コラム

コート・ディヴォワールの悲劇

2003-01-07
片岡貞治 (グローバルイシューズ研究員)
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根深い原因
 嘗てはアフリカの奇蹟のモデルと呼ばれ、フランス語圏アフリカ諸国の安定国家として西部アフリカのリーダー的存在であったコート・ディヴォワールが、昨年9月半ば以来国内を二分する内戦状態に陥り、混迷し続けている。現時点(2003年1月6日)では、圧倒的な影響力を有し、兵力を2500人まで増派させた仏が外交的なイニシアティブを発揮して休戦協定を遵守させようとしているが、依然として予断を許さぬ状況である。
 軍の一部の反乱に端を発した今次内戦の原因は、短絡的なものではなく、独立以来のコート・ディヴォワールの統治システムそのものに起因する極めて根深いものである。

 ウフエット・ボワニ・システムの瓦解
 建国の父であるウフエット・ボワニ初代大統領が作り上げた政治経済システムは段階的に瓦解して行った。ウフエットの奨励した経済システムはカカオやコーヒーなどの輸出生産品を大量栽培することのできる大規模農園栽培に礎を置いていた。大規模農園の経営のために、コート・ディヴォワールは大量の外国人労働者を必要とした。ブルキナ・ファソ、マリ、ギニア、ガーナ、リベリア等近隣諸国からの大量の労働者の獲得が、コート・ディヴォワールの奇蹟の達成に貢献したのである。ウフエットはこうした外国人労働者の一部に二重国籍を与え、国民として統合させていった。現在の人口1600万人の内、約三分の一がこうした外国人労働者出身である。
 73年のオイル・ショックを契機に、80年代以降、第一次産品の価格が下落し、フランスとの特権的な貿易関係が終わりを告げ、多額の債務が累積し始めると、システムは故障し始める。

 「イヴォワリテ」
 こうした経済的危機に政治危機が追い打ちをかける。93年にウフエット・ボワニが逝去すると、ベディエ国民議会議長とウワタラ首相の間で激しい後継者争いが開始する。ベディエは権力の正統性を確保し、権力の座にしがみつくために「イヴォワリテ」(「象牙性」)という概念を打ち出した。政府は、「イヴォワリテ」という民族的指標に基づいて国民の一部を排他することによって政治危機を一層深めていった。コート・ディヴォワールはもともと民族のモザイク国家であったが、その民族分類や数は恣意的且つ政治的なものであった。政府は、政治的且つ人為的に発案された民族的指標を社会的な差異として、政治目的遂行のために利用したのであった。
 99年末の軍部のクリスマス・クーデターによりベディエを追い遣ったゲイ将軍、ゲイの跡を継いだバグボ現大統領も不幸にも結局は同じ道、即ち「イヴォワリテ」というナショナル・アイデンティティを主張する政策を踏襲して行った。バグボが行った「国民和解フォーラム」は、コート・ディヴォワールと国際社会との和解を可能ならしめたが、国内の緊張を緩和しうる実質的な政治開放には繋がらず国民和解には至らなかった。

 軍部の瓦解
 軍機構の瓦解も深刻である。ウフエットは、軍関係者を国家の公務に関与させ、軍部を巧みにコントロールしていた。軍幹部は、軍機構の職以外に、各省庁、知事、地方自治体、税関、国営企業、在外公館などに出向することができた。事実、ウフエット時代の国防相経験者の中には、在外で大使を経験したり、国内で知事などを経験していた者が多くいた。軍人に責任あるシビリアンのポストを与えることによって、ウフエットは、軍部の信頼を獲得していった。兵力はウフエット時代の13000人から、ここ三年で19000人までに増加している一方で、第一次産品の国際価格の下落で国家歳入が激減し、国防費も抑えられている。その為、新規装備の購入や現有装備メンテナンスも殆ど行われなくなった。ウフエット時代は、国防費の6割が人件費であったが、現在は96%にまで膨れ上がっている。
 構造調整政策の影響で、国営企業は民営化し、軍幹部の出向先や再就職先はなくなり、ベディエ以降、軍幹部の在外や知事への栄転及び出向も全く見られなくなった。軍関係者の不満は静かに増大していった。国軍は、治安維持の為の単なる部隊と化し、将官、佐官はおろか若い下士官もやる気を失い、軍紀も乱れていった。軍機構の瓦解とバグボ政権が現在の内戦を鎮圧すべく大量の傭兵を雇っていることとは無関係ではない。

 今後の展開?
 ウフエット・ボワニの後継者であったベディエ、ゲイ、ウワタラ、バグボの何れもが国人として相応しい資格を有していなかったのは事実である。
 産業構造上の慢性的な経済危機、政治危機の繰り返し、国家機構の衰微、軍部の瓦解といった状況に、「イヴォワリテ」という排他的な概念の主張が付加され、政治的に分類化された「民族対立」が扇動され、「外国人」が元凶と後ろ指を指される。寧ろこの「イヴォワリテ」こそが、諸悪の根元であるにもかかわらず。
 「イヴォワリテ」の概念と現政府はどう向き合って行くのか。バグボ政権が、排他的な「イヴォワリテ」の概念を放棄し、対話を奨励した真の国民和解を徹底的に推し進めていかない限り、仏軍やECOWAS軍(セネガル、ガーナ、ニジェール、トーゴ、ベナン)の介入や仲介も結局は水泡に帰し、内戦は再発してしまうであろう。