コラム

積極化するロシアのエネルギー外交―プーチン訪中の意味するもの

2006-03-27
猪股浩司(主任研究員)
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プーチン大統領が安全保障会議の席で、「ロシアは世界のエネルギー産業におけるリーダーにならなければならない」旨の考えを示したのは、昨年12月22日のことである。ロシアが世界でもトップクラスの石油・ガス大国であることは周知のことだが、プーチン大統領のこの発言は、ロシアが事実上「エネルギー立国宣言」を行ったものとして捉えられた。ロシアのエネルギー外交については、このプーチン発言と相前後して、ロシアがドイツにバルト海パイプライン(即ち東欧諸国を経由しない)でガスを供給することで合意し、またロシアがガス価格などをめぐって一時ウクライナへのガス供給を停止するといった事態も発生し、こうした動きに対して、「ロシアは資源を武器にして非友好国に圧力をかけている」との批判も寄せられた。

さて、石油であれ何であれ、有力な資源を武器に外交をリードすることは当然の国家戦略であること、資源輸出には採算などの側面を無視できないことなどを考慮すれば、程度や手法に問題があるにせよ、ロシアが行っているエネルギー外交をやみくもに強権的などと批判するのは必ずしも事態の本質を突くものとは思われないが、ともかく、ロシアがエネルギーというカードを駆使して外交攻勢に出ていることは明らかである。プーチン大統領が3月1日に発表した「サンクトペテルブルグ・サミットに向かうG8」と題する論文の中で、「エネルギー安全保障は地球規模の問題であり、エネルギー安全保障達成のための戦略策定が極めて重要である。相互依存度が極めて高い現代世界では、エネルギー・エゴイズムはいずれ行き詰る。ロシアの立場は一貫している。ロシアが目指すのは、世界全体の利益を考慮したエネルギー安全保障の構築である」旨述べていることは、まさに、ロシアが世界のエネルギー需給に係るあらゆる国家ないし国家グループの間に立って「仲介者」として動きつつ、それを通じて自国の利益を追求していることの反映とみられよう。その関連でいえば、ロシアはサンクトペテルブルグ・サミットの場に中国その他の国々を招待しており、中国が既にエネルギー安全保障におけるロシアの役割について関心を示している。

こうした中で、3月21日から22日まで、プーチン大統領が中国を訪問した。これは、「中国におけるロシア年」の式典参加を名目にしたものであったが、両国首脳間で調印された29の文書のうち28が実務的な経済関係とりわけエネルギー協力に関する文書であったこと、この訪中においてロシアのガス企業「ガスプロム」や電力企業「統一エネルギー・システム」などの巨大エネルギー企業と中国側カウンターパートとの大規模な協力に関して合意がなされたこと、特別な政治的密約が交わされた様子もないことなどから、今回の訪中は、ロシアの中国へのエネルギー供給の拡大を最大の目的とするものであったと結論付けられるだろう。ロシアと中国の、とりわけエネルギー分野での互恵的な関係の強化は、ここ数年間の流れであるが、今回の訪中結果も、その延長線上にあるものといえる。そもそも、ロシアのエネルギー供給先は、これまでは欧州が中心だったが、欧州のエネルギー需要が頭打ちになっている中で、ロシアのエネルギー輸出はアジア向けが拡大しつつあった。フリステンコ産業エネルギー相が3月、「ロシアは2020年までに石油ガスの輸出を、その消費量が激増しているアジア太平洋地域中心へと方向転換する」方針を述べていることからしても、今後も中国に対するロシアのエネルギー協力は高いレベルで推移するとみられる。ロシアは、中国という極めて巨大なエネルギー市場で今後10年以上にわたり主役を演じる可能性を得たといえよう(※)。

(※)ただし、いかにロシアと中国がエネルギー分野を中心に関係を強化しているからといって、これが両国関係の無条件的な発展を意味するものでないことには注意する必要がある。ロシアは、異質ではあっても一応G8のメンバーであり、基本的には欧米志向である。さらに、ロシアには中国に対する潜在的警戒感も存在するのであり、ロシアが中国と協調行動を採る度に「ロシアと中国が反米で結束」などとみるのは単純に過ぎよう。これが軍事分野の話であればなおさらである。

さて、プーチン大統領が「エネルギー・エゴイズム」と呼んだように、今後、世界ではエネルギー需給に係る各国の綱引きが強まることが予想され、これは国際政治におけるロシアの存在感を高めることにつながるだろう。しかし、このことは同時に、エネルギーをめぐってロシアと各国との間に新たな軋轢が生まれ得ることも意味している(ロシア自体が実は「エネルギー・エゴイスト」なのではないかという見方もある)。また、ロシアは「エネルギー大国」には違いないが、資源依存型の経済構造からの脱却が今なお進んでいないという大きな問題を抱えてもいる。こうした様々な点を視野に入れ、これからのロシアのエネルギー外交をみていく必要があろう。