コラム

GCC諸国の民主化―バハレーンとカタルの事例から―

2003-09-30
松本 弘(主任研究員)
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周知のように、イラク戦争に際して米ブッシュ政権は、大量破壊兵器の問題とともに「中東の民主化」をその目的として主張した。これは、イラクの民主化を中東全体の民主化につなげるという戦略であると同時に、イラクよりも非民主的な米国の同盟国に対する従来からの不満や批判が反映されたものであった。それゆえ、イラク戦争後に中東諸国に対する米国の民主化圧力が高まり、特にそれは民主化に関して強い批判を受けているサウジアラビアなどのGCC(湾岸協力会議)諸国に向けられると考えられた。これまでの米国による対中東関与は、その国益重視の現実主義的対応から中途半端に終わる例がほとんどであったため、この圧力が実際にどの程度の影響を与えるものかはわからない。しかし、既にGCC諸国に対する米国の民主化圧力は様々なかたちで始まっており、ドラスティックな変化は想定されないものの、中長期的には各国で何らかの政治改革が行なわれるであろうとの観測が強まっている。

一方、バハレーンでは昨年2月に新憲法が公布され、11月に総選挙が実施されて、実に27年ぶりの議会が開設された。カタルでも、本年4月に新憲法が公布され、来年に予定される建国以来初めての総選挙及び議会開設が準備されている。両国の民主化は、以前から準備されていたものであり、イラク戦争や米国の民主化圧力とは直接的な関係はない。しかし、バハレーンとカタルの民主化が生じた理由やその内容は、米国の民主化圧力の有無に関わらず、今後のGCC諸国の政治や社会の変化を考える上で多くの示唆を含んでいる。GCC諸国の民主化に関し、その現状にどのような問題があり、どのような改革が想定されうるかといった分析や考察に、両国の事例は重要な材料を提供しよう。それゆえ、以下に両国の民主化に関する解説と、それと他のGCC諸国との関連について述べてみたい。

筆者が両国の民主化事例を重要視する理由は、2つある。ひとつは、GCC諸国において、両事例が初めての内発的な変化によるものであること。もうひとつは、これまで論じられてこなかった新たな民主化要因を、両事例が示していることである。民主化に関わるGCC諸国の政治変化は、これまで外部からの要因によって生じてきたと言っていい。たとえば、1967年第三次中東戦争によりアラブ民族主義の権威が失墜し、その影響力が減退すると、バハレーンは75年に憲法と議会を停止し、クウェートは76年以降2回にわたって議会を停止した(76-81、86-92)。同時期のアラブ首長国連邦、カタル、オマーンは立法権のない任命制の諮問評議会のみを設置している。クウェートの議会が復活するのは1991年湾岸戦争のあとであり、同じく戦争後にサウジアラビア、バハレーンで諮問評議会が設けられ、サウジアラビアとオマーンで憲法に相当する基本法が制定され、オマーンの諮問評議会には選挙制度が導入された。アラブ民族主義の盛衰や湾岸戦争といった外部要因が、常にGCC諸国の政治変化をもたらしてきたのである。

しかし、昨年のバハレーンと本年のカタルにおいて生じた政治変化には、そのような外部からの要因は見当たらない。既述のように、イラク戦争とタイミングが重なったのは言わば偶然に過ぎず、両国の民主化はGCC諸国で初めての内発的な変化ということになる。けれども、この内発的変化が生じた理由が判然としない。国内において、民主化要求の激しい運動や強い世論があったわけではない。バハレーンにおいては1971年の独立後、73年に憲法制定、総選挙、議会開設がなされたが、上述のように75年に憲法と議会が停止された。その後、確かに憲法と議会の復活要求は存在し続けたが、政府は長くその要求に応えなかったし、昨年に民主化を実施しなくとも、そのことによってバハレーンが深刻な政情不安に陥る懸念はなかった。カタルでは70年に暫定憲法を作成して71年に独立し、72年に諮問評議会を設置して以降、その体制に対する国内からの批判はほとんどなく、これまた本年に民主化を開始しなければならない状況になかった。要するに、「何故、今なのか」という疑問に答えることが非常に難しい。

その答えとしては、対米配慮と国王の改革志向が挙げられている。対米配慮とは、一般に「コスメティック・デモクラシー(化粧品のような民主主義)」と呼ばれるものであり、途上国が経済協力拡大などを目的に先進国、特に米国にアピールするために民主化姿勢を示すというものである。両国の民主化も、安全保障や外資導入などのために実施された「コスメティック・デモクラシー」であるとの評価が存在する。国王の改革志向については、カタルでは1995年に宮廷クーデターによって、バハレーンでは99年に前国王の死去によって、前国王の息子である皇太子が国王に即位している。両国ともに、他のGCC諸国に先駆けて国王の世代交代が生じたわけであり、これら若い新国王がそれまでの現状維持に執着するような姿勢を転換させ、新しい国家の形成や運営を希求した結果であるとされている。実際、新国王即位以来、カタルでは暫定憲法改正や地方諮問評議会の設置およびそれへの選挙導入が続き、バハレーンでは国民行動憲章の策定が行なわれ、これらが上記した民主化に結びついている。しかし、対米配慮や新国王の改革志向は事実であるにしても、それのみでは民主化要因としての説得力に欠ける。

そこで、両国の新憲法の内容を見てみると、バハレーンの場合は国王と上下両院の3者が立法権を有し、下院40議席は普通選挙による選出だが、上院40議席はすべて国王による任命となっている。カタルの場合は、一院制の議会が立法権を有し、45名の議員のうち、30名が普通選挙による選出、残り15名が国王による任命となっている。国王に立法権はないが、法の公布は国王による勅令であり、国王は議会を通過した法を議会に差し戻すことができる。両国ともに行政権は国王が有し、国王が首相を任免し、政党は禁止されている。バハレーンの制度はヨルダンと同じものであり、国内にシーア派という不安定要因を抱えるバハレーンが、同様にパレスチナ人という不安定要因を抱えるヨルダンの制度を真似たものと見られる。それゆえ、国王が立法権を有することや、立法権を有する上院が国王による任命議員で構成されることは、下院における政府批判勢力の抑制を目的としている。事実、シーア派組織などの政府批判勢力は上記2点を制度上の欠陥として非難し、昨年の総選挙をボイコットした。

国王や大統領による任命議員の存在は、バハレーンのみならず、他のアラブ諸国にも見られ、その目的もバハレーンと同じものである。それゆえ、カタル議会における国王任命議員の存在も、同様に政府批判勢力の抑制のためと一般には受け取られている。しかし、カタルの場合には疑問が残る。既述のようにカタル国内には、実質的に政府批判勢力は存在しない。総選挙が実施されても、国王を支持する部族の代表者や政府関連の候補者が、30議席すべてを占めることは確実視されている。言わば無風選挙であり、国王任命議員が存在しなくとも、議会が政府批判勢力となる可能性はない。もちろん、任命議員は将来のための布石や保険という見方もできるが、そのような事態を想定して憲法を作成したとは考えられない。現在、国王から任命される議員として予想される人々は、国王側近や名望家などといった存在ではなく、実は法律家、すなわち「立法作業の専門家」たちなのである。選挙によって選ばれる議員の方が、むしろ部族代表といった名望家となる見込みであり、彼らは立法作業については素人同然といえる。選出議員が政府支持派であっても、立法機関たる議会の職務を委ねるには、彼らははなはだ心もとない。それゆえに、「法律のプロ」を任命議員として送り込み、議会の本務である立法作業を円滑に行なえるようにする。これが、カタルにおける任命議員設置の目的であろう。

筆者は、ここにカタルの民主化の最大要因があり、それはカタルのみならず、他のGCC諸国の民主化要因としても十分想定されうるものであると考える。それは、国家や社会の複雑化により立法の需要が急増し、その需要がそれまで行政とともに立法もまかなってきた政府の能力を凌駕したとき、立法を行政から分離し、立法作業を専門に行なう機関を設ける必要が生じる。しかし、立法機関といえば、それは議会であり、分離された立法機関がそのまま政府機関であれば、それは現代においては極めて奇異な存在となろう。それゆえ、選挙による議会を設置するということになるのではないか。カタルの国家規模は小さく、石油や天然ガスの輸出による豊かな経済によって、その伝統的で単純な社会をこれまで維持できた。しかし、そこにおいても近代化や人口の増加、経済のグローバル化によって、外資導入や環境問題などの多くの新しい問題が次々と生じている。もともと法的に未整備な状態であったため、それらに対処するための法律や法制の不備が深刻な問題となっている。無論、政府の各省は必要な法案を王宮府に提出しているが、各省はその管轄事項しか考慮していないため、国王を中心とする王宮府は国全体を考えて各法案を調整し立法化しなければならない。以前ですら、その作業は決して円滑ではなかった。現在の立法に関わる多大な需要は、立法と行政を兼ねる政府の処理能力を既に超えている。加えて、政府が立法と行政を兼ねている状態では、行政責任のみならず、立法責任まで負わねばならず、法律・法制の不備や不適当な立法に関わる批判も受けなければならない。行政機関からの立法機関の分離は、職務分担であると同時に、法律・法制に関わる批判を国王や政府から分離することにもつながる。それがゆえに、政府から立法を分離し、その立法機関たる議会を開設して、そこに選挙を導入するというのが、民主化の要因ではなかったか。

そして、翻って考えてみれば、この「立法の需要」という問題はカタルのみならず、バハレーンにも、他のGCC諸国にも、そのまま当てはまる問題であると思う。上記した法律・法制の不備はGCC諸国に共通する状況であり、法律の絶対数が少ない上に、その法律もエジプトなどの古い法律をそのまま使用している例が多い。クウェートでは立法権を有する議会が従前から機能しているが、その他の諸国では政府がこの立法の問題をも抱えていた。民主化後のバハレーンでは、下院議員には大衆迎合型の政治家が多いが、上院議員には自らのビジョンを提示する政治家が多く、ここでも国王任命議員の方が立法作業に長けている例を見て取れる。サウジアラビアにおいても、近年はその諮問評議会が作成した法案を、政府がほとんどそのまま法律して採用する例が多く見られるようになった。諮問評議会は立法権を有する議会ではないが、実質的に立法作業を政府から引き継いでいる状況が生じている。諮問評議会が、立法機関としての職務を全うする状況が続けば、それが立法権を有する存在に移行する可能性は、意外に大きいのではないか。これまで、途上国の民主化要因として、政治制度の発展段階や経済的な要因が議論されてきたが、いずれもGCC諸国の状況には当てはまらなかった。しかし、「立法の需要」や「行政と立法の分離」を、クウェート以外のGCC諸国の新たな民主化要因として考えるとき、「立法機関としての議会」という当たり前のことが、新鮮な存在として浮かび上がってくるように思う。