの関係にも影響を及ぼしている。



■ EU・NATO関係の新たな視座




ESDPの形成以来、ESDPとNATOとの関係をどう規定するかということが常に問題となってきた。現在EU加盟27カ国とNATO加盟28カ国(クロアチアとアルバニアが新規加盟)のうち、21カ国がその両方に加盟しており、NATOのアセットとESDPのアセットには当然ながら重複が多い。その中でESDPはNATOとの関係は、競合的な議論に陥ることもあったし、あるいは単純に棲み分けを行うことで並存しているということも多かったが、最近ではESDPとNATOが同一地域で展開するという事象も起こっており、ESDPとNATOの関係は補完的なものへと新たな関係性を模索している。コソボやアフガニスタンでの例が典型的な例で(※3)、NATOが現地で治安維持を担当し、同時にEUが現地で警察ミッションないし現地警察官の養成、あるいは現地の行政の支援を行うといったある種の相互併存関係ができつつある。




2009年4月3日にはNATOの首脳会議がフランスのストラスブールとライン川の対岸にあたるドイツのケールで行われた。そこでの出来事のひとつはフランスが1966年以来43年ぶりにNATOの軍事機構に復帰したことであるが、このことはNATOとESDPのより密接な関わりにも繋がる。NATOもまた今年創設60周年を迎えて、任務の領域や任務の内容などをめぐって新たな将来像を模索している。ESDPとNATOの関係は、より補完的な関係に向けて、これから新たな段階に入ると思われる。



(※1) 「欧州安全保障戦略(ESS)」はEUのホームページにある以下のURLを参照。
    http://www.consilium.europa.eu/uedocs/cmsUpload/78367.pdf



(※2) 「ESSの実施に関する報告書(Report on the Implementation of the European Security Strategy - Providing Security in the Changing World)」は以下のURLを参照。
     http://www.consilium.europa.eu/ueDocs/cms_Data/docs/pressdata/EN/reports/104630.pdf



(※3) コソボでは、NATOがKFOR(コソボ治安維持部隊)の指揮権を取り、EUが警察や司法関係者から成る支援ミッションとして「コソボEU法の支配ミッション(EULEX Kosovo)」という作戦を展開している。アフガニスタンでは、NATOがISAF(国際治安支援部隊)の指揮権を取り、EUは警察官らを派遣し、「アフガニスタンEU警察ミッション(EUPOL Afghanistan)」という警察支援ミッションを展開している。