コラム

「中央アジアをめぐる国際情勢の変化」(その3)

2006-02-07
廣瀬徹也
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…安全保障の分野におけるウズベキスタン・ロシア間の協力は、中央アジア地域の安全保障を堅固に確保する重要な要素の一つであることで意見の一致を見た…
3.ウズベキスタンとイランにおける国際会議の概要と印象
 このような状況下で開かれたのが、下記二つの会議である。

(1)ウズベキスタン大統領府付属戦略・地域研究所(Institute for Strategic and Regional Studies under the President of the Republic of Uzbekistan)及びロシアのポリティカ財団(Polity Foundation)共催国際円卓会議 「中央アジアの安全保障の諸問題 ”Problems of security in Central Asia”」(2005年10月21―22日、於タシュケント)

(イ)本会議に先立ち10月20日、「ウズベキスタン・ロシア間互恵協力の展望」と題する円卓会議が開催された模様である。事後に発出されたプレスレリースによれば、「両国は政治学者及び専門家間の話し合いを通じて、今後のウズベキスタン・ロシア関係の深化や中央アジアの安全保障を確保する緊急の課題について詳細な意見交換を行った。結論として、安全保障の分野におけるウズベキスタン・ロシア間の協力は、中央アジア地域の安全保障を堅固に確保する重要な要素の一つであることで意見の一致を見た」とあり、安全保障の分野でニ国間の協力に重点を置いているのが注目される。

(ロ)国際会議「中央アジアの安全保障の諸問題」
同会議は i)中央アジアの地政学的情勢と安全保障の諸問題:地域の安全保障と安定の提供における国際機関の使命 ii)新たな脅威と挑戦:国際テロリズム、過激主義、麻薬の侵略、環境問題、国境を越える犯罪等 iii)地域の不安定化:誰が利益を得るか? iv)中央アジア地域諸国の持続可能な開発の諸問題(経済的観点)の4つのセッション(時間帯)に分けて行われ、発表者はここに列挙されている諸問題に関連して、あらかじめ登録されていた発表者が自己のテーマにそって様々なプレゼンテーションを行った。全て公開で、その後の質疑応答と討議が行われたが、これには傍聴者も参加できた。

(ハ)主催国ウズベキスタン政府の立場は、会議の冒頭、ヨフコチェフ大統領顧問が行った演説に明確に現れているが、その中で注目すべきは次ぎの諸点であろう。

・中央アジアは資源の確保先ではなく、対等なパートナーと見なされるべきである。
・地域の安定を脅かす過激主義や国際テロ、麻薬や大量破壊兵器等の問題に対処することが重要である。 最も重要な課題はテロの根幹に対し共通の認識をもつこと、多くの国で起こる同様の事態に対しダブル・スタンダードを使わないことである。
・アフガニスタンが安定しないと、麻薬ビジネスとの闘いも効を奏さない。アフガニスタンの安定が中央アジアの発展に不可欠である。
・中央アジアの非核化地帯構想は重要である。核に限らず、いかなる大量破壊兵器からも自由な地帯になるべきである。
・地域内協力の重要性の一つは、経済成長を通じた中央アジアの発展にある。
・「ビロード革命」の連鎖は、政治・経済情勢の不安定化、政権の機能上の危機をもたらす。国際テロや過激主義を利するのみである。一例がアンディジャン事件とそれを巡る西側諸国とマスコミの反応である。同事件は、宗教的過激主義グループが外部勢力の力を借りて中央アジアにおけるドミノ現象を狙ったものである。民衆はテロ行為に同意せず。ウズベキスタンや他の中央アジア諸国で起きている問題は、外部圧力や制裁により解決するものではない。 

(ニ)会議の発表者はロシア人,ウズベク人各約15-20人、その他は米人が3人、日本人、インド人各2人、ドイツ(スポンサー)、中国、タジク、キルギス、イスラエル人各1人のみで、近隣中央アジア諸国、中国の存在感の薄いのは予想外であった。発表・討議はほとんどがロシア語で行われた。

かくして、会議はロシア人,ウズベク人がリードし、ウズベキスタン・ロシア間協力を謳い上げた。ウズベキスタン側は、アンディジャン事件での弾圧を正当化して、国際テロや過激主義の脅威を強調し(アンディジャン市騒擾事件の際の実写と称するヴィデオを長々と映していたが、群集は右往左往するばかりで、組織的に準備された反政府活動とは見えなかった)、また欧米諸国とマスコミのダブル・スタンダードを批判し、NGO等を使った米国の反政府派支援の動きに警戒を露わにした。

これに対し、米人発表者は政府関係者ではなく、ロシア・CIS研究者であったためか、激しい論争にはならなかったが、それでも、米人発表者はColour Revolutionsを単に外国系NGOの干渉の結果であると考えるのは単純過すぎる、これらの現象は開発と機会の欠如に起因するものである、中央アジアの成功と長期の安定はこれらの問題を解決できるかいなかにかかっていると反論し、また米国の中央アジア政策につき「米国はキルギスのマナス基地におけるプレゼンスとアフガニスタンに対する長期コミットを通じて中央アジアにおけるキー・ファクターであり続けるだろう。イランをめぐる緊張に鑑みても中央アジアは重要である。米国の関心は政治、安全保障、エネルギー及び核不拡散である」と述べていた. 一方中国人の発表者(元駐ウズベキスタン大使)の発表は中央アジアの安定と地域協力の重要性、テロ対策としての経済開発の必要を訴えるものであった。

そのような中で、筆者は「日本政府の”人間の安全保障”への取組みとその中での対中央アジア政策」とのタイトルで発表した。中央アジアにおいて、政治的野心のない日本はこれまでも比較的静かながら極めて活発なパートナーとして協力を進めてきたこと、中央アジアとコーカサスが未だ安定にほど遠く、かつ外国の外交攻勢が強まっている現在、自らの政治的・経済的統治能力を維持するためには地域内協力は不可欠であること、日本政府は、「シルクロード外交」の新たなイニシアチヴとして、2004年8月に川口外務大臣が中央アジア訪問時に提唱した「中央アジアプラス日本」構想のなかで、こうした域内協力と地味ながら人間の安全保障の面で協力を強化する用意があることなどを強く訴えた。

また田中哲二中央アジア・コーカサス研究所長兼国連大学学長上級顧問(現地でもキルギス大統領顧問、タシュケント国立経済大学名誉教授、ウズベキスタン銀行協会特別顧問などの要職にあり、ウズベキスタンでの会議の定例メンバー)は、そろそろ過度のODA依存から脱却し、民間外資の導入によってあらためて自前の産業(輸出促進・輸入代替)育成をはかる必要があること、そのためにもカントリーリスクの軽減が必要で、政治的安定と安全保障の強化が不可欠であること,更に域内協力の為には早急な経済協力と将来の政治統合を分ける手段も試みる要があることなどを提言し、さらにその後、別のセッションで、中央アジア研究者としての立場からみれば、独立した中央アジアにおける大国のプレゼンスと介入には一定の限度があるべきだと考えると述べた。

筆者と田中氏のスピーチのあと、ウズベキ人のモデレーター2人(経済省次官及び初代駐日大使であった商工会議所会頭)は口口に日本の支援は、欧米と違って受益国のことを考えてくれていると高く評価する発言をしてくれたことは、裏の意図は今後も援助をひきだすためのリップサーヴィスと欧米批判であったとしても、われわれが進めてきた外交が正しかったことを表していよう。

筆者は発表の中で” 中央アジアの諸国は日本の安保理常任国入り支持を一致して明言した(前述の川口外務大臣中央アジア訪問時の「中央アジア+日本」外相会合において)”ことを高く評価していると紹介した。日本の安保理常任国入りについては、中国が世界各地で反対のキャンペーンを進めていることはよく知られているところであるが、本件会議では特に反論はなかった。イランでの会議でも同じであった。

(2)イラン外務省付属政治国際問題研究所(the Institute for Political and International Studies(IPIS)、 Ministry of Foreign Affairs , Islamic Republic of Iran)主催「中央アジアとコーカサスに関する第13回国際会議:地域の発展、戦略の出会いと相互作用(The 13th International Conference on Central Asia and the Caucasus “Regional Development; Interaction and Encounter of Strategies.”)(同11月8―9日、テヘラン)

(イ) アフマディネジャード大統領がメッセージをよせ、モッタキ外相が開会演説、ラリジャニ国家安全保障最高評議会書記が閉会演説を行うなどイランの中央アジアとコーカサスに対する関心の深さを伺わせた。これらメッセージ、演説の注目すべきは次ぎのような点である。

・イランは、中央アジア・コーカサスにおける新興独立国家の誕生を貴重な機会として捉えている。地政学的要衝に位置する自国の立場に鑑みて、域内諸国との多角的関係を樹立し、地域の安定・平和構築のため努力している。タジキスタンとナゴルノ・カラバフにおいては、衝突の解決に積極的役割を果たせたことは喜ばしい。イランは、南コーカサスにおける平和と安定を強固なものとするため、域内諸国・機関とともに活動していく。中央アジア・コーカサス諸国の安定・独立・発展は、イランの国家安全保障に適合する。
・今日これらの地域を脅かしている主要な危機は、テロ、麻薬密売、大国による介入の三つである。
・外国勢力の影響を排除して、地域協定・協力を通じた地域発展、とくに「経済協力機構(ECO)」(i) 、「カスピ海協力機構(CASCO)」 (ii)を通した経済協力の拡大を希望する。
・カスピ海問題 (iii)については、法的地位に関する包括的合意への到達を希求するとともに、協力・友好関係・相互理解を通じた地域の安全保障確保を重視する。

(ロ) 発表者はイラン人に偏らず、近隣諸国、欧州諸国、米,ロシア、日(筆者)、中、印等各国の主に研究者で(筆者のような実務家はむしろ少数)事前に提出したプレゼンテーション・ペーパーの審査に合格した者50数名が、開会と閉会をのぞき8つのセッションに分かれて専門的立場から発表した。

筆者は「日本のシルクロード外交」とのタイトルで発表した。ウズベキスタンでの発表と基本的には同じラインながら、民主化、市場経済化のためのシステム作りの必要性とそのための人材育成の要、アフガニスタン情勢との連動、将来の共同市場結成をみすえた地域内協力の必要性等に重点を置いた。また筆者は外国からの参加者のデイ―ンの役割をたのまれ、閉会セッションでは外国人参加者を代表して主催者への謝辞を述べた。

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脚注

(i) 経済協力機構(ECO):1964年イラン、パキスタン、トルコによって設立された「地域開発機構(RCD)」はイラン革命で一時頓挫したが85年に経済協力機構(ECO)」として復活した。現在加盟国はイラン、パキスタン、トルコ、中央アジア5か国、アゼルバイジャン、アフガニスタンの11カ国

(ii) カスピ海協力機構(CASCO):1992年イランの提唱でイラン、ロシア、トルクメニスタン、カザフスタン、アゼルバイジャンの5カ国が会合

(iii) カスピ海の法的地位
アゼルバイジャンとカザフスタンはカスピ海を海とみなし「排他的経済水域」の概念を適用し、セクター分割を主張、すなわち自国の沖合いの資源は各国が独占的権利を有するとの立場。
イランはカスピ海を湖とみなし、陸から12海里の各国「領海」以外は、沿岸諸国の共同管理、すなわち20%の権益獲得を強く主張。
ロシアは当初後者であったが、ロシア沿岸部に有力な海底油田が確認されたこと等から、98年7月、ロシアはカザフスタンとの間で「カスピ海北部海底分画協定」に署名し、カスピ海北部の海底及びその地下資源に関し、両国の中間線に沿って境界を確定することに合意、その後,アゼルバイジャンとも同様の合意に達して、その立場を大幅に変更した。トルクメニスタンの立場は是々非々。(了)

筆者: 廣瀬 徹也(ひろせてつや)
アジア・太平洋国会議員連合中央事務局 事務総長
元外務省新独立国家(NIS)室長、在ウラジオストク総領事、駐アゼルバイジャン大使