コラム

「民間軍事会社」と国際安全保障

2005-06-15
水本 義彦(研究員)
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元自衛隊員で仏外国人部隊にも長らく在籍していた斎藤昭彦さんがイラクで武装勢力に拘束される事件が起き、現代版「傭兵」と評される民間軍事会社の存在がにわかに脚光を浴びた
2005年5月、元自衛隊員で仏外国人部隊にも長らく在籍していた斎藤昭彦さん(英国警備会社ハート・セキュリティ社所属)がイラクで武装勢力に拘束される事件が起き、日本国内の報道でも現代版「傭兵」と評される民間軍事会社(Private Military Companies: PMCs)の存在がにわかに脚光を浴びた。

冷戦終結後、一方では世界的な兵力削減傾向によって失業状態に陥った元軍隊経験者が民間労働市場に流れ出し、他方で世界各地で頻発する内戦、地域紛争に対し政府レベルの国際的対応が必ずしも積極的でなかった状況のなかで、民間軍事会社が急成長を遂げてきた。ある推計によれば、現在イラクで正規軍とともに活動する民間軍事会社は約60社、勤務者数は2万人とも言われ、民間会社による業務提供なしにはイラクの治安維持管理は立ち行かなくなっている。

かつてマクス・ウェーバーは物理的強制力(軍事力)の独占管理こそが国家という組織の本質的特徴であると定義したが、米国やイギリスの政府が効率的な軍隊経営の観点から民間に「外部委託(アウトソーシング)」する状況は、国家と他の社会的組織を区別してきた最後の砦を突き崩し、いわゆる「国家の退場」に拍車をかける現象だと指摘する声もある。

民間軍事会社の活動実態に関してはまだ明確に把握されていない面も多いが、輸送、護衛、給仕、調達から軍事訓練や作戦指導、情報収集、さらには戦闘行為への参加など広範な領域に及んでいるとされる。

近年、こうした多岐にわたる民間軍事会社の活動が注目を集めるようになるにつれ、政府による軍事業務の民営化に潜むさまざまな問題が指摘されるようになった。これまで国際社会の対応では、軍事力のいわばハード面である武器の移転・拡散については関心が高く、小火器から大量破壊兵器まで取引を取り締まる動きが見られてきたが、そのソフト面である軍事的技術やノウハウが民間企業という媒体によって移転されることの問題には十分な対抗がなされてこなかった。

とりわけ、業務契約・委託プロセスの透明性の確保、民間軍事会社の行動の法的規制の整備、説明責任の明瞭化が早急に求められている。どのような会社がどのような契約内容で実際にどんな業務に従事しているのかは秘匿事項として、アメリカやイギリスなどの政府によっても情報が十分に開示されていない。一部の民間軍事会社による不正行為、例えば米ハリバートン社による水増し請求問題や、イラク・アルグレイブ収容所での米軍の虐待行為に一部の民間会社社員が関与していた可能性が報じられ、法的規制の強化を求める声が強まっている。法的規制の整備は民間会社の活動を監視し取り締まることを意図しているだけではなく、高額な契約給与と引き換えに危険な状況で任務につきながらも、正規軍兵士と同様の法的な身柄の保証を与えられていない民間会社職員の安全確保にとっても必要なことである。米ブルッキングス研究所の集計では、2005年4月末段階でのイラクにおける民間会社職員の死傷者数は270人にも上る。

このように民間軍事会社の活動に潜む問題を改善していく必要性が高まっているが、しかし同時に、古典的な「傭兵」イメージとの類推から安易な価値判断を民間軍事会社に下してしまうことは望ましくないだろう。確かに、固定的な忠誠の対象を持たず、戦争の利得をもとめて移動し跳梁跋扈した中世の傭兵はまさに、トランスナショナルな暴力の拡散主体とも定義でき、今日の高度な軍事的知識・技術を兼ね備えた民間会社も潜在的な暴力の拡散主体であることは完全に否定できない。

しかしながら、例えば軍事業務民営化の先進国であるイギリスでの議論を見ると、民間会社のもつ利用価値を肯定的に評価し受容しようとする姿勢がうかがえる。冷戦終結後、イギリスでも兵力が三分の一削減され、民間軍事会社に再雇用を求める元軍関係者が増大し、同時に規模が縮小した正規軍から冷戦後の地域紛争に対処する兵力の拠出が満足にできない状況下で、軍事会社が台頭してきた。

英国議会下院外交問題委員会に提出された報告書(2002年8月)では、民間軍事会社の発展は「一過性の現象」ではなく、今後確実に欠くことのできない存在として定着し、さらに場合によっては、「国家よりもより効率的かつ効果的にセキュリティのサービスを提供する可能性」を秘めているとの基本認識が示されている。

今後国際安全保障における民間軍事会社の位置付けを議論する際に肝要なことは、民間軍事会社の存在自体の是非を論じることより、それをいかに秩序構築・維持の推進者側、ガバナンスの供給者サイドに組み込んでいくか、その方策を考えていくことであろう。同時にそれは、民間軍事会社によるサービスの提供が、国際安全保障に不安定化をもたらす勢力からの需要と結び付く危険性を低減していくことを意味する。単に法的整備の拡充をはかって民間会社の活動を規制・違法化するだけでは、軍事会社の地下組織化を促し、非公然活動へ追いやる恐れがあり、透明性や説明責任を確保しようとする本来の目的に逆行する結果に繋がる。現在のところ、一部の事例(例えば、90年代アンゴラやシエラレオネでの紛争にエグゼクティブ・アウトカムズ社が関与)を除いて、民間軍事会社が公然と、内戦や反政府運動、クーデターに関与したり、またテロ組織と結びついて非合法活動に従事しているケースはあまり聞かれない。

アフガニスタンやイラクの事例に端的に示されるように、国家制度再建には国際社会の息の長い関与が不可欠である。そうした中長期的な秩序構築のプロセスにおいて、諸国家の政府正規軍や国際組織と連携し透明性と説明責任を保持した民間軍事会社の利用は有効であろう。国連が世界各地の地域組織を下請け機関として活用しており、例えばそうした地域組織の指揮下に組み込んだ民間軍事会社をガバナンス供給の一翼を担う正当な存在として認知していくことはそれほど非現実的なことではないだろう。実際の戦闘行為への関与は固く禁止する一方で、紛争後社会の復興・再建プロセスに、正規軍や、NGO(医療、教育、開発分野など)との連携ネットワークに取り込んでいくさらなる試みが早急の課題として求められている。