コラム

東アジア開発と地域協力-日本の取るべき策

2003-05-20
渡邉 松男(アジア太平洋研究センター研究員)
  • twitter
  • Facebook


東アジア経済が直面する問題と日本

成功要因と課題
1960年以降著しい発展を遂げた東アジア経済は、90年代初頭のバブル崩壊を契機とした日本経済の停滞、97年のタイに始まる金融危機を経験し、今後より一層の発展を達成する上で、地域全体が様々な問題に直面している。

東アジアの開発の成功要因として、①国家的課題としての開発、②持続可能な成長の前提条件、③開発協力の貢献が多くの論評で指摘されている。具体的には、安定した政治・社会・経済状況を保持しつつ、開発主義に基づいた政治的リーダーシップとそれを支える高い行政能力に加え、制度構築やODAなどによる経済インフラの整備や人材育成が、当該地域経済の成長と貧困削減に寄与してきた。

他方、この地域が直面する今日的課題として、第一に90年代から進展の度合いを増すグローバル化のプロセスへの対応、第二に国家・地域・国際的なレベルでの良い統治、第三に地域の平和と安定、第四に地域全体として国及び社会階層間でバランスの取れた開発の追及の重要性が挙げられる。

さらなる発展のために-貿易と投資の重要性
東アジア経済の過去のパフォーマンスについては、多くの研究・分析が蓄積されている。例えば輸出主導型の工業化政策を推し進めてきたASEAN諸国に見られるように、途上国が経済発展を達成する上で貿易は大きな役割を担っている。またこの工業化を可能にした海外直接投資(FDI)の貢献も決定的である。この貿易と投資のさらなる伸長がこの地域の経済のカギとなることは論を俟たない。

東南アジア向け投資を行う最大の動機の一つに、コスト低減の追及がある。これは単に労働賃金が低ければよいという問題ではない。生産・労務管理、運輸通信費、手続き・交渉、言葉・文化の差が全体的なコストを決定する。従って持続的なFDI流入を促すためには、この地域におけるビジネスの総コストを低減する努力が継続されなければならない。この文脈において、投資環境を改善するためには、法制度の強化、コーポレートガバナンス(企業内ルール及び会計監査制度)、流通システムのボトルネック解消、労働市場の活性化、汚職の撲滅などが必要となる。

日本経済のあるべき姿勢
東アジア経済のダイナミズムは、先行国である日本の産業構造の変革によってリードされてきた。雁行型発展モデルで説明される従来の東アジア経済の構造転換の連鎖は、先行国が自国で新たな産業を生み出しながら、不採算となった産業を後発国に移転することで成立している。この連鎖は先行国がイノベーションを怠り、不採算部門を海外に移転せず保護すれば止まってしまう。換言すれば、東アジア経済の発展のためには、日本経済の継続的な技術革新による構造転換が不可欠であり、この構造転換を後押しするためには日本の一層の市場開放が有効な手段の一つとして考えられる。

これは日本にとって一方的な負荷を意味しない。日本はその蓄積された技術を活かせる分野の競争力を発揮し続け、あるいは資本・販売・技術提携を通じてアジア企業との連携を図ることで互いに共存する可能性がある。またその帰結としてアジア地域全体の所得が向上し新たな市場が出現することにより、さらなる発展の可能性が日本企業にあることを認識すべきである。

2.東アジアの地域統合・協力のあり方についての基本的な考え方

日本の責任と国益
第二次大戦終了後半世紀以上が経過した。その間アジアの国々は独立を果たし、多くの国は前述の通り目覚しい経済発展を遂げる一方、長期の内戦あるいは独裁体制から今立ち直りつつある国があり、また依然として国内に不安定要因を抱える国が存在する。この地域に対する歴史的な関与と現在の政治経済的な相互関係から、日本はこの地域の安定と発展に責任を負っていることは繰り返し確認されている。同時に、より強固な域内の協力を通じて地域全体の安定と繁栄を実現することは、日本の国益と合致することも論を俟たない。

有効かつ規律ある地域協力・統合を実現する
近年東アジア、特にASEAN諸国では、地域として域内格差是正を含む開発課題に取り組むための協力枠組みの構築が進展し、またASEAN内及び中国との経済統合(含自由貿易協定:FTA)が進められている。だがメンバーのいくつかは、特に金融危機以降、自国優先的な政策に踏み切る傾向にあり、FTAを通じて積極的に国内改革を推進するというモラルが欠けている。すなわちFTAの(正と負の)経済効果に対する理解が曖昧で、安易な「win-win」シナリオによる雰囲気作りだけが進んでいる。WTO加盟を契機として積極的に国内改革に取り組んでいる中国にしても、FTAの個別分野の交渉段階で国内の圧力を押し切って自由化を断行するとは限らない。従って、ASEAN自由貿易協定(AFTA)、ASEAN-中国FTAなど既存の枠組みの合意内容の完全実施を促す必要がある。

では日本はこの地域の統合の動きにどのように関わっていくべきか?前述の通り中国とASEANはすでに日本抜きで始動しており、ある意味で日本と韓国は取り残された形になっている。FTAなど経済統合には潜在的に大きなメリットがあることは、既存の研究で指摘されている通りである。その果実を享受するためには、日本を含むすべての国において国内の既得権層の問題を解決し変革を実現する意志の存在が必要条件である。この地域において日本が主導的な地位を保持し、域内の国々の経済関係がより緊密化しバランスの取れた発展を成し遂げるために日本が何をすべきか、という視点は決定的に重要である。

日本のODA
東アジアの地域協力を推進する上で、ASEAN+3とODAを含む地域協力を連関させるというアイデアがある。これは有効な枠組みとなりえるが、他方その是非は今後議論の余地がある。例えば、地域協力を名目として、長期の戦略を欠いたまま日本のODAを期待する姿勢は途上国側に皆無ではない。ある程度の発展を遂げたASEAN先行諸国に対しODAを引き続き固定することになりかねないとの疑問も想起される。

一方、持続的な発展を実現するためには、どの段階でも発展のボトルネックを解消するインフラの整備は不可欠であることも事実である。またインドネシアのように国内の格差と社会的不安定が依然として存在する国や、あるいは環境悪化など急激な成長の負の影響を被っている国もある。従って今後日本の経済協力は、(経済成長を促す開発協力が必要とされる国、環境、国際犯罪・テロなどの特定分野の協力に絞る国といった)域内の多様性な発展段階と社会構造を反映し、域内でバランスの取れた開発戦略に基づく協力が必要となる。

3.東アジアの開発アプローチと経験を他地域と共有する

何を発信するのか
今年秋にTICAD III(第3回東京アフリカ開発国際会議)が開催される。ここでアジアの開発経験を、アフリカを含む他地域へ応用することが考えられている。このテーマ自体は決して新しくなく、これまでにも様々なチャネルで語られてきたが、受けて側の消化不良で有効に機能しているとは言い難い。このような発信が他地域にとって耳を傾けるべきものであり、かつ適用可能なものであるためには、既存の開発課題(例えば貧困削減、良い統治など)に沿った成功事例に終始せず、オリジナリティのある明確なメッセージが不可欠である。

そのためのヒントは数多くある。例えば、東アジア経済は高成長を達成する過程において、所得分配の著しい不平等化が発生しなかった。国民すべてが経済の成長に参加し、発展に取り残される階層の存在は他の地域に比べきわめて少ないレベルにある。これは国・地域の政治・社会的安定に貢献し、さらなる発展の前提となったが、急速な発展を遂げた経済としては歴史的に稀有なケースである。また農業が(単に食糧増産という観点だけではなく)この分配を達成する上で大きな役割を果たしたことも東アジアの経験として発出できるメッセージであろう。

また戦後の日本が成功した「成長と平等のバランス」、すなわち生産性向上と所得分配を同時に成し遂げた体験、そして成功体験に固執した結果の構造転換の遅れといういわば失敗も重要な教訓となりえる。

既存の開発のアジェンダについても、東アジアの経験を基にした新たな位置づけが可能である。英国国際開発省(DfID)を起点とし世銀等によって全世界的に開発課題として進められている貧困削減を例にとれば、これを究極の目標と位置づけた上で、それを達成するためにインフラ整備が必要であるとの教訓も引き出せる。すなわち、どのような発展段階においてもそれぞれの段階に応じてハード・ソフトのインフラが発展の制約要因となる。従って「インフラ整備は(貧困削減を達成するために)最貧国にとっても必要であり、実際にそれが日本及び他のアジア諸国の成功に寄与した」ことは普遍的な教訓となりえる。以上のようなポイントを、今後の研究及び国際会議を通じて整理し、「東アジア型」として世界に発信できよう。

日本が率先する意義
近年ODA予算の大幅な伸びが期待できない状況において援助の効率化が唱えられているが、これに加え日本がイニシアティブをとって世界の関心を獲得するような問題意識、課題を投げかけることが重要である。だが東アジアの成功の要因と今後の課題については既存の研究の蓄積とそれに基づいた発信が既に存在し、画期的な発見は期待できない。この地域が直面する課題は抽出されているといって過言ではなく、むしろそれらを実現することが我々に課せられた役割であることを認識し、様々なインセンティブを含む効果的な実行の仕組み(戦略と仕掛け)が具体化されるべきである。

東アジアを対象とする日本のODA及びOOFをどう位置付けるか、既存の国別開発戦略や他の枠組みとの整合性を図ることは前提ながら、新たな哲学が求められる。前述の通り、「東アジアの社会の不安定化を防ぐこと」を発展の前提として最重要課題として打ち出し、それへの明確かつ体系的な戦略とその方策を打ち出すこともありえる。また「不幸な歴史を抱える国に地域として支援する」との姿勢を明確にし、例えばカンボジアの初等教育から高等教育の支援を今後30年間支援するという具体的なアイデアも考えられる。

最後に、地域としての協力体制を推進するには日本の「旗振り」が最大の要件となる。これには単に知的貢献やODAを通じた開発協力の実施に留まらない。すなわち東アジア諸国の自立を促し共存関係を構築するために、日本国内の政策(例えば途上国からの輸入品に対する特恵条件の付与など)の「行動」を日本が率先して行う姿勢を表明することが最大の貢献の一つであると考える。